#4991/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/12/25 9:49 (200)
そばにいるだけで 43−5 寺嶋公香
★内容
中に入ってから、相羽達はいつの間にか三組に分かれた。まず最初に唐沢と
長瀬の二人が丞陽の生徒に声を掛けて、さっさと姿を消してしまい、それを見
た清水と大谷も同じ行動に出た。残ったのは相羽と勝馬。
「勝馬は行かないのか」
「うう、俺、知らない女子に声を掛けるの苦手。それに、おまえと一緒の方が
効率よさそうな気がして」
後頭部に手をやりながら、目を細め相好を崩す勝馬。
「どういう意味?」
「女子の方からおまえに声掛けてくるんじゃないかなーと。気配、ありあり」
勝馬は声を潜め、前後へちらちらと目線を走らせた。つられて相羽も後ろを
見る。丞陽の生徒達が恥ずかしげに、慌てたように顔を背けるのが分かった。
「な、そうだろ? 通り過ぎてから、注目されてるぜ、相羽クン」
「俺じゃねえかも」
肩をすくめ、また前を向いて歩みを心持ち速める相羽。勝馬はずぶぬれにな
った子犬みたいに首を振った。
「絶対おまえだって。俺のわけないんだから」
「……どっちにしろ、向こうが声を掛けてくれなきゃ、キミの目的は達成され
ないわけか」
「そうそう、そこが問題」
相羽のジョークに勝馬はまともに反応した。
「できれば相羽から、女子のグループにでも声を掛けてくれるといいのだが」
「残念ながら、そのご要望には」
即答しようとした相羽の前の廊下を、見知った女子の姿が横切っていく。
「――白沼さん」
思わずつぶやいたのが聞こえたらしい。青い私服姿の白沼が振り向いた。
「相羽君、来てたの? きゃあ、どうして? 凄い偶然よね」
彼女の目に勝馬は映ってないらしい。立ち止まり、答える相羽。
「小学校のときの友達から、招待状もらったんだ」
「私もそうよ。でも、誰?」
白沼の脈絡を欠いた問い掛けに、反射的に「は?」とつぶやく。
「あなたに招待状を渡した人のことよ。当然、女子よね。もしかすると、相羽
君と付き合ってる子?」
わずかにうつむき、上目遣いで相羽を見やってくる白沼。
「違うよ。友達だ。学園祭に来たのだって、今年が初めて」
「本当? ――あ、勝馬君も同じ小学校だったわよね。今言ったことって、本
当なのかしら?」
やっとかまってもらえた勝馬は、ひとまずうなずいてから、
「多分、本当。もしも付き合ってたら、俺達にばれてるはず」
と弱気に請け負った。
「そう。それならいいんだけど」
安心した風に笑みをなす白沼。髪を軽く振り、襟を手で直す。
「帰るところだったんだけれど、こうやって会えたんだから、一緒に見て回り
ましょうよ。相羽君は今来たのよね?」
「十分ぐらい前かな。唐沢達と一緒に来たんだが、今は離れ離れ」
何となく、今日は時計を持って来ていない。懐中時計も置いてきた。朝から
あまり気乗りしていなかったからかもしれない。
「じゃ、決まりね。初めてだと勝手が分からないでしょ。案内してあげる」
「いいよ。適当に見て回るから」
答える相羽の横合いで、勝馬が「そーだ、そーだ」とひそひそ声で相づち。
なるほど、頼みの綱の相羽に白沼が引っ付いては、丞陽女学園の女の子達と接
する機会が激減しかねない。
「そんなこと言わないでよ。聞きたい話もあるんだし」
距離を保とうとする相羽に対し、白沼は歩を詰めた。
相羽は察して、先手を打つ。
「進学のことなら、結論を出すのはまだ先だから」
「ニューヨークのどこなのか教えてくれたら、追いかけるわ。春休みも夏休み
も冬休みも、休みが来る度に遊びに行くから」
「本気?」
「もちろん、行かないでほしいわよ。でも、相羽君がやりたいと言っているの
に、無理にやめさせて、こっちの学校に行きましょうなんて聞き分けの悪い真
似もできないでしょ。私にできるのは、追いかけること。ニューヨークに行っ
たのは一度きりなのよね。今度訪ねたとき、相羽君に案内してもらえるかしら」
