#491/1336 短編
★タイトル (XVB ) 95/ 8/15 2:23 (155)
お題>風鈴 $フィン
★内容
はぁはぁはぁ・・・男と女の酸えた臭いがする。男と女のあえぎ声が聞こえる。
二人の肌には汗がびっしりかいている。
外で何かがちりんとなった。
男がそれまでやっていたことをやめ、立ち上がり、窓ぎわに向かっていく。
「あんたぁ」けげんな顔で女が男を見つめる。
「なんだ、これは」男の手には、あさがおが描かれたガラスの風鈴を持ってい
る。
「ああ、それ、うちのお店に来た客がくれたのよ」女はばさばさになった髪を
かきあげ、男に言った。
男は手の中に入れた風鈴を見つめている。
「こんなもの」男は持っていた風鈴を握りしめた。ぱりんと渇いた音がして、
男の手の中で風鈴は幾つもの破片になった。
男の手から血が流れるのを見て、女は脅えたように部屋の隅に逃げていく。
「外で飲んでくる」男は血がついた手のまま、薄汚れたシャツに着替え、出掛
けて行った。
「おやじ酒だ。酒をくれ」男は酒を飲んでいた。
「もっとゆっくり飲んだらどうです」屋台のおやじが困ったように、男を見て
いた。
「へっ、ここじゃお客に説教をするのか」男はおやじの顔を見て言った。
おやじは黙って、コップに酒をついだ。
「それでいいのだよ」男はそう言うと一気に酒を流しこんだ。男は苛立ってい
るのだ。どうしてこんなに苛立っているのか、男には判りすぎるほどわかってい
た。判りすぎるからこそ、酒を飲まずにはおられないのだった。
生暖かい風が吹き、ちりん、小さな音が男の耳に聞こえてきた。男はびくっと
して、後ろを振り返った。
そこには白い服を着た女が、風鈴を持って立っていた。
「かあちゃん・・・」男は小さくうめいた。男はふらふらと立ち上がり女の方
に向って行こうとした。
「お客さん、勘定」屋台のおやじが、男に声をかけた。
男は、急いでポケットからくしゃくしゃになった一万円札を渡した。
「早くしてくれ」屋台のおやじが、釣にもたもたしていると男は苛立ったよう
に言った。
「早くしてくれ」男は、もう一度言った。
男は屋台のおやじから釣を受け取ると、白い服の女がいたところを見たが、女
はどこかに行ってしまったようだ。
「おい、おやじ、さっきあそこにいた女、どこにいったか知らないか」男は、
勢い込んで聞いた。
「はぁ」
「ほら、さっきいただろう。白い服を着て、風鈴を持った女だ」男は女がいた
ところを指差して尋ねた。
「はぁ、そんな女いませんぜ」屋台のおやじは頭をかいて要領を得ない返事を
した。
「くそっ」男は口の中で、小さくつぶやくと、女がいたところまで走り、そこ
で立ち止まった。
「一体どこにいった」男は首を振り、女の姿を探した。
ちりん、風鈴の音が聞こえてきた。
「こっちか」男は音がした方に急に走り出した。白い服の女の姿が目の端にち
らっと見えて、路地裏に隠れた。
男が路地に行くと、女の姿はなかった。
「いない・・・どこに行った」男は女の姿を探した。
ちりん、また風鈴の音が聞こえた。男は走り出し、その後を追っていった。
それが何度続いただろうか。走り回ったものだから、さっき飲んだ酒がまわっ
て男の心臓はどくんどくんと脈うち爆発寸前にまでなっていた。
「かあちゃん、どこに行ったのだよぉ。かあちゃん、どこに行ったのだよぉ」
男の口から小さなうめき声が聞こえる。男の目からは涙が流れる。三十をとうに
過ぎた男が、街の中で泣いているのだ。
男は白い女を求めて探した。しかし、女の姿はどこにもなく、走り続ける男を
挑発するようにちりん、ちりんと風鈴の音だけが否応なしに男の耳に響いてくる。
そのために男は人をおしのけ風鈴に誘われるまま、走り続けなければならなかっ
た。
「かあちゃん、かあちゃん、かあちゃん」傍を歩く人が奇妙な目で男を見る。
男はそれでも泣きながら走っていく。男は顔中苦茶苦茶にして、走って、風鈴の
音を頼りに追っていた。
「かあちゃん」男の声が一層大きくなった。男はとうとう白い女を見つけたの
だ。白い女の後姿が小さな路地に入っていくのが見えたのだ。
場末の酒場街の裏通り、散乱したビール瓶や安っぽい洋酒の瓶がいたるところ
に転がっている。男はガラスの破片をふみわけ、白い服の女に近づいていく。
「探したよ。かあちゃん」男はしわがれた声で言った。
女はけげんな顔で男を見つめる。ふいっと後ろを向いて男から離れようとする。
「かあちゃん、どこへ行くのだよ」男は走りよって女の細い腕を掴んだ。
「あんたいきなり何をするの」女が叫び声をあげ、男から離れようとする。
「かあちゃん、ぼくだよ。わからないの」男は女を見つめていった。
「あんたなんか知らないよ」女は必死になって男から逃げようとする。
男は女を抱きよせた。
「いやぁぁぁ」女の口から悲鳴がもれる。
