AWC そばにいるだけで 46−2   寺嶋公香


前の版     
#5042/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/ 3/30  10:53  (200)
そばにいるだけで 46−2   寺嶋公香
★内容                                         16/07/30 03:46 修正 第2版
「他にもあるんでしょう、飲み物?」
 前田が尋ねる。
「そりゃまあ、普通のお茶もあったっけな。あと、お腹空いたなら、蕎麦やお
にぎりもあるし」
 変な甘味処……とたいていの者が思ったが、店内の造りを見て納得。二つの
スペースに区切られた一つが甘味処で、もう一つが食堂ということらしい。
「他の飲み物と組み合わせるより、抹茶セットが安いわね。決めた」
 それだけの理由で選んだ町田。中学生なんだから、無駄遣いは極力避けねば。
そんな町田に追随するのは、男子に多かった。一方、色んなお菓子を味わいた
いというのは女性陣の声。
「あれこれ注文して、少しずつ取り替えっこしない?」
「切り分けるほど、大きくないよ、こういう和菓子って」
 なんて意見が飛び交い、ようやく注文も終わる。
 店の中を改めて見渡すと、三分の一ほどの入り。それに加えて、庭園を模し
た水の流れ、障子を通して射し込む光、木目を活かした柱などの趣向のおかげ
か、静かで、よい雰囲気を醸している。
「お喋りしにくい感じ……」
 純子が呟いたそばから、唐沢、勝馬、富井、井口といった面々が声高に話し
始めた。思わず、苦笑い。
「調理部って、卒業式のあと、何かやるのかな?」
 遠野から振り返った長瀬が、純子達に聞いてきた。
「遠野さんのところは、送別会みたいなものをやると聞いたから」
「ああ、うちでもやるよ」
 町田がお冷やを呷りながら答える。
「かわいい後輩達が作ってくれるの。上達ぶりが分かって、嬉しくなるわね」
「へえ、そういうのもいいな。陸上部は単に顔を合わせるだけですませるんだ
から、味気ないよ。ま、体育会系らしいと言えばらしいところでもあるんだが。
おーい、唐沢。テニス部も似たようなもんか?」
「何か言ったか?」
 聞いてない。長瀬は質問を繰り返すと、軽くうなずいてから何故か自信満々
に答える唐沢。
「俺はどうせ送別会どころじゃないから、関係ない」
「何があるって言うんだ?」
「卒業式当日は、女の子に取り囲まれてるだろうからなあ。同学年だけじゃな
く、後輩からも。いや、まじで」
「付き合いきれんわ」
 匙を投げた長瀬。
 唐沢も、今のはちょっとしらけたかなと反省したか、「そんな俺でもかなわ
ないのが、長瀬クンに相羽クンじゃないですか」と手もみのポーズ。笑いが戻
って来た。
「相羽君は、調理部の送別会に出るよね、ね?」
 富井が不安に駆られたように念押ししてきたので、相羽は苦笑混じりに首肯
した。
「僕としてはどちらかというと、調理部の三年全員が揃うかどうか、心配なん
だよなあ。一人でも欠けると嫌だ」
「……私?」
 相羽の視線を感じて、目をぱちくりさせる純子。
「何を心配してるのよ」
「だからさ、涼原さん、校内では有名になってしまったし、特に後輩から好か
れるタイプみたいだし。それに、同性からも」
 相羽が言っている途中で、前田秀康が少しばかり顔を伏せた。
 純子自身は椎名の姿を思い浮かべていた。
「――何があっても、送別会に出るってば!」
 力強く主張したそのとき、お店の人が飲み物と菓子を運んできた。肩を小さ
くし、目を伏せた純子。お静かにお願いしますとでも注意されるんじゃないか
と思ったが、店員はオーダーの呼称確認をしただけで下がっていく。
「とにかく、食べましょ」
 町田が竹製の小さなフォークを手に取った。

