#4/1336 短編
★タイトル (PPB ) 93/ 4/23 20: 8 (117)
交替 遊 遊遊遊
★内容
マッチ箱を立てたような勤め人たちの家並みが連なっている。ゴチャゴチャ
チマチマとした、その町内を威圧するかのように、坂の上に豪邸がある。敷地
1000坪、林の中に50坪の豪壮な家が建っている。周囲に赤外線警報シス
テムを張り巡らし、要所々々では監視用テレビカメラが作動している。「成金
城」、この町内の住人たちはこう呼んでいる。が、この城の主、A氏を見た者
は誰もいない。時々、会社の庶務課員らしい人が、高級車でこの屋敷に出入り
するだけだからだ。A氏の住まいはここだけではないのだ。A氏にとっては、
この町内の住民どもは、ものの数に入っていない。
町内の住人たちがどぎもを抜かれる豪邸も、A氏にとっては単なる設備投資
のひとつに過ぎない。彼は主力工場を全国に展開し、景勝地には数戸の別荘を
持ち、取引先の幹部に無料で使ってもらっている。A氏が一代で築き上げた財
産は1000億円を越え、実質無借金である。敗戦直後の産業復興の波を彼は
うまく掴んだ。鉄鋼業界に食い込み、納品しはじめた。鉄源回収業である。多
くの知人を掴み、惜し気もなくカネをばらまいた。それが当たった。製鉄会社
に人脈をつくりあげ、彼らが出世するにつれ、下請けのA会社の地位も確固た
るものになった。大会社の幹部と癒着して「カネ儲けのシステム」を彼は完成
させたのだ。社員が懸命に働くから、黙っていても、時計が進めばA社長の懐
にカネが入ってくる仕組みが出来上がっているのだ。ここまでくるのに45年
を費やした。商売一筋の道程だった。
若社長が得々としてしゃべりはじめた。「イワシとナマズ」の話である。
社長室に呼び付けられた会社幹部たちは神妙に聞いている。また、どこかで
仕入れてきたんだな。誰でも知っているつまらん話じゃあないかと、みんな内
心では思っているが、初めて聞く驚くべきお話ですねというような顔をしてい
る。得意満面の訓示調で語りながら、若社長は、一人ひとり、幹部たちと目線
を合わせていく。服従を確認しているのだ。
「ある漁村での話だが…………、漁師たちは、みんな同じような船で出港し、
同じような網で魚をとってくるのだが、一人だけ、いつも稼ぎが大きい漁師が
いた。どの船も帰港した時には、捕獲した鰯は全部死んでいるのに、彼のとっ
た鰯はすべて生きているのだ。彼の船倉の生け簀の鰯は、いつもピチピチと泳
ぎ回っていた。当然、彼の鰯は高く売れた。なぜ、彼の鰯だけが生きていられ
るのか、秘密を決して彼はあかさなかった。
彼は、生け簀に、鯰を一匹入れているのだ。捕獲した鰯たちをこの生け簀に
放つと、大混乱が起きる。大きな黒い鯰を見た鰯たちは恐怖で逃げ回る。生け
簀の中を、鰯たちは必死の思いで逃げ回るのだ。恐ろしい鯰に食われる恐怖か
ら、逃げ続けるのだ。デレーっと死んでいく鰯は一匹もいない。狭い生け簀の
中で、押し合いへし合いしながら、鰯たちは、逃げ続け、生き続けるのだ。社
内の活性化にはこの話は参考になるだろう」と、言って若社長が言葉をきった。
天下周知の「作り話」に過ぎないのに、この二代目社長はこの話に惚れ込ん
でいる。一代で1000億円を超す財産を築いた初代社長は「力」で押しまく
ってきた。有無をいわせず、全社員を操ってきた。二代目のこの若社長は「理
論」重視を打ち出している。
「不況こそ得難いチャンスである」「社会のお役にたつのだ」「全身全霊をぶ
ち込んで仕事をせよ」「知恵を出せ」「頭のいい漁師を見習え」「社員たちを
生き生きと働かすには「恐怖」が必要である」「きみらは鯰になれ」……と、
続けて訓示をたれた。
「やる気のないものは、会社から去れっ」と、これは、先代社長のセリフと同
じである。「うちの会社では不要であるが、世間にたくさんある会社で、きみ
らの力を認めてくれる会社でやり直した方が、きみらにとっても、才能が生か
されて、しあわせだよ」と、これも毎回、同じおどしである。
