#5062/5495 長編
★タイトル (AZA ) 00/ 4/29 19:32 (200)
そばにいるだけで 47−4 寺嶋公香
★内容
「うん……天文部と地学部、演劇部、バレー部にバスケ部」
思い出すがままに答える純子。教室に戻り、帰り支度をしていた結城が、そ
の手を止めて純子に向き直った。
「――えらくたくさん挙げたわね」
「やりたいことが多くて、迷っちゃう。どの部も、先輩方はいい人みたいだっ
たし」
「額面通りに受け取っていいのかどうか、分からないわよ」
教室を出て、並んで廊下を行く。真昼の陽気が、花の香りと連れ立って、開
け放たれた窓から流れ込んでいた。
「しかし、それだけ挙げるってことは、純子って何でもできるのねえ?」
「まさか。好きなだけよ。上手下手は関係ない」
「演劇やバレー、バスケはある程度自信がないと言えないでしょ」
「コンクールとか大会を目指すんじゃなくて、ただ、楽しめたらいいなあって」
「そんな部はない……と思うよ。サークルでも作らなきゃいけないんじゃない
かしら。ああ、でも、そんなことしたら、正式な部に対して角が立つかな。生
意気な一年生だ、って」
「そこまでしないよー」
首を左右に、ふるふる。このときの純子は、何とはなしに今朝、香村のサイ
ンを頼んできた先輩のことを思い起こしていた。
「そういう結城さんは、心に決めた部があるの?」
「それがね――」
下駄箱の前に差し掛かり、結城の返事が一瞬途切れた。まるでその間隙を突
くかのようにして、風のごとく駆け込んで来る生徒が一人。唐沢だった。
「すっずはっらさん! 一緒に帰らないか?」
「え、ええっと……」
唐沢を捉えた視線を、すぐに結城に戻す。承諾していいかどうか、目で尋ね
てみた。
結城は純子に答えるのではなく、唐沢に向き直った。
「唐沢君て、あっかるいのねえ」
「ほ? そうだな、普段は明るく軽く、これをモットーに」
前髪に右手を突っ込み、かき上げる唐沢。
「結城さん、だよね。今日の自己紹介のとき、とても堂々としてて、いい感じ
だったから、一発で覚えた」
「あらま。そうだったかしら。まあ、私のモットーは、いつもしゃきしゃき、
元気で行こうだから、ちょうど合ってるわ。しかし、覚え易さで言ったら、そ
っちの方が間違いなく上ね。早くも女子の声援を集めてたわ」
「傲慢ですが、あれくらいじゃ足りない」
真顔で言ってから、にっと笑う唐沢。悠然と靴を履き、そして続ける。
「だって、涼原さんも結城さんも、声援送ってくれないんだもんな」
「わ、私は、中学から一緒なんだし……」
純子が両手を振る隣で、結城はさすがに呆れた風に肩を落とした。
「背負ってるわねえ。もしかして唐沢君、女子全員を振り向かせないと、気が
済まない性格?」
校舎の外に歩み出しつつ、お喋り続行。なし崩し的に、三人で下校する格好
となった。
「気が済まないことはないけど、女の子に注目されると嬉しい。だから、なる
べく大勢から注目されたいなと」
「ごめんねー、私、あいにくだけれど、唐沢君みたいなタイプは好みじゃない
んだ」
きっぱり断言した結城に、純子は内心、はらはら。
(今日会ったばかりなのに、こんな話題を扱う唐沢君も凄いけど、結城さんも
全然人見知りしないんだわ)
いつの間にか握っていた拳を胸元に当て、純子は唐沢の反応を窺う。
唐沢は、今度は左手を頭にやり、わざとらしくぽりぽりとかいた。
