AWC 川ヨ1:1 その3   永山


        
#5410/5495 長編
★タイトル (AZA     )  01/02/05  02:02  (199)
川ヨ1:1 その3   永山
★内容
「ああ、ついでに、お願いしていいですか。三山さんの名前を音で知っている
けれど、字ではあやふやにしか知らないという方をご存知でしたら、教えてい
ただけませんか」
 手を合わせる藤木に、眉をひそめる西林。
「そういう特殊な条件を付けられても、困ります。普通、意識しないもの、そ
んなこと」
「あ、じゃあ、結構です。どのみち、決定打ではないんですから、気にしない
でください」
「私、別に気にしてなんかいませんけど」
「そうですか。それはよかった」
 藤木は笑みを見せつつ、時間を確認するポーズ。
「そろそろ、お昼休みも終わりのようですね」
「ええ。もうよろしいかしら」
 口では早く切り上げたがっている風を装ったが、内心、少し惜しいかなと感
じていた。身近な人間が被害者と容疑者になったとは言え、自分には無関係の
事件だ。スリリングさをもう少し味わってみるのもいい。
「まだありますが、残りは帰り道で聞かせてもらいましょう」
 伝票を持つと、ゆっくりと歩き出す藤木。西林はレジまで歩調を合わせ、藤
木が支払いを始めるのを見届けてから外に出た。
「お待たせしました」
 藤木が追い付いてから、並んで歩き出す。これまたスローペースだった。
「ごちそうさま。食事代に見合うくらいなら、喋るわよ」
「では……小城さんを殺害する動機のある人に、心当たりはありませんか。無
論、三山さんを除外してです」
「ああ、それ。警察にも聞かれたわ。だけど、心当たりはありません。小城さ
んは敵を作らない、人生の歩き方のうまい人だったから」
「でも、殺された」
「……とにかく、私は知らない」
「ならばお尋ねしますが、佐藤寛美さんは、どうでしょうか」
「何故、知ってるのよ、その名前?」
 顔色が変わっただろうなと、自分でも思った西林。しかしかまわず藤木へ振
り返り、問い質す。
「まだ警察にも、いいえ、ほとんど誰にも知られてないのに」
 声が小さくなったと気付いた。合わせたように、藤木も声のボリュームを落
とした。
「調べました。当人が思っているほど、秘密は守られていないものです」
「喋ったのは誰よ」
「調査上の秘密とさせていただきます。名を口外しないという約束で、教えて
もらった情報でしてね」
「……それをネタに、脅迫でもする気?」
「しません」
 不意に足を止め、きっぱりと言い放つ藤木。西林は思わずよろめいた。急に
立ち止まって、慣性の法則が働いたせいもあろうが、それ以上に気圧された。
「私どもは真実を知りたいだけです。そのためには、正確な情報を集めなけれ
ばいけません、よね?」
 最後になって、にっと笑む藤木。西林はしかめ面になり、額に片手を当てた。
「秘密、守ってくれるのね」
「無論。記録は一切破棄します」
「……」
 西林は目だけでうなずいた。信用するほかない。歩くのを再開した。先ほど
よりもさらに鈍い動きになる。
「佐藤さんを、あなたの新しい恋人と表現していいですか」
「そうね。あっ、イニシャルにして。知り合いとすれ違いでもしたら、嫌だわ」
「分かりました。いっそのこと、Xとしましょう。Xさんには動機があるとは
言えませんか。あなたを独占したいが故という……」
「確かにXの独占欲は強い。私がこうなったのも、Xに強引なまでに誘われた
からよ。不思議なものね。一度知ってしまえば、あとは何の抵抗もなく――」
「そこまでお話していただかなくても、いいんですよ」
 藤木に言われ、西林は口を意識的に閉ざした。どうやら一瞬間、やけになっ
てしまったらしい。
「Xが小城さんを殺害し、その罪を三山さんに着せようとしたとは考えられま
せんかね」
「かの……Xのことを悪く言いたくありません」
「分かりました。それが答ですね」
「ついでに言っておきますけど、Xも小城さん同様、運転免許を持ってません。
ゼネラルスタジオパークまで往復しての犯行は、難しくなくて?」
「はい、それも承知していますが、念には念をというやつです」
「それからあの人は多分、三山さんの下の名前を知らないわ。絶対とは言い切
れないけれど、私、積極的に話した憶えがないもの」
「ああ、そうでしたか! それは収穫だ」
 藤木が満足そうにメモを付ける。それからおもむろに、鋭い視線を西林へ投
げかけた。
「念のために改めてお伺いします。事件当日のあなたのアリバイ証人は、本当
にいないんですね? Xと一緒に自宅で過ごしたというようなことは?」
「残念ながら、あの晩は真実、一人でしたわ。Xがどこにいたかも存じ上げま
せん」
「二人まとめてアリバイ成立のチャンスだったのに、惜しいですね」
 まるで我がことのように、不本意そうに首を振る藤木。
「あなた、本当に調査員? どちらかというと、刑事みたいだわ」
「調査員も探偵も似たようなものですから。三山さんの無実を証明するには、
真犯人を見つけることが一番の近道」
「それなら、ひろ……Xのよりも有力な容疑者を、教えてあげます」
「ふうん? 我々の網にまだ引っかかっていない人物ということになりますね。
どなたですか」
 大いに関心を示す藤木。最後の局面で、西林は初めて優位に立てた。そんな
気分になれた。
「藤木さんもご存知よ。寺崎則子。小城さんの姉」
「寺崎さんが……?」
 藤木は信じられないという風に、顔を伏せて首を振る。
「どんな確執があったというんですか、姉と弟の間に?」
「それはそちらで調べてください。すでに食事代分は喋ったと思いますし、時
間もないですから」
 そう言うと西林は藤木を置いて、仕事場を目指して一目散に歩いた。冷や汗
を感じたのは、少々スリルがありすぎたせいかもしれない。

