AWC 「結婚披露宴」 スパマン


        
#372/1336 短編
★タイトル (GVM     )  95/ 1/15  11:25  (197)
「結婚披露宴」                         スパマン
★内容
 その日は従兄弟の結婚式で、私は久しぶりに着る窮屈なダブルのボタンを気にしなが
ら、F観光系列のWホテルに向かった。案内状には披露宴開始の12時より30分前に来て
くれとあったが、すでに12時をまわっていた。この遅刻の原因は主に久しぶりに着るダ
ブルのズボンのせいであった。ここ数年、どぼっとした作業ズボンばかりはいていたせ
いか、あるいは運動不足のせいか、どうにもズボンのホックが掛からず、別のズボンを
探すうちに、11時を回り、11時半を過ぎてしまったのだ。もうしょうがないからと、ホ
ックを掛けずにベルトでぐいと締め上げ、車に乗った。当然、座席につくのも窮屈で仕
方がない。
 昔のダブルはもう着れないとわかっているんだから、新調すればいいんだろうけれど
不況でリストラやらダウンサイジングが叫ばれている現在、たまにしか着ないダブルを
新調する余裕はまったくない。私は根無し草のフリーターで、ただ幸いなことに昔取っ
た杵柄の英文タイプライターのおかげでキーパンチが速いから、ワープロ入力やらテレ
ビ局のパソコンでのテロップ作成の仕事でやっと食っているという状況なのだ。
 パーキングに車を入れ、公園を抜けて、ホテルに向かって歩き出したときに、その怪
現象は起こった。いきなり眼鏡のセルロイド枠がピシリと音を発して、あっと言う間に
左のレンズが落ちて割れてしまったのだ。貧すれば窮す。弱り目にたたり目。泣きっ面
に蜂。てなもので、私はさらに苦境に立つこととなった。今更、めがね屋に行って作っ
ていたのでは、披露宴には間に合わない。にわかに視力が弱まった状態でホテルに入り
3階とだけは案内状の文句を覚えていたので、エレベーターで3階に上がり、とにかく
人の溜まっているところに向かった。視力は裸眼では、0.08以下という状態で、つまり
視力検査のときに5メートル先の検査表の一番上の大きな文字が4メートルにまで近付
かないと見えないという、なんとも恥ずかしい視力なので、人の顔の判別も1メートル
くらい近付かないとわからないのだ。これでは、披露宴会場を見つけられるかどうかも
怪しい。案の定、紛れ込んだところは別の結婚披露宴会場らしく、入口に立っている新
郎は、従兄弟ではないようだった。それを確かめるために、かなり近付いてしまったの
で、相手はとまどっているようだった。やがて変質者と思われたのか、あたりがざわざ
わしてきたので、慌てて、その場を離れた。
 いらいらしながら、うろついていると、運良く叔母さんが私に声を掛けてくれた。私
は事情を説明して案内してもらい、やっと披露宴の席に着くことが出来た。しかしなが
ら、新郎の顔はおろか、新婦の顔もさっぱり見えず、酒を飲む気にもなれず、ただ目の
前の料理だけを黙々と平らげるばかりの2時間であった。まわりがよく見えないという
状況がこんなにもつらいものだとは、今まで思わなかった。
 ようやく披露宴も終わり、昼のうちから赤い顔をした私は眼鏡屋に直行した。怪現象
のことをいうと、それはセルに傷が入っていて、ちょっとしたきっかけで割れたのでし
ょうとのこと。よくあることだというような口ぶりだった。私は工学部出身だから、た
ぶん、そんなことだろうとは思うのだが、密かに、珍しいことだとか言ってもらいたい
という思いもあった。
 眼鏡の加工に二時間ほど掛かるから5時に来てくれというので、市街をぶらぶらして
時間を潰すことにしたが、いかんせん、視力がないものだから、本屋に行っても20セ
ンチくらいまで本の背に顔を寄せないと何の本かわからないという状況で、いらいらし
っぱなし。しょうがないから、パーキングに戻って、車内でラジオを聞いたり、近くの
公園をうろうろしたりして、じっと我慢の子であった。
 何度目かに車に戻って、ラジオをつけると同時に、助手席側のガラス窓をコツコツと
叩かれた。もちろん、ろくに見えないのだが、女だということはわかった。何者か、さ
っぱりわからないが、助手席に乗せてくれと合図しているようだった。親戚のだれかで
帰るなら便乗させてくれとでもいうのだろうと思い、とりあえず乗せることにして、ロ
ックを外した。実は、これが間違いだった。乗り込んだ女は親戚の誰でもなく、知り合
いでもないようだった。ちょっと派手目の化粧で、口紅は、こんな色が流行りとは聞い
てないオレンジ色だった。雰囲気からきっと水商売だと踏んで、私はスナックのいくつ
かを思いだそうと努め目を凝らして、相手の顔を判別しようとした。だが、該当する人
間を見つけることは出来なかった。となると、聴くしかない。