「参ったなあ。好みはしょうがないけどさ。もう少し、見知ってから決めてほ
しいもんだわ」
結城の反応も早かった。
「そうしてあげたいところだけど、先にいい感じの人を見つけてしまいました
からね。残念でした」
「ほー」
口を丸くして唸る唐沢。純子は対照的に、静けさを保ったまま、驚いていた。
(素早い! いつの間に見つけたんだろ? 朝は確か、そんなことは言ってな
かったから、ほんの数時間よね)
想い人のことを吹っ切ろうと四苦八苦している自分とは大きな違いだ。純子
はそう強く感じて、ため息を密かについた。
「誰だか教えてくれる?」
尋ねたのは唐沢だが、純子も聞きたいと思っていたことだ。横目で結城の表
情を窺いながら、返事を待つ。
結城は困った風に目尻を下げ、頬を緩めた。そして、言いにくいのを無理し
たように、力ない口調で答えた。
「それが、まだ名前も何にも確かめてないんだよね。今のところ、姿形をちら
っと見て、おお、いいじゃない!と感じちゃっただけ。一目惚れというやつ」
「何だー、それじゃあ冷やかすこともできない」
唐沢は肩を落とし、さもがっかりした風情を醸し出す。無論、冗談なのだろ
う。純子にはそれが分かるが、初めての結城は目をぱちくり。
「そんなつもりで聞いてきたの?」
真剣に問い返されて、唐沢は急いで首を横に何度も振る。純子がフォローを
した。
「冷やかしたりなんかしないわ。私も唐沢君も、結城さんを応援しようと思っ
て」
「純子が言うのなら、信じてあげましょ」
唐沢に対して肩をそびやかした結城は、にっこりと笑った。
唐沢は一瞬だけ呆気に取られ、次に安堵した。
「へいへい、どうもー。初対面にして、嫌われたらたまんないよ」
「ところで、唐沢君は何部に入るつもりなの?」
「えらく急な話題のチェンジだなあ」
頭に手を当てながら、それでも答える唐沢。
「決めたわけじゃないが、やっぱ、テニスかな」
「やっぱ、とは?」
小首を傾げた結城。純子が説明をしようとするのへ、それより早く、結城自
身が察した。
「あ、中学のときもテニス部だったのね?」
「そういうこと」
「人気取りのためかしら? あははは、気を悪くしたら、ごめんなさいね。悪
気はありませんので」
「会ったばかりの人にまで言われるとは、俺、よっぽどそういうタイプに見え
るのね」
純子を振り返る唐沢。純子は何とも答えようがなくて、曖昧に笑みを返す。
「ま、言われ慣れてるから、全然気にしません」
唐沢は大きく肩をすくめた。
* *
一応、探してみたが、見つけられなかった。
最後にもう一度、生徒昇降口付近をぐるりと見渡すも、結果に変化は起きな
い。相羽自身の他には、無人だった。
(せめて、純子ちゃんの顔だけでも見たかったのに)
新学期スタートというのに、今日、相羽は純子と一度も話せなかった。それ
どころか、見かけることさえできなかった。
(クラスが違うと、こんなものだっけ? ……いや、そうじゃないと思う)
自問自答のあと、弱気を振り払うために深呼吸を一つ。
(通学路は大体同じなんだから、今から追い掛ければ、会えるかな。純子ちゃ
んがもう下校したとしての話だけれど)
懐中時計を取り出した。今、何時?
まだ通い始めて間もないから、電車の時間を隅から隅まで記憶しているわけ
ではない。でも、おぼろげになら……。
(駅まで走れば、追い付ける?)
