AWC 天空のワルキューレ(前編)B つきかげ


        
#5083/5495 長編
★タイトル (CWM     )  00/ 6/22  13:24  (131)
天空のワルキューレ(前編)B                        つきかげ
★内容
 ロザーヌの塔への扉は再び閉ざされている。その前の通路には、オーラの機動兵器
である黒い鋼鉄の蜘蛛たちが並んでいた。その前には既に剣を納めたオーラの兵士た
ちが立っている。戦闘は終わった。
 そして、ロザーヌの塔への扉の前に、白い僧衣を身につけた老人が立っている。僧
である老人にはむろん戦う意志は無い。その周囲に立つ兵士たちも別段その老人を監
視する意識はないようだ。彼らは待っている。一人の男を。
 その男は、悠然と現れた。敵地の心臓部に入り込んだというのに、自分の家の庭を
歩くような調子でロザーヌの塔の扉へと近づいてくる。
 そしてその男の後ろには、フードのついた灰色のマントに身を包んだ者が続いてい
た。フードに覆われた顔は見ることができなかったが、そのマントに身を包んだ者を
見る兵士たちの瞳には、明らかな怯えがある。ある意味でそのマントを纏ったものは、
戦場で遭遇する敵以上の恐怖を兵士たちに与えているようだ。
 前をあるく男は、漆黒の髪をゆったりとかきあげまるでパーティの会場で友人にで
あった時にみせるような笑みを神官に投げかける。その男は、黒曜石の輝きを持つ瞳
で神官を見つめていた。
 部隊の長である印を武具につけた男が、黒髪の男の前に立つ。
「ブラックソウル様、被害の報告をします」
 ブラックソウルと呼ばれた男は楽しげな笑みを見せながら手をあげると、男の報告
を止めた。
「いや、それは後でいいよ。巨人が現れた話なら聞いている」
 ブラックソウルの笑みを湛えた黒い瞳は、神官を見つめ続けている。神官は、無表
情のままブラックソウルの視線を受け流し、吐き出すように言った。
「うざいぞ、小僧。殺すならさっさとやれ」
「いやいや、大神官モエラス殿。あなたを殺すなどとんでもない。我々とて敬虔なヌ
ース教徒ですよ」
 さすがに、モエラスと呼ばれた神官は苦笑を浮かべる。
「それならば、ただちにここから立ち去るがいい。おまえたちの振る舞いは信仰を土
足で踏みにじる行為だ」
 ブラックソウルの目に始めて酷薄な光が宿った。
「そう仰いますが私どもはのうのうとして何もしないあなた方に変わって、血を流す
決心をしたのですよ。モエラス殿、あなたにも是非とも協力していただきたい」
 モエラスは嘲るような光を瞳に浮かべ、ブラックソウルを見る。
「協力?神殿を蹂躙したおまえたちは、必要なものは全て奪いとったはずだ。おまえ
たちにできることといえば、私を殺すことだけだよ」
 ブラックソウルの口元に、皮肉な笑みが浮かぶ。
「いいや、モエラス殿。あんたは協力したくなるよ。おれの話を聞けばね」
「ほう」
 モエラスは、どちらかといえば投げやりな視線をブラックソウルに向ける。
「どんな話を聞かせてくれるのかね」
「黄金の林檎の話だよ。聞きたいだろう」
 ブラックソウルは狡猾な狼の笑みを見せた。対照的にモエラスの顔は蒼ざめ強ばる。
「多分知っていると思うが、黄金の林檎は魔導師ラフレールと共にウロボロスの輪を
超えて、この次元界から消えた。しかしな、」
 ブラックソウルの顔は、僧侶を誘惑する堕天使の表情を張り付けている。
「戻ってきたんだよ、我々の世界へ」
 モエラスは呻き声をあげる。
「まさか…」
「本当だ」
 ブラックソウルの後ろに立つマントで身を包んだものが口を開くとともに、そのフ
ードをはねのける。
 そこに現れたのは黄金の髪に漆黒の肌、死滅の太陽を顔面にはめ込んだように金色
に輝く瞳を持った魔族の女であった。叩き割ったグラスから水が流れ出ていくかのご
とく、瘴気があたりを覆ってゆく。
 回りに佇む兵士たちは、思わず後ずさっていた。本能的な身体の動きである。モエ
ラスだけはさすがにその魔族を見据えていたが、その身体は微かに震えていた。
「おまえが、魔族の女王ヴェリンダか」
「そうだ、家畜どもの神官。正確にいうとラフレールが戻ってきたのではなく、ラフ
レールの使い魔が現れたというべきだろうな」
 モエラスは絞り出すようにしてヴェリンダに話しかける。
「どうでもいい。黄金の林檎は地上にあるのか、どこにあるんだ?」