「またか」
 吉野刑事は顔馴染みの藤木に話し掛けられ、露骨に嫌な顔をした。警察本部
の敷地内とあって、辺りを気にする。
「今日は何だ?」
「三山平次の起訴の見通し、立ったかなと思いましてね」
「よその事件まで、知らんよ。暇じゃないんだ」
「例の強盗殺人、素早く解決したそうで。おめでとうございます」
「……ようやく休めるんだ。短い休みを邪魔せんでくれ」
 袖を引っ張られたのを、肩を怒らせて逃れる吉野。さっさと門の外に出た。
「いいじゃないですか。ちょっとくらい、耳にしてるでしょう?」
「ふむ。はっきりとは分からんが、苦戦してるようだ。証拠と言えそうなのは、
ダイイングメッセージってやつだけだそうだな。動機があって、アリバイはあ
やふや。これで凶器が出て来て三山が自白をすれば、間違いなく起訴だが、な
かなか頑張っているらしいぞ」
「自白させようと、無茶なことしてないですよね」
「知らん。担当してる奴に聞け」
 嫌なことを言うとばかり、吐き捨てた吉野。藤木はしれっとして気付かぬ様
子で、拝んできた。
「だったら、吉野さんがつなぎ取ってください、頼みますよ」
「おまえさんの友達思いも分かるが、よその班の事件に口出しできるか」
「吉野さんだけが頼りなんです。何の資格も権利もない探偵が刑事事件、それ
も殺しを解決しようとすれば、情報だけが頼みの綱」
 拝み倒され、吉野はやむを得ず折れた。ズボンのポケットに両手を突っ込み、
腹を突き出すようにして立つと、気怠さに溢れた調子で答える。
「起訴はするだろうさ。情況証拠はそこそこ揃っててるし、メンツがあるから
な。ただ、勾留期限をぎりぎりいっぱい使うことになる、恐らく」
「今日を含めて、あと九日間でしたね、確か」
「知らんと言うのに。そこまで把握してるはずがないだろう」
「警察では、あのダイイングメッセージは、三山平次を表しているとしか考え
てないんでしょうか?」
「それならわしも見たから答えられる。他に読みようがないな。あれだけはっ
きりした血文字も珍しいって、評判になっていた。評判というのも変か。まあ、
あれがあるからこそ、三山を犯人と見なした。おまえさんもよく見捨てないな」
「それなんですが」
 右手の人差し指を伸ばし、藤木は中空を差す。だが、話の方は言いかけて、
やめた。
「おい、どうした」
「後回しにします。他に容疑者、いなかったんですか」
「いる訳がない。三山を引っ張ったんだから」
「そうではなく、捜査段階で他に疑いを向けた人物はいませんでしたか」
「……あのなあ、藤木よ」
 吉野はいい加減呆れて、相手の肩を鷲掴みにすると引き寄せた。そして顔を
近付け、説いて聞かせる口ぶりで言う。
「おまえさん、犯人は別にいると思ってるんだろう? 言い換えりゃ、警察と
は反対意見だ。我々を否定しといて、我々から情報をもらおうなんて、虫がよ
すぎないか」
「そうですね」
 素直に認めたあと、悪びれずに続ける藤木。
「でも、吉野さんなら分かってくれると思って、頼んでいるんですよ。決定的
な物証のないまま、白黒はっきりしない人間を有罪にしていいものか」
「決めるのは裁判所だ」
「いや、それ以前に世間的体面を破壊されます。起訴まで行かずとも、逮捕さ
れただけで、その人物の評判は落ちる。家族も傷つく」
「警察の責任じゃない。マスコミの責任だ。難しいことは言いたくないが、報
道の仕方に問題がある」
「半分同意しますが、責任の一端を担っていますよ、警察は」
「やめだやめだ。頭が痛くなる」
 実際に頭を抱える仕種をして、距離を取る吉野。藤木は刑事を追いかけるこ
となしに、声を多少大きくした。
「被害者の姉について、もう少し調べてください!」
「何でわしが……」
「それから、西林美砂の交友関係も、深く探って」
「おいおい、覚えきれん。勘弁してくれ」
 背を向け、立ち去ろうとする吉野。そこへ、興味弾かれる提案が飛んで来た。
「最後に、ダイイングメッセージは、横にして読むことをお薦めします」

