AWC そばにいるだけで 51−9   寺嶋公香


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#5170/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/ 8/31   2:18  (197)
そばにいるだけで 51−9   寺嶋公香
★内容                                         06/08/29 15:56 修正 第2版
「頼まれたら、いつでも駆け付けるさ。何せ、大スターのお願いだから、聞か
なければ仕方ない」
「何だとぅ」
「そんな顔するな。もちろん、友達だから来たんだよ」
 相羽の返事のあと、二人は腕を右、左の順に、クロスさせるようにぶつけ合
った。ここまでやれば、まずは成功だろう……と、周囲の反応に神経を傾ける。
「誰かと思ったら、相羽君じゃないか」
 星崎が、真っ先に話しかけてきた。相羽は振り返ると即、「お久しぶりです」
と頭を下げた。去年の春休みのドラマ撮影以来だった。
 そこへ、これまた久方ぶりの再会となる加倉井が、音も立てずに近寄ってき
て、「あら。久しぶり」と、相羽の肩を叩く。相羽は加倉井へも挨拶をした。
 星崎が柔らかい調子で、尋ねてくる。
「いつぞやみたく、今日も見学かい?」
「あれ? 伝わってませんか? かの……久住のボディガード兼付き人という
ことで、働きに来たんですよね、これが」
「付き人……は分かるとして、ボディガード?」
「悲しいことに」
 と、芝居がかって始める相羽。
「久住の元に、『歌手のおまえが、俳優なんかするな!』『カムリンと交代し
ろ!』などという投書が届くようになって、中には、暴力行為に訴えることを
匂わせた文章もありました。恐らく、視野が狭くなってしまったファンの仕業
だと思うけれど、念のため、誰かをガードに付けたらいいんじゃないかってこ
とになって」
 これは、相羽のでっち上げに近い。誹謗中傷の手紙が何通か来たのは、本当
だ。暴力行為に訴える云々の部分が、装飾。一介の高校生が警護に当たる不自
然さを拭えるものではないが、せめて緩和しようと、考えた筋書きである。
「それで君が?」
「はい。本職のボディガードを雇うほどの余裕は、まだないもので」
「鷲宇さんがいるのに? あの人に出してもらえるんじゃない?」
 加倉井の鋭い指摘にも、相羽は冷静に対処した。
「その辺りは、厳密に区別しておかないと」
「……まあ、あの人って、金銭はきっちしりてるそうだし」
「誰、この人!」
 突如、話の輪に乱入すると同時に、純子の腕に飛びついたのは、新部綾穂。
おとぎ話の絵本から抜け出してきたお姫様みたいな格好をしているのは、無論
彼女の趣味ではなく、先ほど撮り終えた、幻想的なシーンでの衣装を着たまま
でいるからだ。
「ねえ、淳、教えてよ。知り合いなんでしょう?」
 返事のいとまを与えるつもりがあるのかないのか、まくし立ててくる新部。
純子は彼女にすっかりなつかれ、また慣れてもいた。新部のお喋りが静まるの
を待ち、穏やかに答える。
「相羽信一、僕の大親友だ」
 多少芝居めいた台詞だが、純子の本心を語っているとも言える。相羽の様子
を窺うと、特に何かを言うでもなし、額から手櫛を髪に当て、後ろへ梳いた。
「あいば? お馬さんの愛馬?」
「違うよ、新部さん」
 新部に関する情報を、前もって頭に入れておいたおかげか、相羽はこなれた
風に対応する。どんな漢字を書くのかの説明とともに、自己紹介を済ませた。
 新部は挨拶を返すのも忘れ、純子に身体をより引っ付けると、
「淳の知り合いの男の子も、格好いい人なのね。みんなそうなのかしら」
 と、上目遣いに言う。さらに、最も言いたいことを付け加える。
「でも、一番は久住淳に決まってるわよね」
「さあ、どうかな」
 純子は、いつもの調子ではぐらかしてから、新部をやんわり振りほどくと、
相羽の横に並んだ。
「しばらく、彼と話をするから、悪いんだけど失礼しますよ」
