#490/1336 短編
★タイトル (DRH ) 95/ 8/13 23:33 ( 76)
「結晶と言葉」/Tink
★内容
「結晶と言葉」
耳にこべりつくような物凄い轟音が、どこからか聞こえてくる。
小さな脅えきったた瞳はとても美しく、ぼくを惹きつけてやまない。
だから、それは不思議と平穏日なのだった。
それは、ぼくが望む全てでは無くとも、大半を締める割合で幸せを感じているのだ。
物凄い轟音は、落雷の音? それとも地面の割れる音?
そして、広大な天井から差し込む鋭い光。
「ねえ、しあわせ?」
脅えながらも、なんとか振り絞るようにして声を出すきみ----それは、ぼく。
「ああ、しあわせだ」
見合わせるきみの瞳の奥に写る、暗黒の闇。
揺れ動く世界は、まるで揺りかごのように心を落ち着かせてくれたのだ。
だから、ぼくは守ってあげたい----そして、守ってほしい。
「それはエゴイズムね」
きみは微笑みながら、ぼくに言うけれど。
「それもエゴイズムだ」
ぼくも微笑みながら、きみにいうけれど。
お互いに顔を見合わせて、ひとしきり笑いあう。
きみの顔を心に刻みつけようと、必死になっていた事をふと思い出した。
それはぼくにとって、最大の試練であるかのように繰り返された。
そんな事は、何一つとして必要ないのに。
不安そうなきみは、ぼくの鏡なのだ。
だから、ぼくは大丈夫。
「わたしは強いわ」
彼女は弱々しい声でつぶやく。
「ぼくは弱いんだ」
ぼくは、はっきりとした口調で言い切る。
何も無い、空虚な世界へと旅立つ事を憧れているきみは、確かにぼくより強い。
ただ、強さは何より弱く、脆いものだと言うことをぼくは知っていた。
すべては逆転の構図。
ぼくは、不幸だった。
それ以上に、ぼくはしあわせだった。
後ろを振り返りつつ、前を見ずに、言葉に発することもできずに、態度でも示せず
に、心を開けれずに、生きる術をしらずに、何にも興味が無く、夢を持たず、何も聞
けなくて、何も触れることもできずに、ただ歩き続けていた。
熟れすぎて潰れたトマトのような夕日が、ぼくたちの細長い影を作っていた。
きみは、誰?
ぼくは、誰?
わからなかった。
それが、心から楽しかった。
闇へと移行する街並は、ひっそりとしていた。
「あいしているよ」
言葉はすぐに風化する。
「あいしているわ」
風に乗って流される。
後には何が残るのか、わからなかった。
沈みきった太陽の代わりに、空高く昇って行く巨大な月。
細々とした光を放つ、小さな----本当は巨大な恒星たち。
見渡す限りの、無人の街。
死を宣告された、全ての人。
ぼくの理性は感情を抑圧し続ける。
きみの感情は理性を抑圧し続ける。
広大な天井の片隅に、色々な世界が渦巻いている。
ぼくは否定した、全てを。
きみは肯定した、全てを。
ただ、ぼくは全てを愛していたが、きみは全てを憎んでいた。
天高く舞い上がる龍の背に乗り、遥かなる世界をふたりで目指そう。
「わたしは、ここにいたいの」
それは、拒絶のことば。
「ぼくは、ここにいたかった」
それは、否定のことば。
言葉は全てを伝えられない。
心は、全てを覆いかくしてしまう。
「ねえ、わたしはしあわせだわ」
感情のない瞳。
「ああ、ぼくもしあわせだ」
色あせる、全て。
きみの涙は結晶になり、天井の片隅に世界をつくりだす。
ぼくは創造することが出来る、きみが羨ましかった。
ただ、それは、嫉妬ではなく羨望の念だった。
そして、ぼくは言葉を紡ぎ出す。
それは、何一つ残すことが出来ない、ぼくのただ一つの願いだった。
(おわり)