#5216/5495 長編
★タイトル (AZA ) 00/10/31 0: 6 (200)
そばにいるだけで 53−2 寺嶋公香
★内容 16/11/10 03:48 修正 第4版
「ところが連絡先が分からないことに、はたと気付いてさ。彼の事務所の方は同
業者相手でもガードが堅いって有名だから、僕も端からあきらめた。ちょっと考
えて、鷲宇さんなら知っているかもしれないと思って。それで聞いてみたら、教
えてくれたんだよ、君の家の電話番号を。携帯電話、まだ持ってないんだね?」
「あ、あの。ど、どういうことなのか、よく……」
「あれっ? おっかしいな。鷲宇さんが言ってたんだけどな。久住君との連絡
なら、君が取り次いでくれるって」
鷲宇さんてば何てことを!と叫びそうになる。いたずらのつもりだとしたら、
相当効果的である。純子の焦りようは、ちょっとなかった。
「久住君とは、どういうつながりがあるの? 気になるなあ、ははは」
「それは」
言い淀む。同一人物ですと言えたら手っ取り早いのだが、そうもいかない。
急なことで頭の中は恐慌状態、適当な答がなかなか出て来ないでいた。
(えーと、えーと。久住淳は相羽君の友達ってことになってるんだから、それ
で私は相羽君と友達で、えっと、ここで言う『私』は涼原純子であって、友達
の友達は友達だから、つまり要するに、私と久住が友達であっても、全然おか
しくないわよね? うん)
やたらと迂遠な理屈で、何とか返事を捻り出した純子だったが、それを台詞
にする前に、電話口の向こうから声が届く。
「いいよ、無理して答えなくても。ちょっと聞いてみただけで、詮索するつも
りはなかったんだ、ごめんごめん」
「は、はあ」
全身から力が抜ける。頭痛を覚えた。
「それでね、久住君に伝えてほしいことがあるんだけれど、いいかな」
「え? はい、分かりました」
「メモ用紙の準備はいい?」
「はい、大丈夫です」
本人が聞いているんですけど……。純子はこの頃になってやっと落ち着き、
苦笑を浮かべる余裕を得た。シャープペンシルの芯を出し、メモパッドを引き
寄せると相手を促す。
「どうぞ」
「前に会ったときの――ああ、涼原さんも聞いてるかもしれない。久住君を食
事に誘ったんだが、その返事が気になって」
純子は短時間に沈思黙考して、対処法を選択した。
「久住君は確か、星崎さんに全てお任せすると言ってたようですが」
「そうなんだけど、やはり久住君も売れっ子だから、都合を聞かないとね」
「星崎さんに合わせますから。多少無理があったって、私からも言って、合わ
せさせてみせます」
力を込めて述べ立てる純子に、星崎の苦笑する声が漏れ聞こえた。
「それはありがたくも、心強いな。それじゃあ、日にちは僕が決めるよ。その
代わりに、場所は久住君に決めてもらおう。そう伝えておいて」
「え、ちょっと待って。場所って、何ですか」
「店のことだよ。当然、久住君お気に入りの店があるんじゃないかな。そこに
行こうと思う」
「だ、だめですっ」
両手で送受器を握りしめ、声を大きくした。
(私が食べに行ったことのあるお店の中で、星崎さんと行くのにふさわしいと
ころ……思い当たらない!)
