#4979/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/12/24 10:57 (200)
おたまじゃくしのクリスマス 1 寺嶋公香
★内容
ツリーが街のあちこちに立っている。繁華街に通じる道のせいもあるだろう
けど、これだけたくさんあると有難味が薄れる。電飾は確かにきれいに輝いて
いるが、見方を変えれば電気の過剰消費で派手なだけとも言える。
「相羽君。好きです。私と付き合ってください」
ツリーの下に立ち止まり、改まって話があるとは何ごとだろうと思っていた
ら、告白をされてしまった。
「悪い。他を当たってくれ」
「そんな」
素っ気ない返答に、クラスメートの女の子は表情を歪めた。くしゃくしゃっ
と音が聞こえてきそう。よほど自信があったに違いない。
続いて、本当に音が聞こえてきた。泣き出す寸前といった様子で、えづいて
いる。
「どうしてもだめなの?」
「ああ。付き合うなんて、面倒臭いだけ」
「ひ、ひどいわ。そ、そんな冷たいこと言う人だなんて思わなかったのに」
いきなり勝手な感想を述べると、女の子は伏せた顔を両手で覆い、声を上げ
て泣き出した。クリスマス商戦の掛け声や人いきれで周囲一帯はにぎやかであ
るものの、その喧騒に負けないくらいの泣き声だ。
「何で泣くかな」
俺に責任があるか? 思わず問い返そうとしたが、すんでのところでやめた。
相手の女の子がまともに話を聞ける状態でないと見て取ったからだ。
だいたい、今こうして二人きりで街に出て来ているのだって、デートでも何
でもない。クラスのレクリエーション委員を務める二人で、クリスマス会用の
買い物をしに来ただけだ。
「いっつも格好よくて、私達にアピールしてるくせに」
「おい、あのなあ」
「無愛想だけど、たまに優しくしてくれて、気を持たせておいて……。あれは
ふりだけで、私達をだましてたの?」
ここまで聞いて、相羽は付き合いきれんと、きびすを返した。気持ちを表面
に出すべく、荒々しい動作で。
三秒後にはクラスメートの声が聞こえてきた。いわれのない罵詈雑言を背中
で聞き流した。
(ほんと、面倒臭いよな)
心の中のつぶやきを歓迎したのか、それとも嘲笑うためか、雪が落ちてきた。
積もりそうにない雪だ。
相羽、小学五年生の冬だった。
昔……と言っても去年だが、彼女というものを作ってみたことがある。すぐ
に別れた。彼女を「作る」――この発想がよくなかったのかもしれない。それ
に、あまりにも女子が騒ぐので、一人と付き合い始めればみんな大人しくなる
かなと思って始めたこともまずかったのだろう。
それにしても……と相羽は思う。どうしてあそこまで身勝手なんだろう。一
緒のクラスで話したりふざけたりする分には、まだかわいいわがままですんで
いたのが、付き合い始めた途端、身勝手極まりなくなる。少しでもイメージか
ら外れた行動を取ると「そんな人とは思わなかった」と文句言うし、どうして
も外せない用事があって彼女の誘いを断ると「優しくない」とすねるし、他の
女子とちょっと話しただけで「何話してたの?」と問い詰めてくる。
面倒になったので、当分、誰とも付き合わないと決心したのだ。
(それに)
教室へ向かう廊下の途中で、相羽は右の拳を軽く握った。
(俺には心に決めた人がいる)
脳裏にその女性の顔を思い描き、軽く目を瞑った。それだけで幸せな気分に
なって、口元が緩む。昨日のつまらない出来事を簡単に忘れられる。
(変に浮気心を覗かせたのが、失敗の素だったんだな。これからは脇目を振ら
ないようにしなくちゃ)
決意を固めて、目を開ける。幸せが増幅された。
しかし、幸せな気分は短く切り上げられた。
「ちょっと、相羽君!」
「ん?」
振り向くと、教室の戸口の前にはクラスメートの女子が四人、立っていた。
腕組みしている者もいる。
「何か用?」