「……何度も言うけれど、行くと決めたわけじゃない」
「それならそれで私はかまわないのよ。そのときは当然、緑星でしょう?」
今日の白沼は何を言われてもポジティブのようだ。相羽の台詞が途切れると、
腕を取ってしなだれかかってくる。
「時間がもったいないんだから、歩きながら話しましょうよ」
「ちょ、ちょっと。分かったから、引っ付くのだけはやめてほしい……」
腕を引かれながら、相羽は勝馬を振り返った。
渋面の勝馬が首をすくめて、それでもひょいひょいと軽い足取りで着いて来
ていた。
「なーんか、ちっともよその学校に来た気がしないなあ」
ぼやきながら。
* *
皆から離れて手洗いをすませた直後、純子は予想していなかった光景を目の
当たりにした。
(あれ? どういうことよ)
無意識でトイレの扉に隠れるようにしてしまう。実際はそんなことをしなく
ても、向こう側から簡単に気付かれはしまい。校舎の三階同士をつなぐ通路が
二本あって、その内の一つに純子が、もう片方に彼らがいるのだから。
純子はトイレを離れ、通路の窓際に駆け寄ると、目を凝らした。
(見間違いじゃない。やっぱり白沼さんと相羽君)
向かって左に進む二人を目で追い、純子も横歩きで数歩移動する。だが、人
混みや物陰でじきに遮られた。
(笑ってた)
相羽の横顔がそう見えた。網膜に焼き付いた映像の中で、相羽が笑っている。
白沼と幸せそうに談笑している。
全身に震えが、一瞬にして走った。
(招待状渡したとき、気が向かないって言ってたのに)
数日前のことが思い出される。
(ふられたからって、白沼さんに告白したの?)
冷静さを欠いていた。二者択一で考えたとしたって、逆の可能性の方が圧倒
的に高いことになかなか思い至らない。
(それとも、白沼さんの告白を受け入れたの?)
ようやく思い当たる。要した時間はたっぷり一分あったろう。行き交う生徒
達が、窓の向こうを凝視したままの純子を怪訝そうに見ていく。
(も、もしそうだとしたら、わ、私が言う筋合いじゃないのは分かってるけれ
ど、変わり身が早すぎるんじゃない?)
呼吸で窓ガラスが曇っている。もはや窓の向こうを見ていなかったから関係
ない。けれど、純子は手で曇りを拭った。ため息が定期的に出る。うつむくと、
前頭部が窓ガラスに軽く当たって乾いた音を立てた。
「嘘つき」
後先考えず、何気なく小声で言ってみた。言葉にすると、何だか冷たくて、
実感を伴ってこない。
背後に人が立ち止まった気配がした。同時に、窓ガラスに影が映る。町田が
物言いたげに口を開け、いましも純子の肩に手を触れそうにしていた。
「芙美」
急ぎ振り返る。
「どうしたのよ。いつまでも戻って来ないから、見に来たんだよ」
「ちょっと気分が……風邪引いたのかも」
とっさに言い繕うと、その純子の額に町田の右の手の平が添えられた。存外、
冷えていた。
「うーん、熱っぽいと言えば熱っぽいかもしれないわね」
「……先に帰っていいかな」
「え。そりゃあ、体調悪いならしょうがないけど。大丈夫? 一人で帰れる?」
表情を曇らせる町田。純子は早口で答えた。
「うん。みんなにごめんて言っておいてほしいの。特に国奥さんには……」
「お安いご用。でも、あとで自分からも直接言いなよ」
「うん」
うなずいて、ゆっくり身体の向きを換える。視界が揺らいだ気がした。
(やだ。本当に調子悪くなったかも)
丞陽女学園の学園祭からこっち、しばらく相羽と口を聞いていない。
後日、町田達から聞いた話によって、唐沢達が来ていたことを知った。
「相羽君も来てたんだって。ざんねーん」
そう言う富井の口ぶりから、実際に会えはしなかったんだわと分かった。
(その方がよかったよね。白沼さんと一緒に来てたのを見たら、郁江達、ショ
ックでひっくり返っちゃうかもしれないわ)
話を聞いたときはそんな風に思っただけだったが、あとになって自分自身、
相当強い衝撃を受けてたんだなって、おぼろげに自覚し始めている。肉体的に
