AWC 息子は何処だ


        
#290/1336 短編
★タイトル (KCH     )  94/ 8/17   0:38  ( 75)
息子は何処だ
★内容

 あれから五十年も経ったのか。
 ただ悪夢としか言いようもない出来事があったのは。
 あのとき私が所用で市の中心部に出かけていなければ、息子はいなくならずに済んだ
はずなのだ。


 ウー、ウー

 先日も鳴った忌まわしい音。
 用事を済ませ家へ帰ろうと、中島川を渡るときに警報が辺りに響いた。
 空には飛行機が一機空中に浮かんでいる。
 慌てて近くの壕を探す。
 付近を歩いていた人が慌ててある方向へ逃げていく。
 私もそれに倣う。
 程なくして壕に潜り込む。
 それからの数分は息を潜めなければならない。
 別にそういう決まりがあるというわけではないのだが、自然そうなるのである。
 この数か月、空襲が格段に増えるにつれて、
「日本軍は○○で勝利をおさめ・・・」
という大本営発表を本気にする人が減っているのではないかと思う。
 しかし、それを人前、いや、独り言をしただけでも、憲兵が飛んできて、
「非国民」
の甚だ迷惑なレッテルを張りにくるだろう。
 私としては家族・親類が無事で、なおかつ貧乏でも平和な暮らしができればそれでい
いのだが。例え、日本が負けたにしても。
 そんなことを考えているうちに警報解除されたらしい。
 みんなぞろぞろと壕をでていく。
 顔は明らかにみんな疲弊しきっている。
 私は無言で壕をでた。
 太陽の光が眩しい。
 蝉があちこちで鳴いている。
 改めて川をのんびりと渡りはじめる。

 ゴウゥゥゥゥゥン

 重重しい音が上から聞こえる。
 上は雲がいつのまにやらかかっていた。
 飛行機の音らしいのだが、どちらのだろう。
 警報がでていないから日本のものだろう。
 重重しい音は次第に遠ざかっていった。
 蝉時雨は止まっていた。
 刹那、何か光ったかと思うと突然の振動と強風。
 死ぬのか?
 考えたのはそれだけ。
 あとは何が何だか分からないくらい混乱していた。
 何分にも思えた。
 ようやく立ち上がると物が散乱している。
 怪我をしているのか、呻き声も聞こえる。
 途端に近所に預けてきた息子が心配になった。
 家まで走った。
 無我夢中だった。
 周りは・・・、周辺の様子は一変していた。


 記憶が益々混乱し、気づいたときには終戦を伝えるラジオが鳴っていた。
 あの出来事から49年。
 未だに同じ場所に住んでいる。
 息子が戻ってくるかもしれないから。
 知り合いはみんな、もういなくなってしまった。
 朝のお参りを、自問の時間を終わらせ、神社を後にする。
 家に戻り、新聞をいつものように郵便受けから引っ張り出す。

 「目標は市の中心部 −長崎の原爆−」
 「長崎の原爆投下目標地は実際の投下場所の長崎市松山町ではなく、市の中心部の栄
 町の常盤橋付近であることが、東京の市民団体によって分かった。
 「この場所から1キロ以内には、市役所、県庁があり、市の繁華街をも範囲に入る。
 このことからもわかるように、大量殺りくを目的としていたことは明瞭であると関係
 者は話している。」

 あのとき曇っていなかったら、息子はいなくならずに済んだのか!
 どうして曇っていたのか!
 どうして・・・

                                                                      <了>




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