AWC   酔っぱらいの話 (随想6) /オークフリー


        
#305/1336 短編
★タイトル (GSC     )  94/ 8/31  18:57  (140)
  酔っぱらいの話 (随想6) /オークフリー
★内容
 そもそも、酔っぱらいというのは人なつこくって、悪気はないにしても、うっとお
しいものです。もっとも、ここにお立会の皆様方が、しばしば酔っぱらって、他人に
迷惑をかけているのであれば、何をか言わんやですが…。いずれにしても、我々のよ
うな障害者は、「ご機嫌」な人を頼りにしないよう注意が肝要です。


    1

 私がまだ二十歳前の頃でした。
 下町の鍼治療院に住み込みで勤め、夜は按摩・マッサージのアルバイトをして僅か
なこづかい銭を稼ぎ、昼は盲学校に通って勉強していました。
 アルバイトは、治療院に電話で注文がくると、私ども従業員が各家庭へ出かけてい
って、1〜3人の治療を行い、料金をもらって帰ります。当時は車などないし、私は
自転車にも乗れないので、白杖(ハクジョウと呼んでいます)を頼りに一人トボトボ
と歩いて行ったものです。けれども、私は幼少からの全盲者なので、割合感が良い方
で、普通の人のようにはいかないにしても、2、3回で道順を覚えたものです。

 ある晩、なじみ(常得意)の米屋さんから指名の電話がかかり、小雨の中、傘をさ
して出かけました。私どもにとって雨や風ほど嫌な物はなく、感が鈍って歩きにくい
のです。
 大通りの交差点をいつものように渡ったつもりだったのに、方向がくるって別の方
へ行ってしまいました。暫く迷っている所へ、幸い誰かが通りかかったので、呼び止
めて道を尋ねました。
 「オオ、そうかい。米屋へ行くんなら、連れてってやるよ!すぐそこだからな。」
 「そうですか、どうもすみません。」
 「あんまさんは、雨の日は歩きにくいだろう。大変だなあ。」
 「エエ。でもまあ慣れてますから…。」
 そして数分間、その人の肩につかまって歩きながら、差し障りのない会話をして、
目的の家に着いたのですが、その中年の人はかなり酔っぱらっていて、ともすると足
がふらつき、言葉も乱れがちでした。
 米屋さんの前でお礼を言って分かれようとすると、彼は
 「いいよ。あんたが帰るまでここで待っててやろう。」
と言います。
 「イエイエ、1時間半ハカカリマスカラ、駄目ですよ。」
とことわっても、
 「いいさ、1時間半くらい平気だよ!ちゃんと待っていて、あんたの家まで送って
ってやるから、心配するなって。」
 そう言って、彼は家の土間まで入って来るではありませんか!

 米屋さんの奥さんが、
 「この人、知り合いなの?」
と聞くので、
 「いいえ、道で会っただけですから、帰ってもらって下さい。」
と私が言い、奥さんが
 「帰ってもいいそうだから。」
と言っても、酔っぱらいは動こうとしません。
 その家の息子さんも出てきて追い出そうとしましたが、立ち去る気配は無く、しま
いには
 「警察を呼ぶよ!」
と言ったが、酔っぱらいはだんだん酔いが回ってきた様子で、とうとう土間に座り込
んでしまいました。

 ついに、米屋のご主人が出てきて、強い語調で、
 「オイッ、出ていけ!そこにいるとお客さんのじゃまになる。さっさと帰らぬとた
たき出すぞ!」
と激しく言っても動じる気配はないのでした。
 私はすっかり責任を感じ、酔っぱらいのそばへ行って哀願するように頼んだもので
す。
 「この家は私のお世話になっている所なので、今日は少し話が長くなるかも知れな
いし、帰りは慣れているので一人で大丈夫ですから…、本当にありがとうございまし
た。またどこかで会ったらよろしくお願いします。」
とかなんとか言い捨てて奥の部屋へ引っ込んでしまいました。

