#337/1336 短編
★タイトル (XVB ) 94/12/ 1 1:37 ( 95)
覆面>力の書
★内容
力の書
比類無き美女と大陸中に、その名も高いロルディナエ・マクスカリウシア姫は、とう
とう膝をついては荒い息を繰り返すばかりとなった。
「もう、一歩も動けませぬ……ここまでお供させていただきながら、今さら足手まとい
になるとは」
「なにをおっしゃいます、姫らしくもない弱気のお言葉。姫のために命散らせた多くの
者の事をお考え下さい!王家に生まれしものの生命は、我が物にあらずと、気高いお言
葉をお聞かせ下さいましたのは姫、あなた様ではございませぬか」
か弱き姫を守るため、あまたの勇士の間から選ばれた勇者ファエラディアス・ソルド
グダエインは答えて叫んだ。
天は暗雲に覆われ、不気味な赤い稲妻が轟く。
勇者はともかく、王家に生まれし一の姫にして、世界を救う戦巫女として育てられた
姫だからこそ、ここまでたどり着けたのだ。
大魔王イザエルゥワポユブデの配下にされ、人であった記憶も、姿も失った猿人たち
は、倒されても倒されても次から次へと襲いかかってくる。一向に、減る気配はない。
「姫、申し訳ありませぬが、私の背にお乗り下さい!一刻の猶予もありませぬ!」
「しかし、それではあなた様が・・・」
「私では、谷の扉は開きませぬ。姫の御身体など、木の葉ほどの重さでもございませぬ
よ。さあ、お早く!」
左手に姫を支え、右手で伝説の剛剣を振り回す勇者は、言葉の通り、鋼鉄の姿で谷を
めざす。
わずかな岩のすきまから、二人は谷へと入り込んだ。
ここから先は、勇者ではなく姫が先導する。
「姫、時間があまりありませぬ!満月が天の座に入るまで・・・」
勇者は、ただその後について行くのみだ。
いくつの角を曲がり、どれだけの道を駆けただろうか。
「ここです。とうとうたどり着きました」
宝玉で作られたらしいその板に姫が薄桃色の掌をあてると、音もなく開く。
「おお・・・」
かつて最強の神が愛用し、神去りし後は、手にした者は、世界を支配する力を持つと
いう『力の書』。
そして、手にした者の心により、強大な力で持ち主を支え、または堕落の底にたたき
落とす。
白亜の祭壇の上に、それを納めた白い箱が据えられている。
そしてその前には、込み入った模様の魔法陣が描かれた床がある。
「これは・・・恐るべき力を感じます。見たこともない強力な魔力障壁・・・何人たり
とも、受け付けない、強い意志・・・」
肩に掛けられた勇者の手を軽く突き放し、姫は祭壇の前へと進み出た。
勇者は叫ぶ。知らず、足が駆け出そうとしたが、見えない壁に弾き飛ばされた。
姫は叫ぶ。そしてもう一度、勇者に微笑むと、吹き荒れるプラズマの中、華麗に優雅
に舞い始めた。
小さなステップ、翻る裾。
その動作ごとに姫の生命は削られて行く。
「姫えぇぇぇぇえーっ!」
勇者は、なすすべもなく叫んだ。
姫をここまで護衛してきたのは、こんな結末を迎えるためではなかった。
勇者は何もできぬ自分を恥じ、ただ叫んだ。
頬を幾筋もの涙が伝ったが、拭いもせずに。
姫の、生命の舞が終わり、あたりは何事もなかったように静まり返る。
枯れ葉のように軽い、愛する人の憔悴しきった身体を抱いて、勇者ファエラディアス
・ソルドグダエインは祭壇へ進んだ。
「『力の書』を・・・」
姫の唇を人差し指で優しくふさぎ、勇者は白い聖櫃の蓋を開いた。
見たこともない灰色の材質で装丁されている。
持ち上げればずしりと重く、不思議な手触りだ。堅く閉じられていて、開かない。
たとえるなら、テハシファヤ獣の皮に、似た感じだろうか。
「この時を待っておったぞ!勇者ファエラディアス・ソルドグダエイン!」
突然の轟音と共に、廟内に割れんばかりの大声が響きわたった。
「この声は・・・大魔王イザエルゥワポユブデ!」
大魔王の巨大な姿が、破壊された扉の前に現れている。
右手を挙げて大魔王は、魔の風を巻き起こす。
とっさに姫をかばった勇者の手から、『力の書』が、こぼれ落ちる。
「ああっ!」
姫は勇者の腕から身を振りほどき、書に向かって駆け出した。
魔王ともみ合いになり、それに勇者も加わった。
「我が力も、弱くなりしものよ!そなたらごとき人間を、吹き飛ばすことも出来ぬとは
!」
「大魔王!お前の魔力が弱くなりつつあることはとうにわかっていた!『力の書』を手
に入れなければお前は破滅だ」
「だからこそ、この伝説の書を手に入れるのだ!我が魔力を永遠にするためにな!」
三つどもえの争いは続く。
だが、姫を女と見た大魔王に油断があった。
姫は豊かな髪を結う銀のかんざしを引き抜き、大魔王の手に突き刺したのだ。
髪が夜の闇のごとく広がり、バランスを失った『力の書』は、宙に舞い、堅い音と共
に冷たい床に落ちる。
ぽうん
あっけないほど軽い音がした後、小さな、かりかりという音がした。
誰も、書を手に取ろうとはしなかった。
あれだけのもみ合いにも開かなかった書が、開いているのだ。
ほの明るい、光さえもれている。
永遠の仇敵のようだった三人は、肩を寄せ合うように、おそるおそる『力の書』をの
ぞき込む。
そこには、古代文字でこう書かれていた。
>バッテリは何も蓄電されていません。メモリの内容を保存するために、
>POWERBOOKは10秒以内にスリープします。
ぷつり。
革紐を断ち切ったような音がして、『力の書』は活動を停止した。