 吉野はホワイトボードを前に立ち、分けてもらったダイイングメッセージの
写真を横向きに張り付け、さらにペンで大きく、下のように書いた。


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         * *  *    *  * * *
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         * *  *    *  *   *
         * *  *    *  * * *
              * ****  *   *


「話の前に、口出しする非礼を、先に詫びさせてく――」
「何をかしこまった挨拶をしてるんだ。おまえと俺の仲だ」
 パイプ椅子に居心地悪そうに座って足を組んでいる男の名は、桑田という。
小城徹也が殺された事件の捜査指揮を執った刑事だ。
 吉野は一瞬、ばつの悪い顔つきになった。それから肩の力を抜き、ため息混
じりに答える。
「だからこそ、丁寧に謝っておかんとな。おまえの恐さは、わしが一番知って
るつもりだ」
「なるほど」
 桑田は表情をほとんど変化させず、苦笑らしきものを浮かべると、片手を顔
の前にかざした。
「時間の節約だ。早く始めてくれ」
「では、これを見てほしい」
 差し棒があったがそれを使わず、ボードの文字を指差す。桑田は察しよく反
応した。
「ダイイングメッセージを寝かせてどうしようと言うんだ?」
「何て読める?」
「三山の名を横にしただけだな」
「このままの形でだ」
「……数字の1、1、1、3、1、コロンがあって、また1か。ああ、3は角
張っていて、片仮名のヨの方が近い。それにコロンは、セミコロンにも見える」
「ヨとその手前の1の間は、他と比べて狭いと思わないか? 1と3をくっつ
けて一文字としたら、どう見える?」

――続く




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