 それでも酔っぱらいは、その場に10分くらい座っていたようですが、いつのまに
かどこかへ言ってしまい、私が帰る時にも姿を現しませんでした。



    2

 私は若い頃、10年ほど札幌に住んでいました。ある年の秋、出張で山形へ行くこ
とになり、単身で夜行列車に乗り、早朝4時に、仙台駅に着きました。
 ところが、乗り換え方法が分からない!すると、近くで誰かが、
 「仙山線…」
と独り言を言うのが聞こえたのです。心の内で「しめしめ」と思った私は、その男に
近付き、
 「すみません、仙山線でしたら、一緒に連れて行っていただけますか?」
と頼んだ訳です。
 彼は心よく引き受けてくれましたが、ひどいアルコール中毒だったんですね。ほと
んどフラフラで歩けないくらいなのに、ロレの回らない言葉つきで、
 「まだ発車までには時間がある。おれと今から飲みに行くべえ。」
と言って聞かない。私が断わると、彼はポケットからジャックナイフのような物を取
り出して、私の手に触らせながら、
 「おれを甘く見るな!つべこべ言うと、こいつでぶった切るぞ!」
と怒鳴るのです。恐くなって、しぶしぶ同意すると、彼は機嫌を直し、
 「それじゃあ、おまえの知ってる飲み屋へ案内しろ。」
と言います。私が
 「この町は初めてだから、飲み屋は知らない。」
と言えば、
 「行けばなんとかなるだろう。さあ、行くべえ!」
と譲る気配も無い。
 仕方なく私が白い杖をついて歩き出すと、彼も後から付いて来るが、かいもく見当
すらつかないのは道理…。
 発車時刻は迫って来るし、道路の具合いは分からないし、大いに困っていると、さ
すがの彼も見兼ねたらしく、
 「そうか、知らねえのか。そんなら戻るべえ。」
と諦めてくれました。
 その前に、私は彼から、飲みしろとして、札を1枚預かっていたので、それを返そ
うとすると、彼は受け取るどころか、押し問答のあげく、またもやナイフを取り出し
て、
 「ぶった切るぞっ!」
と言います。私はやむなく、そのお金を自分のポケットにおさめましたが、酔っぱら
いに金銭をもらっても、いい気持ちはしませんね。
 やっと、山形方面行きの列車に乗り込み、佐藤と名乗るその人と向かい合って座席
に腰掛けました。彼がビールを買って来て、コップに注いでくれるので、下手に遠慮
してぶった切られても困るから、美味しくいただきながら、佐藤さんの身の上話を聞
きました。
 「おれはなあ。これから村へ帰って、親父と談判するんだ。もし、とやかく言うな
ら、おれがこいつで、親父を叩き切ってやる!」
 「親父と言うのは、本当のお父さんのことですか?」
 「そうさな。」
 「いくらお父さんでも、叩ききるのは、よくないですよ。」
 「そうなっても、仕方のねえやつさ。…」
 「マア色々事情はあるんでしょうが…。」
 「ところで、明後日の夜、仙台駅で、8時に待ち合わせることにすべえ。いいか!
プラットホームで夜8時だぞっ!」
 「ちょっと予定が立たないので、約束出来ませんが…。」
 「おれは、おまえが気にいった。待ってるからなあ。」
 「困りましたねえ…。」
 その内に、彼はますます酔いが回ってきて、幻聴が聞こえるらしく、車内の誰かの
声に応じて、絡み付くように怒鳴り始めました。
 「なんだと!この汽車が遅いってか?誰だ、そんなことを言うやつは、ここへこい
っ!」
 「べつにそんなこと誰も言ってませんよ。」
 「やかましい。…ヤイッ、文句があるのか。…。」
 私はいよいよ不安になり、おろおろしましたが、やがて彼は泥のように眠り込んで
しまいました。
 汽車は「山寺」駅に近付き、私は降りなければなりません。黙って行ってしまって
は、すまないと思い、彼を揺り起こすと、
 「うるせえーっ!」
と夢うつつで叫んでいるので、そっと耳もとに別れの挨拶を告げて、私は列車を降り
たのでした。

 長々と、つまらない話を、ごめん下さい。

 言い落としましたが、佐藤さんがくれたお金は、たったの100円札でした。いく
ら30年前といっても、100円札では、飲み屋に入れませんよね!

                                   OAK





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