AWC そばにいるだけで 43−7    寺嶋公香


        
#4993/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/12/25   9:51  (200)
そばにいるだけで 43−7    寺嶋公香
★内容
「元気出さなきゃ」
 つぶやいた純子の肩を後ろから叩いたのは、町田だった。
 休み時間の校庭は、風がなく、日だまりの中はとても暖かかった。次が体育
の授業なのか、ボールで遊んでいる体操着姿の生徒達の声が、校舎の壁にこだ
まする。
「また言ってるね、それ」
「え? 何が」
「『元気出さなきゃ』って、この頃しょっちゅう言ってるわよ」
「ほんとに? 全然、自覚ない」
 壁にもたれて、自分を指差す純子。日差しをいっぱいに浴びる。
 町田はにんまり笑って、頭を大きく縦に振った。
「言ってるわよー。ため息ついたあと、気を取り直したみたいに『元気出さな
きゃ』」
「そうかなあ」
「何かあったの?」
「何でそんなこと聞くの」
 微妙な間を挟み、町田は「友達だから――とか言ってみたりして」と、ぼそ
ぼそ。次いで両腕を頭の後ろに持ってくると、空を仰ぎ見た。
「ため息ついてるのを見たら、気になるじゃない。悩みごとがあるなら、相談
に乗るよ」
「うん……」
 少し、考えた。
(何もかも話してみる方がいい?)
 きっとすっきりするに違いない。誘惑される。陥落してしまいそう。
(……言えない)
 あのとき――相羽から告白されたとき、純子自身も相羽を好きなんだと気付
かないでいられたなら、町田に打ち明けていただろう。
 しかし、現実は違う。好きという感情は、まだ消えていなかった。
「ううん、いいの」
 微笑んで、町田に顔を向ける純子。腰の後ろに両手を回し、上半身をやや前
屈みにした。
「色々あって、勉強のペースが乱れたからね。取り戻そうと無理したのがたた
ったかな。なかなかうまく行かなくて、ため息も出ちゃう。えへへ」
 町田は口をもごもごさせ、何やら逡巡らしき仕種を見せた。手の指が、ひっ
くり返った節足動物の脚みたいにもどかしげに動いている。おもむろに言った。
「それだったら、無理をして元気出すよりも、しっかり休んだ方がいいわよ。
ペース狂いっぱなしになるでしょう」
「そ、そうよね。気付かなかったわ。こんな簡単なことに気が付かないなんて、
やっぱり調子おかしくなってるのよねえ。あははは」
「……ま、一緒に頑張りましょ」
 言い足りない風情を顔に残す町田だったが、あきらめたようにそう言った。
「だけど、相談したいことができたときは、いつでも言ってよ。できる限り、
力を貸すからね」
「ありがと。でも、ほんと、大丈夫だから」
 右腕でガッツポーズをしてみせた。以前ほどはたくましくないのは、モデル
を始めたせい。多分。

