#5440/5495 長編
★タイトル (CWM ) 01/04/06 23:25 (181)
お題>失せもの探しA つきかげ
★内容
あたしたちの乗ったタクシーは、新宿歌舞伎町のはずれにあるラブホテルの前につ
いた。そのラブホテルはネオンに明かりが灯っておらず、青白い月の光だけを浴びて
いる。
ラブホテルは西欧ふうの城に似た造りだ。ネオンのついていないラブホテルはある
意味、廃墟と化した城塞に似ててるといってもいい。
あたしはドラキュラがその地下に眠っていても不思議はないなあ、とか思った。
斎木さんは、あたしをその左腕にぶら下げたまま、黒々と聳えるラブホテルへと向
かう。正面玄関を抜けると、かつてはロビーであったところにだけは明かりがついて
いた。黒ずくめの男がそこに立っている。目つきの鋭い暴力の臭いを漂わせた男だ。
「斎木さんですね」
そう黒ずくめの男は言った。斎木さんは頷く。男はロシア製の自動拳銃を懐からと
りだし、あたしに突きつける。
「なんのまねよぉ」
あたしは黒ずくめの男に向かって、舌を突き出す。男は感情を感じさせない声でい
った。
「斎木さんから離れろ」
「やあよ」
「じゃあ、ここで死ね」
「斎木さんも死ぬよ」
「それは重要な問題じゃない」
「おい!」
斎木さんが蒼ざめるが、男は無視した。
「斎木さんと一緒に死ぬか、斎木さんから離れておれと一緒にくるか。どちらかしか
無い。ついでに言っておくが、斎木さんから離れてもマダム・エドワルダのショウは
見られる」
「え、ほんと?」
あたしは斎木さんから離れる。すっ、とどこかから黒いナイトドレスを身につけた
女性が現れ、斎木さんを連れ去っていった。
あたしはデリンジャーをスカートのポケットに戻す。男は拳銃をあたしに向けたま
まだ。あたしのそばには近づこうとしない。デリンジャーの有効射程には入らないつ
もりらしい。
あたしは、黒ずくめの男の指示にしたがい、奥へと入ってゆく。あたしたちは、エ
レベータホールに入った。
「じゃあ、服を脱いでもらおうか」
「やあね、えっち。何しようっていうの」
「何もしないさ。いやなら帰れ。命はとらない」
あたしはさっさとセーラー服を脱ぎ捨てた。スカートと下着もとる。あたしは手袋
とスカーフと靴下だけを身につけた姿となった。
あたしはあらためてアキラくんの身体を見る。とても綺麗な身体だ。女の子のよう
に滑らかなラインで、少年らしいしなやかさを持っている。トランスセックス的な美
しさというのだろうか、こういうの。
(やめてよね、そういうふうに僕を見るの)
アキラくんが抗議する。ごめん、ごめん。そんな場合じゃないよね。
「なんだそれは」
男はあたしの股間を見つめている。
「なんだそれ、ていわれてもねぇ」
「その紐だよ」
「ああ、タンポンの紐?」
「タンポン?」
あたしはにっこりと笑う。
「女装する時って女になりきってみたいと思うものでしょ。だから生理用品をおしり
の穴にいれたら女の人の気持ちもわかるかなあって。抜いてみせたげようか?」
「いや、いい」
男は無表情で答えると、ようやくあたしのそばに近づいた。
「エレベータに乗れ」
あたしたちはエレベータに乗った。上は十階から地下は二階まである。男はキーで
パネルを開いた。そこには地下十五階までスイッチがある。男は地下十五階のスイッ
チを押した。
「随分深いのねぇ」
「何、すぐつくさ」
男の言葉通り、すぐについた。地下十五階でエレベータの扉が開く。そこには薄暗
くて狭い廊下が真っ直ぐ伸びていた。
「そこをまっすぐ進め」
男はあたしに指示する。あたしは、その暗くて狭い廊下を真っ直ぐ進む。つきあた
りは階段になっていた。階段は狭いハッチのようなところへ繋がっている。
「さあ、階段を上れ」
