#432/1336 短編
★タイトル (UYD ) 95/ 4/12 13:25 (113)
夏を歩いた旅 KEKE
★内容
私は今まで一年以上の旅を何度もしているが、さてそれが本当に
楽しかったのかといわれると、ちと「うん?」という感じになって
しまう。旅も一年もしていると、楽しいといった感情とはちがうも
のになってしまう。まず最初の一カ月はなにを見ても、なにをして
も楽しい。これは確かなことである。今まで苦しい思いをして金を
稼いできて、それから開放されて未知の珍しい国を旅するのだから
面白くないはずはない。
しかし、そんな楽しみも一カ月が過ぎるとややマンネリになって
しまう。そういう時は場所を変えるのである。違う地方違う国へい
く。移動することによって、あらたな感覚で回りをみることになる。
そうすると、またあらたな楽しみがわいてくる。
しかしそれも三カ月過ぎると、完全にマンネリになる。そうなる
と場所を移動しようが国を変わろうが関係なく無感動になってしま
う。旅が生活になってしまうからだ。毎日が同じことの繰り返しに
なってしまい、感動がなくなる。
旅で一番楽しいのはホリディの旅である。つまり仕事をきっちり
していて、その合間に一週間なりの旅をする。かえったらまた仕事
がまっている。そんな旅。少々退屈だけれどそれなりにやりがいの
ある仕事をしていて、ある時間違う空間に身をおく。とくにそれが
外国である場合日常とまったく違う空間であるだけに、その落差が
大きい。その落差の大きさが感動をうむ。日常と非日常の落差の大
きさ、これが旅の感動の正体である。
たいていのひとはその非日常であるはずの旅が日常となるほど長
期間の旅をしてないから、旅というと楽しい思い出しかないはずで
ある。旅も日常となってしまえばなんということもない。単なる毎
日の繰り返しにすぎなくなる。単なる繰り返しにすぎない生活なの
に、なお旅を続けるのは、やっぱり違う空間に身をおくのが好きな
性格なのだろう。いわゆる、山のかなたに幸せが住むという、その
幸せを探しにいきたい性格なのだろう。じっとひとところにいるこ
とに耐えがたい苦痛を感じる性格なのだろう。
そんな私が一箇所に釘づけになってしまった。精神病という病を
得た私は、今でも一カ月に一回は診察と薬を受け取るために病院へ
いかねばならない。その程度、と感じるひともいるだろうが、私に
とっては致命的なほどの不自由さである。何しろ最大一カ月の旅し
かできないのである。一カ月なんて、私にいわせれば旅ではない。
それはホリディにすぎない。私はホリディなんてするきはないので
ある。
以前にくりさんが、自分だって妻や子供そのほかいろいろなしが
らみに囲まれて自由に旅なんかできないんだ、ということをここに
書き込んでいたが、私にいわせればそれは覚悟の問題であるように
思える。あるいは自分のなかにおける重要度の問題であろう。自分
のなかで旅というものが妻や子供より重要でないから、旅ができな
いというだけのことだ。もし旅のほうが重要というなら、妻や子供
を捨てればいいだけの話だ。捨てる気になれば捨てれる存在である。
事実私の回りで旅好きの男は、妻や子供を放り出して旅を続けてい
るし、そもそも結婚なんかしてない男が大半である。
私にしても、結婚なんてほとんど考えたことはないな。YUKI
という、これ以上好条件はないという女が現われたときでさえ、結
局彼女より旅をとっている。絵理にしても、当初始動がおくれたの
は、そういう問題が大きかった。結婚というものにもっと重要視し
ていたら、もっと違うことをやったはずだと思う。
何事も一筋道を貫くのは楽なものではない。私にしても妻や子供
安定した仕事、そういった日常を楽にするいろいろなものを排除し
て放り出して、旅を続けていたのである。それだけの犠牲を払って、
(私はかならずしも犠牲とは思ってないが)続けていた旅が突然で
きなくなった。これは私にとって比類がないほどの衝撃である。
ひとはだれでもあるわくのなかで生きている。たとえば生まれ育
ち、容貌の善し悪し。健康に生きてきたのに、交通事故で障害者に
なるかもしれない。これもまたひとつのわくである。わくを越えよ
うとすれば越えられるものならいいが、そうでなくもう否応なく身
にまとわりつくものもある。私にとっての精神病というのも、そう
いう越えられないわくのひとつである。私は一生これとともに生き
ていかねばならない。
交通事故で両足切断という非運にあったある男は、そのことを納
得するまでに八年を要したという。あのときもう少し遅くあるいは
早くあの交差点にはいっておれば、あのとき衝突の位置がすこしず
れておれば。そんなことばかり考えて毎日をおくっていたという。
障害者となった自分に納得がいかず、否定したい思いばかりで毎日
をおくっていたという。それがどうにかこうにか、こういう自分で
しかたがないんだ、これで生きていくしかないんだ、という気持に
なるのに八年かかったのだという。それは当たり前だろう。単なる
精神上の悩みというものではなく、両足がないということは、それ
は毎日の生活、暮らしの一瞬一瞬に否応なく思い知らされることな
のだから。朝起きたときから寝るときまで、すべての生活で不自由
を感じざるえない。そんな自分を否定したい気持にかられるのも当
然なことだろう。
私にしても似たようなものだ。これはけっして大げさにいうので
なく、旅というものが私の生きる目的のほとんどすべてだっただけ
に、それができなくなったというのは、本当に打撃だった。そして
私の場合は十年たっているのに、まだ完全には納得してないような
のである。リュックひとつかついで東京へでかけ住み込みの仕事を
みつけて金を稼ぎ、その金で一年かあるいはそれ以上の旅をする。
もし行った国が気にいれば、行ったまま帰らなくてもいい。そんな
旅をしてきた。そんな自由がどこにもなくなってしまったなんて信
じられない。
もちろん世の中には、こんな程度でない、もっと不自由な思いを
しているひとがたくさんいることは承知している。でも、ことは他
人にとってどうかではなく、あくまで自分がどう思っているかなの
である。あなたより不自由な苦しい生活をしているひとがたくさん
いるわよと言われても、私にはどうしようもないし、関係ない話で
ある。
それでも十年もたつと、多少は折り合いがつくようである。ひと
にはそれぞれどうしようもないわくがあり、そのわくのなかで暮ら
している。そのわくのなかでベストをつくすことが大事である、と
いうと安手の幸福論みたいであるが、なんだかそんな気持にもなっ
てきた。べつにベストをつくすことが重要とは思わないが、すくな
くともわくがあり、それとともに暮らすしかないということには、
どうやら納得してきたようである。精神病、それが私にあたえられ
たわくであり、これとよりそってこれからの歳月を暮らす、それし
かないのだ。そういう気持になるのに十年かかった。