AWC お題>博物館「博物館の殺人」  みのうら


        
#438/1336 短編
★タイトル (ARJ     )  95/ 4/19  15:10  (102)
お題>博物館「博物館の殺人」  みのうら
★内容

 ああ、そこ気を付けて下さいね。やたらと近付かないように。
 手を触れない。本当に危険なんですから。
 どうぞ、順路はこちらです。

 さて、そちらの洋燈に灯っているのが「モルグ街の殺人」。ええ、淡い黄色の
ものです。当館の展示物の中でも、最も古い部類にあたりますね。洋燈も古ぼけ
ているでしょう?年代物ですから。ときどき同じ名前の展示物が紛れ込んで来る
のですが、そのあたりは次の部屋に展示されております。
 そっちの、真鍮の洋燈ですか?緋色の炎が灯っている。あまり見つめ過ぎちゃ
いけませんよ。心の奥底まで見透かされたような気分になります。
 どうです、自分がイギリス人の軍医で、アフガニスタンから帰ったばかりのよ
うな気分になってきたでしょう?気にしないように。
 この行燈は、ちょっと洋風でしょう?ただ和紙が貼ってあるのが日本風ですが
、これは「D坂の殺人」。回り灯篭になっております。え、変な影が現れたって
?気のせいでしょうな。
 散っている火花?ああ、それは事件ですよ。華々しい事件の火花が燃え切れず
に散っているのです。
 おなじようなのが随分あります。どれも同じ職人がこさえた殺人なのですよ。
なんだかなつかしいような気もしますね。おや、蜥蜴だ。しっ、しっ。
 ああ、その帳を開けないように。光が強すぎて、脳髄によくありませんから。
正面から見つめると、キチガイ地獄に陥ります。
 その灯明の列は……「本陣」、「犬神」、「悪魔」、といったところで。まだ
たくさんありますが、一度には展示しきれません。どの展示物もそうですが。
 回りを飛んでいるのは蛍ではありませんよ。あまりにも多い殺人が、死を捕ら
え切れませんでね。死が浮遊しているのです。赤や青の光になってね。なかなか
素敵な眺めでしょう?死の舞踏は。
 え、?向こうですか。あちらは少々明るいですよ。どれも最近展示品に加えた
ものばかりで。あれは……電気を使ってますのでね。もっとも、こちらの展示物
を真似て作っておりますから、薄暗い雰囲気は出ておりますよ。気を付けないと
、上手く引っかけられますからね。ご注意、ご注意。
 あー、さわっちゃったよ。しょうがないね、この人は。
 危険だから止めてくれと申し上げたでしょう?
 え?なんだか不思議な気分だ?ベルギー人になったような気がするって……そ
りゃ良かった。犯人や被害者の気分になられたらこっちは大変だ。
 あ、お客さんだ。すいません、ここから先は安全ですから、おひとりでご覧に
なって下さいませんか。申し訳ない。いいですか、くれぐれも展示物にはお手を
触れないようにお願いいたしますよ。

 えー、それではお客様、それではこちらが当館自慢の展示物。どちらの博物館
をご覧になってもこれほどのものは置いておりませんな。
 さあ、こちらなどいかがです?
 ええ、きわめて光が弱いのでして、この、のぞき窓からご覧下さい。
 ね、いいでしょう。
 こちらは「本物の殺人」を取りそろえているお部屋なんですよ。
 それも最近行われた、完全犯罪ばかりが集められているのです。時間がたつと
世間様のおかげでだんだん光が強くなってきますからね。展示室に混ぜ込んでし
まうのですが。
 できたてほやほやの、本物の完全殺人!ね、素晴らしいでしょう?
 え?なんで当館がそんなものを手に入れられるのかって……。
 それはあなた、こう言っちゃ何だが企業秘密です。博物館にとって、その展示
物がどこからどうやって手に入れられたのか逐一世間様に報告していたら、大英
博物館なんか一日で裾まくって夜逃げせにゃあいけませんな。
 そんなことよりも、この淡雪のような風情の素晴らしい光をご覧なさい。
 これは「少女の殺人」です。
 誰もが無垢だと思いこんでいる美しい少女の殺人。今もこの少女は、誰に疑わ
れることもなく、しあわせそうに暮らしていますよ。心に一点の曇りなくね。次
には誰を殺すのか、私はとても楽しみです。思うところ、母親でしょうが。
 その隣は「酔っぱらいの殺人」。
 少女に比べて美しくない?いやいや、そんなことはありませんよ。完全殺人と
いうものは、その存在自体が無垢で美しいのです。
 酔っぱらった勢いで、橋の上から人を突き落としておいて、彼の心にはそんな
記憶のかけらも存在しないのですから。アルマニャックに灯した炎が美しい。こ
のアルコールの香りが。
 こちらは……いえ、なんでもありませんよ。思い出し笑いです。
 これは、「好奇心の殺人」。誰の好奇心かは申し上げませんが、この新しい炎
のおかげで当館は、さらに新しい殺人、死、事件を手に入れることが出来るので
す。
 いつかこの電飾、展示用の豆球ひとつさえ殺人や死で満たすのが私の夢です。
 いつかは、そう、いつかは青いシリウスや赤いアンタレスになぞらえたような
殺人を集めて、プラネタリウムも作ってみたいのですよ。
 殺人をちりばめた天の川を見て、人は何と思うのでしょうか。私は、それは美
しい眺めだと思うのですよ。とてもね。
 ああ、これは話が長かったようですな、申し訳ない。閉館時間が間近です。ど
うぞ、お帰りはあちらから。
 ここだけの話ですが角の洋食屋、当館から時折あかりをいくつか貸し出しております
ので。
 特別席をご所望下さい。素敵な殺人の下で、美味しいディナーが楽しめます。


 さて、今日も長いようで短い一日だった。
 おや、あかりが一つ増えているようだ。どれ。
 やあ、あなたでしたか。
 いけませんね。あれだけ言ったでしょう、展示物に触らないで下さいって。
 「殺人」に触れてタダでお帰りになれるとお思いでしたか。本当にいけない人
だ。
 あなた、もう帰れませんよ。お気の毒に。けれど私、言いましたよね。展示物
に手をお触れにならないようにって。
 昔はたった一つだけでしたよ、本物の殺人は。
 作りものの殺人は、どう触れてもいいとこ気が狂うくらいで、たいした結果は
引き起こさなかった。
 最初は硝子ケースに入れて展示していたのですよ。私もね。でも、この灯に直
接、普通の人間が触れたらどうなるのか、どうしても知りたかったのです。それ
で、硝子ケースはみんなしまってしまいました。
 そうしたら、結構皆さん好奇心がお強いようでね。あなただけではなかったの
ですよ。殺人に触れてみたいと思う方は。
 いやはや、とんでもないことだ。しかし不思議なことにね、一度でも殺人を犯
した人が触れると、その殺人がこちらの炎に引き寄せられてくるのです。
 そして、一度も人殺しをしたことのない人は……。
 もうお解りですね。そういうことです。お気の毒ですが。
 いえ、こう言わなければなりませんね。ようこそ当館へ。
 ようこそ。




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