#410/1336 短編
★タイトル (AZA ) 95/ 2/21 8:16 (195)
盗聴 永山
★内容
登場人物・名前の読み方
近藤昭(こんどうあきら) 近藤夏美(こんどうなつみ)
丸金道真(まるがねみちざね) 上村龍(うえむらりゅう)
秋野佳子(あきのよしこ) 呂久分喜子(ろきゅうわきこ)
相原克(あいはらかつ) 浜本刑事(はまもと)
俺、相原克。私立探偵をやっている。今では年季も入り、それなりの腕を持
っていると自負している。が、こんな俺にも当然ながら、駆け出しの頃があっ
た。当時は金のためなら何でもする種類の人間だった。思い出したくもないが、
何かの教訓になるかもしれない。俺は暇に任せて、記憶を掘り起こしてみるこ
とにした。
「では、その近藤昭の部屋を盗聴すればいいのかい?」
俺−−相原克は言った。
依頼人の丸金道真がぞんざいに答える。Mという中堅の電気機器メーカーの
社長さんだ。格幅がよく、髭を生やしている。いかにも金を持っていそうだ。
「そうだ。金は充分に払う。ただし、盗聴を録音したテープは聞かずに、わし
に渡すのだぞ」
「分かっている。近藤の住所、このアパートに間違いないんだろうな」
「ああ。とにかく頼むぞ。理由さえ聞かないんなら、金は充分に払う」
丸金は再度、こう言うと、俺の事務所を出た。それを見送ってから、勝手に
言葉が口を突いた。
「金のためにはしょうがないか。……しかし、分からねえな。自分の部下の、
そのまた部下の部屋を盗聴するなんてなあ」
翌朝早く、教えられたアパートに出向いた俺は、ターゲットが留守なのを確
かめると、丸金が用意してくれた隣室に入り、早速、盗聴器を壁に取り付けた。
そのマイクは特製のテープレコーダーにつながっている。このテープレコーダ
ー、丸金が特注で作らせた六時間連続録音ができるという代物で、常に部屋に
篭っている必要はなくなる訳だ。
しかし、初日である今日は、近藤昭の生活パターンを知るため、ずっと部屋
にいるよう言われている。少なくとも、会社の終わる午後五時までは戻って来
るはずないのだが、訪問者や電話がないかどうかを見るようにと、丸金に言わ
れているのだ。
だが、そのようなこともなく、近藤は午後八時過ぎに帰宅した。もちろん、
その後も盗聴を続ける。何事もないようだが、あっても俺には関係ない。
そして盗聴を始めて一週間後、近藤が死んだ−−。
第一発見者は被害者の妹、近藤夏美だった。夏美は大学生で、休みを利用し
て兄に会いに来たらしい。
捜査の結果、近藤は三十一日(盗聴開始から六日目)の午後九時三十分から
午後十一時三十分の間に死んだものとされた。死因は細めのロープによる絞殺
で、凶器のロープは、近藤の首に巻き付いたままになっていた。
浜本という刑事が、『隣人』、つまり俺のことを調べに来た。まずいことに、
盗聴器を発見されてしまったので、俺、さらには依頼人の丸金までもが取調べ
を受けることになった。あまりにもひどい失態だった。これでは私立探偵失格
である。
その頃、俺はひねくれてはいたが、正直だった。刑事に聞かれるまま、素直
に答えたものだ。
「俺はただ、丸金氏に頼まれて盗聴していただけだよ。盗聴の理由? そんな
もの知りません。依頼者に聞いて下さい」
次に、丸金の話。以下、これらの情報は、全て、後から刑事に聞かせてもら
ったものである。
「盗聴の理由ですか。仕方がない、お話しましょう。近藤君は我が社の出世頭
なんです。で、彼がこの頃、ある女性と付き合い出したようでして……。もし、
何か危ない商売に関わっている女なら、近藤君にやめさせようと思ったんです。
その場合、相手の女性を追っかけるより、近藤君の部屋を見張るのが手っとり
早いでしょうからね。
盗聴したカセットテープ? わしが持っておりますが。はあ、内容。ええ、
いいです。事件の解決に役立つんなら、喜んで提供しましょう」
こうして丸金から提出されたテープの内容は、次のような物であった。
・午後八時十分、近藤帰宅
・午後九時五十分、呼び鈴の音。近藤の声で「誰? ワキコか?」と入る。続
いてドアの開閉音。部屋に入って行く足音。笑い声。急に近藤の声で、「ぐっ、
何を……」と叫び、途切れる。何かの倒れる音。何かしきりに動き回っている
雑音。足音、ドアの開閉音。
この間、十五分。以後、静寂。
警察が調べた結果、近藤が口にした「ワキコ」なる人物は、呂久分喜子とい
う作家らしいと分かった。呂久こそが、近藤が最近になって付き合い始めた女
性であった。
「私は何も知らないわ。テープの声ですって? ええ、聞かせてもらいました
けど、これだけじゃ、私が来たのかどうか、判断できないんじゃありません?