 三月初頭。日差しに温もりが乗り込んで降ってくるようになったが、まだま
だ空気は冷たい。
 でも、ターミナル駅の広い待合室は、外とは区分された空間だから、寒くは
なかった。
(あ。あの格好……もしかして)
 約束の時刻に少し遅れて現れた香村は、香村綸とは見えない格好をしていた。
 チェック柄のハンチングを目深に被り、ジャケットは色違いのやはり格子模
様。カフェオレ色のセーターに、黒系統のスラックス。全体に渋い……と言う
よりも年寄りめいた出で立ちだった。
「どう、これ? うまく化けてるかな」
 横に細長いサングラスをずらし、目を覗かせながら香村が言った。
「テーマはお洒落な田舎者」
 笑いながら、そう付け足した。
 対して、ベンチから立ち上がり、答える純子。
「うん。近付いてくるまで、分かんなかった」
 首から肩にかけて巻いていたセーターを外し、着る。
 香村は「荷物は?」と聞いてきた。見ると、彼自身、小さなリュックを背負
っている。
「このポシェットだけ」
 純子は手に取ったポシェットをさり気なく示した。中にチョコレートが入っ
ている。新しく作り直したバレンタインチョコレートが。
(仕事上のお付き合いから渡すのよ、うん)
 心中、自分に言い聞かせる。
「持とうか」
「そんなこと」
 とてもさせられないわ。皆まで言わず、純子は首を激しく振った。
「軽いし、自分で持つ」
「それじゃ、行くとしますか」
 サングラスを元の位置に戻し、香村は笑みを浮かべた。その頬に小さな片え
くぼができることに、純子は初めて気が付いた。
 待合室を出て、歩き始めてから、香村が思い出した風に言う。
「待たせちゃったかな。今朝になって、スケジュールの確認だの何だのって、
マネージャーが電話してくるもんだから」
「気にしないで。香村君、忙しい人なんだから」
 純子が微笑みかけると、香村は安心したのか大げさに首肯し、息を吐いた。
次の瞬間には、気障な調子を取り戻す。
「この春から、君も忙しくなるさ」
「そうかしら」
 あまり関心のない返事の純子。現在は仕事よりも、四月からの高校生活に慣
れるのが先決と考えているから。
「映画、出たくない?」
「今はちょっと……え? 映画って」
 聞き止めて、純子は見開いた目を香村に向けた。香村は純子の反応に、さも
楽しそうに相好を崩した。
「映画、あるんだよ。一応、僕が主役。七月の終わり頃から撮影開始。十二月
公開予定」
「それって、出演者、もう決まってるんじゃあ……」
「大物はね、早く押さえないと行けないから決定してるけど。端役ならたくさ
ん空いてる」
 端役ならいいかも。純子が心を動かした矢先、香村はさらりと付け足した。
「それと、僕の相手役も」
「相手役って?」
「分かり易く言えば、恋人役。映画の宣伝を兼ねて、オーディションをして選
ぶことになってるんだ。確か、五月だったかな」
「ふうん」
「で、涼原さんもどうかな」
「どうって」
「オーディションに参加してみたら。て言うか、映画出る気になってくれたな
ら、僕がプッシュしてあげるから、九十九パーセント、君に決まると思う」
「ちょ、ちょっと」
 香村へ振り返って、立ち止まる。
「そんなの、勝手に決めないで」
「出たくない?」
「急に言われたって、決められないわ。それに、オーディションでそういうこ
としちゃいけない」
 胸の前で拳を両手に作り、いやいやをする風に頭を振る純子。
 香村は満足そうに微笑んだ。
「そう言うと思ってた。さすが、見込んだだけのことはある」
「……じゃあ、全部冗談なのね」
 ふてくされるでもなく、どちらかと言えば安心して息をついた純子だったが、
香村は否定した。
「とんでもない。映画のオーディションがあるのは本当さ。ま、僕と僕の事務
所が影響力持ってるのも本当だけれど、君が嫌がるのなら、公平を期すように、
口出しない」
「あのね、香村君」
 澄まし顔で、純子。歩き出しながら、そっぽを向いてみせた。
「オーディションを受けるとは言ってないからね」
「何で? 僕の相手役がそんなに嫌?」
「嫌じゃないよ」
「だったら、どうして。自信がないとか? 負けるのが恐いんだったら、やっ
ぱ、口添えしようか」
「違うってば。そんなんじゃないの」
 思わず大声で返事してしまった。口を閉ざして、周囲をちらちら見る。よか
った、往来で注目は浴びたものの、香村の存在にはどうやら気付かれていない
みたい。
 ところが、安堵したのも束の間、予想外のひそひそ声が、かすかながら聞き
取れた。
「あの子、どこかで」
「ほら、ジュエリー“at”の」
「ああ、似てるっ。口紅のにも出てた」
 高校生ぐらいの女の子達が、指差してきているようだ。素知らぬふりをして
歩き始めた純子だったが、背中に視線を感じる。
「涼原さん、黙りこくっちゃって、どうかしたかい?」
 香村が意地悪な笑みを浮かべ、あえて聞いてきた。その顔をじっと見つめ、
やがてため息混じりに答える純子。
「……私もサングラス、掛けよっかな?」
「それがいいよ。ぜひお勧めするね。すぐ行こう」
「ど、どこに」
 腕を引かれて、純子はたたらを踏みそうになった。危ういところで踏ん張る。
 香村はけろりとして答えた。
「サングラスを買いにさ。決まってる」

