AWC そばにいるだけで 43−8    寺嶋公香


        
#4994/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/12/25   9:53  (200)
そばにいるだけで 43−8    寺嶋公香
★内容
「気が付くかどうかは、個人差がある。僕自身、他人の変化を見つけたと思っ
ても、単なる勘違いや思い込みかもしれない。だから直接聞いたわけなんだが。
涼原さん?」
 純子は右頬に指先を当て、うつむき加減になった。
(“これ”を、恋をしていると呼べるのかな……)
 自分から断った恋心。その相手に対して、今、好意と疑念が同居している。
そして、もう一つ。じきに会えなくなるかもしれないのに。
「してません」
 面を起こした純子は、重大な決断をする調子で言い切った。内なる決別の意
志表示。続けて、挑戦するかのように宣言した。
「久住淳として不都合があるのなら、恋愛しません。鷲宇さん、それならそう
だと、はっきり言ってください」
 鷲宇は戸惑った風に目を丸くし、前髪をかき上げた。一旦、純子へ背を向け、
足で絨毯を踏み鳴らすような仕種まで見せた。背中が困惑を物語っている。
 純子が待っていると、十秒ほど経過してから、鷲宇は改めて身体の前面を向
けてきた。淋しげな、苦しげな、曖昧模糊とした笑みを浮かべて応える。
「その台詞、久住淳になら言えても、涼原さんには言えないな」
「どういう意味ですか。同じ私です」
 自分の口調がきつくなっていることに、純子はかまわないでいた。
「分からなければ、自分で考えてほしい。ヒントは……君の行動を縛りたくて
言ったのではない」
「……?」
 純子の表情がわずかながらやわらぐ。謎めいたヒントに、首を傾げたくなっ
ただけだが。
「この話はここまでとしよう。そんなに気にしないでいい。ボランティアでは、
自然体でね」
 人差し指と小指とを軽く立てた左手をかざし、鷲宇は純子に微笑みかけた。
「ところで、市川さんの話だが」
 話題転換。純子は、市川達がボランティア活動を公にしたがっていることを
鷲宇に伝えていた。
「しょうがないなあ。絶対秘密で行うからね。もう、あの人達には場所も時刻
も教えない」
 鷲宇はすねた子供みたいな口調で言って、やがて笑い出した。
「だから、涼原さんも言わないように」
「それは約束します。ただ、あのー、当日、事務所に顔を出すように言われて
るんですが……。市川さんか杉本さんが着いて来るかもしれない」
 一抹の不安が心を染める。
 しかし、鷲宇は笑い飛ばした。
「ならば、僕の方で車を回しましょう。君は自宅から現場へ直行だ」
「そんなのでいいんですか」
「いいんです」
 鷲宇が言い切ったので、純子も任せようと思った。まだ少し心配ではあった
けれど。