誰かが来たのは確かでしょうけど、それを近藤さんが『ワキコか?』と聞いて、
違ったのかもしれない。
だいたい、私と近藤さんはうまくいってました。それにあの日、私にはアリ
バイがあります。午後九時から0時まで、推理作家の集まりがあって、座談会
をやり、その後、皆さんと一緒に飲みに行きましたから。すぐに調べて下さい。
えっ、近藤さんと彼の妹さんの仲? それはもう、すごくよかったわ。週に一
度は会いに来ていたみたいだから、彼女」
呂久のアリバイは、ほぼ正しいと思われた。ほぼ、としたのは、彼女が推理
作家であることと、アリバイの証人達が当時、少し酔っていたためである。何
かトリックを使ったと、考えられなくもない。
その後、丸金の証言で、近藤と出世争いをしていた上村龍という男が、捜査
線上に浮かんだ。
「そりゃ、近藤とはあまり仲がよくなかったです。しかし、単なる仕事上での
ライバルですよ。殺すなんて、とんでもない。そんなことしなくても、自分の
方が先に上に行ける自信はありました。アリバイですか? いや、あの日は調
子が悪くて、定時に帰宅してしまったから。独り者なんで、証人はいません。
こんなことなら、無理してでも残業しとくんでしたよ」
とは上村の話。
さらにその後の調べで、秋野佳子という女性も容疑者として上がった。近藤
の部屋に何度も出入りしていたのを、管理人が見ていたのだ。
秋野は両親が離婚し、父と二人で生活していたが、三年前に父を亡くし、生
計を立てるために十八のときからホステスをやって現在に至っている。
「近藤のところに出入りしていたのは、あいつが父さんを殺したからよ。それ
なのに、警察は自殺と決めつけて……。でも、近藤を殺したのは、私じゃない
わ。アリバイはないけど、殺すより、あいつに罪を償わせてやろうという気持
ちが強かったんだもの。出世を狙ってるあいつにとって、私みたいな女がまと
わりついたら、地位が危なくなると思ってね。近藤の奴、俺じゃない、今、真
犯人を調べてるんだとか何とか言って……」
秋野が、近藤を父殺しの犯人だと考えた理由は−−。
秋野の父が青酸毒で死んでいるのが見つかった部屋のテーブルに、KAとい
うキズが遺されていた。当然、犯人の名をイニシャルで現した物と考えられた
が、その頃、秋野の父と親友関係にあった丸金の会社の中に、名前がKAなる
イニシャルの者はなく、逆さにしたAKならば一人だけ該当者がいた。それが
近藤昭だったのだ。AKとせず、KAと書き遺したのは、毒を飲まされたと気
付き、犯人を示す手がかりを慌てて残そうとしたために、反対に記してしまっ
たのではないか−−そんなところであった。
近藤昭が秋野の父を殺す動機については、不明のまま。近藤の妹・夏美は、
当たり前のように証言したらしい。「兄貴は殺人なんてそんな恐ろしいこと、
絶対にするはずがない」と。
捜査は行き詰まりかけていたらしい。警察は、近藤の部屋を調べることに目
を向けた。
成果はあった。近藤の部屋のカーペットの下から、近藤が社長の身辺調査を
していたと見られる書類が、大量に出てきたのである。出世頭の部下が、社長
の身辺を調べるとは、どういうことか。その不可解さに加え、書類の内容にも
奇妙な点があった。三年前の項目が大半で、秋山の父が丸金のことを「金やん」
と呼んでいたことなど、くだらないことで占められていたそうだ。
完全に捜査は行き詰まったらしく、警察は、俺の名前のイニシャルがKAに
なるとか何とか言いがかりをつけ、俺まで容疑者扱いにしやがった。
「さあ、アリバイがあるなら言ってみな」
刑事は探偵を目の敵にしている。俺はそう信じた。
「ないね。盗聴のテープを新しいのに交換してから、すぐ、街に出てしまった
からなあ」
「街では何をしていた?」
「特に何も。ぶらぶらしていただけですよ」
