AWC そばにいるだけで 47−3   寺嶋公香


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#5061/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/ 4/29  19:31  (187)
そばにいるだけで 47−3   寺嶋公香
★内容                                         16/06/13 23:09 修正 第2版
「涼原純子、です」
「ふうん、純子かぁ。あなたにぴったり、女の子らしい名前でよいわぁ。それ
じゃ、よろしく」
 右手を差し出してきた結城。一瞬、その手の平に視線を落とし、結城の顔を
見てから、純子は分かった。自分も右手を出して、握手した。
「よろしく」
 軽く頭を下げて、手を引っ込めようとしたが、できない。結城が両手で純子
の手を持って、しげしげと見つめていた。
「うわぁ、きれいな肌してるわねえ! きめ細かい。私なんか、かさかさよ」
「それは――あ、結城さんの手って、働く人の手ね」
 気付いたことをそのまま口にする。と、結城は見る間に頬をほんのりと朱色
にして、「どうして分かった?」と目を丸くした。
「多分、土いじりのせいで手荒れしてるんでしょう? それと、指が大きくて、
細かい傷跡が残ってるから……ひょっとしてお家、農家? あっ、お花屋さん
かもしれない」
 純子が言った。相羽の影響を受けて推理小説の探偵の真似事というわけでは
なく、肌の手入れについてプロのメイクさんから教わった際、身に着けた知識
だ。
 言われた結城の方は、ぽかんとして呆気に取られている。
「あ、ご、ごめんなさい、いきなり変なこと言って」
「いや、驚いてただけ。はあ、手を見ただけで、分かるものなのねえ。その通
り、農家。兼業農家なんだけれどね。初めてよ、何も言わない内から見破られ
たの。これまでは、ただ単に無骨な手と言われてばかりでさ」
「私は好き。一生懸命な感じがして」
「あははは。フォローをどうも。まあ、これはね、お小遣い稼ぎに、じい様の
畑仕事を手伝った証。この春休みもそうだったのよ」
「へえ、何作ってるの?」
「白菜とかキャベツとかトウモロコシ。夏はスイカがごーろごろ」
 両手でスイカの直径を表す結城。
 そこへ、校内放送が入った。入学式が始まるから、新入生は体育館に集まる
ように――と。
「よし、行きましょうか」
 結城に続いて席を立つ純子。教室を出る間際に、今一度室内を振り返った。
(相羽君、いない)

 相羽は四組だと分かった。純子は入学式の際に後ろ姿を確認しただけで、声
を掛けることなく、離れたけれども。
(白沼さんと一緒のクラスなのね……)
 同じ四組の列に、白沼も見つけていた。早速、相羽にしきりに話し掛けてい
たのが印象に残っている。相羽に話し掛ける、白沼の生き生きとした表情が。
(見張り役をする約束さえ、守れそうにない)
 富井達を結果的に裏切る形になってしまったことが思い起こされ、頭の中を
何度もよぎる。
(郁江や久仁香は悪くない。悪いのは私。自分が相羽君を好きだって気付いた
ときに、二人に打ち明けておけばよかったのよ。でも……相羽君から告白され
たことまで明かせただろうか?)
 机に腕枕を作り、顎を沈める風にして考えごとをしている純子に、結城が声
を大きくして聞いた。
「ねえ、純子。どこか考えてる?」
「――何? 聞いてなかった、ごめん」
「だから、部活よ」
 つい先ほど、担任の神村先生による話が終わったところだ。部活見学はこの
あと十一時からだと。
「あ、部活ね。そうね……」
 身体を起こし、上目遣いになって考える。
(今朝、思い付いた内、化石に関係あるクラブはだめだよね。相羽君が入るか
もしれない。天文部はどうなんだろ? 相羽君、かなり興味を持つようになっ
ていたね……可能性あるわ)
 思考の大部分を支配するのは、相羽の存在。なかなか出口が見えてこないだ
けに、答えるのも遅れてしまった。ほどなくして、結城がしびれを切らしたよ
うに、机をかたかたと鳴らす。
「そんなに悩まなくてもいいって」
「あ、あはは。私ったら、ほんと、優柔不断で……」
 片手を頭に当て、照れ笑い。
「結城さんはどうなの? 具体的にやりたいことって」
「私もこれって決めてるわけじゃないから、安心してちょうだい。ただね、中
学では運動部だったから、文化系に入りたいな」
「あ、私と逆」
「何? 私、中学は剣道部だったのよ。純子は?」
「えへへ、調理部なの」
「ほう! じゃあ、さぞかし料理の腕前は」
「そうでもないのよね。何しろ、入ったのが二年になってからだったし」
 笑って話を曖昧にする。自信のあるメニューもなくはないが、それを言えば、
作ってみせてと返されたときに困るから言わない。
「そっか。でも、何で二年? 一年のときはどうして入らなかったの?」
「うーん、何となく……」
「ああ、もう。今度はちゃんと最初から入るんでしょうね?」
「そのつもりだけれど」
 相羽と被さるようならやめよう、と考えている。
 ぼんやりしているところへ、結城が話題を転換してきた。
「ところでさあ、朝の続きだけれど」
「何?」
 相手の声が小さくなったので、やや前屈みになって耳を寄せる純子。結城は
声を潜めたまま、真顔で続けた。
「唐沢君は違うとしても、純子には彼氏なんているわけ?」
「か、彼氏なんて、いないって」
 早送りみたいに首を横に振る純子。机の上に置いた手を握った。
 結城はすると、大きく安堵の息を吐き出し、胸をなで下ろす。
「ああ、よかった」
「え? どうしたの?」
 今度は純子の表情に真剣味が増す。結城は対照的に頬を緩め、手を顔の前で
振った。
「いえいえ、大したことじゃないんだけれどさ。私にいなくて、もし純子にい
るとなると、ばつが悪いというか何というか」
 そうして、舌先を覗かせて、えくぼを作る。ボーイッシュな感じの強かった
結城だが、このときの表情はぐんと女の子らしくなる。
「高校生になったら、恋人の一人ぐらいは作ろうと、私、結構気合い入ってし
まってるのよね」
「あはは、恋人は一人で充分でしょう」
「そりゃそうだわ」
 一緒になってひとしきり、くすくす笑いを続けた。直後、結城が再び真剣な
語調で純子に頼む。
「誰かいい子がいたら、紹介してほしいんだけれど」
「……恋人のいない人が、そんな紹介なんてできないと思いますけど」
「うーん、そういうのとは少し違って……要するに、あなたの中学のときの男
子友達がいれば、紹介してほしいなあと、こういうわけよ。あっ、できれば同
じ緑星にいる人を希望」
「……唐沢君は?」
 思い付きで言ってみた。同時に、横目で唐沢のいる席を見、様子を探る。幸
い、周りの女生徒数名と何やら盛り上がっていて、こちらの会話を気にしては
いないらしかった。
 同じように唐沢を一瞥した結城は、間をおかずに首を横に振った。
「ごめんなさいね。純子の友達を悪く言いたくないけれど、私の好みは、ああ
いうきざで軽そうな人じゃないのダ」
「唐沢君、凄くいい人よ」
「それはそうでしょうとも。純子が言うんだし。でも、恋人探しとなったら、
好み優先にしないと」
 明朗快活に断言した結城。さっぱりしていて、気持ちがいいくらいである。
 自分もこの十分の一でも開けっ広げでいられたのなら……と後悔の念が湧き
起こらないでもない。
(いいな。新しい恋を目指してる。私はできそうにない……今はまだ)
 多少、自嘲気味になって、純子はため息をついた。気を取り直して、いつの
間にかうつ向きがちになっていた顔を起こす。
「紹介は期待しないでね。でも、応援するから」
 両手を胸元に引き寄せ、笑顔で告げた。結城もつられたように笑う。
「よし、私も、純子の恋が始まったら応援してあげよう!」

