AWC そばにいるだけで 43−10   寺嶋公香


        
#4996/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/12/25   9:56  (200)
そばにいるだけで 43−10   寺嶋公香
★内容
 短時間で一気に思考を巡らせる。分からない。軽い眩暈がしたような気がし
て、額に片手をあてがった。
「涼原さん。何か喋れよ。喋ってくれ」
 純子の両方の二の腕に手を添え、静かに話し掛けた。
 応えて、顔を起こす純子。目が濡れているように見えた。
(――やばい。やばいものを見てしまった、な)
 思わず舌打ちした唐沢。純子の今の表情で、分かってしまった。やはり、純
子は相羽が好きなのだ。何故ふったのか知らないが、純子が好きなのは相羽だ。
根拠なんかない。直感だ。
「唐沢君……」
 純子が言った。か細い声だった。裏返りそうなのは、涙をこらえているから
かもしれない。
 続きを待った唐沢だが、あとはずっと静寂だった。仕方なく、自らが話す。
「涼原さん。もう帰ろうか」
「う……ううん、いいよ」
 唐沢の前にいる女の子は首を振り、笑顔になった。編み込んだお下げ髪がゆ
らめく。
(無理するなよ)
 唐沢は言葉を飲み込んだ。にわかに、認めたくない感情が働く。
「本当にいいのか」
「うん。さっきはちょっと……びっくりしてしまっただけ。付き合ってると思
われちゃったかな」
「俺はそれでもいいんだけどな」
 唐沢は口元に笑みを張り付け、本気とも冗談ともつかない態度で言った。ト
ーンを変えて、一気に話す。
「それじゃ、涼原さんがいいと言うのなら、行こうか。まずは映画……じゃな
いな、食事が先か」
「ええ……連れて行って」
 連れ立って歩き出した。
 唐沢は、どこか痛かった。

           *           *

「――あら、今、帰ったわ。代わるわね」
 家に帰った途端、純子の前に送受器が突き出された。
 受け取らず、母の顔をゆっくり見つめた。
「誰から?」
「相羽君よ」
「――嫌。いないって言って」
「何言ってるの?」
 送話口を押さえたまま、母が顔をしかめる。純子はその横をすり抜けようと
したが、つかまえられた。
「相羽君、さっきから何度も掛けてきてるのよ。それに、帰って来たと言った
のだから、今さらいないなんて言えるわけないでしょう」
「話したくない」
「どうしたの? 喧嘩でもしたの?」
「そういうんじゃないけれど……」
 目をそらし、上着を脱ぎにかかる。
「純子! 出なさい!」
 母が怒鳴るのを聞いたのは久しぶりだった。一瞬、唖然としたが、送受器に
純子の手は伸びない。
「何があったのか知らないし、理由を無理に話せとは言いません。でも、今は
出なくちゃいけないでしょうが。話したくないのなら、自分の口で相羽君に言
いなさい」
 母は不意に沈黙すると、送話口から手を離して、純子に向けた。
 思わず息を飲む。電話が、どんどん膨らんでいつ破裂するか分からない風船
のように思えた。やっと受け取った。
 母が去るのを横目で確かめてから、からからに乾いた声で第一声を発する。
「はい……代わりました」
「会いたい。これから、すぐに」
 相羽の申し出は唐突だった。瞬間、絶句して声が出なくなる純子。
「会いたい。純子ちゃん」
 相羽の囁き声が連続して聞こえる。会えなければできない話がある、その意
志がはっきり感じられる語調。
 純子はけれども首を振った。そしてあとから声に出して返事を。
「私、行けない」
「どうしても、だめなのか?」
「無理よ」
「……待つから。話す機会が来るまで、僕は待つから。いつか聞いて」
「……ん」
 曖昧に、くぐもった声で応じた純子。
 電話は切られた。
 相羽が小さく「さよなら」と言ったようだ。純子の耳では聞き取れなかった。