 「どなたでしたっけ?」
 「あら、覚えてないの?」
 私は再度、頭の中をサーチするが、なんせ見えないものだから、検索条件不足。しょ
うがないから、顔を近づけてみる。すると、「相変わらずねぇ。」 と、ウフンと、科
を作るので、あわてて眼鏡を失ったことを話した。話しながら、この女と深い関係にな
ったことがあるのだろうかと訝しんだ。
 「じゃ、ひょっとして、披露宴のときにも気付いてなかったのぉ?」
 「ええ、まあ・・・」
 「まさか、今も私が誰かわからなかったりして。」
 返事に困って、車のシートが窮屈だとでもいうように、体を動かした。
 「いやねー。朱美よ。アケミ。忘れちゃった?」
 忘れていた。名前を言われても、さっぱり思い出せない。
 「顔を見せてもらえるかな。」
 私は恐る恐る顔を近づけた。女は接吻を待ちかまえるような雰囲気だったが、もちろ
んそんなことはしなかった。 「んー。どこで…?」
 「もー、やだぁー。叫んじゃおうかな。この人、私を覚えてないんだってー。」
 うむむ。この乗りは、いったいなんだ。ぽかんとしてしまった。
 「しょうがない。種明かし。」 私は居心地悪い気分で待った。
 「奈美子、覚えてる? ナコちゃん。」 「あっ!」
 その名前で、いっぺんに思い出した。そうだ。奈美子の友人だったんだ。私がナコに
やめろと言い続けていたコンパニオンを一緒にやっていたアミだった。
 「アミか。」 そう言ったとたんに、私の首に抱きついてきたので、体のバランスを
崩して、はからずも助手席に彼女を押し倒す形となった。車の周りに人がいないことを
祈りながら、慌てて体を起こす。幸い、誰もいなかった。
 「いいじゃない。まったく赤の他人てわけでもないのに。」
 たしかに赤の他人とは言い切れなかった。あの時、酔っていたと言っても、やること
はやって、することもして、覚えてもいるのだ。つい先刻までは忘れていたけれども。
あの頃のことをなつかしく思った。だが、ナコのことを思い出すと、苦かった。
 「君はまだコンパニオンを?さっき、居た?」
 「そうよ。なかなか抜けられなくて。それに、チーフになっちゃったしぃ。」
 「へぇ、出世だね。」
 「そう、ナコと同じで、仕事はきちんとやってるからね。」
 「仕事たって・・・」
 私は4年前にも言っていたことを言おうとして、止めた。
 「ふふ。耳タコ。」
 私は、ナコとアミにいつも説教していたのだ。コンパニオンを辞めて正業に就けと。
その時私は不良学生をやめて中退し、しがないサラリーマンになったばかりで多少気負
いもあった。今は自分もフリーターで、そんなことは言えない立場だし、こうした生き
方も気楽でいいじゃないかとも思い始めてきたこの頃だった。
 「ねぇ、昔を懐かしんで、一杯どう?」
 私に異論はなかった。 「アリスバーに行こうか。」
 「そうね。ぴったしのお店かも知れない。」
 その店は、私の大学のときの先輩が経営している店で、今日常識となっているカラオ
ケを置かない店だった。だから、ぱあっとやるには相応しくない。それでよかった。
 「じゃ、途中で眼鏡屋に寄ってから。」
 彼女は、頷いたようだった。まったく視力がないと、さっぱりだ。
 眼鏡屋に寄っていくとアリスバーへは遠回りだったが、彼女と昔の話をしながら行っ
たので気にならなかった。眼鏡はちゃんと出来あがっていて、さっそく掛けてアミを見
ると、彼女は昔よりもきれいになったと感じて、少年のように胸がどきどきした。それ
をごまかすために、「んー、ちょっときつかったかな。」
 そう言った。店員は、すぐ慣れますよと言う。ま、それはそうだ。
 「似合うじゃない。」とアミ。ちょっと顔がにやけたかも知れない。

 アリスバーのドアを開けると、マスターが「おう」と言った。アミが「おひさしぶり
」と言って、マスターにいきなりキスをする。私はちょっと妬けた。
 「元気か。」
 「ええ。最近ようやく。」
 「喘息ってのもやっかいだからな。」
 私は、28歳になって喘息と診断され、その病が原因で会社を辞めた。幸い、わずかだ
が貯金があったのと、不良学生時代の付き合いのおかげでいろんなアルバイトで食いつ
なぐことが出来ているのだ。
 「山椒魚を生きたまま飲むといいんだぞ。」 マスターは言った。
 「げろげろ。」 アミがそう言ったが、私も正直なところ、そうだった。
 「俺は子供のときに飲まされたんだ。だから、喘息にはならん。」
 わけのわからない理論だった。思わず苦笑いしてしまった。
 「今度、俺と一緒に山の沢に行こう。数は減ったが、まだいると思う。」
 「ええ、まあ。ひまがあれば・・・」
 フリーターは実は忙しい。安い仕事を数多くこなさないといけないからだ。特に、不
況となった今は、もらった仕事は迅速に確実にこなすということが要求されるのだ。の