 次の休み時間、純子は思い切って確かめることにした。町田にあんな話をさ
れた影響が出たのか、その直前の授業内容はさっぱり頭に入らなかったのだ。
 確認方法は、直接聞く。と言っても、相羽にではなく、白沼に。
「白沼さん。教えてほしいことがあるの。今、いい?」
 純子は強い調子で頼んだ。
「……いいわよ」
 ハンカチを折り畳み、仕舞いながら承知する白沼。トイレから出てきたとこ
ろをつかまえられて、一瞬、たじろいだようだった。
 その後、廊下の窓際に寄り、枠に肘をかけた白沼は、もう普段の調子を取り
戻していた。
「改まって、何?」
「白沼さん――相羽君と付き合っているの?」
 話題が話題なので、音量を絞り込む。
 聞き手の白沼が怪訝な風に顔をしかめたので、声が小さすぎたかと思った。
 そうではなかった。
「どうしてそう思うのかしら?」
 純子は頭の中で言葉を整理して、ゆっくりと返事する。
「……丞陽女学園の学園祭で、あなたが相羽君と一緒に歩いているところを、
私、見たわ。ごめんなさい、覗き見するつもりはなかったのだけれど、偶然、
見かけてしまって、声をかけづらくて」
「……だから?」
 白沼が小首を傾げたようだった。皮肉っぽく笑うときみたいに、頬がひきつ
っている。
「相羽君が来るつもりはないと言ってたのを、私、事前に聞いてて……それな
のに、来ていたということは、特別な用事ができたからだと思う。白沼さんと
会うためだと考えたら、辻褄が……」
 最後まで言い切るのはできなかった。語尾は息とともに空中に消える。
 白沼は目を細め、最上級の微笑みを見せた。
「それで、私が相羽君と? 付き合うって?」
「う、うん。相羽君が外国行ってしまう前に、思い切ったのかなって」
「――そうね」
 白沼は一度、純子から顔を逸らすと、上目遣いになって天井を見やった。人
差し指を口元に当て、いくばくかの時間が過ぎる。
 白沼が再度振り返ったとき、その表情には先ほどとは別種の笑いが張り付い
ていた。
「付き合ってもらったと言っていいわね。ふふふ」
 首を傾け、言った。
 純子の口からは沈黙しか出て来ない。
(やっぱり……そうだったのね)
 唾を飲み込む。喉元が動いた。右手を胸にあてがい、左手を下向きに力を込
めて握る。そうしていないと、震えてしまう。
 白沼が名前を呼んでいるようだ。はっとして、顔を起こした。
「あ、ありがと。教えてくれて。あはは」
 うつろな口調の純子に対し、白沼はくるりと背を向け、得意げに続ける。
「優しいのよ、相羽君。あなたに言わなくても、知ってるわよね。私がわがま
ま言っても、聞いてくれる」
「……うん……」
「それに、たいていの話題に着いて来てくれるし、おごってくれたし」
「……」
 純子は場をそっと離れた。白沼は気付かず、話を続けている。
「あれが本当のデートだったら、どんなによかったことかしら。一時的には付
き合ってくれても、恋人関係はまだ難しいわ。アメリカに行ってしまうことに
なっても追い掛けるつもりだから、あなたには負けないわよ――あら?」

