AWC 『石膏の塊』    佐々木宏一


        
#381/1336 短編
★タイトル (RNJ     )  95/ 1/25   2:42  (176)
『石膏の塊』    佐々木宏一
★内容



『石膏の塊』


                          199X年10月 プロローグ

 私の名前は、佐々木宏一この物語の記述者である。この物語は、完全に実話であ
る。公開されることによって、関係者に迷惑が掛かる可能性があるので登場人物
は、仮名にしました。


                               1.習慣それとも?

 東京郊外、秋の夕暮れ心地よい静けさが私の体を、覆う。
 私は、友人宅に向かう途中だった。友人宅は、近所なので歩いていけば運動不足
に丁度良い。
  友人の家が見えてきた。木立に囲まれた大げさな家だ。私が予備鈴を鳴らす前に
彼は、玄関の扉を開けて私を迎え入れてくれた。
「佐々木君、よく来てくれた。」
「別に君に用事は無いが、暇だからね。」私は、言った。私と彼、つまり名倉君と
は、大学時代からの友人で、付き合いは20年以上になる。
「まあ、上がってくれたまえ。あいにく家内は、町内の寄り合いで温泉旅行に行っ
てるんで、大したもてなしは、出来ないけれどね。」彼は、言った。
「別にかまわんよ。僕は酒さえ飲めればいいんだ。」
 彼は、自称芸術家で、屋敷の離れにアトリエを持っている。
 私達は、そのアトリエに入り、つまらないおしゃべりをしながら水割りを、傾け
た。
「名倉君、君の芸術品の進行具合は、どうかね?」
「ぼちぼちだよ。最近前衛芸術に、挑戦しているんだ。特に彫刻のね。」
 彼の言葉通りアトリエには、訳の解らない石膏の塊が、乱雑に転がっていた。
「ところで、なぜ君は、私の家でくつろぐのかね?
 只酒が目当てといゆう訳でもないだろう。実を言って君の顔は、見飽きた。
酒の味が落ちるんだよ。」彼は、穏やかな口調で言った。
「それは、私も同じさ君のせいでどれだけ酒の味が悪くなっているか、僕の忍耐力
に感謝すべきだよ。」活字にすると、喧嘩をしているようだが、私達の口調は、穏
やかだ。
 そう、私と名倉君は、互いに良識ある大人なのだ。
 私と名倉君は、20年以上の付き合いのある。友人同士なのだ。
「私とて、好きで訪問している訳では無い。そう・・これは、習慣とゆうやつだ
よ。」私は、言った。


                                2.穏やかな空間

 私と名倉君が、一緒に酒を飲むといつもこうゆう会話になる。だからといって、
喧嘩をしている訳では、ない。私達は、親友なのだ。
 私と名倉君の口調は、とても穏やかだ。アトリエの中の空気までもが、それに同
調しているようだ。空間全体が、穏やかな雰囲気をかもし出し、置き時計の秒針だ
けが、その存在を主張している。
 私は、酒を飲みながら、アトリエの中を歩き回った。広さは、20畳ぐらいだろ
うか。ひどく乱雑だ。彫刻に挑戦しているだけあって、石膏の塊が部屋の隅でうず
高く盛り上がっている。
 とても芸術作品には、見えない。しかし、芸術家のアトリエなどこんなものかも
しれない。


                                3.静かなる騒音

「佐々木君。どうして君、結婚しないんだい。」名倉君が、いった。
 彼は、その理由に気がついているはずだ。なにしろ、長い付き合いだ。
「なんとゆう事は、ないよ。ただ結婚する機会に恵まれなかったのさ。」私は、平
気な顔で嘘をつく。
 彼は、もちろん私の嘘に気がついている。私が嘘を言う前から、その嘘にきがつ
いていたはずだ。
「そうか。まあ結婚なんて、縁の問題だからね。」
彼も嘘をつく。
 互いにこの話題になると、言語とゆう能率の悪い意志伝達方法など必要ない。
 言葉などは、間をもたす装飾品にすぎない。


                             4.誰も望まない進展開

「ところで君の作品は、少しは売れたのかね。」私は、話題を替えようと思い彼に
聞いてみた。正直な所、彼の作品が売れるとは、思えない。
「何時の時代も天才は、世間に理解されないのさ。勢力的に創作しているんだが、
一向に売れないをよ。」
 名倉君は、資産家なので別に生活に困ることはない。芸術家を気取って泥をこね
くり回していれば何となく世間体を保てる。世間とゆうのもは、そうゆうものだ。
「名倉君、僕と君は、どうゆう関係なのだろう。ただの友人だろうか?
 実を言うと私達のこの下らない、関係に私は飽きてきた。」
「佐々木君の言いたい事は、わかっているよ。」かれは、穏やかな口調言った。
 何が、分かっているのだろうか?
 いや、何もかも分かっているのだろう。



                            5.破局・・変化なし!!

