AWC 困惑の仮面    永山


        
#383/1336 短編
★タイトル (AZA     )  95/ 1/28   7:59  (193)
困惑の仮面    永山
★内容
 ドアがあった。白い。蝶番とノブだけ黄金色。
 がちゃがちゃ。
 分かり易く表すと、上のような音がした。
 耳をすませば、ドアの向こうに人の声。こちらの方は何を言っているのか、
表記のしようがない。
 どん−−。
 唐突に、重たい音が響き渡る。どうやら、何者かがドアを破ろうとしている
らしい。
 二、三度、似た音が続いた。恐らく、体当たりでドアを破ろうとしているの
だろう。
「斧を持ってこい」
 よほど大声で叫んだのだろう。扉を突き抜け、人の声がした。体当たりでは
らちが明かぬと見たか、道具に頼る気か。
 がん!
 今度のは、痛いような音だ。これも何度か繰り返される。見る間に、ドアに
は割れ目ができ、暗い室内に細い明かりが差し込む。徐々に割れ目は広がり、
縁のささくれ立った穴となった。
 そこから人間の腕−−右腕が生えてきた。無論、本当に生えてきたのではな
く、廊下にいる誰かが腕を差し込んできたのだ。その腕は、しばし宙をかくと、
ノブをしっかりと握った。
「ないじゃないか。どこを回せばいいんだ?」
「つまみが、ノブの中央にあるはずです」
「そうか。あ、あった」
 そんなやり取りの後、腕はつまみを捻って横にした。鍵は開かれたのである。
「開いたぞ」
 廊下の方でも、ちょっとした歓声が上がった。腕は引っ込められ、ドアが改
めて正式な方法で開けられた。一気に、光量が増す。
「う」
 最初に飛び込んできた者は絶句し、手で口を押さえた。
「死んでいるのか」
 後方から、年輩の男がぽつりと言った。それに対する答はない。あまりにも
明白だからだろう。
 遺体は頭部を切断されていた。殺されてから、首を鋸で切られたのだ。当然、
血だまりができている。
「出入口はここだけなんですか?」
 年輩が言った。
「はい」            アルジ
 三番目の男が応じる。この部屋の主、リー・サンタナだ。
「この部屋は、窓も何もありません」
「ドアの鍵は……」
 年輩の男が言った言葉で、部屋に入ってきた全員が、室内に目を走らせ始め
た。やや明るさが足りないためだろう、すぐには見つけられないでいる。
「ありました」
 色の黒い、若い男が言った。彼の指し示す方向には、一本足の丸テーブル。
その上に鍵束がある。
「確かめるか」
 白い手袋をした手で、年輩の男は鍵束のわっかをつまんだ。そしておもむろ
に、サンタナに尋ねる。
「何番ですか」
「二〇三です」
 鍵それぞれに刻んであるナンバーのことを言っているのだ。
「……残念ながら、あった」
 年輩の男は、問題の鍵を人差し指の先で持ち上げてみせた。
「鍵が室内にあったということは、この部屋はいわゆる−−ふん、口にするの
も嫌だが−−密室というやつになっていた訳だ。けったくその悪い」
「自殺……じゃないですよね」
 若い男が、馬鹿みたいなことを口にした。それは本人にだって承知のことな
んだろうが、言わずにおられなかったのだろう。
「自殺してから首を切断し、なおかつ、切断に使った道具を消してしまえるん
なら、そう言うことも考えるべきだがな」
「はあ」
「それよりも、誰かが潜んでいないか、部屋の中を徹底的に調べるんだ。犯人
の奴、まだ逃げ出していないとも考えられるからな」
 捜索が始まった。が、狭い部屋のこと、すぐに終わってしまう。
「誰もいないようです。人が隠れるスペースなんて、ほとんどありませんし」
「ふん、そうか。……スペアキーの存在はどうですか」
 年輩の男は、サンタナに尋ねた。
「私が持っている物を除くと、他にはありません」
「合鍵は作れますかな?」
「電子錠とか何とかで、合鍵はできないというのが謳い文句でしたが」
「なるほど。いよいよ、忌々しい状況が見えてきたぞ」
 唾を飲み込む年輩。本当は吐き捨てたいんだろうが、殺人現場でそんなこと
