#287/1336 短編
★タイトル (ZBF ) 94/ 8/16 1:37 (136)
新・蒟蒻物語「スカトロ地獄」夢幻亭衒学
★内容
今回は「今昔物語 本朝世俗部 巻第二十八 越前守為盛、六衛府官人に付く語
第五」を、お送りいたします。
ところで古典には、お約束が色々ございます。例えば今昔では、国司(地方長官)
は狡くてケチ、という常識があります。転んだら、其処の土をつかんで立ち上がる。
文字通り、転んでもタダでは起きないチャッカリ屋さんとして描かれます。
当時、国司の地位は金で買えました。これを成功(じょうごう)というのですけ
ど、国司になるには元手が必要だったんです。だから、任地からギュウギュウ利益
を搾り取ろうとする。そんなもんで、ケチと言われたのでしょう。んで、古代の律
令体制も当時は形骸化しちゃいまして、官僚は有職故実(ゆうそくこじつ)さえコ
ナしてりゃ良かった。典礼と慣習さえ弁えていれば、務まった。人間、暇になると
碌なことを考えません。官僚(貴族)たちは、仮想現実の世界に溺れちゃいます。
呪術に凝ったり、占いに生活を左右されたり。ただ、国司とかは別だったようです。
例えば国司は、現実を、生きた民衆を相手にしなければならない、バリバリの実務
官僚だったんです。フワフワしちゃいられない。自然と他の公家さんより狡賢くな
きゃ務まらない。国司イコール狡くてケチっていう、方程式が成り立つワケです。
なんだかノーガキが長くなっちゃいましたが、もう一項。中央官庁と地方の関係
ですけど、中央官庁の財源は、地方でした。諸国が上納する経費割り当てによって
運営されていたりする。例えば、天皇と宮城の守護に当たる六衛府すなわち左右の
近衛、衛門、兵衛、今で言うなら東京に駐屯している自衛隊の精鋭っすが、この6
つの官庁は、越前などから上納される物資で運営されていた。
で、今回の話は、狡くてケチな越前の国司が六衛府に上納する物資を滞納したこ
とを端緒に起こった事件です。六衛府の官人は天皇を親衛しているというプライド
と、最強の軍団だという自信からか、強気に滞納分の上納を迫ります。さて、狡賢
い国司と傲慢な近衛兵の対決は、如何な結果となりますやら。
それでは始まり始まりぃ。
新・蒟蒻物語「スカトロ地獄」夢幻亭衒学
今は昔、藤原為盛朝臣という人がいました。越前の地方長官を務めていた頃、六
衛府に上納する筈の物資を、出し惜しみして滞納してしまいました。近代以降では
考えられない杜撰さですが、まぁ昔は大概こんなもんです。欲しけりゃ実力で来い
ってなもん。さて、六衛府の官人たちは怒りました。当時の官僚なんてぇのは、社
会に寄生してるに過ぎないのだから、物資を上納してもらわないと飢え死にしちゃ
う。倉には米が一粒もないって所まで追い込まれ、為盛に対する集団交渉に踏み切
ったのです。こりゃ始末が悪いっすよぉ。大蔵省とかのお役人がチンタラとデモす
るってのとはワケが違う。国家最強の軍団が、こぞって決起したんですから。
折しも旧暦六月、夏真っ盛り、六衛府の官人たちは、テントまで持ち出して為盛
の屋敷前で座り込み、シュプレヒコールを繰り返す。屋敷は人が出入り出来ないぐ
らい、モノモノしい雰囲気に包まれました。
さて、官人たち、気負って早朝から座り込んだは良いが、如何に叫ぼうが喚こう
が、屋敷からの反応はない。午後まで炎天に炙られ、もぉグタグタになっちゃった
けども、引っ込みがつかないものだから、「要求貫徹」を主張して、なおも居座る。
朝から何も口にしていない。喉はカラカラ、腹はカラっぽ。8時間も経った頃、細
目に開いた門から、年かさの侍がヒョッコリ首を突き出して、為盛の言葉を伝える。
「当方も早く交渉の座に就こうとは思っているのだが、ソチラがワァワァ猛り回
っているので女子供が恐がり如何しようもない。この暑さに座り込み、さぞ喉が乾
いているだろう。此処は落ち着いて、冷酒でも酌み交わしながら話をしようではな
いか。ただし見ての通りのアバラ屋、一度に全員を入れることは出来ない。まず左
右の近衛府の官人と会う。他の役所の官人にも順次会うことにしよう」
官人たちは話を聞いてもらえるだけでなく、カラカラに乾いた喉を冷酒で潤せる
と思って喜び勇み、一も二もなく為盛の提案を受け入れる。近衛の官人が入ってみ
れば、中門の北の廊下に筵を3間ばかり、東西に向き合う形で敷いている。20ー
30の膳が据えられ、何やら料理が載っている。何が載っているかと見てみれば、
塩辛い干し鯛が山盛り、辛口の塩引き鮭が山盛り、その他、鯵の塩辛、鯛の醤と、
肴は塩辛いものばかり。デザートには、よく熟れたスモモが、これも山盛り。近衛
の官人が屋敷に入り終わると、背後でギギィと門が閉じ、ガチャリと施錠の音がす
る。アッと振り返った近衛の官人に屋敷の者が、
「いえね、他の役所の官人たちが入るとイケませんからねぇ。へっへっへ」
とにかく近衛の官人たちは着座して、
「喉がカラカラだぁ。早く冷酒を持って来い」
だけども屋敷の者はノラリクラリとグズつくばかり。官人たちは、とりあえず、肴
