AWC キセキノカクリツ(β版)1/3 らいと・ひる


        
#4983/5495 長編
★タイトル (NKG     )  99/12/25   3: 4  (182)
キセキノカクリツ(β版)1/3 らいと・ひる
★内容

「ゆき、降らないかなぁ」
 すぅーっと大きく息を吸い込んだ園崎雪美は、白い吐息とともにそんな言葉をこ
ぼした。
「降るわけないって、まだ12月なんだからさ」
 雪国でもあるわけでもなし、東京の都心部でこの時期にそれを期待するのは贅沢
じゃないか、香坂尚人はそんな事を思っていた。
 空気は乾いていて、風はときたま強くはなるものの、雪どころか雨すら降りそう
もない空だった。
「せっかくのクリスマスなのにね」
 彼女はかわいく微笑んで彼の腕にからみつく。
「ホワイトクリスマスを期待するなら、雪国に行くしかないね。オレは仕事がある
から、東京は離れられないけどさ」
「雪だけ見られても意味ないの。ナオトがいなきゃつまんないよ」
 わがままだなと思いながらも、そんな雪美の言葉を嬉しく思う尚人であった。そ
れでも言葉は意地悪くなってしまう。
「寒波でもこない限りここでホワイトクリスマスを迎えるのは難しいよな。それこ
そ、奇跡が起きるようなものかも」
 雪美は尚人の腕からひょいと離れ、両手を空へと掲げる。
「あーあ、奇跡でも起きないかな」
「そんな簡単に奇跡が起きてたまるか」
 ぽかっと雪美は尚人の頭を軽く殴った。
「そんなに否定しなくてもいいでしょが」

**

 2年前あんなにも元気そうに見えた雪美は今、病院のベッドの上にいる。もとも
と心臓が弱かった雪美だが、それがさらに悪化してしまい、ついには入院を余儀な
くされた。手術をしなければ助からないとも言われ、その手術さえ成功する確率は
かなり低いということであった。
 尚人はその話を聞いた時、自分の無力さを改めて実感した。愛するものを救う手
段さえ知らない彼には、ただ祈ることしかできなかったのだ。


 商店街の銀杏並木は、真下の歩道に黄色い絨毯を引いたように見事に秋の色をか
もしだしていた。
 足を一歩一歩踏み出すごとに、乾いた音が耳に届き、ときにはうざったく、とき
には寂しく心に染みこんでいく。
 尚人がこの商店街を通るのは久しぶりで、前に来たのは2年前の蝉のうるさい季
節だった。その時、彼の隣には雪美がいて、二人で蝉についてあれこれと言い争っ
た記憶がある。だが、もうそれも遠い過去の思い出のように感じられてしまう。
 感傷に浸りきってしまうにはつらすぎる。こんな時は空を見上げたいものだ。そ
んな思いも空しく、視線は足下へと落ちていく。
 立ち止まり深いため息をつく。自分がこんな事でどうするんだ、雪美の方がもっ
とつらいに決まっているのだから。そんな風に何度も何度も尚人は自分に言い聞か
せていた。
 ふと尚人の視界に入る金色の光。そして白い羽。
 ほんとに天使がいたら会ってみたいものだと思いながら、彼はその方向へと視線
を向ける。なんのことはない、そこには金髪の少女がただ歩いているだけだった。
背中には、今流行りなのか、天使のような白い羽のついたバッグを背負っている。
 よく観察すると、彼女は下を向きながらきょろきょろと何かを探しているようだ。
その顔は今にも泣き出しそうだった。
 落とし物でもしたのだろうか? 尚人はそんな事を考えて、声をかけようとして
一瞬だけ躊躇する。
(やっぱり英語が無難だよな)
 金髪だからといって英語が母国語とは限らない。だからといって、尚人はそれ以
外の言葉を喋れるほどの知識は持っていなかったのだ。もちろん、相手が英語以外
で返答してきたら間抜けな話としかいえない。
「May I help you?」
 うろ覚えの言葉で、思い切って少女へと声とかけてみた。彼の性格からして、た
とえ異邦人であろうとも放ってはおけなかったのだろう。
 少女はその声に気づき顔をあげ、マリンブルーの瞳が彼の方を向く。そして、今
まで泣きそうだった顔が、安心したかのように微笑んだ。
 尚人の中にちょっとした安堵感が生まれる。それまで不安一色であった心に一筋
の光が射し込んだかのようにも感じられた。
「えーっと、わたし英語はあんまり得意じゃないんですけど」
 流暢な日本語、そして透き通るようなソプラノヴォイスで彼女はそう返答してき
た。
「ごめん、日本語喋れたんだね。ていうか、日本人だったりして」
 尚人は照れ隠しに頭を掻いた。
「日本人ってわけじゃないんですけどね。ま、ちょっといろいろありまして、けっ
こう喋れるんですよ」
「へー、そうなんだ」
「それより」
 彼女は少しだけ怪訝そうな顔をする。
「へ?」
「どうして私に声をかけたんですか?」
 少女にそう訊かれて尚人も首を傾げる。
「なんでだろう? うーん、困っている人を放っておけない性格だからっていうの
は駄目かな?」
 その答えに少女は笑い出す。
「そんなに困ってそうに見えました?」
「うん、なんか今にも泣き出しそうだったからさ」
 それは誰かに重ねて見てしまったのだろうか? 尚人はふとそんなことを思った。
「なんかみっともないとこ見られちゃいましたね」
「そんなことより、もし差し支えなければ訳を教えてくれないか? もしかしたら
落とし物とかそういう類のものじゃないかってさ、そう思って声かけたわけだし」
 赤の他人であろうと、不安そうな顔をしている人間は放ってはおけないのが尚人
の性格だったりする。
「それ、当たりです。大切なものを落としてしまったんです」
 少女の顔が再び曇り始める。
「探すの手伝おうか? 俺はどうせ今日は暇だし、気にすることはないからさ」
「ありがとうございます。でも、もうだいぶ探しているんですけど見つからないん
です。もしかしたら、誰かに拾われてしまったのかもしれない」
「落とした物ってどんなものなんだい?」
「ペンダントです。卵の形をした銀色もので、祖母の形見なんです」
「警察は行ったのかい? 拾われていれば届いているかもしれないよ」
「誰かにそのまま持って行かれてしまった可能性もありますから」
 少女は半ば諦め気味に返答する。
「質問ばかりで申し訳ないけど、そのペンダントって、何か宝石とかそういう類の
ものが装飾してあるとか、中に何か金目のものが入っているとかあるかい?」
「いいえ、いたってシンプルなものです。中を開けられる仕組みにはなっています
けど、私以外は開け方わからないと思います。というか、そのペンダントが開けら
れるというのは、外見からじゃわからない構造になっていますから」
「だったら、金目当てで持って行かれる可能性は低いよ。だからさ、とりあえずい
ってみよ」
 尚人は少女が元気になるようにと、その言葉に希望を込めてぽんと肩を叩いた。

