AWC お題>青空 その2     リーベルG


        
#3/1336 短編
★タイトル (FJM     )  93/ 4/23   2:10  (146)
お題>青空 その2     リーベルG
★内容

 「真実を知りたくはありませんか?」
 いきなりこんなことを言われたら、誰だって戸惑うに違いない。ぼくも例外ではな
かった。
 「はあ?何ですって」ぼくは読んでいた本を置いた。陽あたりのいい公園のベンチ
で読書を楽しんでいたのだ。
 ぼくの目の前に立って陽射しを遮っているのは、若い女性だった。
 「真実です」女は繰り返した。「知りたくありませんか?」
 「…」ぼくはどう答えたものか迷った。多分、宗教の勧誘か何かだろう。あいにく
ぼくはそんなものに興味はない。
 「どうなんです?」女は執拗に繰り返した。「知りたいでしょう?」
 「何がですか?」ぼくは用心深く口を開いた。
 「あなたは真実を知らない」女は予言者のような重々しい口調でそう言った。「あ
なたは、自分が何者なのか知っていない。それは間違っている。そうでしょう?」
 「自分の名前くらい知ってますよ」ぼくはおとなしく答えた。少し頭がおかしい女
であるらしい。下手に刺激したくはなかった。
 「そんなことではありません。あなたは知らないんです」
 女の口調は次第に熱くなってきた。ぼくは少し腹を立てて言い返した。
 「いいかげんにしてくれませんか?何だって言うんですか、一体」
 「知りたいでしょう?」女はぼくに覆いかぶさるように身をかがめた。「教えてあ
げましょう。いいですか、あなたは…」
 ガツン!
 鈍い音が女の声を遮った。女は目を見開いたまま、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。
 「大丈夫ですか?」男の声が訊いた。「お怪我はありませんか?」
 「ええ、まあ」曖昧に返事をしながら、ぼくは目の前に立っている男を見た。何故
か白衣を着て、眼鏡をかけている。
 「危ないところでした。病院から抜け出したんで探していたんです」
 「ああ、なるほど」それで白衣か。
 「それではこれで」男は倒れた女をずるずると引きずりながら立ち去った。ぼくは
それを見送ると、本を取り上げた。
 雲一つない青空だった。

 「幸せなのか?」
 いきなりこんなことを言われたら、誰だって戸惑うに違いない。ぼくも例外ではな
かった。
 「はあ?何ですって」
 ぼくに突然話しかけてきたのは、中年の男だった。思い詰めたような真剣な目をし
ていた。キャッチセールスや宗教の勧誘だったら、態度を間違えている。
 「お前、本当にこのままで幸せなのか?」
 今日は人々がぼくにいろんな質問をする日らしい。ぼくは再び、本を閉じた。
 「あなた何なんですか?」
 「お前は目をそむけているだけだ!」中年男は突然、声を張り上げた。「もううん
ざりだ!」
 ぼくは少し怖くなって周りを見回した。公園には何人かの人間がいて、こちらを見
ていたが、誰も近寄ってこようとしない。関わりあいになるのを避けているのだ。
 「何とかいったらどうなんだ!えっ!」男は凄い力でぼくの肩をわし掴みにした。
ぼくは逃れようと身をひねったが、無駄だった。
 「何をする!離せ!」
 「おれが殺してやろうか?」男はぼくをギラギラする目で睨みつけた。「そうすり
ゃあ、この…」
 どこからその警官が現れたのかわからなかった。ぼくと中年男が気付いたとき、警
官は誰何も警告も威嚇もなしに、いきなり拳銃を抜くと躊躇いもなく発砲した。
 銃声は思ったより小さかった。
 ぼくの肩を万力のように締め付けていた両手が緩んだ。男はゆっくりと地面に倒れ
た。右のこめかみに赤い穴が開けられており、反対側の頭半分は破裂したようにぐし
ゃぐしゃになっていた。
 「大丈夫ですか?」警官は拳銃をしまうと、ぼくに尋ねた。驚愕で頭が半分くらい
麻痺していたが、何とか頷いた。
 「は、はい。大丈夫です。で、でも…」ぼくはちらりと地面の死体に目をやった。
 「ああ、こいつは脱走中の殺人犯人なんです。危ないところでした」
 公園中の視線が倒れている死体に集中していた。ぼくは座っていたベンチから離れ
た。どんなに無神経な男でも死体を足元に置いて、読書を続ける気にはなれないだろ
う。ぼくはゆっくりと歩き始めた。
 よく晴れた透き通るような青空だった。