男の指示に従って、あたしは階段を昇った。階段を昇りきってハッチを抜けると、
とても明るい空間に出る。あたしは白くて眩しいその空間で目が眩んだ。
足下に開いていた地下への口が、自動的に閉ざされる。明るさに目が慣れてくると、
そこが円形の舞台であることが判った。そこは四方を客席に囲まれていて、檻に閉ざ
された舞台だ。
あたしは四方から、スポットライトを浴びせられている。眩しいわけだ。そして、
拍手が起こった。客席には正装した紳士、淑女が揃っている。皆、上品そうで知的な
雰囲気を持った人たちだ。
「ようこそ、マダム・エドワルダのショウへ」
あたしの前にいる女の人がそう言った。大きなソファに腰を降ろしたその女の人は、
漆黒のサングラスと黒いシルクの下着を身につけている。30センチ以上はあるだろ
うハイヒールを履いた足を高く組み、腰まではありそうな長い髪をたらしていた。
そして、彼女の回りには四人のマッチョな男が佇んでいる。ボディビルダーぽい観
賞用筋肉を身に纏った男たちは、黒いビキニのパンツに革のマスクだけを身につけて
いた。
革のマスクは頭部をすっぽりと覆ってしまうようなもので、目の部分だけ穴があい
ている。
「なあんだ」
あたしはため息まじりで言った。
「偽者のマダム・エドワルダしかいないわけぇ、ここは」
私の言葉に客席の拍手がとまる。私は客席を見回す。斎木さんの姿もあった。
「わたくしが偽者というの?可愛いお嬢さん」
「ちょっと黙っててよ、ブス女」
あたしは客席に本物のマダム・エドワルダがいないか探すのに忙しい。薄暗い客席
にいる人たちの顔を判別するのは、ステージの上からでは難しい。
「躾をしてさしあげる必要がありそうね」
女の人は手で傍らの男に指示を出す。男は日本刀を抜いて、あたしの前に立った。
「わたくしの前では跪かなければならならいことを、教えてあげる」
マッチョな男は上段に振りかぶった日本刀を、無造作にあたしへ向かって振り下ろ
した。あたしは、それを左手ではねとばす。
金属質の音がして、日本刀はへし折れた。男は、折れた刀を持って少し後ずさる。
あたしはにいっと笑うと、手袋を脱いだ。銀色に輝く義手が顕わになる。
「どお、綺麗でしょう」
あたしは、目の前の女の人にその義手を見せびらかす。あたしは左手のマニュピレ
ーターを取り外した。腕の中に格納されていた銃身が姿を顕わす。
あたしは義手の中に格納されていた銃把を取り出すと、義手の下部に組み込む。あ
たしの左手の義手にはUZIサブマシンガンの機関部が組み込まれている。
あたしは、義手の上部のカバーを開き、カートリッジの排出口と機関部を顕わにし
た。そしておしりのタンポンの紐をひっぱると、直腸に隠していたゴム袋に入った五
十連弾倉を取り出す。9ミリパラベラム弾が五十発格納された弾倉を互い違いに二つ
ガムテープでくくりつけたそれは、合計百発分の実弾を格納していることになる。
あたしはその弾倉を銃把の中に突っ込んだ。義手の上部のレバーを操作し、初弾を
チェンバーへ送り込む。
女の人は立ち上がり、何かを喋ろうとする。サングラスで表情ははっきりしないが、
恐怖が明確にあった。
あたしは、引き金に指をかける。素早く一掃射した。機関部を簡略化している為、
セミオート機能を省略しているが、引き金を引きっぱなしにしているとあっという間
に弾倉が空になってしまう。
ばらばらっと金色に光るカートリッジが舞台に落ちた。五十連弾倉の半分近くは使
ってしまったろうか。絶叫と悲鳴が交錯する。
太股を打ち抜かれた女の人とマッチョマンは、苦鳴をあげてのたうった。客席はパ
ニックになって、観客は舞台から遠ざかろうとしている。
これはあたしにとってラッキーだった。客席にいた数名のガードマンたちは、拳銃