「何か用じゃないわよ。昨日のこと、どう思ってるのよ」
四人の内のリーダー格が、ショートヘアをいからせて詰め寄ってくる。
相羽はすぐに察したが、どういう態度をとるべきか、少し考えてみた。その
間が、とぼけようとしていると女子には受け取られたらしい。ほぼタイムレス
に、複数の声が矢になって飛んでくる。
子犬の縄張り争いを想起させるけたたましさで、相羽の耳には、きゃんきゃ
ん言ってるとしか聞こえなかった。
それよりも今日は寒い。廊下は外とほとんど変わらない。とにかく教室の中
に入りたくて、女子四名の前を通過して、戸を開けた。
「聞いてんのっ?」
当然、非難の声が着いて来た。見事にハーモニーを奏でている。
(聞いてるよ。ばらばらに文句を言うなってんだ)
窓際の自分の席に座ると、暖かさに人心地つけた。もっとも、事態は全く前
進していないが。どちらかと言えば、後退しているのだろう。
机の周りを取り囲んだ女子達は、またも口々にてんでばらばらな主張を始め
た。いや、主旨はある一方向を示しているのだが、中身にまとまりがない。
「自分がちょっと人気あるからって、いい気になってるんじゃないの?」
「女子をばかにしてんじゃないわよ。みんながあなたの味方だと思ったら、大
間違いだからね」
「石川(いしかわ)さんに謝りなさいよ」
「何笑ってるのよ。こっちが真剣に怒ってるっていうのに」
どうでもいい話ばかりだ。こっちは何も言っていないし、笑ってもいないの
に、理不尽に非難されている気がする。
唯一、答える義務があるかもしれないと思った言葉に、相羽は反応した。
「石川さんから聞いたのか?」
昨日、告白してきた女の子の名前。同じクラスだが、今朝は姿がまだ見えな
いようだ。
「そうよ。泣いてたわ」
リーダー格の子が応じた。相羽は窓口を一本化しようと、他の三人が続けて
喋らない内に、言葉を継ぐ。
「どういう風に言ってたんだ?」
「あなたがあの子をふったことを言ってたわよっ」
「あのさ、質問をよく聞けよ。石川さんがどういう風に言ったのか、教えてく
れと言ってるんだ」
相羽が指差すと、相手の女子は一瞬押し黙り、他の三人と顔を見合わせてか
ら、うなずいた。
「これまで一緒に遊んでくれてたのに、告白したらふられたって」
「それから?」
ため息混じりに先を促す。
「いかにも私に気があるようなことしておきながら、ひどいって。それに」
「待て。どこがどうなって、気があるって受け取ったんだ? 俺はそんなこと
した覚えがない」
「それは……昨日聞いたんじゃないけれど、前に言ってたわ。日番のとき、ノ
ートの山を運んでいたら全然関係ないのに手伝ってくれたとか、給食のおかず、
多めに入れてくれたり、算数教えてくれたり」
相羽は顔をしかめ、こめかみを押さえていた。
「みんなにやってるぜ」
「そんなことは」
「ないことないだろ。君にもしたことある。君も、君も、君も」
机に手を置いたまま、順繰りに指差していく相羽。四人の女子は思い当たる
節があって、しばし沈黙した。
「分かったろ。石川さんの勘違いだ。みんながみんな、気があると思っちゃい
ないはず」
「そんなことないわよ!」
収束に向かおうとしていたところを、強く否定されて、相羽は口をあんぐり
させてしまった。
「す、少なくとも、わ、私は、相羽君が特別な目で私のこと見てるのかと思っ
てた」
「……本気かよ」
「昔のことよ! 勘違いしないでよ」
一人が打ち明けると、他の三人も我先にと続いた。皆、同じように、相羽に
好かれているのだと思った時期があったらしい。しかも、今でも少なからず引
きずっている様子があった。
「結局はねぇ、あなたが紛らわしいのよ」
「どういう意味」
敢えて問い返した相羽。答は聞かなくても分かっている。しかし、ここは悪
役に徹した方がよさそうだ。これ以上、女子達のプライドを傷付けても百害あ
って一利なし。