「香村君、わざわざありがとうね。それに、約束守れなくて、ごめん」
 花一輪とクリスマスプレゼントを抱えた香村を前に、純子は精一杯頭を下げ
た。ベッドの上で上体を起こし、しわがれ気味の声で。
「体調を崩したって、本当だったんだ」
 示された体温計に目を凝らしていた香村は、ほっとしたように頬を緩めた。
 風邪を引いてしまった純子は、熱っぽい頭でうなずいた。頭痛がするので、
かすかな動作だ。もう一回頭を下げろと言われたとして、今は難しいかもしれ
ない。
 風邪の原因は、ここ数日の夜更かしが祟ったのだろう。美術館に行ったあの
日から、なかなか寝付けない夜が続き、とうとう昨日の夕刻から寝込んでしま
った。現在も目が腫れぼったい。
「とりあえず、メリークリスマス。アンド、お見舞い」
 花と小箱を渡されると、純子は両手で押し頂いた。サイドボードに置き、改
めて感謝の意を言葉で表す。
「開けてみてよ」
 そう言う香村へ椅子を勧め、純子は小箱を再び手に取った。
 イヤリングが出て来た。橙色がかった石が着けてある。
「きれい……柔らかな色ね。本当にありがとう」
「似合うと思うよ。今付けなくてもいいから、次に会うときは、ね」
「香村君が選んでくれたの?」
「うーん、ま、選んだと言えば選んだけれど。誕生石にしようというのは決め
ていたから、あとはどんなアクセサリーにするかを考えるだけで」
「え? 誕生石って……まさか、これ」
 指先で摘んでぷらぷらさせていたのを、慌てて手の平に載せる。
 香村は純子の視線が向くのを待って、こくりとうなずいた。
「十月の誕生石、オパール。誕生日、十月なんだってね」
「……返さなくちゃ」
「どうして」
 箱に戻そうとする純子を遮り、香村が問うた。
「だって、本物の宝石なんて、高いんでしょう? もらえない」
「中学生らしくないって? 香村綸がそこらの中学生と同じ物を贈るわけには
いかないさ」
 どんな反応をしていいのやら、分からず、純子は黙り込んだ。
「遠慮しないでもらってよ。僕の気持ちは、前に言ったよね。今日はその気持
ちの一部を、形に表してみただけさ」
「……」
「あくまでも一部だからね。これから毎年、君の誕生日とクリスマスにはプレ
ゼントを贈ろうと思ってる」
「……気持ちは嬉しいけれど、だめよ、こういうのは」
「重すぎるってか」
 純子の答を見越したかのように、香村が軽快な調子で応じた。
「いいよ。涼原さんが重く感じるのなら、次からは別の物を選ぶ。だけど、今
日のところは受け取ってほしい。それくらい、いいんじゃない? ねえ?」
「だけど」
「親には内緒にしておけばいいさ。見つかっても、まさか本物とは思わないだ
ろうけどね」
 純子は息を深くついた。本心では受け取れない気持ちが強いのだが、今日は
特別に立場が弱い。デートの約束を果たせなかった負い目の方が、もっときつ
かった。
 だから、かすれ口調でこう提案した。
「香村君が預かってて」
「は? 何で?」
「いいから。今度また会うときに、香村君の気が変わっていなかったら、私の
耳に着けて……もいいわ」
「……うん。そういうことなら預かっておこう。雰囲気満点のシチュエーショ
ンで着けてあげるから、楽しみにしといて」
 香村がイヤリングを仕舞ったとき、ちょうどドアがノックされた。母がお茶
を運んで来てくれたのだが、いささか緊張した面持ちだった。今をときめく芸
能人が我が家を訪ねてきたのだから、無理からぬことかもしれない。
 ただ、もし父が在宅していれば、また違った反応をしたことだろう。父親に
とってはやって来たのが有名人という事実よりも、娘の見舞いに同年代の男が
来る方が、よっぽど気に掛かるに違いない。
 如才ない対応を見せた香村だったが、純子の母が退室すると、ふーっと息を
ついた。肩が凝ったかのように、腕を左右順に回す。
「緊張したぁ。僕を演技で緊張させる状況は、滅多にないんだぜ」
 苦笑混じりにこぼす。冗談なのだろう。純子も思わず笑った。お茶とお菓子
を香村に勧める。よくあるタイプのクリスマスケーキだ。チョコレートで全体
をコーティングし、そこへ雪に見立てた砂糖を降らせてある。
「君は食べないのかい?」
 手を布団の上で組んだままの純子に、香村が首を傾げる。
「うん。今はまだ。何だか、疲れてるし」
「疲れてるなら、無理せず、横になってくれていいよ」
「眠ってしまいそうなの。薬が効いてきたみたい」
「寝顔を見てみたいな」
「か、香村君!」
 純子の顔が熱くなる。風邪の熱に、恥ずかしさが加わって、普段にない火照
りだ。両手で頬を押さえた。
「ふふ、冗談さ。長居をするつもりはないよ。遠慮なく、横になって。眠る前
に帰るから」
「……ごめんね」
 肩掛けを外すと、布団を引き上げ、潜り込む純子。口元まで布団を被って、
香村に聞いてみた。
「折角の休みをだめにしちゃって、怒ってる?」
「いや、残念がってるだけさ。休みであることには変わりないからね。とにか
く、涼原さんとデートできなくなったのが残念だ」
「……次、休みはいつ? 私の方は、受験が終わったら、何とかなると思う」
「そうだねえ、来年の三月頃どうなってるのかなんて、さっぱり分からないか
らな。これからどんどん予定が埋まるだろうから、具体的にいついつになるっ
て約束はできないけど、絶対、会いに来るよ。イヤリングを着けるためにも」
 力の抜けた、感じのいい笑い方をする香村。
 純子はできる限り元気に答えた。
「先に、仕事で会えたら嬉しいな。私としては」
「ああ、それはもちろん、待ってるよ」
 軽く手を振り、香村が立ち上がった。

