AWC そばにいるだけで 46−1   寺嶋公香


        
#5041/5495 長編
★タイトル (AZA     )  00/ 3/30  10:52  (200)
そばにいるだけで 46−1   寺嶋公香
★内容
 卒業式まで、残り少ない日々。
 中学生だけで大規模な卒業旅行は無理だけれど、代わりに、最後のグループ
デートとばかり、日帰りの小旅行に出かけた。
 顔ぶれは、女子が純子、町田、富井、井口、遠野、そして前田。男子は相羽
に唐沢、勝馬、長瀬、立島。一人足りない分は、何故か前田の弟・秀康が駆り
出された。
 総勢十二名というちょっとした人数で、手近の観光地Kに足を運んだ。
 目的地に向かう鉄道車中は、幸い空いていた。向き合った七人掛けの座席に、
めいめいが腰を下ろして話ができる。
「涼原さんて、どういうきっかけでモデルになったんですか」
 隣に陣取った前田弟がしきりに話し掛けてくる。去年、初めてあったときに
比べると緊張感が薄まり、なかなか図々しくなったようだ。まるでインタビュ
アーのように、興味津々の口ぶり。まあ、姉に無理矢理付き合わされた身とし
ては、これくらいしか楽しみがないのかも。
 純子は懇切丁寧に、明かせる範囲で答えてあげた。
「それじゃ、次の仕事は何なんですか?」
 メモを取りそうな勢いの秀康を、唐沢が後ろから止めた。首に腕を通して裸
締めの格好を作る。
「調子に〜、乗るなよな〜、一年坊主ぅ〜」
 ぐえっと呻いて、けほけほ咳き込む秀康。唐沢が手を離すと、座席の背もた
れに寄りかかった。
 純子が「大丈夫?」と心配げに声を掛けると、嬉しそうに「平気です」と答
えたから、実際大したことないのだろう。
「それにしてもひどいですよ、唐沢さん」
「先輩と呼べ、先輩と」
「だって、春になったら卒業されるんだから」
「卒業しても先輩は先輩だぞー」
 勝馬も加わった。秀康の頭を掴んで、髪をくしゃくしゃ。彼も唐沢も、さっ
きから純子に話し掛けたくてうずうずしていたのに、ずっと前田弟に独占され
ていたのだ。
「それはさておき、いい加減、そのインタビューはやめな」
「でも」
「涼原さんに仕事のこと思い出させて、どういうつもりなのかな。俺達は遊び
に来たんだからな」
「……すみません」
 あっさりやり込められ、純子に頭をぺこりと下げる前田弟。膝に手を置き、
妙に礼儀正しい。
「そんな、いいのよ。無理矢理連れて来ちゃって、こっちこそ、ごめんね。予
定、あったんじゃない?」
「いいんです。思っていたより、ずっと楽しい――」
「そりゃ、憧れの先輩と親しく話せりゃ、楽しくもなろうて」
 唐沢に突っ込まれると、前田弟は顔を赤くして沈黙した。
(憧れだなんて……)
 純子自身も、赤面しそうになった。後輩から好かれるのは、椎名の件で充分
慣れているとは言え、今度は男子、しかも友達の弟である。扱いにくさは似た
り寄ったりだ。
「ということで交代。君はしばらく、お姉さんに相手してもらいなさい」
 唐沢に押しやられた秀康が、「姉貴は彼氏と話に熱中してるよっ」と、聞こ
えよがしに言った。
 その通り、前田は立島と窓外の景色を見やりながら、話し込んでいる。夢中
になっているのかと思いきや、弟の発言を聞き咎め、振り返った。
「なーに、何か変なこと言った?」
「何でもない」
「怪しいな。こっち来なさい」
 手招きする前田に、立島の方が苦笑していた。弟は渋々ながら立ち上がる。
「さて、うるさい後輩がいなくなったところで」
 と、唐沢と勝馬は純子の両サイドに座った。早速、勝馬が冗談めかして主張
する。
「涼原さーん。高校別になっちまったけど、俺のこと、忘れないでね」
「あは、勝馬君の方こそ、忘れたら嫌だよ」
「そりゃもちろん。唐沢のことは忘れても、涼原さんのことは忘れません」
 と言う勝馬に指差された唐沢が、すかさず言い返す。
「忘れられない思い出を、今作ってあげてもいいんだよん」
「……遠慮させていただきます。しっかり、記憶に刻んだから許せ」