 相羽と目で合図を取り、皆をあとにして、ロケバスの一つに乗り込む。先を
歩いていた純子は、車内が無人だと確認した。貸し切り状態だ。
「相羽君……久しぶり。本当に」
「そうだね。精神的に参ってるなんて聞かされたから、心配してたんだけれど、
顔を見たら元気そうで、ほっとした」
 そう言って、純子の顔をまじまじと見つめる相羽。
 純子は視線を逸らした。
「こ、これは――メイクのせいで、血色よく見えるだけ。落とすと、もっと青
白く、げっそりしてるんだから」
 げっそりは大げさとしても、幾分、やつれているのは事実だった。
「想像もできないや」
 相羽が苦痛そうに、首を横に振った。想像できないと言うよりも、想像した
くないとした方が、彼の本心に近いかもしれない。
「つらかったら、いつでも言えよ」
「え?」
「今の君がやめようとしたって、簡単にはやめられないかもしれないけれど、
僕も一緒に頭を下げて頼んでみるから」
「や、やあね。さっきのは、そんなつもりで言ったんじゃないわ」
 慌てて否定した。久住を演じる余裕はない。
(ただ、来てくれたのが嬉しくて、少し……甘えてみたくなっただけよ)
 と、心の中で思ったことを、声にはできない。
「相羽君は、ガードマン役でもあるんだから、ちゃんと守ってほしいなと思っ
て、だからちょっと言ってみたの。緊張感持ってくれなきゃね」
「……ガードマンじゃなく、せめてボディガードと呼んでほしいな」
 相羽は、力の抜けたような笑いの吐息を漏らした。
「それと、声が高いよ、久住君」
 文字通り、指差しての指摘を受け、純子はようやく気が付いた。ごくりと喉
を鳴らして、声を改める。
「ところで相羽君の方は、夏休みに入ってどうしてたの?」
「エリオット先生が一時帰国されたから、ピアノの練習があまりできなくてさ。
その分、柔斗に時間を割いている」
「それって、手に怪我をしないの?」
「しないように、心得てやっているよ」
 心配するなと言いたげに、両手の平を広げて、こちらに見せてくる相羽。し
なやかな指をしている。これが拳になると、手の甲辺りは案外、ごつごつして
いる。やはり、ピアノと武道、両方をやっているせいで、不思議な感じの手に
なっているようだ。
「他には? まさか、練習ばかりしてるわけじゃないでしょ。誰かと遊びに行
ったりさ」
「……それが」
 逡巡する風に、目を泳がせた相羽。それに気付いた純子は、黙って言葉を待
った。話してくれるのなら聞くし、はぐらかされるのならそれまでだ。
「白沼さん達と、プールに行った」
「ふうん」
「一度きり」
「どんな感じだった?」
「他に、男子も女子も、いっぱいいた」
「白沼さんは、何か言ってた?」
「特に、何も」
「そう」
 空回りしているような、噛み合っているような、もどかしいやり取りは、す
ぐに息切れを迎えた。
 そして次の話題を、相羽はきっとワンクッション置くつもりで切り出したの
だろう。
「ああ、中学時代の友達とも会ったよ。一緒に図書館に行って、何度か勉強し
た程度だけどね」
「誰? 私の知ってる人かな」
「富井さんと井口さん、だよ。偶然、駅で会って、そのとき頼まれちゃって。
勉強教えてほしいって」
「――そう」
 遅れた返事。その空白を埋めるべく、急いで言葉を吐き出す。
「二人とも、元気なのかしら」
「多分。見た目は、元気だったよ」
「どんなことを話したのかなぁ……」
「そう言われても、ほとんど真面目に勉強してたからな」
「その、私達のことは言ってなかった? 私や――芙美のこと」
 純子はうつむいた。視線を逸らしたまま、返事を待つ。相羽は、頭をかきな
がら、唸るように答えた。
「うーん……覚えがない」
 その言葉に、拍子抜けしたような、ほっとしたような。
(とりあえず、あの卒業式の日の出来事全部は、相羽君には伝わってないんだ。
それはいいんだけれど……悪く解釈するなら、郁江も久仁香も、私のことを口
にしたくもないのかな)
 自らの想像に、落ち込む。周りに突然、シャッターが降りてきたみたいだ。
「僕も一つ、聞きたいことがあるんだ。いいかい」
「はい?」
「大したことじゃない。唐沢から君に、何か言ってこなかったかなと思って」
