AWC お題>あやつり人形・その二 不知間


        
#324/1336 短編
★タイトル (YPF     )  94/10/15  17:20  (106)
お題>あやつり人形・その二 不知間
★内容
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   あやつり人形・その二

             不知間 貴志

 ひとつひとつ日常をこなしていく作業さえ、
自らの肌に突き刺す針の苦痛となるも、美酒
の池に浮かぶがごとく愉悦となるも。日々、
誰かが背中を押す。それを、感じることも。

 もしも今日歩む歩数を、朝に数えあげられ
るのならば、自分は歩み出すことができるだ
ろうか。死にたい、死にたいと、かすかに、
歌うように口ずさみながら同時に、二年前に、
この世の中からさっさと去った友が、ある日
酔って口走った下卑た冗談を思い出して、唇
をひきつらせる。二度目のチャンスはいらな
い。これで最後。繰り返される最後の自分。

 ふと、自分がなにか別の存在にあやつられ
ていると感じるときは、定期を自動改札に通
過させる戦慄の瞬間、たしかに、それを思う。
その刹那の記憶の欠落の恐さ。カードを挿入
するときの手。受け取る手。その間の身体の、
無気味なほどの機械としての動き。自分は意
識の消えた、都市の部品となっているのか。

 悪夢を見る。自分は女の首を切ってる。と
くに、何の快も不快もない。その首を、きれ
いな肌色で、プラスチックでつるん、とした
表面をもつマネキンのボディににすげかえる。
女が生きかえって笑う。するとマネキンの足
が、自然に動いて、くの字に折れる。胸もと
が、てらてらと蛍光燈の白い光を反射する。
 夢の中では、いつもその人形を後ろから犯
す。するとそこで、マネキンの身体の女は、
酔ったように笑う。決して笑いやまないのだ。
その首筋をくるりと、傷口のかさぶたが飾る。

 あの夢とそっくりの、マネキンがばらばら
になっているショーウィンドウの前で立ち止
まる。ジーンズをはいて、ペラペラの汚れた
タオルを腰につっている若い男が、脇にかか
えて運ぶマネキンの下半身には、ちゃんとタ
テナガのへそがある。切断面は、白い布で一
周くるりとまいてあり、つまりはあれが死だ。

 電車の中。実物大の大きな赤ん坊の人形を
抱いた少女が笑う。首がゆっくりと、うなず
きをくりかえす。人形の内部にオルゴールが
組み込まれていて、それは使い古されたミュ
ージカルの音楽を、懲りもせず奏でている。
その少女を、ぽってりと腹が出た妊婦が無表
情に見つめる。その彼女の頭の中の言葉は、
発声されるまでもない、呪詛と悲哀と典型。

 東京タワー! ああ、なんてこんなに。だ
いだい色の、この静かな夕べの歓喜と高さよ。

 火傷するほど熱い缶コーヒーを指先でつま
み乍ら、展望台へのチケットを買いに並ぶ。
東京タワーにロウ人形があることを最初に知っ
たのが、何歳のときだっただろう。タワーの
根元が、実はこんなにも寂しく、静かで暗い
ということも。この印象は巨木の根元に近い。

「あっ」と、思わず小さく声をあげてしまう。
展望台のガラスをとおしてみていた、ロケッ
ト型のビルの、何百もの窓の明かりが、ふっ
と、息をつくように、いっせいに閉じる。そ
れはああなんという生々しい動きだったろう。
都市が生きているというのは、比喩ではない。
そして確かにあやつられているのは我々の方。

 かえる家もある。外が見えるエレベータを
吊すワイヤーの長さをイメージしようとする。
 かわりに出現する記憶。誰の絵だったろう。
骸骨となった男が十字架にかかげられ、そこ
に電柱と電線が配置されていた。大きな絵だっ
た。あの古い電柱の頭部の横木。その前に立っ
たときの軽い吐き気が、僅かの間再現される。
 自分が歩み去るべき荒野も、山も、沙漠も
どこにもない地表へ、コミカルに降ろされる。

 立って、足をすすめ、歩むことは実に不自
然な行為ではないか。曇天からのびる糸が、
首筋にきっとついていて自分を立たせている。
 つまりは、重力に逆らう行為が”生存”と。
 飲み終えた缶コーヒー。さっと手の中で冷
たくなる。その一瞬を意識した途端、突然、
今の全てに激怒して、腕を思いきりふりあげ、
あき缶をアスファルトの坂道に叩きつける。

 缶のたてた音と、自分のとった行為に驚い
てじっと手のひらをみつめる。続けて呪文の
ように、歌のように、小声でつぶやいてみる。
「死にたい、死にたい、死にたい・・・」
 すると力が抜け、身体は自然にひざまずく。
 ああ、そういう仕組みかといまさら気づく。

 東京タワーの足元で、しばらく、泣いた。

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1994 10/15





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