脳裏には、超高級レストランでの静かな食事シーンが、何故か白黒映像で展
開されていた。
「どうして?」
はたと我に返ると、星崎の不思議そうな口調が。
「どうして涼原さんが断言するんだい? 久住君に聞いてみなければ、分から
ないと思うんだけれどな」
「それはそうですが、私達高校生の行くお店なんて、たかがしれてます。こち
ら任せにされたら、星崎さんを幻滅させちゃう、絶対」
「あのね、涼原さん。激しく勘違いしてる」
含み笑いの声に、冷静に指摘され、純子はぽかんとなった。
「何も一流料亭で堅苦しい食事をするわけじゃなし、普通に考えてくれたらい
いんだ。まあ、僕らに気付いたお客が騒ぎ出すような店はまずいけれどさ」
「そうなんですか」
「ああ。元々、僕は久住君に体力着けさせたくて、腹一杯食べられるような店
がいいと思ってるんだ」
「そ、それなら、お店の方も、星崎さんが決めてあげてください。久住君も、
その方が助かると思います」
仮の姿に託して、自分の心情を吐露する純子。星崎はしばしの沈黙の後、ふ
むとうなずいた(らしかった)。
「それじゃあ、せめてこれくらいは決めてもらおう。お寿司と焼き肉、どっち
がいいか」
「お寿司と焼き肉、ですか」
「久住君に聞いといてくれる? 他にもステーキとか、鰻のうまい店を知って
るんだけど、ステーキの方は芸能人の出入りが多いし、鰻専門店は食材を使い
切ったら店を閉めてしまうから確実性がない。とりあえず、寿司か焼き肉にし
よう」
「はあ、分かりました」
「あ、もしかして、涼原さんは久住君の食べ物の好みを知ってるとか?」
「い、いえ。そんなことはありません。今度、聞いておきます。分かったら、
すぐにお知らせします」
「じゃ、頼んだよ」
話が終わる気配に、純子はほっとして、締め括りの挨拶をしようとしていた。
なのに、星崎は不意に続けてきた。
「――そうだ。いいことを思い付いたぞ。君も一緒に来られないかい?」
「あの、一緒にって、お食事に、ですか」
「もちろん、そうだよ。男同士、二人で食べるのもいいが、君を入れた三人で
なら、もっと楽しい」
「む無理です」
顔を大きく横に振る純子。声がどもりがちになった。
「す、すみません。えっと、私はご一緒して食べたいんです、凄く。でも、で
すね、事務所に怒られちゃうから」
「――あ、そっか。本業モデルさんだったよね」
「はい、それで」
「うーん、残念。久住君を太らせ、君は痩せたままでいられるメニューなんて、
難題だな。いや、僕も考えなしに誘ったりして、悪かったね。また別の機会に」
「え、ええ。お願いします」
今度こそ、話は終わった。送受器を電話に戻すと、額の汗に気付いて、拭っ
た。窮地を脱し、安堵していた。
「私と久住淳が、同席できるわけないよー」
あまりに疲れたので、思わず叫ぶ。
すかさず、母からの「どうしたのー?」という声があったが、何でもないと
答え、電話の前を離れようとした。が、メモに目が行き、足を止める。
笑ってしまった。一番上のメモ用紙をちぎり取り、四つ折にして、手の中に
握り込むと、自分の部屋に向かう。
紙には、「すしorやきにく?」とだけ記してあった。
休み明けの再会は、少しばかり、気まずいものとなった。
と言っても、もめた当人との再会ではなく、唐沢との。同じクラスなのだか
ら、学校に行けば顔を合わせるのは当然の図式である。
「この前は、さっさと帰っちゃって、ごめんなさい」
見るなり、頭を深々と下げた。そのまま横をすり抜け、席に向かおうとする
が、唐沢に止められる。まだ何かあるの?と目で尋ねる純子
「もういいさ。過去のことは気にしない質なもんでね」
「じゃあ一体……」
「写真だよ、写真」
後ろ手に持っていた小型のアルバムを前に持って来て、かざす。
「この間、懐かしのメンバーで遊びに行ったろ? そのときの写真ができあが
ったんだ」
「あ……そうだったわね」
おざなりの返答をした。純子にとって、あの日のことはまるっきり悪い思い
出ではないが、よい思い出でもない。
「ほしい写真があれば焼き増しするから、選んでもらおうと思って、とりあえ
ずサンプルを持って来た」
「わざわざありがとう」
「それで、ついでに、芙美――町田さん達の希望も聞いておいてくれないかな」
「そうね。分かった」
あの日以降、富井や井口と会ってこそいないが、電話でお喋りをする程度ま
でに、仲は回復していた。この写真のおかげで、会う理由ができる。
