#58/1336 短編
★タイトル (ZBF ) 93/ 6/12 0:35 (128)
「恋のメティス」 久作
★内容
「恋のメティス」−鬼畜探偵・伊井暇幻 外伝編− 久作
後悔(伊井暇幻)
俺って、どうしちまったんだろう。こんな厄介な事件に首突っ込んで。イキがっ
て請け負ったはイイが捕まっちまうなんて、ザマぁねえや。だいたい始めっから解
ってたんだ。「浜辺を歩いていた美人OLが漁船にさらわれた」なんて、某独裁国
家の評判を落とそうとする西側諜報機関の謀略に決まってる。それをわざわざ警察
に通報して乗り込んできたなんて。今ごろ、大笑いしながら揉み消してるだろうな。
俺もヤキが回っちまったよ。でもなぁ、「美人OL」だもんなぁ。「美人OLを救
い出す名探偵」を夢見たって、健全な青年としては普通だよな。あああ、しかも、
この「美人OL」って奴、朝起きたら無精髭生えてるんだもんなぁ。おまけに立ち
ションなんて……。泣くに泣けねぇよ。ああ、小林、そんな目で見るなよ。奇麗な
顔で目を切り上げても怖くもナンともないんだから。余計に艶っぽくなるじゃねぇ
か。
凝視(山田美貴)
ふぅん。背も低いし不細工だけど、根性だけはあるようね。この探偵。あれ、勃
ってる。ま、大きさは並ね。でも、こんな状況でヨク勃つわね。あたしなんて、萎
んでるのに。なかなか肝が座ってる。単なるスケベエかもしれないけど。見所ある
わ。ちょっと脚を組み替えてっと。ふふ、無理に知らんふりしなくてもイイのに。
案外、初なのね。初でスケベエ、やっぱりこういうのが一番コッテリしてるのよね。
でも、このガキが邪魔よねえ。ふん、ちょっと可愛いと思って。なによ、そんな目
しちゃってさ。あ、この二人出来てるのかも。ヤだ、変態だわ。
反感(小林純)
先生の馬鹿! だから、あれほど止めたのに。「美人OL」に舞い上がっちゃっ
て、このザマ。おまけに「美人OL」の正体が女装の変態だなんて、いい面の皮だ
よ。へへん、ざまぁ見ろ。僕がいるのに変な気を起こすからさ。あああ、違う。僕
も捕まっちゃったんだ。全部、先生のセイだからね。だいたい何故、こんな馬鹿で
変態で不細工でイヤラシくて甲斐性のない男と暮らしてたんだろう。何の取り柄も
ないのに。紫苑さん元気かなぁ。へへ、こんな時に初恋の人を思い出すなんて。会
いたいな。一目でも。このまま玄界灘を越えちゃったら二度と会えないもんね。で
も、あんな別れ方したし。レイプって思わなかったんだよぉ。紫苑さんも僕を愛し
てくれてると思ってた。泣かしちゃったんだもんね。もう会えないよね。でも仕方
なかったんだ。お嫁に行くなんて言うから、僕……。そうだ。それで家出して街で
先生に拾われて、その晩に無理矢理……。そうだよ、無理矢理だよ。僕は本当は、
そんなの嫌だったんだ。僕は今でも紫苑お姉様を愛してるんだ。それを……。
「おいっヘボ探偵っ さっきから黙ってるけど少しは考えたら どうだい」
「あ はあ ヘボ探偵……ですか」
なんだよ、そんな気の弱そうな顔したって許さないからね。
「だいたい 先生がヘボだから三人とも捕まったんだからね」
「ヘボヘボって 小林 漁船で遠くまで行けるワケないから大陸行きの船を調べて
この人を見つけ出したのは俺だかんね それは評価してくれよ」
「ふん それで助け出すどころか自分達まで捕まってりゃ世話ないよ
このヘボヘボヘボヘボ ヘボ探偵っ」
「なんだよ 今日はヤケに突っ掛かるな ……あの日か?」
「馬鹿ぁ」
「んんんんがぁぁ いっいってぇ 本気で殴りやがったな」
「へへん だ」
「お前ねえ 一応俺は歳上で雇い主なんだぞ」
「なんだよっ 歳上って美人OLに舞い上がって馬鹿見たクセに
雇い主だったら この状況の責任取れよな」
「いや それは…… まあ 可及的速やかに善処したいと考えておるわけで……」
「じゃ 今すぐに どうにかしてみろよ ヘボヘボヘボヘボ 無能無能無能無能っ」
逆転(伊井暇幻)
どう考えても旗色が悪い。あああ、そんなに大きな声で叫ぶなよ。貨物船の船倉
なんだから「ヘボ」にエコーがかかって仕方が無い。とにかく仲間割れしてる場合
じゃない。どうにか宥めなきゃ。