はできるはずもない。
「おっと、肝心要のことを確かめずにいたままだった。被害者はお義兄さんに
間違いありませんね?」
「はい、そのようです」
 被害者の名前は、ゲン・ミューラー。ゲンは、ドプル・ミューラーの一つ年
上の兄であり、そのドプルの夫が、この部屋の主−−リー・サンタナである。
もちろん、今現在のドプルの名は、ドプル・サンタナが正しい。
「サンタナさん。あなたの奥さんは、今夜はどちらへ?」
「同窓会とかで、外出しています。十九番街のK店にいるはずですが、それが
……?」
「こんな事件だ、当然ながら、関係者は一通り調べさせてもらいますよ」
 部下らしき男に合図を送りながら、年輩の刑事−−恐らく刑事だろう−−は
卑屈に笑った。当人はそう思ってないかもしれないが、卑下た笑みだ。
「これも念のため。あなた自身はどこにおられましたか」
「ゲンから電話をもらう前ですね、もちろん? 妻が同窓会に行くということ
は分かっていましたから、自分は一人、外食に出かけました。十番街のMで、
一人豪華にね」
 リー・サンタナは、高級料理店の名を挙げた。
「いいですなあ。遺体を前にしてるのに、よだれが出そうだ」
 面白くない冗談を飛ばしながら、年輩の男は先とは別の部下に、またも目で
合図を送っていた。それぞれ、確認させているのだろう。
「そこへ電話がかかったと?」
「そうです。食後の氷菓子を食べているところ、呼び出されたので、誰からだ
ろうと訝しみました。電話口に出ると、いきなり、酔った男の声がどやしつけ
てきて」
「ゲン・ミューラーだった」
「そうでした。いえ、あまりに酔っているようでしたので、すぐには誰だか皆
目、分かりませんで……。相手が名乗ってくれ、ようやくゲンだと。話を聞い
てみると、支離滅裂でした。『おまえの家をめちゃめちゃにしてやるからな。
そうされたくなかったら、すぐに帰ってこい!』ときましたよ。私は、ゲンが
どこにいるのかを聞こうとしましたが、そのとき、すでに電話は切られていま
した。ゲンが酔ったら、何をしでかすか分からないところがあるというのは、
私も知っていましたので、とにかく家に急ぎました。妻への連絡? していま
せん。それから……帰ってみると、玄関のドアが開け放しになっている。鍵は
かけていたはずなんですが」
「ゲン・ミューラーは、お宅の鍵を持っていたとか」
「はい。普段は大人しい、紳士なんですが」
 サンタナの答を、疑わしそうに聞き流す年輩の刑事。
「それから?」
「中に入って、ゲンを探しましたよ。ああ、言い忘れましたが、私が帰宅した
とき、家は真っ暗でした。ゲンがどこにいるのか、全く分からなかったのです。
ここを除く全ての部屋を見たのですが、ゲンはいません。この部屋に入ろうと
したら、鍵がかかっていた。廊下からゲンの名を呼びましたが、まるで反応が
ありません。最初、酔いつぶれているのではないかと考え、救急車を呼ぼうと
しました。ですが、すぐに異臭に気付きました」
 それが大量の血を発生源としたものだということは、彼も明言しなかった。
「で、通報先は警察に変更しました。あなた方が到着なさるまでの間は、ずっ
とこの部屋の前にいました。もしかしたら、ゲン・ミューラーが、あるいは全
く別の第三者がドアを開けるかもしれないと思ってましたから。結局、部屋の
ドアは開かれることはなかったんですが」
「よく分かりました。さて、ゲン・ミューラー氏を殺害する動機を持っている
ような人物に心当たりは?」
「……分かりません。思い当たらんですよ。酔っている彼は手の着けられん男
でしたが、それだけのことで殺す殺されるだのは、大げさすぎます。まあ、路
上で殴られて死んだというなら、まだ喧嘩の末に殺されたんだなと納得できま
すがねえ」
「……こちらとしては、あなたと被害者との関係を詳しく知りたいですな」
「どういう意味です?」
 色めき立つサンタナ。それは刑事は軽くいなす。
「何度でも言いますよ。関係者は全員、疑ってみるのですよ、我々は。まず、