「風邪はもういいのかい?」
 クリスマス当日、鷲宇からの第一声がこれだった。
「はい。朝になったら、嘘みたいに治ってました」
 純子の返答には、少しだけ真実でない部分がある。完全には治っていない。
 ただ、久住淳として声を出すには、ちょうどいいかれ具合なのだ。いつもに
比べて楽に出せる。とは言え、これで唄うなんて喉によくない。無論、覚悟し
ていることだ。今日を乗り切れさえすればいい。
 ただ一つ、心配なのは……。
(今日のこと知ったら、香村君、怒るだろうなあ)
 平熱に戻ったのは、香村が純子の家を辞去して六時間後のことだった。
(香村君は久住淳の正体を知らないから、まだいいようなものだけれど。ちょ
っぴり、心苦しい……)
 鷲宇達とともに会場に着いた。久住淳の格好で会場入り。
 ライブ未経験の純子にとって、病院のホールという舞台に違和感はなかった。
何もかも初めてだから、そこから生じる緊張感に打ち勝つ方に力を注ぐ。
 病院側への挨拶のあと、軽くリハーサルをしておこうという話になり、病棟
奥にしつらえられたホールに入る。すでに楽器の搬入は終わっていた。六十人
も来れば満杯になる空間だ。当たり前だが、音響設備も決してよくない。でも、
手作りらしきクリスマスツリーが飾ってあり、歓迎されているのを感じる。そ
してあのツリーは、患者みんなを少しでも楽しませたり和ませたり、あるいは
勇気づけたりするのだろう。演奏し、唄う自分達もそうなれればいいと願った。
「鷲宇さんはどんな曲をやるんですか」
 純子は思わず聞いた。何故なら、ホールの片隅にアップライト式のピアノを
見つけたから。鷲宇の曲にピアノを使ったものがあったかどうか、純子はよく
知らない。アレンジしてピアノを取り入れたのなら、ぜひ聴いてみたい気がす
る。できることなら、聴衆の一人として。
「それはあとのお楽しみ。ピアノは、最初はニーナに頼むつもりだったのが、
都合がつかなくてね。困ったんだが、彼女の推薦と僕の第二希望とが見事一致
したので、その人に依頼したら快く」

――つづく




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