AWC 八月の雪                  聖 紫


        
#476/1336 短編
★タイトル (ALN     )  95/ 7/ 9  23:34  ( 70)
八月の雪                  聖 紫
★内容

   入道雲は西に傾いた陽射しに染められて真赤に焼けて居たけれど、少しも
  しない中に、銀色の影に変わり紺色の斑は闇に隠れて仕舞った様に見えなく
  成って行くけれど… 大きな月に照らされると未だ其処に居るのが分かって
  仕舞う程度の事だった。

   夜が更けるのを待ち疲れた様に星達が思い思いに輝き出す頃、愛美も夢の
  中で待ち疲れた様に瞳を開く…

   眠る前にお母様がちゃんと閉めておいた窓の鍵はそのままで、音もなく窓
  が開くと少しは涼しく成った夜風が部屋の中に忍び込んで来て優しく愛美の
  頬を撫でるから、愛美は心地良く思いながら目覚めることが出来る。

   昼間うつらうつらとしている愛美は、こんな時間に目覚めると、もう再び
  眠りにつく事など出来なくなってしまうけど、真夜中の一時を過ぎると、愛
  美以外の者は皆眠りの中だもの… 気付きはしない。

   涼しい風は、愛美を起こしに来た時の優しい接吻? それとも… その後
  で、そっと触れるように愛美の髪を撫でて行く風が目覚ましの接吻なの…?

   そんな気の利いた挨拶など出来る人でもなさそうだけれど…
  愛美がベットから起きあがり、そのはじっこに腰掛ける頃には、その微風の
  主は鍵が掛かった侭開いた窓縁に腰を掛けて愛美を見つめている。

  『微笑んでいるの… ?』

   微笑んでいるのか、無表情なのか… 冷酷な笑いなのか愛美には分からな
  いけれど、もう随分前から知って居たようで… つい最近出逢った様な…
  懐かしい忘れ人… 愛美は静かに立ち上がると窓縁に近付いて、賑やかな星
  達を見上げる。 すると、その人はいつの間にか愛美の直ぐ後ろに立って居
  て、優しく背中から肩を抱き寄せてくれる…

  『このまま、連れて行っても良いのよ… 』

   何度も伝えたいと思いながらも、言い出せなかった言葉が、ついに愛美の
  心の中から飛び出して、星明かりだけが頼りの透明な闇を翔巡る。 その人
  は一瞬、冷酷で残忍な微笑みを浮かべたかに見えたのだけど、その前に悲し
  そうな… 寂しそうな顔になって、いつの間にか閉じられた窓の外に浮かん
  で居る。

  『窓を開けてよ… 』

   愛美が叫ぶようにお願いをすると、その人は余計に悲しそうな顔になって
  だんだんぼんやりと成って消えて終って… 何時もは愛美が其処で夢から覚
  めて、突然朝が来るのだけれど… 今夜は少し違っているのかな… その人
  は窓も開けないまま、硝子越しに愛美に両手をさしのべて、愛美は抱かれる
  様にその胸の中に飛び込んで… そのまま、星空の下をその人の胸に抱かれ
  て飛んで行った。

   愛美が夢では無い事を知って居るのは、その風が、その星達が、その胸の
  温もりが、ただ懐かしいだけでは無くて、確かにあの日の侭だったから…

   そう… 愛美が突然高熱に魘された夜。
  独り闇の中で迷い彷徨って居た時、何処からか聴こえて来たお母様の呼声。
  声のする方向も分からないで居ると、その人が現れて… 優しく手をとり、
  愛美の部屋まで連れ帰ってくれた。 もう少し… その人の側に居たいと愛
  美は思って居た… このまま、一緒に… そう、二度と再び此の部屋に戻れ
  なくても良い様な… 何時かそうなる事も分かって居たのに… その時は未
  だ、お母様の声の方が懐かしかった。

  『星の降る夜に、また逢おうね… 』

   そう約束してあの人は消えて仕舞った…
  そう、だけど愛美はその侭寝たきりになって仕舞って… ベッドの上に起き
  あがる事も出来なくなって… 眠り続けていたから、約束なんて忘れて居た
  けれど… あの人は約束通りに愛美を迎えに来てくれた。 雪の様に星の降
  る八月の夜。 愛美は二度と再び目覚める事のない夢を観る。


                                 聖 紫




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