「社会のお役にたつだって? よく言うよ」M経理部長は白けきっていた。
M経理部長にはわかっているのだ。このA一族がいかに反社会的な人種であ
るかを。自分たちが住む豪邸やあちこちにある別荘は、すべて社宅とし、減価
償却で損金算入している。それらの修繕費、水道光熱費はすべて会社の経費扱
い、十数台のクルマは全部社用車扱いだし、旅費交通費はちろん諸経費・食費
までも相当部分が会社の費用でおとしている。あのメス豚に厚化粧したような
浪費家の会長夫人には、毎月100万円の給料を支払っている。毎日、鉄の粉
塵の中で働く工員たちの賃金は残業代をカットし、20万円そこそこに押さえ
ているのに。要するに公私混同、いや、支出は全部会社持ちという脱税一家な
のだ。この一族は税金を払わないことを信条として、蓄財に励んできたのだ。
理論的な行動が大事と、この若造、いや、若社長は言うが、自分たち一族の
繁栄しか考えていない点では親父とまったく同じである。
「鯰になれっ! だって?」冗談じゃあないよ、俺は必死で逃げ回り生き続け
る鰯をなんとかしてやりたいよ。「一寸の虫にも五分の魂」の方が俺は好きだ
ね。M経理部長は、うっかり、つぶやいていた。
それを、若社長が聞きとがめた。
「Mさん、わたしの話が気にいらんようですね。××製鉄に戻ってもらっても
いいんですよ。ご注進々々で、Mさんはよく親会社に行っているそうですね」
若社長のていねいな言葉遣いが、トゲを含み、M経理部長に突きささる。社
長室に緊張が走った。子飼いの幹部たちも白い目をM経理部長にむけている。
M氏はもう出向元の××製鉄に戻れるわけがないのを承知で、この若社長は言
っているのだ。
「…………」M経理部長は何も言えなかった。気にいらなくても、出向を命ぜ
られたこの会社にいるしかないのだ。住宅ローンの大半が残っているし、二人
の息子はまだ大学生で、どんどんカネが出ていく。貯えなんてほとんどない。
つまらぬ正義感などは持ってはならないのだ。目をつむり、若社長のいうと
おりに動かねばならないのだ。俺はまだ大会社の社員の気分が抜け切っていな
い。と、M経理部長は、ほぞをかんでいた。
電話が鳴って、いっとき、気まずい雰囲気が解けた。
「こちら、芦屋の功成記念病院です。A社長さんですか、会長さんからです」
病院の交換嬢から、A会長に変わるのに数秒かかった。
「社長か、資料は毎日見ているが、本当に出血していないだろうな。××製鉄
へも毎日顔を出しているか、支出はもっと押さえろ」
「おとうさん、いや、会長、ボクにまかせるって言ったじゃあないですか、会
社のことばかり考えていたら、何のために入院しているか分からないじゃあな
いですか、それより、何か食べられるようになったんですか?」
「いや、点滴と流動食の繰り返しだ。8年もこのベッドにいると、すっかり慣
れてしまったよ。それより、損をだすな、支出をもっと押さえろ、やる気のな
い奴らは辞めてもらえ」
「分かってますよ、会長。今もその話を幹部たちにしていたところなんですよ
、やる気のない人は会社を去れってね」
若社長は、受話器をみんなに突き出すような仕草で大声で話している。入院
していても、先代社長の威光は衰えていないのだ。お前たちは全力を尽くして
この会社の業績悪化をふせがなければならないのだ。と、幹部たちに再認識さ
せているのだ。
受話器から飛び出してきた死神が、M氏にささやきかける。
「Aおやじのしたたかさには参ったよ。あの病院で、8年もオレがとり付こう
と狙っていたんだが、金力で、はねつけられちゃって、どうしょうもねえ。あ
んな病院に8年も居続けると、あのオッサンのかわりに、オレの方が病気にな
って死ぬかもしれんと思って逃げだしてきた。それで、カネもチカラも覇気も
ない奴におんぶしてもらう事にしたよ。おまえさん、どうかね? おまえさん
が、今、背負っている貧乏神と交替しようかなと思っているんだが…………」
1993−04−23 遊 遊遊遊(名古屋)