           *           *

 腕枕から顔を起こすと、目の前に、白沼の微笑があった。相羽の机に両肘を
ついて、やけに楽しそうにしている。
「ねえ、相羽君は何部に入るの?」
「……分からない」
 ため息が出そうになるのを我慢して、相羽は答えた。腕枕を解き、身体を起
こす。
(クラスが別々になるなんて、初めてだ。あーあ、友達宣言された次は、クラ
スが別……。これじゃあ、友達を続けるのも難しくなりそうな、悪い予感がし
てしまう)
 新学年の新学期早々、ショックを受けていた。バイオリズムでも下がってい
るのか、全てを悪い方に受け止めがちになる。
(運命かもな……)
 白沼に肩を揺さぶられて、我に返った。
「また聞いてなかったわね」
「うん。悪い」
「……っ〜。素直に謝られたら、私は何も言えなくなるじゃない」
 相羽の肩から離した手を、自らの腰にあてがう白沼。それから、ため息混じ
りにうなずいた。
「ま、いいわ。話の続きよ、今度こそ聞いてて。要するに、このあとのクラブ
見学、一緒に回りましょうってこと。いいわよね?」
「えっと。一緒にも何も、クラス単位で動くんだから、全員一緒だろ?」
「そういう意味じゃなくて」
 腰に当てていた手を、改めて机についた白沼。忙しい。
「一緒に相談しながら回りましょうよ」
「白沼さんは茶道部で決まりと思っていたんだけどな」
「分かんないわ。服飾だって、バレーだってできるのよ。相羽君がいいのなら、
クッキングクラブだって」
「僕は、料理はひとまず、いいよ」
 少しだけ、笑えた。苦笑だったけれども。
「とにかく、相羽君と同じクラブに入りたいの」
「それは……白沼さんの自由だけれど、正直言って、僕と白沼さんの趣味って、
あんまり重なってない気がする」
「そんなはずないわ」
 白沼はことさら声を大きくし、強引に主張した。それは、事実を書き換えた
い気持ちの表れかもしれない。
「仮に相羽君の言う通りだとしても、問題じゃないでしょう? だって、未知
のことにこそ挑戦するべきだって、あなた自身が言っていたんじゃなかった、
中学のときに?」
「……そういう言い回しじゃなかったけれどね。似たような意味のことを、確
かに言った」
 渋々ながら、認めざるを得ない。今度は自分に苦笑してしまった。
(それにしても、部活をしてる暇、取れるんだろうか? 土曜日に活動しない
部はいくらでもあるだろうけれど、エリオット先生のレッスンを受け始めたら、
きっと他の日も練習したくなるに違いない)
 白沼が腕を掴んで、立ち上がろうとする。どうやら時間だ。
(……白沼さんに言っておくべきかな。ひょっとしたら、どこの部にも入らな
いかもしれない、と)
 そんなことを思ったが、今は実行に移さなかった。

           *           *

 クラブ見学は、まずクラス単位で順繰りに各部を回る。気になる部があれば、
入学式から一週間は個々人での見学も自由ということになっている。実際はど
このクラブも新入生は大歓迎だから、二週間過ぎようが、五月になろうが、見
学お断りなんて事態はあり得ない。
「純子ー、琴線に触れたとこ、あった?」

――つづく





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