手近なところで、あなたから白黒をはっきりさせようかと思いましてね」
「あきれたな」
 吐き捨ててから、気を取り直すかのようにネクタイをいじるサンタナ。やが
て口を開いた。
「刑事さん、黙っていてもしょうがないので、包み隠さず申しましょう。私の
見るところ、ゲンにはシスターコンプレックスの気があったんですよ」
「ほう、あなたは外科医だと聞いていますが、精神分析もやるんですかな」
 皮肉な刑事の口調。サンタナは頭を振った。
「目に見えた現象から引き出される、明白な結論です。妹のドプルを、私に取
られたというような気持ちだったんでしょうね。私とドプルが結婚した後も、
一緒に暮らしたがっていました。私はもちろん、ドプルもそんなことは認めら
れないと、はねつけてました」
「動機はありそうに思えますね、客観的に言って」
「だが、私は殺していない。ドプルだってきっと、同じだろう。身内を手にか
けるなんて、及びもつかない」
「まあいいでしょう。このお宅には、あなたと奥さんの二人以外、誰かお暮ら
しでしたか?」
「いませんよ。そんなことするぐらいなら、義兄を受け入れていたことでしょ
う」
「そりゃそうだ」
 言いながら、刑事はおもむろに、視線を移してきた。彼の目は、『私』に向
いている。
「アレは何という名ですかね?」
「ああ、アレ。アレはエーサン・チナリー。メイド用類人猿の中では、最高の
部類に入る、ヤパーナ種です。私が今まで見てきた中では、賢い奴だ」
 サンタナは、私のことをそう表した。あながち、間違いでもない。
「賢いねえ。まさか、アレがゲン・ミューラーを殺し、首から上を切断したな
んてことはないでしょうな。密室状態だった部屋にいたのは、被害者の他には、
アレだけでしたが……」
「馬鹿な! 賢いと言ったって、我ら文明人とは比べものになりませんよ。殺
人という人間特有の行為が、こいつらに理解できるはずありません。よしんば、
何かの偶然が作用した結果、アレがゲンを殺したのだとしても、頭部を切断す
るなんてことは思い付かないでしょうし、鍵をかけることもできないでしょう
ね」
「なるほど」
 サンタナの私への評価は、ここにきて誤りを見せた。
 私はこの通り、ゲン・ミューラーを殺害、首を切断してやったし、こうして
事件のあらましを記述することさえできるのだ。
 その能力を見破れぬ、こいつらこそ、よほどの間抜けなのだ。私は最初から
殺人現場であるこの部屋から動いていない。それなのに、こいつらは私のこと
を無視して、話を進めようとしている。先ほど、一瞬だけ、私を疑ったのかと
思ったが、それは所詮、彼らのくだらない冗談のレベルだったらしい。
 私は優秀なのだ。彼らは知らないのだろうが、私、エーサン・チナリーは、
かつて経済という武器を手に世界を席巻した「日本人」の末裔だ。何らかのき
っかけで脳が刺激されさえすれば、こうして能力を発揮できる。
 だが、現在、自分の置かれている立場を考えると、今すぐ、能力に目覚めた
ことを明かすのは懸命でないと判断できる。それよりも、私はこの立場を利用
し、気に入らない連中を消していくことに決めたのだ。その手始めが、酒飲み
のゲン・ミューラーという訳である。彼には、散々いじめられていたからね。
酔っているとは言え、この家に来る度に、私を小突き回してくれた。最初に片
付けるには、適当な小悪党といったところか。
 まず、一人目は成功した。そして、これからも殺人を続けよう。そのために、
私はメイド用類人猿としての仮面を被り続けるのだ。来るべき日まで……。
 年輩の刑事は、困惑の表情を浮かべている。その声は、ゲン・ミューラー殺
害犯である私の耳にも届いた。
「難しい事件になりそうだ」
 私は首輪をがちゃがちゃ鳴らしてやった。ついでにお返しとばかり、一声、
鳴いてやるとしよう。
「けけ!」

 幕




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