はどこも悪くないが、精神的には常にくたくた。そんな感じがする。
考えれば考えるほど、分からなくなる。
(付き合い始めたのかしら)
そう思って相羽と白沼の様子を見てみるのだが、以前と変わったところは見
つけられないでいる。白沼が相羽の気を引こうとべたべたするのは変わってい
ない。強いて言うなら、その白沼を相羽が拒絶する度合いが弱まったように感
じられなくもないといった程度。
(学園祭のときは何だったの? ようく考えたら、おかしな点もある。だって、
もしもデートなら、唐沢君達と一緒に来るのも変だし、私が来てるかもしれな
い場所を選ぶのも変。相羽君、そんな当てつけみたいなことする無神経な性格
じゃないわ。そもそも、外国行くのを目前にして付き合い始めるっていうのも
変よ。私が間違ってるのかな……分かんない)
この一ヶ月弱、相羽の言動に振り回されている。告白、外国の学校への進学、
そして今度の白沼とのツーショット……純子はどれも引きずっていた。
相羽から視線を外して、前を向くと、びっくりしてしまった。唐沢がにこに
こしていた。
「唐沢君、何?」
胸を押さえつつ聞く。鼓動が大きい。
唐沢は急にしゃがむと純子の机の縁に両腕を載せ、その上に顎を置いた。
「気晴らしにどこかへ行こう」
「え? いきなり、どうしたの」
「ここんとこ慣れない勉強ばかりで、疲れてしまいまして。息抜きしないと窒
息しそう」
自らの首を押さえてみせた唐沢。舌を覗かせ、苦しむ素振りが笑いを誘った。
「あは、でも、唐沢君、この間、丞陽女学園の学園祭に行ったんでしょう?
それで充分じゃない?」
「知ってたんだ? あのとき、いつものグループの中に涼原さんがいなかった
から、心配したんだぜ」
「ちょっと調子悪くなっちゃって。今は何ともないから」
頭を傾けて微笑んでみせた純子に、唐沢は慌てたように首を振る。
「いーや、こういうのは治りかけが肝心だよ。顔色も完全にはよくなっていな
いよーに見える」
「そ、そうかな」
思わず手の平で頬に触れる純子。自分自身、ずっと思い悩んでいる意識はあ
るので、それが表に出たのかとも。
「元気出すためにも、どこかへ遊びに行かない?」
「うん。行きたいんだけれどね。私も勉強しないと」
曖昧に笑って、思い付きの理由を口にする純子。今は遊ぶ気もしなければ、
勉強に打ち込むのもできそうにない。好きなスポーツでも身が入らないかもし
れなかった。
「そういうのを忘れてさ」
今日の唐沢はいつもと違って、粘る。普段は誘ってきても、純子に遠慮され
たらすぐに引き下がっていたのに。
「知ってる? 月末から美術館で現代絵画の展覧会が始まるんだ。昔々の何十
億円なんて絵はないけれど、結構いい感じだと思うな。有名なところではラッ
セル、リヒテル、ハーン、それにクリスティとかがあるらしい。行って、心静
かに観賞しよー」
「……みんな、自然や動物を主に描く人ね」
絵には詳しくないが、知っている。おぼろげに記憶している程度だが、鮮や
かな水色や落ち着いた緑色を使った絵を、新聞のカラー写真で目にしたような。
その記事では確か、リヒテルがリヒターとなっていた記憶がある。
「そういう傾向のを集めたんだ。一応、主催者のポリシーが感じられるから、
他のも外れはないだろう。日本にいながらにして観られるなんて、ああ、何て
幸運。損はさせませんぜ、ダンナ」
唐沢の饒舌に拍車が掛かった。純子はくすりとかすかに笑った。
「唐沢君て、案外詳しいのね」
「いやいや、これぐらいは序の口。実際に見に行ったとき蘊蓄を垂れるために、
一夜漬けで勉強しなければ」
真摯な口調で言う唐沢は、しかし目が笑っていた。両手の平を表向きにして、
机の上にかざし、続ける。
「とまあ、女の子とデートするには、これぐらい努力してるってわけで。その
努力に免じて、一緒に行こうよ」
変な日本語だ。主述関係が捻れてしまっている。けど、そんなことは気にな
らなかった。純子はうなずくと、唐沢の手にぽんとタッチした。
「期末が終わってからね」
――つづく