#69/1336 短編
★タイトル (DRB ) 93/ 6/22 22:27 ( 44)
リビドーと集合無意識で大騒ぎ くり えいた
★内容
父の日である。娘の通う幼稚園の父親参観日である。通勤電車にもまれ、ローン
に追われ、俗塵にまみれたお父さん達が、梅雨晴れのこのよき日、わが子の手を引
き引きこの聖域に足を踏みいれるのである。出身地も違う、年齢も違う、職種も違
う、髪の毛の濃さも違う。共通していることと言えば、子女が同じ幼稚園に通う事
になったということと、過去のほぼ同じ年度に避妊をせずに性行為を行ったという
ことだけである。
運動場の一ヶ所に集められたわが「ばら組」のお父さん達は、いささか気恥ずか
しげで間をもてあまし気味である。事件はそんな一瞬に起こった。美香先生である。
去年の納涼大会、匂わんばかりの浴衣姿でお父さん方の目をひそかに楽しませた、
あの美香先生である。美香先生が子供達の椅子を、「ばら組父兄」の直立不動して
いるその前に並べ始めたのだ。
Tシャツである。Tシャツなのはいい。いい……のだが、かなり襟が開いている。
小さな椅子を地面に置くたび、前屈みになった美香先生の前胸部が、私の視線の接
線方向に観察されるのだ。黒いブラジャーである。いや……黒いブラジャーはいい
のだ。前傾姿勢で両腕を正中部に寄せると、黒い布地と胸部皮膚との間に幽かな間
隙が出来るのである。「寄せて寄せて寄せて寄せて上〜げて」ラ・ロシュフーコー
も「箴言」の中で言っている。私は声を発する事も出来ず、動く事も出来ないまま、
ただ目の前に見え隠れする天国の林檎の香りを確かめるアダムとなっていた。ふと
思った。他の「ばら組」のお父さん達も見ているに違いない。横を見る。隣のやた
ら額の広い親父も私の顔を見ていた。視線を伏せて慌てて向き直る。
ああ、罪なるもの、汝が名は「幼稚園の先生」。思えば、人となる以前我々が初
めて生活を共にした母親以外の大人の女性。同族の血の匂いのすることのない、異
性の原体験。アダムたちの職場には彼女と同い年くらいの小娘は掃いて捨てるほど
いる。しかし目の前にいる女性は「幼稚園の先生」なのである。神聖ニシテ侵スヘ
カラスなのである。
緊張を打ち破ったのは園長先生の間のぬけたアナウンスであった。「年長組のお
父さん方はボール運びリレーをやりますので運動場中央に御整列下さい」四クラス
対抗のリレーである。
子供が頭にかぶる筒状の帽子を持って走る。父親がそれを受け取り頭にかぶって、
その上にボールを乗せて運ぶ。バランスよく走らないとボールが落ちる按配だ。ア
ダム達は走った。走った。走った。ある者は娘から帽子をむしり取り、ある者はゴ
ール前に滑り込んだ。そして勝った。そのボールを頭に乗せてぶっちぎりにひた走
る姿は巨大なペナスの疾駆するが如き神々しさであった。心の深き場所にそれぞれ
のアルテミスの面影と乳房を秘めながら。
そう、なんと女子の部も男子の部も、わが「ばら組中年アポロン一族」の優勝で
あったのだ。おお、リビドーのエナジーと「うしろめたさ」が微妙に織り成すチー
ムワーク。
ああ、罪なるもの、汝が名は「幼稚園の先生」……
くり えいた