AWC お題>祭り>夢刈村の悲劇1   已岬佳泰


        
#5026/5495 長編
★タイトル (PRN     )  00/ 2/27  18:27  (143)
お題>祭り>夢刈村の悲劇1   已岬佳泰
★内容

■夢刈村の悲劇     已岬佳泰

[問題編]

「ちょっと変なことになっているの」
 食券の自販機の前でうどんとそばのどちらにしようか迷っていた片倉真吉
(かたくらしんきち)は、急に背中に声をかけられて飛び上がった。まるで応
援団のような押しのある声音には心当たりがあった。とりあえずうどんかそば
かの選択を保留して振り返ると、予想通り大柄の須賀紀美子(すがきみこ)が
立っていた。
「どうやったら、一晩でみんないなくなるわけ?」
 紀美子の声はいつになく真剣だった。学生食堂の喧噪の中でもはっきりと聞
こえる。たいていのことは体育会系のノリで「がはは」とでかい声で笑いとば
しているくせに、なんだか今日は様子がおかしい。顔はひきつり、目も笑って
いなかった。
「どうしたって言うんだい。まるで季節外れの幽霊でも見たかのようだぜ」
「幽霊? それならまだマシよ」
 なにやってるんだよー、という声が聞こえた。食券売場で券も買わずに立ち
話を始めた二人に向かってのクレームだった。とりあえずうどん(もしくはそ
ば)をあきらめて、片倉は紀美子の背を押すようにして食堂を出た。

 須賀紀美子は片倉真吉と同じゼミにいる。しかし昼間の時間のほとんどをバ
スケットボールの練習と喫茶店でのアルバイトに消費して、講義にはほとんど
顔を見せない。なんでも小学生のときに相手の中学生をワンオンワンで簡単に
負かして以来、中学、高校と特待生としてバスケ1本で生きてきたという。さ
すがに大学リーグでは実力が拮抗してきて大変らしいが、それでも将来はプロ
を目指して毎日が練習漬けだった。
 そんな紀美子が昼間の学食にいること自体がすでに変だったが、どうやら彼
女の回りで、バスケの練習をスキップするくらいの異変が起きたらしい。

「なにがあったんだって?」
 大講堂前の日向ぼっこにちょうどいい石段に腰を落ち着けてから、片倉は尋
ねた。横では数人の女子学生がオープンサンドをかじっている。風もない平和
なぽかぽか陽気だった。
「変なのよ。昨日から誰もつかまらないの。誰も、よ。500人ものひとが住
んでいるはずなのに」
「は? いったい何のことだい」
「わたし、先週、故郷に帰ったのは知ってるよね」
「ああ、九州の方だっけ。祭りがあるからとかで、ゲストで呼ばれたと言って
たね」
 小さな村と聞いた。中学生のときからバスケで全国大会へ何度も出場した紀
美子は、郷里では有名人なのに違いない。ゲストで呼ばれるくらいの。
「島原半島って知ってる? 雲仙岳とか小浜温泉とか、結構あっちでは知られ
ているんだけど、わたしが生まれたところは夢刈村っていう地図にもめったに
載らないところ。そこでお祭りをやるので帰ってこいっていうの。交通費は村
から出るって言うし、父が祭りの実行委員でわたしに顔を出せといってきかな
いから、あまり興味はなかったんだけど」
「村の一大行事にはきみのような来賓が必要なんだよ」
 胸に菊の花をつけた紀美子を想像してみる。
「これ見てよ」
 紀美子が、ジーンズの尻ポケットから赤い手帳のようなものを取り出した。
表紙には、牙を剥いた鬼が恐い顔でVサインをしている。鬼の上にはPASS
PORTと銀箔で押してあった。
「パスポート?」
「そう。それがないと夢刈村に入れない。というのは冗談だけど、先週ついに
人口500人の夢刈村が日本国からの独立を宣言したってわけ、それでね、お
祭りは独立のお祝いで、それが記念品」
「へえ、あちこちの観光地で独立ばやりだそうだけど、きみのところもか。独
立にかこつけて盛大な祭りをやって、それで観光客を呼び寄せるって算段なの
かな」
 独立といっても本当に独立国家になるのではなかった。いわば村おこしのイ
ベント。
「どうかしらねえ。夢刈村なんてろくな観光資源ないから、苦肉の策なんじゃ
ない」
「ふーん、でも、祭りでは気勢があがったんだろ」
「それがねえ。全然。これが夏だったら、そうめん流しでそれなりににぎわう
神社なんだけど、まだ冬のさなかに、その境内でカラオケ大会みたいなのをや
って、村長が短い挨拶をして、後はなんだかお酒を飲むだけで一晩騒いでただ
け。あんなのにわざわざ呼ばれた新聞社やTV局は困ったんじゃない。ニュー
スにするほどのことがないんだもの。私たちだって退屈で退屈で」
「新聞社やTV局まで来てたのか」
「ええ、みんな苦笑いしていたわ。新聞社のひとが言ってたけど、夏のそうめ
ん流しも水が濁ってきて、ほら、あんな田舎でも水質汚染が問題になる時代な
のねえ、それでこの夏はそうめん流しもだめなんじゃないかって。だから小さ
な祭りでもなにか記事に取り上げて助けてあげたいとか言ってたけどね、あれ
じゃあね」
「それで?」
「祭りが終わったのが土曜日で、こっちへ帰ってきたのが1昨日(おととい)
の日曜日。それで昨日になって早速お礼の電話を入れようと思ったの。交通費
を出してもらったしね。そしたら・・・」
 そこで紀美子がまた顔をしかめた。濃い眉が鼻の上でくっつきそうになる。

