AWC 烏 菅野歩地


        
#46/1336 短編
★タイトル (EGD     )  93/ 5/23  15: 0  ( 95)
  烏                  菅野歩地
★内容

  私は、死ぬためにここを訪れた。ここは、秋田の山々に囲まれた雄勝
町、小さな町である。
 別に、私がここを選んだのではなく。お祖父さんが、ここに連れてき
た。何でも、生まれ故郷だそうだ。
 「お祖父さん、何でこんな所に連れてくるのよ」
私は頭にきていた、奥多摩の湖にいくつもりで車に乗ったのに、私を眠
らせ、気がつくと「横掘駅」とかいう小さな無人駅の前に、車は止まっ
ていた。「どういうつもりなの」
 「いやいや、おまえ一度もじいちゃん家に遊びにきたこと無かっただ
ろう」
 そう言うと、笑った。「おまえのかあちゃんだって、育った家だ。一
度位見てもらいたくてね」
 「勝手ね、遊びに来れなかったのは、お祖父さんのせいじゃない」
 私は、そう言うと車を走らせた。
 まったく、分からない土地。取り敢えず、駅前の道をもとにもどり、
秋田市方面に曲がった。本当なら、山形方面に行くはずだが、実を言う
とこの小さな静かな町が、気に入っていた。
 「あ、そこそこ」
すっかり、はしゃいでいるお祖父さん。「そこを左だ」
 「うるさいわね、だまってて」
そういいながらも、私はいわれるままに「泉沢口」と看板の有る道に入
った。
 田圃のなかにある道は、大きな橋へと続いている。車は橋を渡り、し
ばらくするとお祖父さんの家があった。
 「ああ、あそこね」
私は、何だか急に嬉しくなってきた。「写真と全く一緒ね」
 「あたりまえだろう、写真なんだから」
 冷たい、からかうような返事が帰ってきた。
 「ふん、本当に意地悪なんだから」
 と、少し微笑みがら言った。
 私は、草ぼうぼうの庭に車を停めた。
 「へえ−、結構大きな家ね」
 「そうだろ、ここはじいさんが建てた家だ」
少し、威張るようにいった。
 「でも、今は私の家だもん」
 家を相続するとき、親戚の連中は 「あんな家、お金にならない」と
言って、私に押しつけた。実際、不動産屋に行っても二束三文だった。
 私は、しょうがないので権利を貰ってあげることにしたのだ。
 「ふん、私のおかげでこの家は有るのよ」
 この家は、もう私が産まれる前から空き家になっていた。私の両親が、
祖母が死んだときにお祖父さんを東京に呼んだのだ。
 「まあまあ、そう怒るなって・・・」
お祖父さんは、泣いているのだろうか。その声には、力が入っていなか
った。
 「本当のことを言うとね」
 「なんだ」
 「ここにいつかは来たいと思ってた・・・」
 お祖父さんが、急に元気になっていくことを、私は心のなかで感じて
いた。
 「そうかあ、それは良かったな」
 「うん」
 私は、裏の畑へ足を運んだ。畑や田圃は、近所の人に貸していたので
草がおいしっげているわけでもなく、西瓜や茄子などが栽培されていた。
 「ほらほら、あそこ」
 お祖父さんは、急に大きな声をあげる。 声の先には、立派なお墓が
あった。黒くて、大きな・・・。と、言いたいところだが、今は誰も手
入れをしてなく、烏の糞やら雑草やらで、一見不気味な寂しそうなお墓
だった。
 「立派だったんだね・・・」
 「うん、お祖父さんも婆さんと一緒にここに入りたかったんだ・・・」
 お祖父さんは、元気だったころを思い出しているのだろうか、黙り込
んでしまった。
 私は、一日がかりでお墓を掃除した。お祖父さんは、ただニコニコし
ているだけ、でもそれは仕方がない。
 「お祖父さん、終わったよ」
 「ありがとうな、和枝」
 心からそう思っているのだろう、お祖父さんの気持ちが心を通して伝
わってくる。
 夕方、空気は冷え、夏だというのに寒いくらいだった。
 「和枝」
 「なにお祖父さん」
 急に、体が暑くなってきた。息苦しいくらいだった。
 「和枝、じいさんはここに残ることにする」
 そう言い残し、私のからだからお祖父さんは抜けた。
 その魂は、お祖母さんの待っているお墓の中へ、吸い込まれていった。
 「お祖父さん!」
 私は、叫んだ。 しかし、もう返事は無かった。

 あれから三ヵ月、私はここに住むことにした。誇りだらけの家は、す
っかりいたんでいて、大工さんに直してもらった。
 今では、毎日お墓に花を供えるのが日課となった。
 婚約者が事故で死んだとき、私は後を追おうとした。もちろん、今で
も死にたいほど悲しい。
 でも、死んで私の体にいたお祖父さんでさえ、故郷を懐かしんでいた。
 私は婚約者のため、お祖父さんのために生きることにした。
 「カァ−カァ−・・・」
と、一羽の烏が頭のうえを飛んでいった。
 「うるさいわね」
 私は、空を見上げて怒鳴った・・・。




 1992・05・23  菅野歩地




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