#131/1336 短編
★タイトル (XVB ) 93/ 9/ 3 8:37 (182)
混沌の神話 $フィン
★内容
世界の始めは「混沌」であった。
「混沌」という言葉を使うのは不適切かもしれない。
「混沌」の世界を「もの」という言葉で表すことができるのであれば、そこには「無」
であらわせることができるだろう。いや「有」かもしれない。
どちらにしろ世界には「無」とも「有」とも受け入れることのできない「混沌」が
存在していた。
「混沌」の中心に向けて二つの異物が飛び込んできた。
異物は「混沌」でない「もの」。
異物は「もの」であり、少なくとも「混沌」の中から生まれたものではなく、「混
沌」の外からの「もの」であった。
二つの「もの」は、人間の形をしていた。
二人は、黄金色に輝く薄い布を纏っている。薄い衣装だ。衣装から透けて身体から、
どうやら二人は別々の性を持っているらしい。男と女の別々の性を。
男は上下のはっきりしない「混沌」の中で、「混沌」の中にいる女を見ながら語り
かける。
「これでいいか」と。
女は寂しげに首を横に振る。
「「混沌」では育たない」それだけ語る女。
男はため息をついて考える。
そして男は天に手をのばす。
「混沌」に変化が起こった。
軽い「混沌」は上に登っていく。重い「混沌」は下に降っていく。軽い「混沌」は
天になり、残された重い「混沌」はそのまま地上に留まり固まっていった。
「混沌」が二つに別れた。「空」と「土」に。
男はできあがったばかりの「土」の上で、「土」の上にいる女を見ながら語りかけ
る。
「これでいいか」と。
女は寂しげに首を横に振る。
「「土」だけでは育たない」それだけ語る女。
男はため息をついて考える。
そして男は天に手をのばす。
「土」に変化が起こった。
「土」の上「空」から光が現れた。光はどんどん大きくなり、かつて「混沌」だっ
た世界にそれは蔓延した。
ただし、「土」のすべてを覆いつくしたのではない。軽く幕を張ったようなものだ
った。
「空」と「土」に色がついた。「空」は色の薄い色、例えば、白・黄色・青などの
色がついていた。
「土」は色の濃い色、例えば、黒・茶色などの色がついていた。
「土」に色がついた。「空」の中で大きく輝く「火」によって。
男はできあがったばかりの「火」の下で、「火」の下にいる女を見ながら語りかけ
る。
「これでいいか」と。
女は寂しげに首を横に振る。
「「土」と「火」だけでは育たない」それだけ語る女。
男はため息をついて考える。
そして男は天に手をのばす。
「土」と「火」に変化が起こった。
「土」の上に何かが落ちた。何かが「火」を覆いつくす。かつて「混沌」だった世
界にそれは蔓延した。
ただし、「土」、「火」のすべてを覆いつくしたのではない。軽く幕を張ったよう
なものだった。
「土」は潤い、「火」は冷やされた。「水」によって。
男はできあがったばかりの「水」の中に浸かり、「水」の中に浸かっている女を見
ながら語りかける。
「これでいいか」と。
女は寂しげに首を横に振る。
「「土」と「火」と「水」だけでは育たない」それだけ語る女。
男はため息をついて考える。
そして男は天に手をのばす。
「土」と「火」と「水」に変化が起こった。
「土」の上に何かが生えた。何かが「火」を覆いつくす。「水」が何かに吸収され
ていく。かつて「混沌」だった世界にそれは蔓延した。
ただし、「土」、「火」、「水」のすべてを覆いつくしたのではない。軽く幕を張
ったようなものだった。
「土」に根をはり、「火」を和らげ、「水」を内に貯えた。「木」によって。
男はできあがったばかりの「木」の下で、「木」の下にいる女を見ながら語りかけ
る。
「これでいいか」と。
女は寂しげに首を横に振る。
「「土」と「火」と「水」と「木」だけでは育たない」それだけ語る女。
男はため息をついて考える。
そして男は天に手をのばす。
「土」と「火」と「水」と「木」に変化が起こった。
「土」の色が少し変わる。「火」の色が少し変わる。「水」の色が少し変わる。
「木」の色が少し変わる。かつて「混沌」だった世界にそれは蔓延した。
だたし、「土」、「火」、「水」、「木」のすべてを変えたわけではない。他の四
つの「もの」と同じく、少しづつそれぞれの個性を尊重しあい、少しづつ影響してい
っただけだった。
「土」の中に、「火」の中に、「水」の中に、「木」の中に「金」が入り込んだ。
男はできあがった「金」を持ち、「金」を持っている女を見ながら語りかける。
「これでいいか」と。
女は寂しげに首を縦に振った。
男はため息をついて考えた。
そして男は女に手をのばす。
男と女は愛を交わしあった。
世界の中で死んだように眠る男と女に変化が起こった。
男の肌が白く変わる。女の肌が白く変わる。
弾力のある肌は陶器のような無気質なものにかわる。
男の肌に小さな裂け目が入る。女の肌に小さな裂け目が入る。
ぴしぴしぴし、二人の身体から微かな音が聞こえてくる。
小さな裂け目は大きな裂け目となり、小さな音は大きな音となり、彼らの身体全体
に広がっていく。
かつて男と女だったものに風化が始まっていた。
今は語るものがいない。
男と女の姿をしていたものに変化が起こった。
男だったものからいくつもの綿胞子が飛び出した。女だったものからいくつもの綿
胞子が飛び出した。
彼らがつくった「空」に飛んでいく。彼らがつくった「土」に根づく。彼らがつく
った「火」に暖められる。彼らがつくった「水」を吸収する。彼らがつくった「木」
に休む。彼らのつくった「金」を利用する。
かつて男と女だったものはいくつもの綿胞子となって世界に蔓延した。
綿胞子は「種子」という名前だった。
今は語るものがいない。
世界中に落ちた種子に変化が起こっている。
種子は根をおろし発芽した。種子は何も知らない。種子は生きることに懸命だった。
だが種子たちは父と母がつくった世界で進化していった。
彼らはまだ語ることができない。
進化が続く。
時が過ぎていく。
星々が輝く満天の空の下。
進化が続く。
そして・・・
男は女に語りかけた。
女は首を縦に振る。
男はけげんな顔をして女を見る。
「どうしたの」女は聞く。
「昔こんなことがあったような気がするんだ」男は答えた。
「いつ」女は無邪気に聞く。
「わからない」男は少しの間考えてから、ため息をつき首を横に振った。
そして男は手をのばし女を抱きよせた。
世界の始めは「混沌」であったという。
そんな神話が語り継がれている。
$フィン