 恐ろしくつまらない時間が、流れていった。沈黙に耐えきれず彼に、
「僕たちは、よくあるタイプの友人さ、君が間違いを犯さなければの話だが。」
 そう私は、間違いを犯したのだ。友人の妻を愛すという、ありふれた、そして最
もつまらない行為だ。
「名倉君、僕は君の細君を愛している。しかし、テレビや映画のラブストーリーで
はない。友人の細君と肉体関係になるはずがない。私は、良識ある社会人だ。」
 名倉君に反応は、驚くほど穏やかだ。そして静かに答えた。私は、彼のこの表情
とかれの言葉を生涯忘れないだろう。
「私にとって君達の関係などどうでもいいことだ。問題は、妻も君を愛していると
言うことだ。」自称芸術家は、言った。
「もう、止そう。君の奥さんに聞かれたら僕は立ち直れない。」
「妻は、出かけているよ。妹の具合が悪いので来週まで留守にしている。」
 私、安堵のため息と微かな不安感をもって彼のアトリエを歩き回る。
 彼は、言う。「私達は、よくあるタイプの友人関係だ。」
 私もその意見にに賛成だ。賛成することによって彼との友人関係を保っていられ
る。矛盾に満ちたパラドックスも関係だ。
 私は、コップに残っていたウィスキーを飲み干した。苦い水が喉を通り胃にと落
ちていく。アルコールという不快感が血管を通って指先に伝わる。
「佐々木君、コップが空だよ。注いであげるよ。」彼は、私に、ウィスキーを注い
だ。
 注がれたウィスキーは、純粋な琥珀色で私の思考能力を麻痺させるに十分だっ
た。騒ぐまい。怒るまい。ひどく、おっくうだ。ひどく心が、だるい。頭の中で誰
かが語り掛けるようだ。結局は、自分自信だと気付く。
  酔っぱらうといつもこんな感じだ。


                                 6.不快な空間

 私にも生活がある。友人との会話は、好きだが自宅に帰らねば。その時刻が来た
ようだ。
「名倉君、そろそろ失礼するよ。奥さんによろしく言ってくれ。」
「ああ。伝えとくよ。」
「ところで、名倉君。君の奥さんは温泉旅行に行っているのかね?、それとも妹の
見舞いにいっているのかね。」
 彼は、ゆっくりと顔の筋肉を動かし、顔一面に笑みを浮かべた。声を出さないで
で笑っている。
「佐々木君、君はいい奴だ。僕の期待に応えてくれる。気がつかなかったら君との
友情も壊れるところだった。何時気がついたんだい。」
「きみは、こう言った。『家内は、町内の寄り合いで温泉旅行に行った。』これ
は、おかしい、君の奥さんの性格からは、考えにくい。君を残して旅行に行くはず
がない。」
」おかしいと思って頭の隅に引っかかっていた。そして先ほど君は、『妻は、妹の
具合が悪いので来週まで留守にする。』と言った。」
「佐々木君、素晴らしい!,見事だ!,よく気がついてくれた。さすがは、佐々木
君だ。」彼は、体中で喜びを表現した。
「素晴らしい!,見事だ!」彼は、繰り返した。
「そんなことより、細君は?」私は、言った。
「妻は、どこにも行っていない。この部屋にいるよ。」彼は、アトリエの隅の石膏
の塊を見つめた。



                                 7.大円団・・・?

 私は、頭の中が真っ白になり足の力が抜け、膝が崩れた。床にへたりこんだ私
を、名倉君は、上から見おろしている。
「佐々木君 悲しむことは、ないよ。君にとっては、友人の細君だ。ようするに他
人事だよ。」
「なにを言っているんだ。人一人死んでいるんだぞ。」私は、冷静な彼に腹を立て
た。
 冷静になりたまえ。君は言ったじゃないか。妻とは、何の関係も無いと。無関係
な女性が一人姿を消そうと何ほどのことが、あろうか。」
 彼の言うことは、もっともである。いくら愛していてもしょせんは、女性一人。
私の人生に変化が有るわけもない。
 私の精神は、冷静さを取り戻した。もともと冷徹な人間だったのだろう。自分自
信の冷静さに驚を感ずる。
 私は、ふらふらと立ち上がり、彼を見つめた。
 彼と私は、友人なのだ。今までも、そしてこれからも。
「名倉君、今日は飲み過ぎたようだ。そろそろ帰ることにするよ。」
「気お付けて帰ってくれたまえ。だいぶ飲んでいるからね。」彼は、そう言いなが
ら私を玄関まで送ってくれた。
「佐々木君、もう僕の招待を受けないなんて言わないだろうね。」
「そんな事を言う訳無いだろう。君とは、長い付き合いだからね。それに君は、数
少ない友人だ。」
 私は、帰路についた。


                                 8.エピローグ

 三ヶ月後、私の生活に変化は無い。名倉君との友情も続いている。
 私は、時々名倉君のアトリエに訪れ、彼と酒を酌み交わす。彼とのとりとめのな
い会話をつまみにして、友情を深める。
 彼の細君を見かけなくなったこと以外は、何の変化も無い。
 アトリエの隅には、石膏の塊がある。
                              完
/E




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