純子はアルバムを受け取ると、今度こそ自分の机に向かった。唐沢も当然の
ように着いてくる。
純子がアルバムを鞄の中に仕舞い込むと、唐沢は不満そうにしかめ面になり、
机を指先でこつこつと叩いた。
「もしもーし。今、見てくんないの?」
「う、うん。あとで」
唐沢の顔を見ることなくうなずき、鞄から机へ教科書やノートを移す純子。
(郁江や久仁香が、相羽君とツーショットになってる写真を見たら、いたたま
れなくなってしまいそう。せめて、家で、自分の部屋で一人で見たい)
「残念。今ここで、写真の腕を誉めてもらいたかったのにな」
「私も残念。直接、誉めてあげられなくて」
「――ふむ。意外と言うねえ」
純子の切り返し方を気に入ったのか、唐沢の不満顔は解消されている。
「写真の方は一応、来週の今日まででいいかい?」
「ええ。充分よ。芙美達と会うのも、うまく行けば明日にも」
「いいって、いいって。成り行きで」
手を振って、離れる唐沢。純子は笑顔で手を振り返し、落ち着いてから、気
掛かりなことを不意に思い浮かべた。
(相羽君はもう、写真を選んだのかな。どれを選んだのか、唐沢君に聞けばよ
かった)
その日は、鷲宇の指導を受けるため、家に直行できなかった。写真の存在が
気掛かりだけれど、仕方がない。
(どうしても見たくなったら、あとですぐに見よう)
努めて吹っ切ることで、どうにかレッスンに集中できたらしく、終わる頃に
は、鷲宇も満足げな顔付きをしていた。
「風谷美羽も、よい感じに仕上がってきている。少し、気が急いた唱い方なの
が気になったが、徐々に修正されたからよしとしようか。ずっとこの調子でお
願いします」
いつもの、「ため口」+「丁寧語」の話し方で、上機嫌の鷲宇。
純子はレッスンのお礼を言って、帰り支度に取り掛かろうと思ったが、急に
気が変わった。鷲宇に聞いておきたい――文句の一つでも言ってやりたいこと
があるのを思い出したのだ。
純子は鷲宇の正面に立つと、相手が勘付くのを待った。
「ん? 何か」
「鷲宇さん。私の家の電話番号を、星崎さんに教えましたね?」
「――はい、教えましたよ」
口元に笑みを残し、サングラスを掛けた鷲宇。バッグを小脇に抱え、今にも
逃げ出しそうな雰囲気だ。無論、実際には逃げ出さず、純子を見つめ返しなが
ら続けて答えた。
「星崎君に頼まれたから、仕方なくね。迷惑だったかい?」
「迷惑じゃありませんけれど、でも、久住淳のことと絡むのは……」
「実を言うと、僕はてっきり、君は電話番号を星崎君に伝えてあるものと思い
込んでいた。星崎君が久住淳と連絡を取りたがっていることを耳にしたとき、
それなら風谷美羽に電話してごらんと、助言した。そうしたら星崎君、彼女の
番号を知らないんです、と来たから、物の弾みで、ぽろっと電話番号を口にし
てしまったんだよ。すまなかったね」
大きな動作で、頭を深く下げた鷲宇。純子はもう、許してあげることにした。
「いえ、いいんです。確かめたかっただけ。それと、いきなり星崎さんから電
話をもらって、びっくりしてしまったんです。ほんと、パニック起こしそうな
ほどだったんですよ。あのときは、鷲宇さんひどい、って恨んでました」
「恨まれるのはかなわないなぁ。以後、細心の注意を払うと誓おう。――とこ
ろで、星崎君にばれる心配はないのかな」
口調を真面目なものに改め、鷲宇が聞いてきた。
「一人二役がですか? 現時点では、うまくごまかしているつもりです。色々、
ひやっとする場面もありましたけれどね」
「二人きりで食事となると、席も近いし、それなりにまとまった時間、接近す
るわけだ。気を付けるに越したことはない」
「はい」
「幸い、星崎君に、『その気』があるという噂は全く聞かないから、そういう
方面での心配は皆無だね」
「そのけって何ですか」
邪気のない目で、聞き返す純子。鷲宇は数秒の間、言い淀んだ。横目で宙を
凝視し、思慮してから、口を開く。
「ホモセクシュアルってことさ」
「ホ――」
ストレートな教え方に、純子の頭の中は、瞬間的に真っ白になる。じきに元
通りになったが、その代わり、急激に赤面した。
「これから知り合う中には、正真正銘の『そっち』の奴がいるかもしれないか
ら、万が一にも迫られたときは、うまく対処するように。結構、パーセンテー
ジ、高いとされてるからね。分かったかな、久住クン?」
鷲宇の話をよく理解しないまま、何度も首肯する純子であった。
――つづく