 「頼むからわしを助けてくれ」
 いきなりこんなことを言われたら、誰だって戸惑うに違いない。ぼくも例外ではな
かった。
 「はあ?何ですって」
 公園での読書を諦めて家に帰る途中のぼくに声をかけたのは、腰の曲がった老人だ
った。
 「お願いだ。わしを眠らせてくれ」老人はぼくの身体にすがって、哀願した。
 「どこか具合でも悪いんですか?」ぼくは丁寧に訊いた。だが、老人は突然怒りの
形相を浮かべた。
 「あんたのせいじゃないか!みんなあんたのせいなんだ!」老人は怒鳴った。「頼
むからもう終わりにしてくれ!」
 「何をどうしろって言うんだ!」なけなしの敬老精神はたちまち底をついた。「ぼ
くが何をしたってんだ!いい加減にしろよ」
 「教えてやろうか!」老人はしわだらけの指をぼくに突きつけた。「あんたがどう
すればいいのか教えてやろうかと言っとるんだ!」
 何故かその途端にぼくは耳を塞いで駆け去りたいような気分に襲われた。だが、ぼ
くはそれをはねのけて老人に言った。
 「言ってみろ!何なんだ」
 「言ってやるとも」老人はぼくをじっと見つめた。「この世界はなあ…」
 「やめろ!」後ろで大声が響いた。振り向くと見知らぬ太った男が怒鳴っていた。
「やめるんだ!そっとしておくんだ!」
 老人は構わず続けた。太った男は唸り声をあげて老人に殴りかかった。
 「この世界はとっくに滅んでいるんだ…」
 ガン、と太った男の拳が老人の枯れ木のような顎に炸裂した。老人の身体は10メ
ートルも空中を飛び、地面に叩きつけられた。
 だが、ぼくは老人の言った言葉を頭の中で繰り返していた。
 この世界はとっくに滅んでいる…
 とっくに滅んでいる…
 滅んでいる…
 太った男は倒れた老人の腹に強烈な蹴りを入れていた。憎悪で顔を彩り、何度も何
度も老人の身体を蹴りつけている。肋骨が枯れ木のように折れる音が聞こえた。
 気が付くとぼくは叫んでいた。
 「やめないか!」
 ぼくは渾身の力をこめて太った男に体当たりした。意表をつかれた男は老人の身体
を飛び越えて地面に転がった。ぼくは、老人の身体を抱き起こした。
 「しっかりしろ!」
 老人は生きていた。ぼくを認めると弱々しく唇を動かした。
 「…頼む、眠らせてくれ…」
 「どういうことなんだ」ぼくは老人に問いかけた。「教えてくれ」
 「…1945年7月16日…」老人は途切れ途切れに話し始めた。「…マンハッタ
ン計画…最初の原爆がアメリカで爆発した…」
 「知ってるよ。それがどうした?」
 「…人類にとってはじめての経験だった…何が起こるか正確に分かっていた人間は
一人もいなかった…爆発しないかもしれない…アメリカ大陸全体が吹っ飛ぶかもしれ
ない…しかし実験は行われた…」
 太った男が身体を起こした。しきりに頭を振っている。
 「…そして、その瞬間世界の終わりが来た…科学者達の計算はことごとく間違って
いた…連鎖反応は爆弾のウラニウムだけにとどまらなかった…」
 「やめろ!」太った男ではなかった。いつの間にか立っていた警官が怒鳴っていた。
その後ろに白衣の男がいた。さらに、数百人の群衆が彼らの周りを取り囲んでいた。
 「このままでいいんだ」白衣の男が叫んだ。「言うんじゃない!」
 「…ほとんど一瞬でニュー・メキシコ州はエネルギーと化した…数秒後には北米大
陸そのものがエネルギーに変わった…続いて地球そのものが巨大な原子炉に変わって
しまった…」
 「ばかな」ぼくは笑った。「地球はここにあるぞ」
 「…だが…」老人は目を閉じた。「…全人類が死滅する寸前…世界は一人の人間の
夢の中に転移した…」
 世界のあらゆる音が途絶えたような静寂が辺りを支配した。
 「…それがあんただ…」
 ぼくは言葉を失った。
 「…あんたが何者なのか…超能力者なのか、神なのか…とにかくあんたは夢を見た
…世界の夢をだ…戦争が終わり…平和がやってきた世界を…わしらはその夢の住人な
のだ…」
 その瞬間、ぼくは全てを思い出した。
 そうだ、確かに世界は終わった。ただ、ぼくの夢の中でのみ、時は流れ、太陽は輝
き、花は咲き、鳥は歌い…
 何かを察知したように人々の悲鳴が沸き起こった。
 「やめてくれ!」
 「起きないでくれ!」
 「この世界を!」
 「消さないで!」
 「ああ!」
 「駄目だ!」
 「もう遅い!」
 その通りだった。ぼくは夢から醒めた。停止していた時は再び流れ始めた。
 世界のあらゆる光景が光に変わっていく短い一瞬、ぼくの心に浮かんでいたのは、
美しく暖かい青い空だった。
 時よ止まれ!お前は実に美しい…
                                                           ORG 91.05.07
                                                           UPD 93.04.22





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