「まず始めに夢刈村の母に電話をした。そしたらたいてい家にいるはずの母が
電話に出ないのよ。それが始まり。たまたま留守だったんだろうって思って、
ついでに夢刈村の幼なじみの家にも電話をかけてみた。やっぱり受話器を取ら
ない」
「ふーん」片倉はちょっとがっかりした。紀美子の顔つきからもっと大きな事
件を想像していた。たかが電話が通じないくらいじゃ。
「ついてないなあと思って、次に夢刈小学校に電話を入れてみたの。山田先生、
あ、小学校のときの担任の女先生なんだけど。わたしにバスケを教えてくれた
恩師。山田先生に先週、お祭りでお会いしたから」
「昨日は月曜日か、先生なら間違いなく学校にいただろう」
「そう思って。でもね、学校もだめ。やっぱりだれも出ないの」
「おやおや。たまたま休みだったとか」
「そんなはずはないと思う。けど、たとえ休みだったとしても日直の先生くら
いはいるわよ」
「そうだな。ちょっと変だな」
 尻のあたりがむずがゆくなってきた。なんとなく居心地の悪い雰囲気だ。
「なんか気になって、とうとう思いつくところ全部に電話をかけた。村役場、
消防団、駐在所、隣の駄菓子屋さん。だーれも出ない」
「もちろん、きみの電話の故障じゃないよね」
「公衆電話、携帯電話、あちこち試してみたのよ。まったく同じ。向こうの回
線がおかしいかも、と思って電話会社にも尋ねた」
「そしたら?」
「回線が混んでいるとかだったら、ちゃんとそう言う風にアナウンスがあるは
ずで、それがないということはたぶん、留守なんでしょう、だと」
 なるほど、確かに変な話だった。

 片倉は、さきほどの赤いパスポート風の手帳をしげしげと眺めた。紀美子の
話は続く。
「それに加えて、今朝になってユキがおかしなことを言うの」
「ユキ? ユキって楡森由岐(にれのもりゆき)さんのことかい」
 片倉の声が不覚にも1オクターブほど上がって、おまけにひっくり返った。
そんな片倉に紀美子の唇が少し歪む。
「ふん、ユキの名前が出てきただけで、ずいぶんと反応が変わるんだ」
 紀美子の皮肉に気づかないふりをして片倉は質問を重ねた。
「由岐さんがどうしたって?」
「あのね、昨日帰るときに正門で変な男に話しかけられたって言うの。びっく
りして、逃げるように帰ったらしいけど、後から思い出してみると、その男の
言葉がどうも夢刈村で耳にした訛りに似ていたらしいって」
「ちょっと待てよ。夢刈村のお祭りに由岐さんも行ったのか。彼女はこっちの
生まれだと思ってたけど」
「詳しいわね。そうよ。ユキは東京浅草生まれ、だから、祭りが大好きなんだ
って」
 現金なもので、由岐の名前がトリガーになって片倉の頭が素早く回転を始め
た。

 楡森由岐。さらさらの髪に涼やかな眼差し。おとなしくてゼミでもあまり目
立たないが、片倉にとってかなり気になる存在だった。由岐と紀美子はルーム
メート、つまり、共同で女子学生専門の賃貸マンションに住んでいる。
 あの由岐が夢刈村まで行った。
「・・・面白そうな祭りだからって、ユキも夢刈村までついてきたのよ」
「わかった。すぐに図書館に行こう」
 片倉は勢いよく立ち上がった。紀美子の方があっけに取られている。
「いったい、どうしたって言うのよ。まだ話は終わっていないわよ」
「いや、もうたくさんだ。大体ぼくにはわかったよ。夢刈村で何が起きたか。
それがどれほどの悲劇だったかもね」
「ええ?」
 紀美子は駆けだした片倉をあきれかえって見送った。

「夢刈村の悲劇・問題編 終わり」





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