AWC お題>タイムマシン>「時間は終わる」(6)    時 貴斗


        
#5149/5495 長編
★タイトル (VBN     )  00/ 8/ 7  23:25  ( 55)
お題>タイムマシン>「時間は終わる」(6)    時 貴斗
★内容
  紀元前

「お父ちゃん、またあのお話を聞かせてよ」
 ワツは、鼻水をすすりながらせがんだ。獣の皮を切り裂いていた父が、
振り返り、微笑む。
「またか? 困ったもんだ。もう何べんしゃべったか分からないほど話
したろう」父親はそう言うと、鋭くとがった石を土の上に放りだし、立
ち上がった。
「僕、壊れ人の話を聞きたいよ」
 父の話は聞くたびに少しずつ違っていた。だから何度聞いても飽きな
かった。その時の気分によって適当に話しているのだろうという事は、
幼いワツにも分かった。
「よしよし、お母さんの言いつけを良く聞いて、ちゃんと肉の番をする
なら話してあげよう」
「うん。約束するよ」
 父が歩き出すと、ワツは喜んで手を打ち鳴らした。
 今日も日がよく照っている。最近は獲物が調子よく獲れて、父母は喧
嘩することもなく上機嫌で、ワツもうれしかった。
 丘をのぼると、地面から突き出した人間の足と、転がっているたくさ
んの石片が見えてきた。
「あっ、もうあんなに生えてらあ」
「本当だ。きっとワツが良い子にしているからだよ」
 この間見た時には、太ももの途中から先しかなかった。しかし今は、
腰の辺りが現われ始めている。周りの石片を集めて、日々成長している
のだ。石のかけらの中には、人間の一部分だろうと分かるものがいくつ
もあった。手や、肩や、そして頭も。それらに触れようとすると、いつ
も父は怒るのだ。「クア・クアに罰せられるぞ」と。
「お父ちゃん、お話をしてよ」
「ああ、はいはい。昔、この辺りはクア・クアという精霊に守られてい
たんだ。この男はある日森の中で迷ってしまい、歩き回って、すっかり
疲れてしまった。そして森の奥で小さな池を見つけたんだな。汗びっし
ょりの体を清めるために、彼は池に飛び込んだ。その時どこからともな
く声が聞こえてきたんだ。『ここは私達の土地です。早くお帰りなさい』
と。男はそれがクア・クアの声だと分かったが、こう答えた。『お前達の
土地だって? 冗談じゃない。ここは俺達の土地だ。お前らの方こそ出
ていけ』」
 ワツはこちらを向いている頭部を見つめた。そんなに悪い人には見え
ないけどなあ、と彼は思った。
「男はそばの木の枝からぶら下がっているつたにつかまって、悪ふざけ
を始めた。揺れながら、水面を蹴った。怒ったクア・クアは、つたを天
にのばし、男を空に上げてしまった。太陽が沈み、闇の世界が来て、再
び日がのぼっても男は我慢していたが、とうとう耐えきれなくなって手
を離してしまった。そうして落ちてきたというわけさ」
 今日の話には象が出てこなかったが、ワツは父の話が終わったのを感
じた。
「でも、お父ちゃん、なぜこの人はだんだん元の体に戻っていくの?」
 父の眉根にしわが寄った。やがて、その顔に微笑みが戻った。
「クア・クアがかわいそうに思ったからさ。男は長い間ばらばらだった
が、もうそろそろ許してやろうと考えたのさ。さあ、帰ろう。お母さん
が待ってるぞ」
 ワツは父の話を聞くのが楽しくて仕方なかった。


<了>





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