んびりやって、締め切りを守れないと、その系列の仕事は他人にまわされてしまう。フ
リーターにも、プロ意識が要求される時代だ。
 スコッチの水割りを3杯ほど飲んだときアミは私の聴きたかったことを言い出した。
 「ねぇ、ナコのこと、気になるぅ?」
 「いや、別に。」
 「またぁ」
 「もう昔のことだぜ。」
 私は意地をはった。実は、彼女のことを今思い出しても胸が熱くなるのだが、そんな
感情は押し殺すべきだと決めていた。手元の水割りを一気に飲んで、おかわりをする。
 「教えてあげましょうかぁ。」
 「いいよ。いまさら。」
 「ふーん。今でも、まだ意識してるんだ。」
 そりゃ、そうだ。私が初めて結婚を申し込んだ女だ。たとえ、それをことわられたと
しても。
 「もう、忘れちゃったさ。」
 「おおっ!男だぜぃっ!!」
 アミがはやしたてた。戻ってきた水割りをまた一気に飲んだ。
 「でも、今どうしているかくらいは、聞いてやってもいいぞ。」
 私は強がった。アミは意味ありげな笑みをもらした。
 「ふふふ。やっぱりね。」
 「いや、やっぱり、聞くのはやめておこう。」
 私は水割りをどんどん飲んだ。昔のことを思い出すと、じっとしているのがつらい。
 「あたしは、あんたのことが好きだったんだよ。あ、今でも、よ。」
 「それは、ありがとう。感謝感激雨霰っ。」
 アミが私に好意を寄せてくれているのは知っていたし、酒の上とは言え、一度は寝た
仲だった。だが、私はナコを愛していた。
 「ねぇ、今でもナコが好き?」
 「もうとっくにバイバイしたんだぜ。」
 「いいやっ。それでも、あんたはナコが好きなんだ。」
 どうやら彼女のピッチも速いようだ。マスターはにやにやしながら、黙って、おかわ
りを作り続けている。
 「もう、過去の話はやめて、未来の話をしようぜ。マスター、最近釣りのほうは?」
 「おいっ。逃げるんじゃない。」
 「逃げてなんかいないぞ。」
 「じゃ、ナコのことを聞けっ。」
 「だから、それは、もういいんだ。」
 私は、自分の心の傷がしくしく痛むような気がした。すると、突然、アミが笑い出し
た。怒り上戸の次は、笑い上戸か。
 「あのさ、偶然て、あるんだよねー。」
 「そりゃ、あるだろ。君とこうして会ったのも、そうだしさ。」
 「うん。それと、運命のいたずらってのもあるんだよね。」
 「なんだよ。思わせぶりが過ぎるぞ。」 何となく、アミの言葉が気になった。
 「ねぇ、あたしと結婚してくれう?」
 「おいおい、呂律がまわってないぞ。」
 「あたしと結婚してっ。コンパニオンもやめるからさぁ。」
 アミは、私の手を求めてきた。私は、ふいに優しい気持ちになって、その手を握って
やる。妙に頭の中が冴えてきてしまった。
 「わかった。しばらく、付き合ってみよう。今は、酔ってるからさぁ。明るくなった
ら、アミのほうが厭になるかも知れないからさ。」
 「うれしい。」
 そう言うと私の首に抱きついてきて頬にキスをする。私は素直に受けることにした。
 「熱いね。お二人さん。」
 「先輩。そりゃないよ。ちょっとは、助けてよ。」
 「ま、いいから、いいから。今夜は、俺のおごりだ。ホテル代に困るだろ。」
 マスターは、そう言って笑った。アミは安心したのか、私に抱きついたまま眠ってし
まったようだ。
 「ま、しばらく寝かしておけよ。客もいないから、いいよ。」
 「でも、この態勢じゃ。」
 「いいから、我慢しな。夫の勤めだ。」
 マスターは、また笑った。私は仕方なく、アミが寝やすいようにしてやった。
 「おまえさんも、そろそろ身を固めてもいいんじゃないか。」
 そう言いながら、マスターは自分も飲み始めた。
 「惚れた女よりも、惚れてくれた女のほうが結婚相手にはいいぞ。」
 「まあね。だけど、今は不安定な生活してるからね。不況だし。」
 「そんな時だから、一緒になったほうがいいんだよ。魚だって、弱い魚は群れるんだ
ぜ。群れて、大きな敵から身を守るんだ。」
 「理屈はそうだけどね。」
 私は弱々しく言った。

 その日から丁度、一年後に、Wホテルで私はアミ、いや藤田朱美と結婚式を挙げた。
いかにも照れくさくて仕方がないのだが、私は披露宴会場入口で、従兄弟や親戚や友人
を迎えた。当然、アミの友人もいて、それまた当然ナコもいた。ナコは本当にうれしそ
うに、祝いを言ってくれた。
 「おめでとう。私も去年、同じ日にここだったのよね。」
 私は、その言葉が気になった。従兄弟の結婚式も去年の、この日だったのだ。私はア
ミに話しかけようとしたが、アミは、にこやかに微笑むだけだった。最高に美しい笑み
だった。それを見て私は何を聞こうとしたのか、すっかり忘れてしまった。




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