AWC お題>失せもの探しB     つきかげ


        
#5441/5495 長編
★タイトル (CWM     )  01/04/06  23:28  (118)
お題>失せもの探しB     つきかげ
★内容
 扉の外には真っ直ぐに伸びる廊下があった。そこは深紅のビロードが敷き詰められ
た豪華な感じのする廊下だ。その長い廊下をあたしたちは歩いてゆく。
 ママは廊下のつきあたりにある大きな扉を開いた。そこは聖堂のような雰囲気を持
った部屋だ。でも、イコンがあるべきところに置かれているのは黒い棺だけ。
 棺の前には白衣を身につけた長身の男が立っている。白衣の人は痩せて、物憂げな、
しかしそれでいて鋭さを秘めた瞳でこちらを見ていた。
「誰だね、君は」
 男の問いに、ちょっとむかっとしてあたしは答える。
「あんたこそ誰よ」
「私はラブレスだ」
「知らないの?馬鹿ねえあんた」
 あたしのそばで、ママが言った。
「ドクター・ラブレス。キメラウィルスを見つけた人」
 むかかっ。知らないに決まってるじゃん、そんな人。
(僕だ)
 あたしの中でアキラくんが言った。
(あの棺の中に僕がいる)
 あたしは棺に駆け寄る。その蓋は開いていた。そこにあるものを見て、あたしは息
を呑む。
「それ、気に入ってもらえた?それはわたくしたちの造った天使なのよ」
 棺の中からその天使と呼ばれたものが立ち上がった。その天使はいくつかの人体を
複合してつくられたもののようだ。
 左半身は雪のように白い肌をした女の身体、右半身は夜の闇のように漆黒の肌をし
た男の身体、そして頭部はそれこそ天使のように美しい少年の顔、アキラくんの顔だ。
股間には男性器が見えるがその奥がどうなっているか大体想像がつく。何しろ天使だ
けに、両性具有であるのだろう。
 アキラくんの顔は、無表情で眠っているように瞳を閉じている。立ち上がった天使
は、折り畳んでいた翼を開き始めた。八翼の白鳥の羽根が背中で開かれてゆく。巨大
で純白の八枚の翼が開いてゆく様は、巨大な白い花が開いてゆくようだ。
 あたしはドクター・ラブレスに銃口を向ける。
「これは一体何のつもり?」
「私たちはひとつの実験を行った」
「実験ですって?」
 ドクターは銃口を向けられても顔色を変えず、あたしに頷く。
「人体移植を私たちは様々な形で行ってきた。その際、意識がどのような形で作動す
るのかを私はいつも監視してきた。例えば、身体に別の脳を移植した場合。意識を担
うのは身体であるのか、脳であるのか」
「そんなの脳に決まってるじゃない」
「しかし、君の中にはこの天使の脳の持ち主である少年の、意識がある」
 あたしは反論できず、沈黙する。
「意識とは細胞を形成する場の性質という考えに私は達した。場の性質というのは、
ある特定の電磁気的波動関数の集合体といいかえることもできる。そして、極論すれ
ばその場の性質というものは、ある特定の科学物質を含む水であれば生き物でなくて
も宿らせることは可能であるという結論に達した」
「そんな、」
 あたしは絶句する。
「場の性質を保持するには水、というよりも水を構成する分子があれば基本的に可能
だ。あとはそこに電磁気的に変動する要素を加味できればいい。人体という物自体、
ほとんどが水でてきているじゃないか」
「まあ、そうだろうけど」
 ドクターはどこか憂鬱げな顔で、言葉を続ける。
「つまり意識は原理的に身体のどの部分にも宿ることは可能だ。しかし、身体をコン
トロールするには脳とのインターフェイスは必要だし、おそらく脳に宿るのが効率が
いいのは間違いない」
「それで」
 あたしは、天使に視線を向ける。
「これを造ったのは、なんの実験だったの」
「意識のトランスファー装置よ」
 ママがドクターの後をひきとる。
「意識を移し替える装置。ある身体から別の身体へと」
「そんなことって」
 ママは微笑む。
「できるのよ、空白の身体は意識を呼び込むの。この天使は八種類の人間と八体の動
物の複合によって造られている。その構成する個々の部分は意識が存在しないことを
確かめた上で組み上げたわ。でも、だめだった」
「なぜ」
「完全な意識の空白が実現できなかったのよ」
 ドクターはあたしの胸を指さす。
「君の身体の中に少年の意識が残っている」
「あたしの中にでしょ」
「見なさい」
 ママは、天使を指さした。
「天使が歌うわ」
 あたしの身体を戦慄が走り抜けた。天使の羽根が震える。それはざわめきのような
音をたてた。
(僕は死にたかった)
 音がゆっくりと、その聖堂を満たしていく。天使は羽根を震わせ、その音を歌に変
える。その歌はあたしの身体へ次第に侵入してきた。
(僕は死を企てた。僕は走り来る汽車に身を投げた。でも、僕の意識は残った。失わ
れたのは僕の両腕)
「天使の歌を聞きなさい、ひかり。それはあなたの意識を身体から解き放つ」
 ノイズ。それは、宇宙から降りてきたような無数のざわめき。意識を解体し、シン
クロナイズし、記号化し、トランスファーするような、そんな無数のざわめき。その
ざわめき自体が生きており、蠢いている。
「電磁気的な波動関数を音に変えることは可能だ。その音は脳の深層部、身体の最奥
で聞き取られ、共鳴する。その音に意識が乗って運ばれる。天使の歌は意識を運ぶの
だよ」
 あたしはドクターの声を遠くで聞いた。
(僕は死ななくてはならない。僕の死を完遂しなければならない)
 あたしは死にたくない。あたしはこの身体はいらない。あたしの身体。あたしの身
体を返せ。
(僕の死。それは天使の死だ。複合した人体。主体無き、転送装置と化した身体。そ
の歌にのって僕は僕の死を完遂する)
 天使の歌は壮大なる轟音と化して聖堂を満たす。あたしは、その瀑布となって流れ
行く音の中を泳いでいた。そして、その空間に満ち、潜んでいる様々な精霊のような、
表層にあがってこない意識をあたしは感知する。天使の歌は様々なる精霊たちの歌に
重ねられた。
(僕は、僕の失われた最後の器官を取り戻す)
 ドクターもママも、まるで意識を持たない人形のように見える。その身体は自働機
械。今ここの天使の歌に満たされた生きるノイズの世界では、音こそが歌こそが生命。
 あたしの胸にアキラくんの顔が浮かぶ。その顔はあたしの身体から飛び出し、天使
へとんだ。天使は瞳を開く。
 その声は宇宙の高みへと届く。
「今こそ」
 ドクターが叫んだ。
「今こそ精神は肉体から解き放たれ、真なる自由を勝ち得る」
 銃声が響く。死滅のドラムが打ち鳴らされ、狂気のリズムが聖堂を満たす。天使の
身体が痙攣する。深紅の血を撒き散らせながらの死の舞踏。
 天使は地におち、棺を紅く染めた。
 聖堂を満たしていた歌も死ぬ。
 そして左手から突き出された銃口は、ゆっくりと眉間にむけられる。最後に残った
9ミリ弾が一つ。
 銃声がもう一つ。そして暗黒。
 あたしは目を開いた。あたしの身体。愛らしくて素敵なあたしの身体。あたしは自
分を抱きしめる。
「おまえは誰だ?」
 あたしはドクターに、にっこりと微笑みかけた。
「誰でもいいじゃん。とにかく今日からあたしが歌舞伎町の女王になるのよ」




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