を抜いたものの、パニックに巻き込まれてあたしに狙いをつけることができない。
あたしは、檻のそばに立つ。あたしは短い掃射を何度も行い、黒服の拳銃を持った
ガードマンを撃った。
機関銃の掃射は激しいビートをあたしにもたらす。その熱い銃弾があたしの左手を
突き抜けて放出される感覚は、目の眩むような陶酔をあたしにもたらした。
あたしは狙いを充分につける必要が無いぶん、有利だ。9ミリパラベラム弾は、客
を巻き添えにしながらガードマンを倒してゆく。
五人いたガードマンが死んだ時には、二本目の五十連弾倉の半分以上は使ってしま
っていた。客席には数十人の死体だけが残っている。
生きているものは怪我人も含めて部屋の外へ逃げられたらしい。あたしは、檻の錠
前を9ミリパラベラム弾を使って破壊すると、檻の外へでる。
血塗れの客席を歩き出したとき、突然拍手が起こった。
あたしは、拍手の音のほうへ銃口を向ける。あたしは息を呑んだ。
一人の少女が立っている。金色に染めた髪に、挑むように煌めく瞳。小振りな乳房
に、少年のようにしなやかな肢体。
黒いシルクの下着だけを身につけたその身体は、間違いなくあたしのものだ。
あたしが探していたあたしの身体。
ちくしょう、こんなところでみせびらかしやがって。
(落ち着いてよ、ひかりちゃん)
判ってるって、アキラくん。あたしは冷静だよ。獲物を狙う黒豹と同じくらい冷静
だ。
「よく来てくれたわ、わたくしのショウへ。ひかりちゃん」
その声、あたしは間違いなく聞き覚えがあった。
「もしかして、あんたマダム・エドワルダ、つまりあたしのママ?」
「正解」
あたしは思わず引き金を引いていた。9ミリ弾は、ママの頬を掠めたが、ママは挑
発的な笑みを浮かべたままだ。
「ああら、もしかしてひかりちゃん、あなた不満なの、その身体。とっても素敵な身
体を用意してあげたのに」
「そういう問題じゃないでしょ!」
あたしは怒髪天をついて叫んだ。
「あたしの夢は素敵なお嫁さんになることだったのに、この身体じゃだめじゃん!」
「ああら、問題ないと思うわよ、わたくしは。素敵なお嫁さんになれるわよ」
「むきーっ」
あたしは意味をなさない叫びをあげる。
「男のくせに自分のことをママと呼ばせるような変態野郎には、判らないことが世の
中にはいっぱいあるの、このかまやろう!」
「ああら、男の身体をしているのは、今はあなたのほうよ、ひかりちゃん」
「むきききーっ」
あたしは身体が怒りで震えるのを感じた。
(落ちついてよ、ひかりちゃん)
アキラくんの言葉はあたしには意味をなさない。あたしはもう、殺すつもりになっ
ていた。ママを殺す。頭をぶち抜いて、身体を取り戻す!
「やめなよ」
あたしの胸で声がした。あたしは自分の胸を見る。そこには顔が浮き上がっていた。
天使のように清楚な美少年の顔。アキラくんの顔だ。
「ママを殺せば自分の身体が死ぬんだよ、判っているの?」
「ああら、いいものもっているじゃない、ひかりちゃん」
ママはあたしの胸を見ている。ママの視線から逃れるように、アキラくんの顔はあ
たしの胸から消えていった。
「ねえねえ、それわたくしにもちょうだいな」
「だ・ま・れ」
あたしはそういいながら、ママの目の前まで歩いていった。ママの眉間に銃口を突
きつける。
「返せ、あたしの身体」
「もう、しょうがないわねぇ、そんなに怒るのはださいわよ。もっとクールに生きな
さいよ」
「撃つよ、本当に」
「はいはい、返しますよ。じゃ、一緒にいらっしゃいな」
ママは、振り向くと扉のひとつを目差して歩き始めた。あたしはその後に続く。
扉の外には真っ直ぐに伸びる廊下があった。そこは深紅のビロードが敷き詰められ
た豪華な感じのする廊下だ。その長い廊下をあたしたちは歩いてゆく。