**

「今日は、つき合ってくれてありがとうござました」
 少女は深々と頭を下げる。その表情はまだ明るく晴れ晴れとしたものではなかっ
た。
 あれから尚人は彼女と一緒に近くの交番には行ったものの、結局それらしきもの
は届いていなかったのだ。その後、彼女の記憶をもとに通った道をくまなく探して
はみたもののこれまた見つからずじまいであった。
「ごめんな、変に期待させるような事言っちゃってさ」
 尚人の方も、むやみに相手を期待をさせるような事は言うものではないと、深く
反省していた。
「ううん。いいんです、声をかけてくれて一緒に探してくれただけでも嬉しかった
んです。見知らぬ土地でこういう事態に陥ってしまうと、ものすごく心細いもので
すから」
「役に立ってあげられなかったのが悔しいけどね」
 下唇を噛んで、尚人は他に何か方法はないかと考える。
「きっと誰かいたずら半分で持っていってしまったのかもしれません」
 彼女の言葉は半ば諦め気味にも聞こえなくはない。
「あきらめるのかい?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど、これ以上見ず知らずの方をつき合わす
のは悪いかと思って」
「悪くはないさ。どうせ暇人なんだからさ」
 尚人がそう言葉にした時、頭の中で何かが閃く。
(いたずらか……)
 さっき彼女が言った言葉を彼は口の中で反芻する。
「どうしたんですか?」
 少女は不思議そうに彼の顔をのぞき込む。
「ちょっとだけ心当たりがある。期待できるかどうかわからないけどな」
 少女はますます首を傾げる。
「まだ日は落ちてないから大丈夫だな。よし行くぞ」


「だいじょーぶですかぁ?」
 下の方から少女の不安そうな声が聞こえてくる。尚人は今、近所の林の中にある
廃屋の壁に、はしごをかけて屋根へと上ろうとしていた。
「あんまし高いところは得意じゃないんだけどね」
 少女に聞こえないように、尚人は独り言を漏らした。
 慎重に慎重に足場を考えて屋根づたいに目的の場所へと移動する。そういえば、
ここへくるのは三度目かもしれない、そんなことを彼は考えていた。
「よし! ビンゴ!」
 尚人は、それらしき卵形のペンダントがそこにあることを確認し声をあげる。他
にもその中には高価そうな指輪の類があるのを見つけたが、あえてそれには触れな
いことにした。
「ほら、これだろ?」
 ある程度の高さまで降りると、とんっと地面へと飛び降りる。尚人は右手にしっ
かりとペンダントを持って少女の方へと掲げた。
「ホ、ホントに見つかったんですね」
 少女の表情がみるみる笑顔で膨らんでいく。
「前も似たような事あったからな。ここの悪戯カラスは光る物があるとすぐ持って
ってしまうから困りものなんだよな」
「でも、どうしてカラスの仕業だってわかったんですか?」
「前にね、二度ほど被害に遭ってるから」
「うわぁ、それは困りものですね」」
「最初の時に、ちょうど目の前で落とした指輪を持っていかれて、必死で追いかけ
たらここにたどり着いたんだよ」
「なるほど納得です」
「まあ、これで俺も君の役に立てたみたいだから、声をかけた甲斐があるってわけ
だ」
「本当にありがとうございます」
「それじゃあ、俺はこれで帰るよ。いい暇つぶしにもなったしな」
 少女の笑顔を見て安心した尚人は、そのまま彼女に別れを告げる。
「ちょっと待ってください」
 あわてたように少女は声をかけてくる。
「何?」
「あなたに何かお礼をしなければ」
「そんなのいいって」
「たいしたお礼はできないかもしれませんが、気持ちの問題ですから。それとも迷
惑ですか?」
 訴えかけるような少女の瞳に、尚人はその言葉を断ることができなかった。少し
だけ考えて彼は返事をする。
「迷惑じゃないけど、ほんと、俺にとってはお礼をしてもらうほどのことをやった
つもりじゃないからさ。でも……まあ、いいや。あんまりキミの困った顔を見たく
ないしね」





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