 ボランティアについて説明を聞くため、純子は一人で鷲宇達関係者に会いに
行った。今回はホテルではなく、マンション最上階のフロア。日本での活動が
再び増え始めた鷲宇が、わざわざ購入した物らしい。ドッヂボールとハンドボ
ールとバスケットをいっぺんにできて、なお余りある広さだ。マンションとい
う言葉から純子のいだくイメージから、激しくかけ離れていた。
 スタッフ他関係者は二十名ほどいて、めいめいがくつろいでいる。そのほと
んどがおにぎりやサンドイッチ、ホットドッグなどをぱくつき、遅い昼食を摂
っている風情があった。部屋の片隅ではダーツをやってる人もいれば、パソコ
ンの画面を覗き込んでいる二人組もいる。
「病院や介護施設でコンサート、ですか」
「そう。向こうでもよくやったんです」
 話を聞くなり、耳を疑った。病院なんて、静かにしていなければ行けない場
所という印象が強く、コンサートを開くのは無理じゃないかと思った。
(しかも鷲宇さん、基本はロックでしょう? 患者さん達にはうるさがられて、
老人ホームの人達には受けないんじゃあ……。
 それに、設備はどうなるんだろう? 整っていないところだと色々不都合が
生じるはず)
 次々と不安が持ち上がり、いちいち言葉にするのもままならない。
 上目遣いになる純子を前に、鷲宇はにっと笑んだ。
「その顔は、成功しないんじゃないか、喜んでもらえないんじゃ、と思ってる」
「……はい」
 素直にうなずく。
「大丈夫だよ。これまでで実証済み。僕らがすべきは、音楽でみんなが元気に
なれるように、頑張ること」
「実証済みって……アメリカでのことですよね」
「うん、もちろんですとも」
「あの、アメリカの人には受け入れられても、日本の人には合わないかもしれ
ないって気がするんですが」
「そうかな? 同じだと信じてるんだけど。アメリカでやったときはね、最初
の頃は大げさなセッティングが難しかったので、ニーナ=カレリーナと一緒に、
病院の個室を順に回ったんだよ。ニーナはピアノの他に、バイオリンの心得も
少しあってね。彼女の演奏は静かで素晴らしいと、大好評。僕は彼女に合わせ
て、唱うだけでよかった」
「あ、じゃあ、ロックじゃないんですか」
 納得しかけた純子へ、鷲宇は首を横に振った。
「驚くなかれ、ロックもやりました。景気いいのをやってくれとリクエストし
てきた男性がいてね。大受けだったよ。楽しかったなあ」
「それは……やっぱり、アメリカの若い男の人だったからこそで」
「若者じゃなく、六十を過ぎた、鼻の頭の赤い人だった。見事な白髪のね」
「ほ、本当ですか?」
「本当です。何なら証人を連れて来てもいい。ええっと、この中では……雅美
さん、ちょっと」
 鷲宇に手招きされ、青木雅美(あおきまさみ)が近寄ってきた。手にはキャ
ップを外したボールペンを持ったままだ。
「何ですか」
「向こうでの活動について、涼原さんに聞かせてあげてほしい。僕が言うだけ
では、どうも信じてもらえそうにない」
「い、いえ! いいんですっ、分かりました」
 両手と、ついでに頭を振って遠慮する純子。これまでの流れを飲み込めてい
ない青木を、きょとんとさせてしまった。
「はははっ。雅美さん、すまない。呼ぶだけ呼んで、御役御免です」
「いえ、いいですけど」
 首を傾げつつ去る青木。その後ろ姿を目で追い、純子は心中で謝った。
「それよりも、涼原さん」
 突然呼ばれ、肩がぴくんとした。鷲宇の声のトーンが若干変化していた。真
剣味を帯びている。ただ、仕事の話をするときのそれとは、かすかに異なるも
のに聞こえた。
「はい?」
 純子が身体ごと向き直ると、鷲宇は口元に右拳を当て、観察するような視線
を送ってきた。
「な、何でしょう」
 固くなる。鷲宇の遠慮のない目つきに、純子はスカート地を両手で掴んだ。
 鷲宇は手を下ろし、つぶやく風に言った。
「だいぶ、女っぽくなったと思ったもので」
「は、はあ……あの、当然じゃないですか。私は女なんですよっ」
 混乱する気持ちを抑え、純子は苦笑混じりに抗議した。
 鷲宇は真顔を崩さず、応じる。
「いや。久住淳という面も持ち合わせているのだから、ことはそう単純ではあ
りません。ね?」
「それはそうですけど。いざとなったら、何かで押さえればいいと思います。
さらしでも何でも」
 純子は続く言葉――「今は必要ないですよね」――を飲み込み、鷲宇をじっ
と見上げる。
「ふん、そういうことじゃなく」
 笑ってから、舌先で唇を湿らせる鷲宇。次に彼から発せられた台詞は、純子
にとって思いがけないものだった。
「君……もしかして、恋愛中?」
「え」
 口を半分方開け、そのまま固まってしまいそうになる。顔を左右に振り、頬
を両手で隠しながら、笑い声を立てた。
「わ、鷲宇さん! どこから、そういう話になるんですかっ?」
「言葉で説明するのは難しい。涼原さんを見て、どことなくそういうものを感
じたのだから」
 至極当然とばかり、肩をすくめる鷲宇。
「……まさか、恋をするときれいになる、っていう迷信を持ち出すんじゃない
ですよね?」
 純子はお腹に手を当て、吹き出しそうなのをこらえながら言った。
 鷲宇の方が吹き出した。
「迷信と来ましたか。その見方は、あながち外れではないね。きれいになると
同時に、醜い部分も表に出て来る場合がある。ただね、僕は、人間というもの
は恋をするとどこかに変化が表れると思っている。きれい醜いだけじゃなく、
全てをひっくるめた何らかの変化」
「どこかにその変化が? 私、自分では何にも気付きませんが」
 両腕を広げ、自らを見下ろす純子。少し身体を回転させるように動かしたた
め、スカートが膨らむ。
 恋をしているという指摘を否定したい気持ちがあるとは言え、何の自覚もな
いというのも本当である。

――つづく




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