だけでも食っていようと、山盛りになった料理を突つきだす。腹ペコなのでガツガ
ツガツガツ、親の仇のように食いまくる。肴が乏しくなる頃に、
「酒は遅ぇなぁ。国司はまだか」
と言ってみたものの、屋敷の者は相変わらず、ノラクラ。国司に至っては、
「風邪をひいて、すぐには立ち上がれない。酒でも飲んで待っていてくれ」
と言ってよこして、それっきり。そうこうするうち、ようやく若い侍が二人がかり
で冷酒をタップリ持ってきた。喉がカラカラの官人たちは、ゴクゴクグビグビ、杯
から酒がこぼれるのも構わず飲む飲む飲む飲む。もぉ、杯から手を離さず、膳にも
置かず、立て続けに3杯、4杯、5杯、6杯。見る間に、スモモも次々官人たちの
胃袋の中へ。
其処へ、やっとこさ為盛が現れる。見れば殊更に哀れさを演出して、ズリズリい
ざって出てきて言うよう、
「私が欲得ずくで滞納している筈がないじゃありませんかぁ。それなのに散々、
あなたたちに責められ、あぁ、恥ずかしい、口惜しい。昨年、越前は旱魃だったん
ですよぉ。徴税しようにも収穫がないんだから仕方ないじゃありませんか。偶々ち
ょっぽし収穫があったと思ったら、朝廷の臨時徴発で、根こそぎ持っていかれて…
…。もう何も無いんですぅ。ウチだって女子供に食べさせるものすらなくって、み
んな、ひもじくて泣いてるんです。それなのに、それなのにぃ。うっうううっっ、
なんで私が、こんな酷い目に遭わなきゃなんないんですか。前世の行いが悪かった
とでも言うんですか。ううううっっ。‥‥そうですね、そうですよね。どうせ、こ
うなる運命だったんですよね」
とワァワァ泣きながら、鼻水垂らして言い募る。なりふり構わぬ為盛の様子に、剛
の者とはいえ近衛の官人も人の子、代表者が進み出て、
「いやまぁ、仰ることはご尤もではありますがぁ、私個人のことならば堪忍もい
たしますけど、こと役所全体の利益に拘わることでして、事情のあることだとは思
いつつ、イヤイヤ出張ってきたワケでして、えぇっと、確かに、ご同情申し上げま
すが……」
とか何とか歯切れの悪い応対になってしまう。官人の代表者が為盛相手にウンウン
唸っているうちに、周囲の官人たちもウンウン唸りだす。ハテと辺りを見回すと、
屈強の近衛のツワモノどもが、脂汗を浮かべ、ズボンの膝を握りしめて、必死の形
相になっている。何事かと思ううち、あっちでもピーゴロゴロ、こっちでもグーキ
ュルル、或る者はシャクで机をメッタ打ち、或る者は拳をゴシゴシ擦り付ける。
「うぐううっっ、こっこれはあっ」
「ぬおおおおっっ、いきなり、何とっ」
「ぐわああああっっ、出るぅぅぅ」
身を震わせ絶叫を上げる。さながら地獄絵図の様相。その態を見届け為盛はニヤリ、
「ちょいと失敬」
と言い捨てて奥へと引き込む。引き留めようにも、官人たちは、それどころじゃな
い。もぉ、大腸が腹の中でグデレングデレン暴れ狂い、下から洩れるのを堪えると、
口から迫り出しそうな気がしてくるほど切羽詰まって七転八倒、身悶えして、のた
うち回る。誰からともなく便所に殺到するが、定員は一人。
「早く出ろっ」
「もぉちょい」
「馬鹿野郎、俺は上司だぞ。これは命令だっ。出ろ」
「上司もヘチマもあるものか」
「手前ぇ、物事には長幼の順とゆーものがぁ」
「じゃかぁしぃ、早い者勝ちだい」
とか何とか便所の前では人間性とやらを露呈しあっていたりしたのだが、あぶれた
者は人間性もプライドも打ち捨てて、庭の茂みでバリバリ、縁の端からビシャビシャ
車庫に駆け込みブリブリ。着物を脱ぐのが間に合わずベットリ味噌を付けた奴がい
るかと思えば、何やら意味不明なことを喚きつつ走り狂う奴もいたりして、屋敷は
忽ちのうちに、黄金地獄になり変わる。
しかるのち、断末魔の叫びも途絶え、呆然と暗澹とグッタリと官人たちが抜け殻
になってしまう。屈辱と排泄物にマミれて。そこへ屋敷の者が声高く、
「さぁさ近衛の方たちはお帰り下さい。次の役所の方をお招きしますので」
こと此処に至って漸く近衛の官人たちも、ハメられたと気付いたものの、これだけ
の醜態を晒した上は、グウの音も出ない。もう、こうなったら、ヤケクソ。殊更に
威風堂々、隊列を組んで引き上げる。さすがツワモノ、負けざまにも美学があるら
しい。裏門に差し掛かったとき代表者が振り返る。凄みを見せてニヤリと笑い、
「おう、他の奴らにも、タップリ馳走してやんな」
漢(おとこ)がニオう、夏の午後であった。と、なむ語り伝えたるとや。
(お粗末さま)
あとがき:原文では、この後に事件の種明かしがあります。為盛は屈強の親衛隊を
相手に回し、策略を巡らしました。散々炎天下で待たして喉を乾かし、
腹を空かせる。そこに塩辛いものとスモモを鱈腹食わせ、古くなった酒
に下剤を仕込んで出せば、効き目は抜群、だとね。実は、この物語の趣
旨は為盛の”頓知”を肯定し、横暴な親衛隊を懲らしめたって感じなの
ですが、スカトロっぽい幼児的ギャグを強調するため、チと改竄しまし
た。大まかなストーリーは原文通りなんですけどね。その点、お断りし
ておきます。