 二人のやり取りに、純子は声を立てて笑った。けれども、意識の半分方は、
相羽の存在に向いている。
 現在、相羽は富井や井口との会話に忙しそうだった。話の内容を聞き取れな
いことで、ますます気になる。電車の振動する音が恨めしい。
「さあて、そろそろだな」
 車内アナウンスがある前に呟いたのは、長瀬。立ち上がると、網棚から遠野
の荷物を取って、渡している。この二人は最前まで、イラスト談義に花を咲か
せていた様子だ。先ほど断片的に漏れ聞こえてきた単語から察するに、長瀬の
方は、この近辺へスケッチをしに足を運んだ経験が何度かあるらしい。
「じゃあ今日の案内は、長瀬君に頼もうかしら」
 降り際に純子がそう言いながら微笑みかけると、満更でもない顔でうなずく
長瀬。
「でも、俺はスケッチ目的だったからね。デートコースとなると……の方が」
 思わせぶりに言葉を濁し、唐沢のいる方向を振り返る。幸い?にも、その長
瀬の声は唐沢の耳に届かなかったようだ。立島や相羽、勝馬と何ごとか話し込
んでいる。
「おーい、長瀬。テニスやって行かないか」
 改札口を前に、唐沢が提案した。相談していたのはこのことらしい。
「この辺りにあるのか、テニスコート?」
「ああ。屋内コートだけどな。だいぶ安く使わせてもらえる」
 唐沢の即答を聞き、長瀬は純子に耳打ちポーズ。
「ほら。遊ぶ施設をよく知っている」
 純子はノーコメントで苦笑した。
「何をこそこそ言ってるんだ」
「なーに、格好つけるため、唐沢が得意ジャンルに引き込もうとしてるなあ、
とね」
「いいじゃねえか。最後にみんなでテニスしたいんだ」
 長瀬のからかい半分の言葉に対し、案外真面目に主張する唐沢だった。
 それからくるりと向きを換え、唐沢は女子達に告げる。先ほどとは一転、表
情が緩んでいる。
「てことで、最初はテニス大会と相成りました! 名所巡りは、気持ちよく汗
をかいてからってね」
「また勝手に決めて」
 町田が不平そうに腕を組むが、強硬に反対するわけでもなく、また運動に著
しく不向きな格好をしている者もいなかったため、すんなり決定した。

 テニスはあみだくじでペアを決め、混合ダブルスのトーナメントを、二回や
った。
 一回目は唐沢が実力を遺憾なく発揮し、井口とのペアで優勝した。ところが
チーム替えを経ての二回目、唐沢は緒戦で沈んだ。町田と組んだせいかもしれ
ない。対照的に息のあったところを見せた立島と前田のペアが優勝。
「総合優勝決定戦、やるか?」
 調子の波に乗ってきた立島が、唐沢を促すが、案に相違して首を横に振った。
「もう充分。時間的にちょうどいいしな」
「おや。珍しい」
「思いやりだよん。これ以上連戦したら、そっちが歩けなくなるからな。この
あとの散策をだめにしちゃ、まずかろう」
「よく言うぜ」
 運動施設を出て、旧街道に沿って特に目当てもなく、歩く。夏の葉桜には劣
るだろうけれど、今の時季の緑も風情があって、心穏やかになれる。それでい
て、開花前のエネルギーを貯め込んだ、息吹のような力強さもどこかしら感じ
た。
「相羽君。調子、よくなかったみたいだけど」
 純子は、富井達が離れたのを見計らい、相羽に声を掛けた。
「え、何の話?」
「テニスよ。前と比べたら、思い切って振ってなかったというか……」
「ああ、ばれたか」
 頭に手をやり、自重を浮かべる相羽。
「ばれたって、一体……」
「昨日ね、機会あって、久々にピアノを触ったんだけど、つい熱中しすぎて、
ちょっと痛くなったんだ。だから、今日はセーブしておこうと思って。富井さ
んや井口さんには悪いことしてしまった」
 手を一度さすってから、ペアを組んだ相手を気遣う口ぶりの相羽。
(ピアノ)
 純子の胸の内が、ちょっとだけずきりとする。
 相羽は笑顔を保って、話を続けた。
「立島にも悪いことしたんだよなあ。本当は、立島はバスケをやりたかったみ
たいなんだよね。でも、ほら、バスケだと指に負担かかる可能性、高いだろ? 
