AWC お題>祭り>夢刈村の悲劇2   已岬佳泰


        
#5027/5495 長編
★タイトル (PRN     )  00/ 2/27  18:29  (161)
お題>祭り>夢刈村の悲劇2   已岬佳泰
★内容

■夢刈村の悲劇     已岬佳泰

[解決編]

 片倉の姿が疾風のように消えるのと入れ替わりに、反対側の芝生を横切って
大講堂に小走りに近づいてきたのは楡森由岐だった。片倉を追いかけようかと
迷っていた須賀紀美子はすぐに由岐に気づいて手を振った。
「また来ているの、どうしよう」
 由岐が眉をひそめている。紀美子は石段から立ち上がった。
「昨日の変な男? どこに?」
「昨日と同じよ、正門のところに立っていたわ」
「あ、そう。わたし東門から入ったから見かけなかったのね。よし、今行くわ」
 由岐に続いて紀美子も小走りになった。学食の前を過ぎると正門とその横に
図書館が見えてくる。
「あ、そうだ。片倉くんにも例の男が来ているってことを教えてやろう」
 図書館を見て、紀美子は思った。
 噂をすれば何とかで、図書館のロビーに片倉真吉らしい人影が見える。紀美
子は由岐に事情を話した。
「片倉くんもその男に興味があると思うから、ちょっと声をかけていこうか」
 片倉の方も二人に気づいていた。そして熱心に二人を、いや、もっぱら由岐
の方を見つめている。
「まったく」
 紀美子は毒づきながら、図書館のガラスドアを押した。

「やあ、やっと来たね。もうすっかり準備はできてるぜ」
 頬を少しばかり赤くしながら、片倉は宣言した。脇に大きな本を抱え込んで
いる。
「昨日の男が来ているの、正門に」
 紀美子が告げても片倉はさして驚いた風でもなかった。
「いいんだ、彼は。たぶん彼は無害だから」
「ええ?」
 紀美子は由岐と顔を見合わせる。いったい、片倉は何が分かったというのか。
驚いて立っている二人をコーナーのテーブル席に案内すると、片倉は脇に抱え
ていた大きな本を広げた。
 地図だった。
 片倉が靴下の形をした半島を指した。
「島原半島だ」
 紀美子が一目見て言った。
「そう。西九州の島原半島。真ん中にあるのが休火山の雲仙岳で北側には遠浅
の有明海、南側は急峻な海岸線が続いている。靴下の入り口あたりがJR駅の
ある諫早で、さて、夢刈村はここらかな」
 片倉の人差し指が雲仙岳のやや北側で停まった。茶色に印刷されたあたりに
は地名表示はない。
「よく分かったわね。たしかに夢刈村はそこよ。でもこの地図にも名前は出て
こないのに、どうしてわかったの」
 紀美子が不思議そうに尋ねた。片倉が嬉しそうに笑う。
「あのパスポートさ。鬼の絵が描いてある」
 紀美子が尻ポケットから赤い手帳を取り出した。じっと眺めてから小首をか
しげる。
「どういうこと?」
「君たち二人が出かけた夢刈村の祭り。あれは夢刈村の温泉開きの祭りになる
はずだったんだと思う」「温泉開き?」
「そう、この地図を見てごらん。雲仙岳の南側、こちら側には小浜温泉、島原
温泉と、温泉があちこちに出ている。ここらにはたぶん、火山性ガスの吹き出
る地獄と呼ばれるような観光名所があるだろ」
「ああ、あるわ、確かに。雲仙の地獄は地元では有名よ。たしか全国放送のテ
レビドラマの舞台にもなったわ」
「ところがごらん。雲仙岳の北側には温泉は全くない。あっても不思議ではな
いのにね」
 確かに。地図の上では、そういう表記はない。
「それから、もうひとつ。夢刈村の夏のそうめん流しが危ういというニュース。
源流が濁ってきたのにはそれなりの理由がある。源流の濁りと鬼の絵のパスポ
ート。ふたつを合わせるて考えると見えてくるのは・・・」
「あ、それってもしかしたら」
 由岐がぱっと目を輝かせた。片倉の心臓がどきんと反応する。
「温泉」
「そう。夏のそうめん流しが水質汚染でだめになるというのは、たぶん、冷や
しそうめんの源流に温泉水が混じったんだ。それに気づいた夢刈村の人は、こ
っそりと温泉の掘削した。そうめん流しができなくなるというので、なにかほ
かの観光の目玉を見つけようとしたんだろう。そして幸運にも温泉を掘り当て
た。温泉の発表は大々的にやった方がいい。それで独立のお祭りを催して、新
聞やテレビを呼んだ。雲仙の北側では初の温泉だったし、ニュースバリューは
充分さ」
「でもそんな発表はなんにもなかったよ」
「うん、そこに夢刈村の悲劇がおきた。謎を解く鍵はこの鬼のパスポート。鬼
は地獄の番人。つまり、夢刈村では温泉といっしょに、火山性のガスが出る地
獄も掘り当てたんだ。本当の地獄をね・・・」