「かあちゃん!」
「どうした」女の声を聞きつけて、用心棒の男が四人現われてた。
「誰か助けておくれよ」
「かあちゃん! 今度はどのおじさんと逃げる気なのだよ」男は用心棒の男た
ちを見て、少年のような甲高い声で叫んだ。
女がぐえっとかえるのような声を出すのとぼきぼきぼきと女の腰から無気味な
音が聞こえるのとほとんど同時だった。
「こいつ気ちがいだ」用心棒の男がビール瓶で男の頭を殴った。
「いたい・・・」男は女を離して、静かに頭に手をやった。男の手には真っ赤
な血がついていた。
「かあちゃん、怪我しちゃったよ・・」男は静かに女に言った。
女はいやいやするように、男から離れようとする。だが、女の腰は砕けている
ので動くことができない。
「悪いおじちゃんを退治したら、かあちゃんにこの怪我治してもらうんだ」男
は微笑みを浮かべて歌うように女に言った。
女が座っているところから、小便の臭いがした。男の血まみれの顔と微笑みが
物凄かったので、小便を出してしまったのだ。
「さてと」男は真面目な顔に戻り、四人の用心棒を見た。
「悪いおじちゃんはいなくなっちゃえ」男は用心棒の一人に片手を出して、突
進していった。
ぶちゅ音がした。脳味噌がぐちょぐちょに潰され、壁に赤と灰色の絵が描かれ
た。男の手には眼球だけがぶら〜んとぶら下がっているお手軽に用心棒は死んで
いった。
「ひぃぃぃぃ」残りの用心棒たちが一斉に悲鳴をあげた。
「こいつ化け物だ」逃げようとすれば逃げれるのだが、さすがはお金で雇われ
た用心棒たち、逃げようとはせず眼球をぶら〜んとぶらさげている男に、それぞ
れの物を持って向かっていこうとする。
「おじちゃんは悪い人!」男は、快鳥のような声をあげて、飛んで、蹴りを入
れた。
ぶちゅつつつつ音がした。用心棒の男が蹴りを入れられて、内臓を路地にぶち
まけた。内臓を潰されながらも、その用心棒はしぶとく生きていて、ぴくぴくぴ
くと緩慢にしばらく動いていたが、やがて動かなくなった。
「おいっ、はじきは持っていないのか」血まみれの死体を見ながら、用心棒の
男ははもう一人仲間に呼び掛けた。
「へい、あっしが持ってます」そういうと懐から拳銃を取り出した。
「それじゃ、撃て」
「へい、それじゃ・・・」いきなり言われて、慣れない手つきで拳銃を男に向
けて、パンと撃った。
それは男の腹部に命中した。
「おじちゃん・・・ぼくを傷つけたね」男はどくどく血が流れる腹を押えなが
ら、拳銃を持った男に近づいて行った。
「ひぃ」拳銃を持った男はそのまま座り込んで失禁した。拳銃を撃った時点で
頭の回路がぽんっとぶっとんだのだった。
「ぼくはもう許さないのだから・・・」男はくすくすと笑いながら、近づいて
いく。
「助けてくれ」拳銃を持った用心棒の男は必死になって懇願した。
「駄目だよ〜」男は楽しそうに笑って、派手な殺し方をした。両手を掴み、ぶ
んと捻ると二本とも同時に千切れた。両手から血飛沫をあげ、ぎゃあぎゃあと悲
鳴をあげ続ける口の中に、千切れた手の一本を放り込むとそれが、後頭部を抜け
ていくのであった。残りの一本で脳味噌を打ち砕き、顔の形がなくなるまで叩き
潰した。
「残りはあなただけだね」
「命ばかりは助けてくれ、おれには女房と子供がいるのだ。ほら見てくれ、こ
の写真を」男は脳漿と内臓と血と涙が溢れる路地の中で、一枚の写真を出した。
「ふうん、可愛い子供だね」男は写真を取ると、じっくり見た。
「可愛いだろう。だからねっ、許してくれよ」用心棒の男は、地面につかんば
かりに謝った」
「・・・・・」
「こんな可愛い子供がいるっていうのに、人のかあちゃんを取るのだから、や
っぱり悪いおじちゃんだ」男は、写真を用心棒の男に返すとそう言った。最後の
男は、他の三人よりもいくぶん手間隙かけて殺してしまった。
「かあちゃん、悪いおじちゃんはみんな退治したよ」四人の用心棒の男をあち
らの世界に送った男は、壁にもたれかけている白い服の女・・・今では血まみれ
の赤い服を着ている女に、非常に優しい声で言った。
「かあちゃん?」女からは返事がない。
男は耳を澄ますと、女から小さな笑い声が聞こえる。
「かあちゃん、どうしたの」男は女の顔を見た。
女の顔は涙とよだれにまみれ、そして女は笑っていた。女の精神は、この状況
に対処しきれず狂ってしまったのだった。
「ああ・・・思い出した。ぼくがあのときかあちゃんを殺しちゃったのだった」
男は寂しく笑いながら言った。
「ぼく風鈴なんか欲しくなかったのに・・・かあちゃんが一緒にいてくれれば、
何もいらなかったのに・・・」男の目から涙が溢れるとそのまま地面に倒れこん
だ。男は永遠に起き上がることはなかった。
風鈴の音がいたるところで聞こえる暑い暑い夏の夜の出来事であった。
$フィン