懐中時計をポケットに戻すのももどかしく、外へ飛び出した。
* *
残念なことに、結城とは行き先が逆方向だった。駅に着くとちょうど電車が
滑り込んできたせいもあって、結城は陸橋を走って渡り、反対側のプラットフ
ォームへ。
「じゃ、明日からもよろしく、ね!」
息を切らしつつも、大きく手を振って、結城は車輌内に飛び乗った。ドアが
閉じたあとも、電車が動き出してからも、純子と唐沢に対して笑顔で手を振る。
純子の方も、結城の顔が小さな点になって、見えなくなるまで、手を振り返
し続けた。
「何か、すげー、はつらつとした子だな」
ズボンのポケットに両手を突っ込んで、さすがに付き合いきれない表情をし
ていた唐沢が、ぽつりとこぼす。
「うん。芙美を思わせるよね」
「いやあ、あいつとはまた違うタイプだね。すれてなくて、真っ直ぐで。性格
いいよ。それに何たって、俺のことを悪く言わない」
最後のは冗談めかして言った唐沢。
純子は、くすくす笑いをこらえながら、「唐沢君のことをよく知れば、悪く
言うようになるかも」なんて言ってみた。
「たはぁ、手厳しいご意見!」
自らの額を、手の平で一度叩くポーズの唐沢。次の瞬間には、真面目な顔付
きに転じていた。
「あのさあ……涼原さんは、俺をいい加減な奴だと思ってる?」
「え? どうしたの、唐沢君。突然……。ううん、そんなこと、思ってないわ」
歩き出し、乗降口の白い目印を見つけて、立ち止まる。
「普段はふざけてるけど、いざとなったら凄く努力する人。受験だって」
唐沢は首を緩く横に振った。
「ちょっと違うんだよな。そういう意味じゃなくて」
「どういう意味?」
「つまり――」
大音響で構内アナウンスが入った。見上げると、スピーカーが照準を定める
みたいに、こちらを向いている。電車が来た。乗り込むと、意外と席が埋まっ
ていた。二人揃って座れそうにないので、扉近くに向き合う形で立つ。
動き出し、到着駅の案内アナウンスが済んでから、純子は唐沢に続きを促す
ために、頭を軽く傾けた。
揺れが収まり、唐沢が口を開いたそのとき、
「あー、偶然だね!」
町田の声がした。
その方角を向くと、町田が通路を小走りに駆け抜け、近寄ってくる。
「――やかましいやつが来た」
手すりを掴んでいた唐沢は、空いている手で頭を抱えた。
「ん? 何ですって?」
「別に」
いつもの言い合いを始めそうな二人を前に、純子は慌てて町田に声を掛けた。
「芙美、久しぶりだね」
自分の口調のぎこちなさに、歯がみする思いを覚える。町田の方も、どこと
なくぎくしゃくした調子で返してきた。
「あ、ああ。そうね。……春休みの間、何かと忙しくて。やっぱりさ、ほら、
高校の準備とか、それに、親戚がお祝いに駆けつけたり……」
互いに、目を合わせて話をすることが、長く続かない。
(芙美、ごめんね。春休み、郁江や久仁香が何も言ってこなかったのだとした
ら、それは私のせいだよ。私ったら、ドラマに出た癖して、演技が下手で……
本当の気持ち、知られちゃった)
忸怩たる思いを隠し、精一杯に会話を継続する。
「学校初日は、どうだった?」
「さすがに、まだ友達できるほどではなかったけど、まあ、楽しそうかな」
「よかった。私の方はね、いきなり先輩から声掛けられちゃって……」
タレント活動による事の顛末を、純子はかいつまんで話した。唐沢には駅に
来る道すがら、話した内容だが、二度目もおかしそうに聞いてくれる。
「それは……喜んでいいのか悪いのか。目立って大変なんじゃないの? 有名
人もつらいわねえ。これで同級生には敬遠されたら、目も当てられない」
「あはは、そんな心配は無用みたい。早速、友達もできそう」
と、今度は結城のことを話した。
「ほー、そりゃよかった。機会があったら、紹介してよね」
「もちろん。そう言えば、唐沢君は新しい友達、できた?」
「……あれで友達になったと言えるかどうか分かんないけど」
真面目な顔付きで低く言い、顎に片手を当てた唐沢。目元が笑った。
「女子となら、いっぱい話したよーん。ただ、友達以上にはなかなかなれない
のが悩みでして」
「あ……それは、よかった」
唖然とする純子。並んで立つ町田は、辟易したように歯を覗かせた。
「こいつは、こういう人間なのよ。あきらめるしかないわね」
「んなこと言われても、楽しみがないとやっていけないもんなー。無理して進
学校に入ったから、勉強きつそう」
「他に、何かないのかいな、楽しみって。テニスでもやってくれてた方が、世
の女性のためだわ」
「残念ながら、テニスはもてようと思って始めたのであって」
純子はうつむいたまま、二人の間に割って入った。
「やめようよ。かなり恥ずかしい……」
――つづく