「唐沢君から? あ、そうだ」
 思い出した。撮影しているところを見てみたいと頼まれていたのだ。
 純子はそのことを言って、「でも、今度の映画だと、来てもらうわけにいか
ないから……」と、肩を落とした。
「そういうことなら、僕がうまく言っておく。純子ちゃんは、全然気にしなく
ていいよ」
 請け負う相羽。その表情を見ると、どことはなしに、当てが外れた風である。
「そ、そうだといいんだけれど。とにかく、唐沢君にはようく謝っておかなく
ちゃ」
「いいから、今は、撮影に専念すればいいんだよ」
「……」
 急に、冷たく突き放されたように感じ、純子は表情を曇らせた。
(さっきは、やめるんならいつでも、とか言ってたのに)
 ところが、相羽の次の台詞で、純子の憂鬱は瞬く間に解消される。
「僕が来てから、君の演技がまずくなった、なんてことになれば、追い返され
てしまう。折角来たのに、そんなに早く帰るのはごめんだ、まったく」
 肩をすくめた相羽。無表情に、ほっとするような笑みが差す。
 そんな彼を見つめていると、純子の胸の内に疑問が芽生えた。希望と言い換
えてもいい、一つの疑問。
(もしかして、今でも私のこと、好き?)
 口が、その問いを発しようと、動きそうになる。
 中学卒業式の日、心ならずも友達宣言をして、しかも当の相羽に聞かれてし
まったとき、終わったと思った。高校に入ってしばらくしてから、友達付き合
いは復活したが、愛だの恋だのは、二人の間に決して浮上しない……漠然とそ
う考えていた。
 けれど、たった今、相羽の様子を目の当たりにし、改めて期待してしまう。
そんな自分に気付いて、我に返る純子。
(何考えてんのよ、私ったら。郁江や久仁香とのことも、まだ全然解決してい
ないのに、相羽君からちょっと嬉しいこと言われて、いい気になって、舞い上
がってる……)
 一人きりだったら、自分の頭を拳でこつんとやったかもしれない。
 落ち込みが表に出ないよう、無理をして笑顔を作った。ついでに、こんな無
理もしてみよう。久住の声になって、意に反する問い掛けを、相羽に発した。
「へえ、早く帰りたくないの? ここにいても、暇なだけだと思うけどな。僕
なんか、さっさと終わらせて、思い切り遊びたくてたまらないというのに」
「家にいる方が、よっぽど暇じゃないか。環境が変わって、面白いよ」
「はあ、働く方の身になってくれって」
「僕だって、ただ遊びに来たわけじゃないもんね」
 言われてみれば、相羽もアルバイトには違いない。こういうところの理屈っ
ぽさが、「ああ、相羽君らしいな」と思わせて、わずかだけれども、純子を再
び明るくする。そばにいるだけで効く、純子の元気の素。
「それじゃ、そろそろ働く?」
「そうしますか」
 どちらかともなく話を切り上げると、先に相羽が立った。そうして、純子に
手を差し伸べる。
 純子はつかまろうとして、握り返す瞬間、ふっと思い出した。
(前に、こんなことしてて、星崎さんに抱えられちゃったんだっけ。今度は失
敗しないようにしないと。まあ、相羽君相手だから、いいんだけれど)
 そういう頭があったから、気が緩んだ……というわけでもないのだが、立ち
上がるそのとき、ちょっとした眩暈が起きて、ふらつく。
 膝が折れて、沈む純子を、相羽が支えた。
「おい? 本当に大丈夫か? 大丈夫じゃないなら、はっきり言ってくれ」
「あ、ううん、平気。ただの立ちくらみ」
 相羽の腕に縋り付いたまま、首を振る純子。足元がしっかりしてから、離れ
ようとした。
 そこへ、ドアの鳴る軽快な音と、甲高い声がいっぺんに聞こえた。
「淳ーっ! いつまでも篭もってないで、出て来てー。開けるわよー!」
 純子達が応答をする前に、ロケバスのドアが音を立てて開く。顔を覗かせた
新部綾穂と、目が合った。
「あ、綾穂ちゃん」
「な……何してるんですか。お、男同士で、だ、抱き合って!」
 え?

――『そばにいるだけで 51』おわり





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