「くそ! 全く、おまえは何て役立たずなんだ。おまえさえ、部屋に居残って
自分の仕事をやってりゃ、犯人はすぐに割れたかもしれんのに!」
「そうかっかしなさんな、刑事さん。ちょいと情報をもらいたいんだが」
俺は切り出した。事件を解決してやろうという色気が、むらむらと沸き起こ
っていた。
俺と刑事はしばらく、騒々しいやり取りをした。それを経て、俺は先の情報
を得たという訳だ。
さらに俺は聞いた。
「丸金と近藤夏美のアリバイ、聞きたいなあ」
「丸金? あの社長はアリバイがある。事件当日、午後九時から十時半まで他
社の偉いさんと会っていて、証言の信憑性もばっちりだ。その後のアリバイは
ないが、テープから割り出された犯行時刻の午後九時五十分から午後十時まで
のアリバイは完璧だぜ」
素直に答えてくれた刑事。
「夏美の方は?」
「ないね。どちらかと言えば、黙秘権を使われているせいもあるが」
「なるほどな。決定的証拠はないが、あんたの話を聞いて、犯人の姿がぼんや
り、浮かんできたようだ」
「本当か? いい加減なこと言うと、承知せんぞ!」
俺を怒鳴る刑事の目は、どこか期待する光があった。と、俺は思った。
* *
「ポイントは、盗聴されている部屋と知っていて、殺人をするか? というこ
とに尽きる」
俺はそう始めた。
「ふむ……。普通に考えれば、その部屋が盗聴されている分かっていれば、そ
こを殺人の現場にしようなんて馬鹿はいまい」
「そうだろう、刑事さん。何たって、殺そうとしたとき、いつ、自分の名前を
叫ばれるか知れたもんじゃないからな」
「じゃあ、おまえは、少なくとも自分と丸金は犯人じゃないと言うのか」
「待ってくださいよ。そう結論を急いでもしょうがない。まあ、俺自身が犯人
でないことは確かですがね。ここで思い出してもらいたいのが、三年前にあっ
た秋山某が死んだ事件だ。ダイイングメッセージがあったとなれば、他殺の疑
いは充分にある。そのダイイングメッセージとは何だったか?」
「KA、だ」
「その通り。これに見事に当てはまる人物が、一人いる」
「だから、おまえだろう。相原と克で、ぴったりだ」
「ご冗談。俺は三年前、秋山とも近藤とも知り合いじゃなかった。それ以外で
考えてくださいよ」
「……おらんじゃないか」
「いますよ。丸金道真が」
「丸金社長が? どうしてKAになるんだ?」
「憶えていますかねえ、刑事さん。丸金は、秋山からどう呼ばれていたか」
「ええっと……金やん、だろう?」
「ほら、出た。『金やん』なら立派に、KAが出てくる。ローマ字で表して頭
文字を取れば、『かねやん』の『か』がKAに通じる」
「……なるほどな……。ちょっと考え付かなかった。だが、それじゃあおかし
くなるじゃないか。おまえの理論だと、現場たるあの部屋が盗聴されていたこ
とを知らなかった者が、犯人なんだろうが。丸金社長は真っ先にその条件に引
っかかる」
「今一歩、踏み込んで考えることですよ。盗聴されている部屋で殺しをやる奴
はいない。だが、その盗聴内容を自由に改ざんできる立場の者なら、敢えて盗
聴させて殺しを実行することもあるかもしれない……とね」
「……まさか、丸金が?」
「社長」が取れ、俺の依頼人に対する刑事の呼び方は、ただの「丸金」にな
っていた。
「俺はテープの内容を聞くことを許されなかった。ただ、カセットテープの交
換を命じられていただけです。丸金がテープの内容を変えても、誰も分かりっ
こない。それにもう一つ。あの男が電気メーカー社長だってことも、注目して
しかるべきだと思いますがね」
目の前の刑事は、慌てたように立ち上がった。
気が付くと、ドアがノックされていた。
俺はつまらない思い出を払拭し、叫ぶように言った。
「どうぞ! 鍵なんて立派な物はかかってない。遠慮は無用!」
−−終わり