 片倉がそう言ったとき、図書館のドアを勢いよく開けた者がいた。ドアのき
しむ音にロビー中の視線がドアを開けた人物にいっせいに集まった。
「あっ」声を出したのは由岐だった。左手で紀美子の腕をつかんで「あの男よ」
 ところが紀美子の声はのんびりしていた。
「なーんだ、カネダくんじゃない。いったいどうしたのよ」

「実は予想もしてないことが起きてしまったんです」
 紀美子の幼なじみカネダくんこと、夢刈村の青年、兼田晴一が後の説明をし
てくれた。
「温泉の掘削をしているうちに、神社の奥の岩戸から火山ガスが吹き出してい
ることが分かったんです。村では岩戸地獄と名づけて、観光用の遊歩道の整備
を始めました。そしたら、工事をしてた人たちが気分が悪くなるということが
起きて、あわてて岩戸を封鎖、立入禁止にしたのです」
「ははー、やっぱりね」
 片倉が肯いた。
「岩戸って、あの天照大神が閉じこもったという言い伝えのある、あれ?」と
紀美子。カネダ青年は肯いた。
「そう、あれ。もともと冷やしそうめんの源流もあの岩戸に溜まった地下水だ
と言われていましたから。2重のショックでした。水は流れなくなるし、ガス
の成分分析が終わるまで温泉の掘削は中止。だけど祭りの案内はもう出しちゃ
った後で、中止するわけにはいかなくて」
「そうか、だからあんな変な、ぱっとしないお祭りになったのね」
「はい、中止しようかどうか、キミちゃんのお父さんともずいぶん議論したん
ですが、新聞やテレビも呼んでいたし、中止すると硫化水素ガスのことが世間
に知れ渡って、観光名所としては致命的なダメージになるとキミちゃんのお父
さんが言うもので」
 キミちゃんとは紀美子のことらしい。
「そうか、それで強引にわたしを呼びつけたんだな。枯れ木も森のにぎわいっ
てわけだ。でもさ、今どうして夢刈村の電話が不通なの? まさかその硫化な
んとかという毒ガスで、みんなが死んじゃったというわけじゃないでしょうね」
「毒ガスじゃないですよ、キミちゃん、硫化水素ガス」カネダ青年が手を大き
く振って否定した。「でももう今では、夢刈村には誰も残っていません」
「へ?」
 紀美子の顎が落ちる。
「避難したんです。あの祭りの翌朝、気分が悪いって倒れる人がたくさん出て
しまって」カネダ青年が声を潜める。深刻な顔だ。地元では重大な秘密なのだ
ろうが、ここでは秘密が漏れる心配はないよ、と片倉は言ってあげたくなった。
「それって単なる二日酔いじゃなかったの? なにしろ一晩中、飲んで踊り狂
っていたみたいだから、ね」
 紀美子が由岐に同意を求めた。しかし由岐は複雑な顔をしている。
「朝、調べてみたら、岩戸が開いていました」とカネダ青年。
「ええ? あの重い岩戸を開けた人がいるって言うの」と紀美子。
「ええ、まあ、酔っぱらった勢いだったのでしょうけど」
「ひどいね。それで村に戻れるめどはあるの?」
「いえ、まだ」
 カネダ青年はそこで言葉を詰まらせ、うつむいた。

「ま、電話が通じない理由は分かったわ。それと奇妙な祭りのわけも。それで
カネダくんはいったいなぜここにいるの? 由岐を門のところで待ち伏せして
たらしいけど、どういうわけなの」
 紀美子の質問にカネダ青年はあからさまにうろたえた。
「由岐さんを待ち伏せだなんて、そんな。キミちゃんを見つけようと思ってこ
こに来たんだけど、全然姿が見えなかったから」
「彼女はここにはほとんど来ない」と片倉。
「え?どうして、キミちゃんはここの学生じゃないのですか」とカネダ青年の
素朴な疑問。ごもっとも。紀美子は何も説明せず、カネダ青年に先を促した。
「祭りに来ていたキミちゃんの友だちなら、キミちゃんの居場所をしっている
かと思ったんで声をかけたのです」
「どうしてわたしを捜していたの」
「仲間が言うんです。あの晩、岩戸の前でキミちゃんが踊っているのを見たっ
て。だからガスを吸って、今頃体調を壊しているかもしれないと、心配で」
 片倉はまじまじとカネダ青年を見つめた。男勝りのような紀美子にもファン
がいた・・・。
「きみは・・・」
 言いかけた片倉の言葉を紀美子のどら声がかき消した。
「ばーか、わたしはこの通りぴんぴんしてるよ。つまんない心配しないで、さ
っさと村へ帰れよ」

 カネダ青年は紀美子の元気さに安心したのか、それ以上は何も言わず、帰っ
ていった。心なしか肩を落として。
 見送りながら、片倉は重い岩戸を開けたのは、紀美子の踊りだったのではな
いかと、あらぬ空想をしていた。なにしろカネダ青年がそのことを言ったとき、
由岐が大きく肯くのを確認している。
「天照大神も踊りに誘われて、岩戸を開いて出てきたんだったよなあ」
 片倉のつぶやきに由岐がクスリと笑った。


(夢刈村の悲劇−了)

本編は2月3日付け「ポケットミステリー通信」に掲載されたものを加筆訂正
したものです。登場する人物や設定はすべて架空のものです。





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