 十二月に入った途端、香村から電話をもらった。最初の話題はもちろん、ク
リスマスイブのこと。正式決定したデートの待ち合わせ場所と時刻を伝え終わ
ると、香村は雑談に入った。
「受験勉強の方はどう?」
「おかげさまで、ぼちぼちと」
 純子の答は嘘ではない。遊ぶ気になれないから、やりたくなくても自然と机
に向かっている今日この頃。勉強に追われていれば、その間だけでも悩みごと
を忘れていられる。
「てことは、合格できそうなんだね?」
「……どうしようかな」
「え?」
 香村の口から本当に驚いた声が聞けるなんて、久しぶりだ。
「どういう意味だい、涼原さん? 合格できてもしないってこと?」
「高校行かなくても、芸能の仕事ってできるよね。幸か不幸か」
「あ、ああ、そうだね」
「香村君さあ。私って、やっていけると思う?」
「――それって、タレントをってことだよね。もち、僕が胸を張って保証する
よ。涼原さんなら未来は明るい! ははは」
 香村の笑い声とは正反対に、純子は平坦なトーンで続ける。
「何か、どうでもいいような気がしてきちゃった……」
「芸能活動一本に絞る気になったのかい?」
「そうじゃなくて……何て言えばいいのか」
 首を捻る。明快な答は出ない。考え込んで無口になってしまった。その上、
手から力が抜けたらしく、送受器を取り落としそうになる。逃げる送受器をつ
かまえ、香村の呼び声に応じた。
「もしもーし? 切れたのかな?」
「ううん、聞こえてる。……香村君は高校行くの、どうして?」
「いきなりな質問だなあ。ま、高校ぐらい出てないと、頭悪いとされてしまう
からだよ。はは、ばかばかしいけどね、ファンの子達に親近感持ってもらうに
は、同じように高校行った方がいいんだってさ。形だけだけどね。ほんと、ば
からしいよねえ」
 快活に笑う香村。その割り切った考え方は、純子の参考にはならなかった。
「私、目的がなくなりそうで恐い。淋しい」
「……勉強しすぎで疲れてるんだよ」
 香村が普段にない真摯な声音で言った。ドラマの中でも滅多に聞けないであ
ろう口調。きっと、顔付きも違っているはず。
「そうかもね」
 香村の気持ちが嬉しくて、できるだけ明るく返事した純子。
「ようし。イブ、楽しみにしててくれよ。君のために、最高の気晴らしを用意
してみせるからね。これから考えなくちゃ」
「あの、忙しいんだったら、無理しないで。特別なことなんていらない。香村
君が会う時間を作ってくれるだけで充分よ」
「君のためなら、忙しくて、寝不足で、ふらふらになっても、喜んでするさ」
 気障な言い回しに戻った香村に、純子は一つお願いを思い付いた。
「あのね、香村君。お願いがあるんだけれど」
「お、珍しい。何?」
「香村君へ返事するのを、先延ばしにしてほしい」
 今これ以上の重荷を背負うと、疲れてしまう。少しでも負担を減らしたい。
そんな思いから出たお願いだった。
 純子の細い声に、香村はしばし沈黙している。
 機嫌を悪くさせてしまったかなと、純子が後悔を感じ始めた矢先、香村から
答が返ってきた。
「しょうがないな。今の涼原さんの精神状態じゃ、まともに考えられないとい
うわけだね?」
「え、まあ、そう」
「それならいいけれど、だけど、なるべく早く返事してもらいたいな。なに、
騒がれるのも慣れたら楽しいんだよ」
 自信満々の香村の喋り口調に、純子は密かにため息をついた。

 何で嫌いにならないんだろう?――純子は自分の感情が不思議だった。
(私にふられて、すぐ白沼さんと付き合い出すなんて)
 普通なら、嫌いになるはず。信じられなくなるはず。
「ねえねえ、純ちゃん。相羽君から何か聞いてない? アメリカ行きのこと」
「うん。聞いてない」
 純子の返事に、富井は眉を下げた。頬が不満で膨らんでいる。
 図書館の中は暖房が効いていて、快適だった。みんなで勉強がてら、各高校
の資料を最終確認しておこうとやって来たのだが、時間が経つに連れ、脱線し
がちに。そして、富井や井口の関心は相羽に向いている。
「純。この頃、相羽君とあんまり口聞いてないみたいじゃない」
 町田は周囲を気にしつつ、小さな声で言った。
「うん」
 短い返事。確かに機会は減っている。純子自ら避けている。でも、嫌いにな
れない……。
「何で? やっぱり進学のこと、黙っていたから?」
 ペンを指で回しながら、気安い調子で尋ねてきた井口。
(それも理由の一つだけれど、全てじゃない)
 純子は、まだ本当のことを話す気になれず、ただ黙ってうなずきを返すのみ。
「もし行っちゃうんだったら、思い切ろうかなあ」
 手にしたペンを振りつつ、頬杖をついた富井は図書館の高い屋根を見上げた。
 すかさず井口が呼応する。
「え。私も考えてるのに」
 何のことやらすぐには分からなかった純子も、じきに理解できた。
(相羽君への告白のことを言ってるんだわ。どうしよう、白沼さんと付き合っ
てるみたいよって、教えた方がいいのかしら)
 純子が悩む問題ではないかもしれない。でも、知らすべきか否か、迷う。純
子自身、相羽が白沼と付き合ってるというのを信じ切れていないのだ。認めた
くない気持ちが、ほんのわずかだが存在する。
「ねえ、お二人さん」
 町田は開いていた本を、ぱたりと閉じて、富井と井口に目を向けた。
「遠くに行ってしまう相手に告白して、将来の展望はあるの? もしOKもら
ったとしても、どうすんのよ? 私には分からんわ」
「遠距離でもいいもん」
「限度があるでしょうが。遠すぎるわ」
「でも、電話で話せるし……メールだってあるし……」
「クラスが一緒になれなかっただけで大騒ぎしてた人が、そんなので我慢でき
ますかね」
 呆れたように肩を落として、歯を覗かせる町田。
 傍らで聞いていた純子は、またも考え始めた。
(あいつ、どういうつもりで告白してきたのよ。私がOKしていたら、アメリ
カ行くのを取り止めた? それとも、遠距離でもかまわないと思って? J音
楽院受験のことを私が最初から知っていたら、返事は変わったかしら……)
 結論は、出ない。

