#279/1336 短編
★タイトル (GSC ) 94/ 8/ 2 8:14 ( 77)
セミ (随筆1) オークフリー
★内容
私はセミが大好きである。
何十年か前の田舎に生まれ育ったので、セミは今でも懐かしい。
真夏の日中にセミが鳴き立てるのを暑苦しいと言う人もいるが、私は平気などころ
か、むしろ情緒をさえ感じる。
〈セミ〉という童謡がある。
セミ セミ セミセミ セミ ミー
どこにいるのか セミ
鳴くから好きだよ セミ
セミセミ セーミ セミセミ セーミー ミー
昔の国語の教科書に、〈アブラゼミの一生〉という文章があり、長い年月地中で過
ごしていたアブラゼミの幼虫が、ある朝早く地上に出て、樹の枝の上で静かに脱皮す
る様子が荘厳に描かれていた。けれども、セミの寿命はその後数週間しか無いのであ
る。
セミの幼虫を私の田舎では『ドンコツ』と呼び、子供の頃、兄が捕まえてきてくれ
てよく遊んだものだが、うっかりすると口先の針で刺されるとすこぶる痛い。その点
セミの成虫はけっして刺したり噛んだりしないから安心だ。
セミも地域により種類はまちまちである。
愛知県地方では、6月頃最初に鳴き始めるのが『ニイニイゼミ』で、「ミイー」と
いう柔らかな鳴き声と「シイー」という少し高めの声を反復しながら延々と鳴き続け
る。松尾芭蕉の俳句「しずかさや…」に出てくるのはこのセミがふさわしいが、残念
ながら私は関東以北でニイニイゼミの声を聞いたことがない。
逆に、いわゆる『ミンミンゼミ』というのが東海三県には居ない。全く居ないのか
どうかは知らないが、私は二十歳で東京に出るまで一度もミンミンゼミの声を聞いた
ことがなかった。よくラジオの放送劇に妙なセミ(実はミンミンゼミ)の声が出てく
るのを聞いて、私の友人は次のように言ったものだ。
「周波数特性の関係で、セミの声が一番録音しにくいのさ。だからあんな変な鳴き
声に聞こえるんだよ。」
もっとも、その友人は時々分かったようなことを言って相手をケムに巻く男ではあ
るが…。
ラジオの録音といえば、ヒグラシの声こそ本物とは大違いである。鈴鹿連峰の御在
所岳に登った折り、生のヒグラシを初めて聞いたが、百舌の声かと思ったほど鋭く、
しかも透明な響きであった。ヒグラシは私の地方でもやや小高い森に入れば聞こえる
そうだ。
アブラゼミは全国的に広く分布しているせいか最もポピュラーだが、『アブラゼミ』
とはよく名付けたものだ。
子供の頃、兄が昆虫採集で一番多く捕まえてきたのはこのセミで、私は標本箱、と
いっても手作りのボール箱だが、この中に昆虫針で刺し留めておくのが可愛そうで、
なるべく殺さずに家の庭へ放してやるように兄に頼んだものだった。
私の家の東側に色々な樹木があり、桜・桃・ぐみ・いちじく・枇杷・杉・柿の木・
楠木など、一通り植えてあった。
夏休みのある日、窓の外の桜の樹の辺りで、セミがただならぬ叫び声をあげて騒ぐ
のが聞こえた。兄を呼んで確かめてもらうと、大きなかまきりがアブラゼミを捕まえ
ているのだった。兄が小石を投げると見事に命中して、かまきりは逃げ、セミが落ち
てきた。
「目の縁をひどくやられてるなあ!」
と兄が言い、私はそのセミをそっと拾い上げて桜の樹に止まらせた。
何分か後で来てみたら、もうそこにアブラゼミは居なくなっていたが、はたして助
かったのだろうか?
さて、今は8月の真っ盛り!すさまじい勢いで鳴き立てているのは『クマゼミ』で
ある。大方のセミは二種類の鳴き声を持っているが、クマゼミも「シャーシャーシャ
ーシャーシャー」と暫く鳴いては少し控えた声で「ガジャガジャガジャガジャ」と鳴
き、それを繰り返す。クマゼミのことを私の田舎では『ホンシャ』と呼んでいたが、
正にセミの中のセミということなのだろうか。
夏の終りから初秋にかけて、私の最も好きなツクツクボーシが登場する。栃木出身
の友人はツクツクボーシを『おーしんつくつく』と呼んでいたし、俳句などでは『ホ
ーシゼミ』と呼ぶらしい。
小学生の頃、ある友達が、「タッタフユ タッタフユと鳴くセミが居る」と言い、
どういうセミなのかさっぱり分からなかったが、今思うと、ツクツクボーシの鳴き声
の最後の方で、確かにそのように鳴く所がある。しかし私には「タッタフユ」とは聞
こえず、どう聞き直してみても、「ツッツクフィンヨー ツッツクフィンヨー」と聞
こえるのである。
北海道には『エゾハルゼミ』が居る。
私は札幌に11年間住んでいたことがあり、勤め先の盲学校は藻岩山のすぐ麓にあ
った。藻岩山は海抜531メートルで、私の足でも1時間ほどで登ることができる。
アア!エゾハルゼミの声を聞きながら、もう一度藻岩山に登ってみたい!!
OAK