AWC 花うつろひ/幹夫の冬(2) 改訂版 《マスカット》


        
#5136/5495 長編
★タイトル (QKD     )  00/ 7/31  18:11  (159)
花うつろひ/幹夫の冬(2) 改訂版             《マスカット》
★内容

もうすぐクリスマスだという12月のある日曜日・・・幹夫と麗子は、
久しぶりに逢った。手紙のやり取りは多いがなかなか逢う事は少ない。
お互いの暗黙のルールでもあるやもしれない。 感情をコントロールする
にもこのルールは役立ってると言える。


「寒いわね、幹夫さん、元気だったよね? あっ、元気なのは手紙で
解かってるわね」麗子は明るく笑った。

「麗子さん、ここ僕の好きな場所なんですよ。どう? いい感じのお店
でしょ?]

「うん、とってもいい感じね。 ジャズでしょこれ?私も少しは聴くけど、
あまり知らないから。幹夫さんお好きなの?」 

「まぁ、僕もちょっとだけ。 雰囲気が好きなだけ、同じですよ麗子さん
とアハハハ」



たわいない会話だが、店内に流れる優しい音楽とあったかさの中で、二人
の心の波は互いに同調を繰り返していくのであった。



幹夫と麗子はまだ、手も触れ合った事もなかった。逢うと会話がはずみ、
互いに相手の存在の意味を真剣に確認し合っているような、ある種の緊張
ともいえるが、人が人との関係を作っていく上で、一番大切な過程を二人
は共同作業のように積み上げている・・・そんな時をずっとつむいできて
いた。




年が明けて・・・新しい春がやってきた。 今年の冬はよく雪が降るな。
幹夫は正月休みを久しぶりにのんびりと過ごしていた。
少し腹ごなしに街にでも出るかぁ。

マフラーとコートを身につけると幹夫は「さぶ〜」と笑いながら外に出た。
お正月も三日目となると街では店も開き、お年玉を貰った子供達が家族と
賑やかに買い物をする風景が微笑ましかった。



「あれ? あの人・・・」 道の反対側の書店の前に着物姿で小さな女の子
を連れた女性が見えた。


幹夫は小走りにそちらに行くと、ニッコリとして言った。

「順子さん、こんにちは」

「あらぁ、幹夫さん、こんにちは。 あっ、あのね、私、気持ちの上でね、
気安い人にだけはおめでとうって言わないって決めてるの、だからね。
貴方も同じよね」

順子は明るく・・・しかしその洞察力たら凄いものだと幹夫を驚かせる
言葉を発した。


「順子さん、ありがとう。 お子さんとお買い物?」

「うんうん、そうなの。旦那は草野球の仲間と新年宴会だから、二人で
実家に遊びに来てるのよ。 幹夫さん一人?」

「ええ、 叔父さんと叔母さんがいるんですけど、挨拶だけして帰って
きました。この休みに少ししたい調べ物もあるんで」

「えらいわねぇ、お正月まで勉強なのね。 ねぇ、良かったらお茶でも
しない?あゆみが喉かわいたって言うんで何か飲もうかと思ってたとこ
なのよ」

「順子さんが良ければ、僕は喜んで」



三人は子供向けのパフェとかもある明るい喫茶店に入った。
順子はあゆみに好きなチョコパフェを頼むと自分はココアを頼んだ。
幹夫は紅茶を頼んだ。



「で、本当は私に白状しなきゃいけない事ってなぁ〜い?」
順子は悪戯っぽく言った。

「まいりました。 ええ、実は僕、麗子さんと文通してます。
時々逢ってもいます」


「やっぱりねぇ。 麗子にこないだ会ったんだけどね、なんかそんな気が
したのね」

「順子さんて、ほんと人の気持ちや動きをよく見れる人なんですね。
だから、家庭の中があったかいんでしょうね」
幹夫は嬉しそうにパフェを食べるあゆみを見てそう言った。

「どうかなぁ、 それは。 まぁ、そうかもしれないね?そうしとこ!
 アハハハ」


順子は幹夫と会話をしながら、彼があれからどんな気持ちで過ごしてきた
だろうと思い測るように幹夫の表情を見ていた。「頑張ったんだ」 
順子はそれでいいよと優しい笑みを浮かべてココアに口をつけた。



しばらく話をした後、 店を出て別れようとした時・・・幹夫が順子に
改まって言った。

「順子さん、僕という人間が麗子さんの人生に関わる資格があるでしょうか?」

順子は既に幹夫に背を向けてあゆみの手を引いて歩こうとしていたが、
右手を上に伸ばして手を振りながら後ろにいる幹夫に言った。


「資格はないわよ。 そんなもの誰が認定してくれるって訳?
しっかりしなさいね!麗子の心・・・つかめるかつかめないかは、
貴方次第とも言える。じゃねぇ」



順子とあゆみの歩いていく姿を見つめながら、幹夫は敬礼するかのように
笑って頭を下げた。 



幹夫が聖書などを読むようになったのは、今日子と知り合う少し前だった。
あの頃めいっぱい無理して頑張っていたので、時に疲れる事があったから
だ。


母の友達で洗礼は受けてはいないが、教会には通っている信心深くとても
穏やかな人がいた。そのおばさんの優しい言葉やあったかい笑顔を見て
いると・・・何時もとても幸せな気分になった。
そんな事をふと思い出したある日、幹夫は書店で聖書を購入したが、
難しくてよくは解らないなと思いながらも、いい心でありたいと願う
気持ちがそうさせた。

母は父さんはそこにいるよ と何時も言った。形は仏壇でも父さんは何処に
でもいるんだよと言った。 そんな母だから宗教への偏見などありもせず、
いい事は何でも勉強した方がいいと何時も幹夫に言っていたものだ。



聖書を1ページだけ読み、その日の懺悔と明日への誓いをする日課は
そうして始まった。



順子と話したその夜・・・幹夫は過去への懺悔と未来への誓いを心に
刻みつけ穏やかな眠りについた。


###   【花うつろひ】再びの春  に続く・・・  ##

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                                     《マスカット》QKD99314




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