無理を言って、バスケはやめにしてもらってさ」
「……」
 純子の沈黙を、相羽は違う意味に解釈した。
「あ、純子ちゃんもバスケットボールの方がよかった? だったら、謝るよ」
「ううん。そんなんじゃないの。バスケもテニスも好き」
「それなら……よかった」
 相羽が安堵の表情を見せると、純子は彼のそばを離れようとした。
「あれ、どこ行くの」
「べ、別にどこへも」
「そう? ――バスケと言えば、球技大会のとき。純子ちゃん、ボール追っか
けて、コート外に飛び出してさ、先生と……。あれって、何年生だったっけ」
「……さあ?」
 距離を置こうと、斜め前を急ぐ純子。
(今日は必要以上に接近しない。さっき心に誓ったんだから。私はいいけれど、
郁江や久仁香はあなたと高校違っちゃうのよ)
 思惑とは裏腹に、相羽は純子を追う形で、着いて来た。
「三年じゃないよな。多分、二年の冬の――」
「秀康君!」
 純子は悪いと思いつつ、前田弟に声を掛けた。彼は呼ばれたのが嬉しいのか、
すぐさま横に並んだ。
「は、はい。何でしょうか」
「秀康君は、風谷美羽のことを熱心に応援してくれてるから、ポスター、あげ
ようか。宝石のときのと口紅のときの」
「え、本当ですかっ」
「ほんとよ。もちろん、サインを入れて」
「あ、ありがとうございます」
 感激いっぱいに身体を折る前田弟。純子はちらっと後ろを見た。相羽はすで
に、富井と井口、それに遠野を加えた三人の話し相手になっていた。
(これでいい。今日はこれでいいのよ)
 溢れんばかりの想いを隠すのに、かなりの努力を要している。自分に言い聞
かせて、思い込もう。平気な顔をして表面上笑うのには、だいぶ慣れた。いつ
までそんなことしていればいいのか、先が見えないのが不安だけれど。
「涼原さん、僕にもちょうだいよ」
「俺もほしい」
 勝馬と唐沢が相次いで頼んできた。いつの間にか周りに男子が集まっている。
立島と相羽を除いた全員だ。
「……みんな、変よ〜。ここに実物がいるって言うのに」
 暫時、むくれてみせてから、破顔一笑。純子は自分を指差した。
「それもそうだな。ちょうど、カメラあるんだし」
 長瀬が持って来たカメラを手に取る。
「でも、やっぱりポスターもほしい」
「それはまたあとで用意するから。ね、今はみんなで写真」
 自分から言い出したことも忘れ、他の女子を呼ぶ純子。
 一番に寄ってきた町田は、しっかり聞き耳を立てていたらしく、
「軽々しく、男に自分のポスターをあげるなんて言うもんじゃないと思うけど
なあ」
 と警告めかして言う。
「どうして」
「どういう使われ方するか分かったもんじゃ――痛いわねっ」
 町田の台詞を中断させたのは、唐沢だった。両肩に手を掛け、引っ張る。バ
ランスを悪くした町田は振り返った。その鼻先に指を向け、呆れたように顔を
しかめる唐沢。
「そういうこと言うおまえの方が、よっぽどいやらしいってえの」
「じゃ、やっぱり考えてんのね」
「ばか。そんなの言えるか。だいたい女がそういう話題を平気で」
 往来で妙な言い合いを始めた二人を置いて――避けて――、みんな先に行く。
「行こ行こ」
 あの二人の口喧嘩は放っておくのが一番だと、誰もが分かっている。ほら、
もう言い争いをやめて、追い付いてきた。
「おまえらー、何で行っちゃうんだー」
 こんな調子でにぎやかな散策も一通りすんだ時点で、休憩しようということ
になり、甘味処に入った。
「ここの和菓子と抹茶のセットがうまい」
 店先で長瀬が言い切った。先頭を切ってのれんをくぐりながら、ぼそっと付
け足す。
「というんだけど、俺には抹茶のよさが分からないから、何とも言えません」

――つづく




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