「判らないんだよ、それが」
 ブラックソウルは優しく言った。
「ヴェリンダの力を持ってしても、黄金の林檎が地上にあるのは判っても、その位置
は特定できない。むろん、それができればとっくの昔に我々は黄金の林檎を手にでき
たんだがね。そこでだ。あんたの力を借りることになるのさ、大神官」
「わ、私の」
 モエラスは病んだ者のように震えた声で言った。
「力だと」
「そうさ」
 ブラックソウルは満面に笑みを浮かべる。
「ロザーヌの塔への扉を開いてくれればいい」
「ロザーヌの塔だと」
「ロザーヌの塔からは、天空城エルディスへの通路が開かれている。そこにはラフレ
ールの使い魔がいる」
 モエラスは呆然として塔への扉を見る。
「しかし、」
「何を躊躇う、大神官殿」
 ブラックソウルは歌うように語りかける。
「我々の目的はただ一つ、黄金の林檎の奪回。それこそヌース教大神官であるあんた
の悲願じゃないのか。まあ、我々はそのおまけとして中原における政治的イニシャチ
ブをとるという目的もある。しかし、あんたにとっちゃどうでもいいことだろう?モ
エラス殿。それこそこの神殿が焼き尽くされ灰になったところで、黄金の林檎さえ戻
れば、あんたには何の文句も無いはずだ。まさにそれが、信仰の証というやつになる」
 モエラスは夢遊病者のように歩き始める。ロザーヌの塔へ向かって。
「そうだ、モエラス殿。それでこそ信仰篤きものだよ、大神官」
 ブラックソウルの言葉が耳に入っているかは判らないが、モエラスは扉にたどり着
いた。そこで、扉のそばの小窓を開く。
 モエラスは夢中でその小窓の釦を操作した。どこかで、何か巨大なものが引きずら
れる音がする。
「やったな」
 ブラックソウルの楽しげな声を、ヴェリンダが遮る。
「だめだ」
 扉は開かれなかった。
「どう思う、ヴェリンダ」
 ブラックソウルの問いに、ヴェリンダが答える。
「おそらく、ロキの仕業だろう。やつらがここへ来たのであれば」
 ブラックソウルはうんざりした顔になった。
「やれやれだ」
 モエラスは扉の小窓を操作し続けている。その瞳には、偏執的な光が宿りはじめて
いた。ぶつぶつと何事か口の中でつぶやき始めている。
「役にたたねぇな、全く」
 ブラックソウルの右手が一瞬閃く。光が一筋宙を切り裂いた。モエラスの首筋から
血潮が吹き出す。
 ブラックソウルの右手には、手のひらに収まるほどの大きさの透明な水晶剣が持た
れている。ブラックソウルはその水晶剣をエルフの紡いだ絹糸で操るユンク流剣術の
使い手であった。
 モエラスは自分が斬られたことに気付かぬように暫く小窓の操作を続けていたが、
唐突に崩れ落ちる。兵士たちがその死体を運び去った。
「三千年続いた王都を制圧した結果、無駄足だったと知れればおれは抹殺されるかも
しれねぇなあ、オーラの長老たちに」
 ヴェリンダは少し肩を竦めると言った。
「どうするんだ、ブラックソウル」
「どうもしねぇよ。というより待つしかねぇだろ」
「待つ?何をだ」
 ブラックソウルは楽しげな笑みを浮かべている。
「ラフレールの使い魔として古の暗黒王ガルンがアイオーン界から呼び戻されて復活
した。それもラフレールの師であり、ラフレール以上の魔力を持つマグナスの元へ。
マグナスはラフレール程には狂っていない。つまり神々の約定に逆らう気はないはず
だ。だからロキを自分の元へ招いた。今のところラフレールの意図は読めないけれど
な。マグナスはヌース神の僕であるロキを呼び出しているが、やつは神々の戦いにつ
いて中立の立場をとりたいはずだ。当然、邪神グーヌの僕も自分のところに招くだろ
う」
 ヴェリンダは表情を変えぬまま言った。
「つまり、ガルンが私の夢に現れたのは、マグナスの差し金ということか?」
「そうだ。おそらくやつは我々も天空城へ招きたいはずだ。ロキはロザーヌの塔を封
じたが、別の道をマグナスが用意するはずだ。おれの予想以上にやつが狂っていない
かぎり」
 ブラックソウルは、言い終えると来た道を引き返しはじめる。ヴェリンダはフード
を被るとその後に続いた。
「それにしてもやれやれだな。この神殿を制圧したことに何の意味もなかったとは。
とんだお荷物を背負いこんじまったわけだ。おれは」




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