#5467/5495 長編
★タイトル (NKG ) 01/08/15 23:01 (185)
嘘と疑似感情とココチヨイコト(7/25) らいと・ひる
★内容
◇伊井倉 茜
「参ったなぁ」
お昼頃から降り出した小雨は、もうどしゃぶりとなっていた。天気予報を見てこな
かったわたしは、朝方の日差しの暖かさに騙されて傘を持ってこなかったのだ。
小雨程度なら走って帰ればいいのだが、この降り方ではそれも難しい。今の季節に
身体を濡らしてしまうのは得策とはいえないから。
やんでくれたらいいなと思いつつも、それは無理だと確信したわたしは、知り合い
に会うことを期待して昇降口で待つことにした。
なにも家まででなくていい。コンビニまででさえ濡れずに済むならば、そこで安い
ビニール傘でも買えばいいのだから。
今日は部活はないので、一緒に帰る仲間もいない。放課後、担任の教師に用事を頼
まれてしまったので、誰かを待つには中途半端な時間でもあった。
このまま5時くらいまで待っていれば大丈夫かな?
部活が終了すれば、知り合いが昇降口に来る可能性も高いし。
ふと空を見上げる。
雨は嫌いだなぁ。
気分が憂鬱になっていく。
あれ? テスト前に部活やってるとこなんてなかったんだっけ。
重要な事に気付き、思わず頭を抱えそうになる。
いったい、いつまで待たなくちゃいけないのかなぁ?
そんな事を考えていると、ふいに人の気配を感じる。
「雨なら明日の朝まであがらないと思うよ。それとも誰かと約束しているのかな?」
聞き慣れない男子の声にわたしは振り返った。
そこには、わたしより頭一つ大きめのどこかで見た覚えのある男子生徒が傘をさし
て立っていた。
「ボクは2組の寺脇偲。きみは6組の伊井倉さんだろ」
名前を聞いて記憶が蘇る。そういえばクラスの渡部ちゃんに「2組にかっこいい男
子がいるって」付き合わされた事もあったっけ。それがたしか寺脇君だった。
でも、なんで彼がわたしの名前を知っているのだろう。
「そうだけど」
わたしはやや警戒しつつ彼の問いに答える。
「傘がないなら入れていってあげるよ」
「悪いけどいいよ。寺脇君ってさ、一部の女子の間で人気あるみたいだから、わたし
恨まれたくないし」
わたしだって寺脇君のこと「ちょっといいな」程度には思っていた。だけど、本気
で好きなわけじゃないから、他の子に遠慮しないと。
でも……それは、そうしないと人間関係がうまくいかないから?
いつもならそんなこと気にしないってのに、なぜか心の奥に引っかかる。
「それはボクの関知するところじゃないけどね。そんなくだらない事を気にしている
ならしょうがない」
彼はそう言うといきなりわたしの肩へと手をかける。
「え?」
驚いたわたしに気にすることなく、そのまま抱き寄せるように傘の中に入れられた。
コロンでもつけているのだろうか? わずかに甘い香りが漂う。どこかでかいだ
ことのある匂い……。
「こうすれば顔が隠れるよ。誰かと会いそうになったら隠してあげる。この場には誰
もいないし、変な噂がたつこともないだろう」
やや強引すぎる論理。同じ年代の男の子とは思えない口調。確かにこんな感じで迫
られたら、断りにくくなってしまうかも。
だけど、よく考えたら前の方から知り合いにあったら丸見えなんですけど。と、心
の中で苦笑する。
ま、コンビニまでだからいいかな。別にわたしたち付き合ってるわけじゃないから、
見られたとしてもいくらでも言い訳はきくだろう。
芸能人と一緒にいるわけじゃないのだから、そんなに大げさに考える必要もないか。
「寺脇君、わたし見られてもいいからさ。普通に傘に入れてくれない?」
わたしのその言葉に、肩にかかっていた彼の手の力が緩んだ。
「いいのかい? あんなに気にしてたのに」
そんなに気にしてたわけじゃないんだけどな。
「いいの。寺脇君の言うとおりくだらない考えだもんね」
言い訳するのは慣れてるし、逆に話のネタになりそうな……なんて事を考えてると
彼に見透かされてしまうかも。心の中でそっと舌を出す。
「じゃ、行こうか。家はどっちの方?」
「わざわざ家まで送ってくれなくても大丈夫だよ。そこらへんのコンビニでいいって」
「どうして?」
彼は不思議そうにそう聞き返す。
「コンビニで安い傘買って帰るから」
「へぇー、女の子ってもっとそういう小物にこだわると思っていたんだけど」
寺脇君は意外そうな顔をする。
「わたしってけっこう傘忘れるタイプだから、そういうのにお金をつぎ込むわけには
いかないんだ」
照れ隠しに笑いながら彼に告げる。
「伊井倉さんってもっとしっかりした人だと思ってたけどね」
そう言われてふと思い出す。そういえばなんでわたしの名前……。
「1年の時、同じ委員会だったの覚えてる?」
彼のその質問で私は納得する。それならば名前を覚えられていても不思議じゃない
かな。でも、わたしってそんとき何してたっけ?
「えーっと……」
それほど昔の事でもないのに、なんだか忘れてしまってるな。
「ま、いいや。そういう事だから」
まるで、わたしの心を読みとったような彼の口調。それとも単に私が顔に出やすい
タイプだからかな。
なんか、久々に男の子と並んで歩いてるものだからちょっと舞い上がってる感じ。
いかんなぁ。
「関係ない話なんだけどさ、寺島君ってコロンかなんかつけてる?」
沈黙するのも耐えられそうもないので、ネタになりそうなものはなんでも話してい
かなくては。
「え?」
彼は驚いたような顔をする。やば、違ったかな。
「ごめん。わたしの気のせいかもしれないんだけど、微かに甘い香りがしたからさ。
さっき肩抱かれて傘に入れてもらった時に、ふと思っただけ。なんか、とっても心地
良い香りだったから」
「伊井倉さんって鼻いいんだね」
彼はそれだけ言うと苦笑したような顔になる。
それってコロンつけてるって事だよね。
甘くて、心地よくて、ラベンダーにも似た感じの……。
え?