 気が付いたら、期末試験を乗り切っていた。
 各教科の答案用紙が戻ってくるまで恐かったけれども、それは杞憂に終わっ
た。精神状態は不安定だったにも関わらず、悪いなりに勉強に集中できたせい
か、普段の成績を維持していた。
「相羽。決めたのか?」
 牟田先生が、相羽を呼び止めて聞いている。進学のことに違いない。
 敢えて気にしないようにしていた純子だが、目の前で見ると、意志に関わら
ず聞こえてくる。
「いえ、まだです」
「決めたら、早く知らせろよ。いや、何しろ、おまえさんの実力だとこっちの
高校受けても、たいていは大丈夫だろうからなあ。早いとこ決めてほしいんだ」
「はあ」
「学年主任的な物言いをすれば、他の生徒の受験指導にも微妙に影響があるん
だよ。進学希望者全員が進めるようにしなければいかん。まあ、自分の将来の
ことだ、ぎりぎりまで考えていいんだ。気にせずにな。ただ、決まったら、と
にかく一刻も早く知らせてくれ」
「分かりました。それでも、一月にずれ込むと思います」
 純子の座る席から相羽の表情は見えないが、話す調子は分かる。淡々として
いて、これも何を考えているのか掴めない。
「年末年始なら、先生の自宅に電話掛けてきてもいいぞ」
 話が終わった。振り返った相羽の表情を盗み見る。やはり、判断できない。
実際、迷っているのだろうと思う。
(そりゃあそうよね。白沼さんと付き合い始めたのなら。いくら白沼さんのお
家が裕福でも、しょっちゅう会いに行ける距離じゃない)
 そんな感想を抱く一方で、気分がくさくさする。割り切れていない。どこか
しら、ずれを覚える。
 席に戻る相羽の後ろ姿を、目でそれとなく追っていると、視界を遮る風に唐
沢がやって来た。
「すっずはらさん! テストも終わったことだし、例の約束の」
「――うん。楽しみ」
「覚えていてくれてよかった。それで、前にも聞いたけれど、クリスマスの二
日間はだめなのかい?」
「ごめんね、無理だわ」
 二十四日は香村との約束があるし、二十五日は鷲宇のボランティア活動に参
加する。
「そうか、惜しいな。じゃあ、日曜日だな。明後日はどう?」
「――あ、言うの忘れてた」
 大きく開けた口を、手で覆う。
「明後日は撮影があるの」
「なぬ? どうして。受験が終わるまで、仕事は休みじゃなかったかい?」
「今度のは特別。ちょっと息抜きしたくて」
 舌の先を覗かせた純子。
 ところが唐沢は、怪訝な顔をした。勢いよくしゃがんで、純子の机に腕を載
せると、覗き込むようにして尋ねてくる。
「分かんねえ。仕事が息抜きとは、どういうことさ?」
「それは……」
「息抜きなら、俺がいくらでも付き合ってやるのに。何で、仕事なんか引き受
けるんだよ」
 怒ったみたいな口ぶりで一気に喋った唐沢に、純子は言葉を返せず、息を飲
んだ。周りの目も気になるが、それ以上に、正直に伝えるわけにいかない思い
が強い。

――つづく




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