「おいおい 俺と お前の仲じゃねぇか この前だって お前 俺の腕の中で」
「だぁぁぁぁ うるさい うるさい うるさい うるさぁぁいいっっっ
だいたい喜んで 先生なんかに抱かれてると思ってたのかい
冗談じゃないよ 自惚れるのもイイ加減にしなよっ」
「だ だって お前 俺が お前の初物を……」
「無理矢理に奪ったんじゃないか 僕 僕は…… うっううううっっ」
「え でも 嫌よ嫌よも好きのうちって……」
「嫌なものは嫌なんだよ 馬っ鹿じゃないの」
「でも お前も結構…… それに最後には俺にしがみついて」
「そ それは 一応 恩があるから演技してんだよっ へへんっ
だいたい 先生みたいに 小さくて しかも下手なのに感じるとでも思ってた?」
「え 演技? でも お前の肉体の反応は……」
「つくづく馬鹿な男だね 僕は アノ時
紫苑さんと愛し合ってるのを想像してるんだよ 目の前の醜い男を無視して」
「お おい 紫苑って何者だ 知らないぞっ」
「当然さ 僕の初恋の人だもん 僕は今でも紫苑さんしか愛してないんだ」
「そ そおだったのか……」
俺はショックだった。勿論、小林の言葉が原因じゃない。小林を、こんなことを
言うまで追い込んだのは俺だ。俺がフガイないから、三人そろって捕まった。だか
ら小林は極限状態に陥り、平穏な日常では口に出さなくて済む本音を、今までの関
係が虚構だったと暴き始めている。名前通りに純な奴だから無理もない。ここ迄、
小林を追い込んだのは俺だ。そりゃぁ俺だって小林が心の底から愛してくれてるな
んて、望みはしたが信じてはいなかった。解っていたさ。本当は紫苑って女も知っ
てる。こっちとら「ヘボ」なりにも探偵だかんな。そいつを憎んだこともあった。
だからナンパして、犯ったこともある。後悔したけどさ。小林には口が裂けても言
えない。小林は本当は優しい少女だ。だから俺を捨てきれず……。そんなことは百
も承知だ。でも小林も納得はしては筈だ。その小林に、本音を吐かせたのは俺だ。
確かに俺が一番、悪い。
でも俺は小林を離したくない。……ん、かすかにザワメキが聞こえるな。もしか
して、ひょっとすると警官隊? ははあ宇和島西署なんて田舎の警察署には国家的
謀略なんて伝わってなかったんだな。諜報機関もタカを括って仁義を切らなかった
と見える。ラッキーだぜ、こりゃ。うっきっき、見てろぉ小林。今まで言ったこと
を後悔させてやるぜ。きっきっき。
「こ 小林 解ってた 解ってたんだ 俺なんか 愛してないなんてな
でも 俺 俺は小林のこと 一目見た時から…… だから俺 俺 愛してる 純」
けっけっけ。涙声で口説いて抱きしめるなんて古典中の古典。古典はいつも正し
く効果的だ。
「ちょっちょっと 先生 放してよ 苦しいよ 先生なんか嫌いって言っただろ」
ねっへっへ、ガキが。早くも動揺してやがる。
「解ってる でも 愛してるんだ 愛してる」
「そ そんな あんなひどいこと言ったのに 僕……」
「いいんだ お前の言う通りかもしれん
……でも やっぱりこんなヘボ探偵じゃ 嫌か」
ふっふっふ、ここで抱きしめた腕の力を抜くのがポイントだな。けっけっけ、案
の定、小林の方から強く抱き付いてきやがった。俺に逆らおうなんざ、十年早いっ
てぇの。
「ごめん 先生 ごめん 本気じゃなかったんだ 僕も先生のこと……
そりゃ始めは嫌だったけど 今は 今は…… 愛してるんだっ」
勝負あったな。おおっと、ザワメキが近付いてきた。そろそろフィニッシュ。
「おいっ 無事かっ 宇和島西署の者だ 賊は捕らえた 安心しろっ」
「せっ 先生っ 先生ぇぇっっ」
そうら、思った通り小林は、涙に濡れたクシャクシャの笑顔。ふっふっふ、ウイ
奴、ウイ奴。これで当分、逆らわねぇな。けっけっけ。
メティス:今村仁司「仕事」(弘文堂思想選書 1988)に拠ると、
「策略」「狡智」と訳されている。
ただし、これは「必ずしも悪い意味は持っていなかったし、
日常生活にとっては不可欠の智恵ですらあった」ようだ。
「荒ぶる自然」を「なだめる人間の巧みさ」とも解釈されている。
“処世術”に近い。ギリシャ語。
この言葉をタイトルに使用したのは、処世術では弱く、
「策略」ではドギツ過ぎるためである。