四人の女子達は朝の休み時間をいっぱいまで使って、相羽の分け隔てなく接
する行為を咎め、散々甲高い声を上げて怒ってから、やっとすっきりした顔付
きになって席に戻って行った。
「もてるのも災難だな」
冬木(ふゆき)――一つ前の席に座る男子が、正面を向いたままぼそっと言
った。
「慣れてる」
相羽そう応じてから、教室の後方へ首を巡らせた。とある席には、まだ人影
はない。
(石川さん、休みかよ……しょうがねえなあ)
やがて教室に来た先生の説明では、石川は風邪とのことだった。
下校する段階になって、相羽は一緒に帰ろうという誘いをみんな断った。そ
して誰にもつきまとわれぬよう、ダッシュで校門を抜ける。
学校から充分離れた地点でスピードを落とし、方向を確認する。やや遠回り
になってしまったと気が付いたが、仕方ない。先ほどとは対照的に、ゆったり
した足取りで進み始める。
(こういうことするから紛らわしいと言われるんだろうな。分かってるさ)
頭をかくふりをして、腕で顔を隠すようにしながら、相羽は徐々に近付きつ
つあった。
どこに? 無論、クラスメートの石川の家に。
(願わくば、女子どもが見舞いに来ていないことを祈る)
最後の角を曲がる直前、心中で唱えた相羽。だが、角を折れた瞬間、その望
みはあっさり拒否されたんだと分かった。石川の家の前には、自転車が三台停
まっている。どれもピンクがかった色合いに、かわいいデザイン。女子の物に
間違いない。加えて、徒歩で来た者もいるかもしれない。
(……くそっ。何て素早いんだよ。俺は家にも帰らず、こうして遠回りしてま
で来てやったというのに。それに、何て友達思いなんだ、まったく。宿題しろ、
宿題。冬休み前の割に、たくさん出ただろ。全部すませてから見舞えって)
実際は、女子達は石川の家で揃って宿題に取り掛かっていたのだが、相羽に
は知る由もない。
それはさておき、一くさり悪態をついて気分が晴れたところで、さてどうす
るかと思案に入る。と言っても、いつまでもここに突っ立っていたら、見咎め
られる危険性(そう、危険なのだ)がある。早く結論を下さねば。
今思い付いた選択肢は三つある。
一.覚悟を決めて入って行く
二.見舞いをやめて帰る
三.女子達が帰るのを待つ
どれも素晴らしくないアイディアだ。できることなら、三つとも選びたくな
い。第四の選択が必要だ。
相羽は佇んだまま、家の門や壁を見つめながら考え続けた。はしゃぎ声が、
家の中から時折流れてくる。あれだけ元気なら見舞わなくてもいいか。そんな
考えがよぎった。
が、次の瞬間、閃きがやって来た。
(何だ、こんな簡単な手があるじゃないか)
相羽はランドセルを下ろし、中から筆入れとノート、それにプラスチックの
下敷きを取り出した。その場にしゃがむと、ノートの未使用ページを一枚破り、
太股の上の下敷きに重ね、鉛筆を走らせた。
相羽が家に戻ると、先に姉が帰宅していた。姉と言っても、同じ学年だ。
「聞いたわよ。また女の子泣かしたって?」
靴を脱ぐなり問い質された相羽は唇を突き出し、憮然とした。途端に、頭を
はたかれる。
「そんな顔しないの。しわができるじゃない。モデルは常にスマイル、これよ」
「……段々、母さんに似てきたな。小言の口調まで」
「当たり前でしょ、親子なんだから。それより、泣かしたいきさつは?」
ランドセルを置き、キッチンでうがいをする。説明が面倒だったが、姉がい
つまでもそばに立っているので、手を洗いながら答えることにした。
「いつものやつだよ。断ったら、泣かれた。それだけさ」
「……よくもてるわね。謝った?」
「何で謝らなきゃいけないんだよっ」
吐き捨て、冷蔵庫と戸棚をそれぞれ覗く。母の用意したおやつを見つけ、取
り出す。クッキーとジュースだ。
「そう言えば母さんは?」
「クリスマスの買い物よ。――それで、謝ったんでしょ。どうせ」
見抜かれている。
――つづく