 いいだろ?という香村の熱心な誘いに押し切られて、喫茶店に初めて子供だ
けで入りかけた純子だったが、入口で踏みとどまった。校則が頭にちらつく。
ファーストフード店がよくて、喫茶店がだめというのはロジカルでない。しか
し、入れない。これはもう、こういう性格なのだから、仕方がない。
「あと何日、中学に行くのさ? 卒業したも同然なんだし、いいじゃないか〜」
「今まで守った校則、最後まで守らなきゃ、意味ないもんね」
 あからさまにがっかりする香村を引っ張って、ファーストフード店に入った。
奥の席に着いたところで、香村は気を取り直した風に切り出した。
「卒業で思い出したけど、緑星高校に合格、おめでとう」
「あ、ありがとう」
 ハンバーガーの包み紙を開ける手を止め、思わず顔がほころぶ。香村もつら
れたように笑った。
「これで春から、僕も君も高校生タレントというわけだ」
「またそういう話になる……」
 警戒して、香村をじとっと見返す純子。にらむような感じになっていたかも
しれない。
 そのせいか、香村は揚げたポテトを口の端にくわえたまま、しばし固まって
しまった。やがてお手上げのポーズを小さくやって、仕方なく話題を転じる。
「分かった。オーディションの話は今日は忘れよう。それで? 緑星には同じ
学校の子がどのぐらい行くんだい? 進学校として割と有名なところだろう? 
そんなに多くないんじゃないか?」
「うーん、多いか少ないか知らないけれど、分かってるだけで他に三人、同じ
中学から合格したわ」
「ふうん。その中に……あいつ、入ってるのかい?」
「あいつって? ああ、相羽君のこと?」
 察しをつけて念押しすると、純子は微笑んだ。対照的に、香村は難しげな顔
で静かに首肯。
 微笑みをたたえたまま、声の調子を弾ませて答える純子。
「うん。一緒」
「そうか」
 淡々と、受け流すように香村。
「このことが香村君と関係あるの?」
「別に。ただ、何となく、確かめておきたかっただけさ。モデルの仕事も、続
けるんだったよね?」
「モデルも、と言うより、少なくともモデルだけは続けたいんだけど……」
 純子の訂正も、やはり聞き流す風に、うんうんと首を縦に振る香村。それか
らあとは静かになってしまった。

――つづく





前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE