AWC おたまじゃくしのクリスマス 2   寺嶋公香


        
#4980/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/12/24  11: 2  (200)
おたまじゃくしのクリスマス 2   寺嶋公香
★内容
 顔が赤らむのを自覚して、相羽は目を瞑り、のけぞるようにしてグラスのジ
ュースを飲み始めた。途中、ちらと瞼を開けると、姉が頬杖をついてこちらを
見ていた。危うく咳き込みそうになるのをどうにか持ちこたえ、音を立ててグ
ラスをテーブルに戻す。
「見るなよ。食いにくいじゃないか」
「残念。笑わせてあげようと思ったのに。とにかくね、あなたが何人も何人も
女の子ふるのは自由だけれど、フォローを忘れたら許さないからね」
「分かってるよ」
「ついでに言っておくと――」
「へいへい。喧嘩するな、だろ」
 言って、クッキーをばりばり噛み砕いた。口の中から飛び出す欠片を手の平
で受け止める。
「行儀悪いわねー。数少ないファンが見たら泣くぞ」
「見てないからいいの。泣くやつは勝手に泣けって――いてっ」
 またはたかれた。後頭部をさすりながら、しかし相羽は文句を言い返さなか
った。
「せいぜい、恨まれないようにしなさいよね」
「うん、その辺はなぜか大丈夫なんだよな。姉さんにがみがみ言われる割に、
女子連中は俺のこといいと思ってるみたいだ。今日だって、抗議しに来たくせ
して、どさくさ紛れに告白めいたこと言う女子がいたんだぜ」
「背負ってるわねえ。我が弟ながら」
「そっちこそ。ラブレターを山ほどもらってるくせに、みんな袖にしやがって。
俺の女嫌いは姉さんにも原因がある。家の中と外とで全然違うんだからな。こ
の、多重人格め」
「言ってくれるわね。別に性格使い分けてなんかないわよ。あなたに対して常
に厳しく当たっているだけ」
 しれっとして物申すと、姉は席を立った。
「今日は宿題どうするのー? 重なってるとこ、あるでしょ」
「……一緒にやる」
 見舞いに行って時間を食ったからな、とは口に出さなかった。

 一人で買い物に行ったはずの母は、二人連れで帰って来た。父と一緒のご帰
還がどれほど嬉しいのか知らないが、満面の笑みをなしている。
「お父さん、どうしたの。今日は遅くなるんじゃなかった?」
 姉がコートを受け取りながら尋ねると、父は少し寂しそうに苦笑した。
「向こうは珍しいくらいの大雪でね。積雪の重みで、ホールの屋根が一部、抜
け落ちてしまったんだ。そのため、今日は中止になったんだよ」
「あらあ、じゃあ、お客さん達、損したわね」
「はは、それはない。来週に延期さ。場所は変更になるかもしれないけれどね」
「ふうん。早く帰って来た理由は分かったけれど、どうして一緒なのよ」
 両親を左右それぞれの手で指し示す姉。母は買い物した品をてきぱきと仕舞
いつつ、同時に紅茶の準備も始めた。そして、照れもなく言った。
「運命の糸で結ばれているからよ。駅にいるって、ぴんと来たもの」
「嘘だあ。携帯電話で連絡したんだわ」
「残念でした。私は携帯電話、持って行ってないわよ」
 それはつまり、忘れたと言うのではないのだろうか。なのに、何故か自慢げ
な母である。
「偶然だよ」
 微苦笑を浮かべ、室内着に着替えた父はダイニングに向かうと紅茶を入れ始
める。ストールを羽織った母がすかさず声を上げる。
「あなたは座ってていいの。私がするのに」
「今日は疲れてないから」
「何言ってるの。弾けなかったときの方が、欲求不満で疲れるくせして」
「そんなことはないよ。それに、紅茶を入れるのは僕の方が得意だ」
「やだ、もう。私だって」
 新婚夫婦顔負けのやり取りを目の当たりにし、姉と弟は互いの顔を見合わせ
てから、「やれやれ」と息を吐いた。
「困ったもんだ」
 呆れ気味の姉の横を通り抜け、自分の部屋を目指しててくてく歩く。すぐ追
い付いてきた。
「どうしたの。宿題一緒にするんでしょ」
「ああ。でも、台所じゃできない」
「まあねえ。両親がいつまでも若々しくて綺麗なのは私も自慢なんだけれど、
あそこまで仲よくなくても」
「あ、待ちなさい」
 母が呼び止めたので、子供達は二人とも立ち止まり、振り返った。
「また女の子泣かしたって聞いたんだけれど、本当?」
 優しい物腰だが、姉とそっくりの口調で聞かれた。
「うん」
 親に嘘をついても始まらない。素直に認める。ただし、たった一言だが言い
訳をした。
「不可抗力で」
「偉そうに、難しい言葉使って」
 横の姉にまたも叩かれた。今度は頭じゃなく、腕だ。
 母は姉をたしなめ、子供部屋に行かせたあと、改めて事情を尋ねてきた。返
事は早口になってしまった。かいつまんで説明するつもりが、逆に長くなった
ような気がする。
「その女の子のこと、嫌いなのかい」
 父が口を挟む。その表情は苦笑いを作っていた。
「嫌いじゃないよ。でも、好きって言うほどじゃない。友達の一人だよ。クラ
スメート」
「友達なら、なおさらだな。相手の気持ちを考えてあげるといいんじゃないか
なと、僕は思う」
「……それぐらい、分かってるよ。うまい断り方を思い付かないだけさ」
 ふてくされたように言う。途端に、母から頬を指でちょんちょんとつつかれ
た。思わず手でガードする。
「そういう顔をしないの」
「ファッションモデルも機嫌悪いときはあるっ。母さんだって、そうだったは
ず――」
「モデルだから注意してるんじゃないのよ。始終笑ってなさいとは言わないわ。
ただね、そんな顔をしていたら、幸せが逃げちゃう」
 母はこちらの手を取ってから、顔を近付けてきた。満面の笑みが展開される。
幸せそうで、自然な笑み。確かな笑み。
 つられたわけでもないけれど、自分も笑った。
「ほら、笑ってくれた。ありがとう」
 母の手が頭をなでる。完全に子供扱いだ。でも、悪い気はしない。毛布にく
るまれたみたいに、あったかくて優しい感触が伝わってくる。
「でも、みんなに笑いかけてたら、こうして女子に人気出ちゃったんだけどな。
いい迷惑だよ」
 少々悔しさも生じたから、ひねくれた返事をした。
「あら。お母さんは、人に好かれるのはいいことだと思うわ」
「そりゃそうだけど」
 言うと同時に、別の手が頭の上に置かれた。今度は父だ。
「もう少し素直なら、言うことないんだが。さて、我が息子の性格から言って」
 また始まった。父さん、推理好きなんだから――と思った。
「断ったのはいいが、後悔していたたまれずに、お詫びしたんじゃないかな。
それも、面と向かって言うのはできない。恥ずかしく、また格好悪いと思って
いるからね。男のプライドに反するというやつだ。そこで悩んだ挙げ句、電話
か手紙……多分、手紙で伝えた」
「当たってるよ!」
 叫ぶと、父は呼応して頭をぽんぽんぽんと、軽く叩いた。次に急に真顔にな
ると、子供の高さに目線を合わせてくる。
「男同士の話をしよう。その手紙だが、気を持たせる書き方、しなかったか?」
「え?」
「優しくするのはいいが、行き過ぎた同情は逆効果だって言うことさ。意味、
分かるかい?」
「……何となく」
 あの文面で適切だったのか、不安になってきた。そんな息子を見て、父親は
笑いながら立ち上がった。
「はははは。いや、よく分かる。本当に好きな子に打ち明ける前に、他の女の
子から告白されたら困るんだよな」
「なっ、何で知ってるの?」
 父を驚愕の眼差しで見つめる。好きな女子がいることは心に秘めている。誰
にも話したことはない。
「それは分かるさ。僕にも小学生のときはあったのだから」
 そう答えた父は、隣の女性に目を向けた。
「母さん……?」
 分からなくて、母親へと視線を移す。
 母も父も、にこにこするだけで、それ以上は何も教えてくれなかった。

 次の日の学校では、まあまあよい気分を味わえた。
「あの……お見舞いのお手紙ありがとう、相羽君」
 二日ぶりに登校した石川が、そう言ってきたから。
「別にお礼なんか。俺の方こそ、あのときは、あんな風な言い方しかできなく
て、その……ごめん」
 幸い、周りには誰もいないので、どうにかこうにか謝ることができる。
「もういい。あのお手紙で充分、分かったから」
 そりゃよかった。胸の内で大いなる安心感を得た相羽は、しかし感情を面に
出すことなく、軽くかぶりを振るだけである。
「それでさ、楽しいクリスマス会にしようね」
 クリスマス会の準備中だ。だから今日も教室で二人きりなのだ。
「努力するよ」
 格好つけるのは性分なんだから、仕方がない。
「相羽君のお母さんて、物凄くきれいよね。モデルをやってたんでしょう?」
「……ああ。それが?」
 今でもたまにやるけれど、とは答えたくなかった。
「相羽君がモデルやってるのも、その影響で?」
「そう。悪影響で」
「悪影響?」
「俺はやりたくなかったの。それを母親と姉貴の作戦に引っかかって、このざ
まだよ。ちくしょー」
 石川は相羽の悔しがる態度に興味を引かれたらしく、ペンを持つ手を止め、
改めて聞いてきた。
「どんなことがあったの? 教えて」
「……」
 相羽がじろりと見返すと、退散するように首をすくめた石川。
「あ、相羽君が話したくなかったら、別にいい……」
「いや、話してもいい。大したことじゃない」
 女って、こんなことで恐がるのかと感心しつつ、相羽は説明を適当に始めた。
「何年生のときだったか忘れちまったけど、元々は、姉貴がモデルをやるはず
の仕事があったんだ。それが、撮影日の朝、急に熱を出したとか言いやがって
さ。眠たい目をこすりながら、慌てふためいてる母さんや父さんの様子をぼー
っと眺めてると、母さんがいきなり俺の手を引いて言うの。正確な台詞は覚え
てない。ただ、姉貴の代わりに俺に出てくれって意味だった」
「男の子でも務まるの?」
 石川のびっくりしたような甲高い声に、相羽は耳を押さえた。同時に、忌々
しさをたっぷり乗せてうなずく。そしてやけっぱち口調で言った。
「幸か不幸か、俺は女の格好をしてもかわいかった」
「じゃ、じゃあ、本当に代役をやったんだ?」
 椅子から転げ落ちそうなほど、お腹を抱えて笑う石川。これだから女は……。
相羽は思わないでもなかったが、昨日両親から言われた話が頭にあって、辛抱
することができた。
「それからだよ。姉貴だけでなく、俺にも仕事の注文が来るようになったのは。
今考えると、あれは母さんと姉貴の謀略じゃなかったのかな。それ以前にも、
俺にモデルをやらないかって話はあったんだけど、きっぱり断ってたからな」
「謀略っていうのは、考え過ぎよ」
「何で石川さんに分かるんだよ」
「そ、それは口では説明できないけれども。でも、そのときはお姉さんもお母
さんも大変だったと思うの」
「……ふん」
「それにさあ、今も相羽君、モデルをやってるってことは、結構楽しいからな
んでしょ」
 追い詰めるのが好きな人種なのか、女ってのは。相羽はこれ見よがしに嘆息
した。事実であるだけに、否定もしにくい。せいぜい、突っ張って答える。
「母さんと一緒の仕事場にいれるからな。嬉しいことは嬉しいさ」
 嫌々ながらやってるんだぜというポーズだが、果たしてうまくいっただろう
か。不安も多少あるので、さっさと話題を引き戻しにかかる。
「石川さん、何で母さんのモデルの話なんか始めたんだよ?」
「あっ、それは、クリスマス会に来てもらえたらいいなあって思ったから。き
っと盛り上がるんじゃないかしら」
「何?」
 思わず、椅子を蹴って立ち上がった。石川が不思議そうな目で見上げてくる。
「わけ分かんないぜ。クリスマス会に親を呼ぶとは……いいや、そもそもどう
してモデルを呼ぶ? 意味がない」
「え、だって……相羽君のお母さん、あの風谷美羽だよね? モデルの他に女
優やって、歌も唄ってた。クリスマスソングを唄ってるの、見たことあるわ」
「……よくご存知で」
 相羽は叫び出したい衝動を抑え、鼻息を鎮めながらすとんと腰を落とした。

――『おたまじゃくしのクリスマス』おわり




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