□幾田 明生
「おい、幾田」
廊下でふいに呼び止められる。この声は、理科教諭の井上先生だろう。
「なんですか?」
少しだけ負い目を感じながら振り返った。実は、井上先生は僕が所属する生物部の
顧問だったりする。うちのクラスの副担任でもあるが、担任に遠慮してかあまりクラ
スの事には干渉してこない。だから、授業以外ではここのところ会うこともなかった。
「最近、あんまり部に顔ださないじゃないか。2年まではあんなに熱心に通ってたの
にな。まあ、受験を控えて勉学に集中したいというのもわかるが」
「いえ、べつに今さら受験勉強に集中しているわけじゃないですよ。ちょっと、他に
興味がある事ができたんで」
受験勉強で、というなら無断で部活を休む理由にもなるのだろうが、僕の場合はち
ょっと違うので、少しだけ心が痛んだ。
「興味? めずらしいな、おまえが生物以外に興味を持つなんて」
「そんな意外そうな顔しないでくださいよ。僕だってそれなりにいろいろなものに興
味を持っているんですから。あ……でも、今の興味って、それほど外れたものじゃな
いですね」
ふと、その興味のあるものを思い出し、苦笑いがこぼれる。結局、自分自身の性格
が昔から変わらないなぁとしみじみ感じてしまう。
「何に興味を持っているんだ」
井上先生は興味津々という訳ではないが、とりあえず気にはなるのだろう。僕は、
隠すまでもないと、正直に言うことにした。
「うちのクラスの石崎です」
「ほほぅ。やっぱりおまえもオスなんだな」
先生の顔が緩む。僕の性格を知ってるとはいえ、答え方が露骨だったかな。
「どうとでも思って下さい。ただ、僕は彼女をどうしたいとか、そういう気持ちはま
ったくないんですけどね」
「なんだ、ようやくおまえも恋に目覚めたと思ったのにな。でも、その方がおまえら
しいかもしれないよ」
さすがに生物部に通いづめていた僕の事をよくわかっているらしい。一瞬、目を細
めて僕を見る。
「人間が一番面白いですよ。こんなにも複雑な思考システムを持っていて、飽きるこ
とはないですからね」
「特に彼女がか?」
「ええ」
恋愛感情かどうかなんて、僕には関係ない。けど、彼女に興味を持つこと自体に楽
しさを感じている事は否定しない。
だから、それが恋だというのならそうなのだろうと思う。ただ、今のところ自分か
ら肯定する気はなかった。
最近、自分のタイミングの良さに関心する時がある。もちろん、ちょっとした計算
をしている分確率が高くなっているだけの話なのかもしれないが。
下駄箱で石崎を見つけたとき、改めてそれを確信したりなんかする。
相変わらず僕は彼女には邪険な扱いを受けているが、それはそれで楽しかったりす
る。 今の僕の興味は彼女自身の考え方や行動にあった。
人間嫌いと一口にいえない彼女の言動。そして、時々見せる憂いのある表情。
行動だけは思いっきり強気なくせに、本当は迷いがあるんじゃないかとも思えてく
る。 彼女は、とにかく僕の好奇心を満たしてくれる存在でもあった。
そんな彼女とやや強引ながら、一緒に帰ることを許させる。たしか途中までは道の
りは一緒なはず。
「そういやさ、石崎って寺脇弟と仲いいの?」
「なにその『寺脇弟』って言い方? ああ湊の事?」
「その湊。寺脇兄は2年の時同じクラスだったし、今は隣のクラスだからさ。名前を
呼ぶ上での区別ってところかな」
「なんか、そっちの呼び方のほうがややこしい気がする。まあいいけどさ」
「で?」
「仲がいいっていうと語弊があるかもね。とりあえず同じ図書委員だし、いろいろと
ね」
「いろいろ?」
「だから、あんたに答える義務はないって言ってるでしょ」
「なんか気になるなぁ」
「たいした事じゃないよ。それよりなんでそんな事訊いてくるの?」
「なんとなくね。石崎って特定の奴とつるむことってないからさ。不思議に思っただ
け。伊井倉さんは別らしいけど」
「べつにつるんでるつもりないけど……あんたがそう思うならそう思えばいいよ。そ
れから茜は小さい頃からの馴染みだからしょうがないって……ああ、なんでこんな事
あんたに説明しなくちゃいけないの」
「訊いちゃまずいかな」
「なんでそんな事訊いてくるの?」
「興味があるから」
僕がそう言うと、彼女の表情が急に曇り始める。
「あんたも結局はそうなんだよね……」
「なんで? 他人に興味を持つ事は悪いことじゃないと思うよ」
「うっとーしいからなんにも話しかけないで」
石崎はそう言って怒り出す。そんな変な事言った覚えないんだけどな。
しばらく僕は彼女の後ろを着いて歩く。機嫌を悪くした彼女は、早足でどんどん先
へと行こうとするのだ。
今日は日が悪いと思うことにし、彼女の行く方角と自分の帰る道の分かれる所で「
じゃあ、また明日」と声をかけるが、石崎はそれを無視して歩いていってしまった。
「なんだかなぁ……」
まあ、それが面白いといえば面白いのかもしれないな。僕はそう思うことにした。