AWC そばにいるだけで 42−5    寺嶋公香


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#4973/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/11/29  15: 8  (179)
そばにいるだけで 42−5    寺嶋公香
★内容                                         16/10/28 02:47 修正 第3版
 下校しながら聞いてくる前田は、敢えて軽い口調を使ったようだ。頼んでき
た純子の様子から、相談の真剣味を読み取ったのだろう。
 純子の方は、しかしすぐには切り出せなかった。往来では話す気になれない
自分がいた。誰かに聞かれるんじゃないかと、必要以上に周囲に注意を払って
しまう。
「……あのさあ、涼原さん」
「は、はい」
 不意に呼ばれて、何か言わなければと焦るものの、踏ん切りがつかない。
(折角時間割いてもらったのに、これじゃあ、怒らせちゃう)
 ところが、次に前田の口から出た言葉はのんきなものであった。
「私、お腹空いたな。お汁粉でも食べたい」
「え……あ、いいわね。うん。おごるわ」
 店に入れば、まだ話しやすいかもしれない。できれば、うんと騒がしい店が
いい。隣の席の会話が聞こえないくらい混雑している店。
 二人は通学路を少し外れ、学校から離れたところにある甘味処に入った。ち
ょうど混雑を迎える時間帯で、店内は学校帰りの高校生や務めを終えた会社員
によってにぎわっている。九割以上が女性客だ。
 前田は言った通りお汁粉を、純子はあんみつを頼んだ。端っこの席が空いて
いた。好都合だった。お膳立てしてやるから、うまく話せよと偶然が囁いてく
るかのよう。
「気のせいかな? 前に来たときより、甘みが抑えられてる」
 一口食べ、前田がごちる。純子はすかさず聞いた。
「立島君と?」
「ん?」
 匙をくわえたまま、目で問い返す前田。
「前に来たときって、立島君と一緒だったのかなと思って」
「だーめだめ。来たことなんかないわ、いっぺんも。立島君は甘い物があんま
り好きじゃないの。特にあんこのような極甘系は。それ以上に、こういう女子
の多いところが苦手。息が詰まるって」
「そ、そうなんだ。……あのー、今日、立島君と約束があったんじゃない?」
「ううん。私達も向こうのクラスも準備してるでしょ。時間合わせにくいと思
って、この時期、特に予定組んでないのよ。気にする必要なし、よ」
「そう。よかった」
 ほっとする純子に、前田が促してきた。ぴんと伸びた人差し指が純子のあん
みつを示す。
「ほらあ、全然口着けてない。話す前に食べるのか、食べる前に話すのか、そ
ろそろ決めてくれないかしら」
「……分かった。話す。食べながらでいいから聞いて」
「ええ。どうぞ」
 うなずきつつも、匙を置いた前田。お冷やを口に含んでから、手を組んで両
肘を突いた。
「あ、あのね! 私、この間――告白されたの」
「うん。よかったじゃない……と言っていいのかしら。それで?」
「それが、その、あい――相手は男子で」
 喉まで出かかっていたのに、寸前で、名前を口にするのをためらってしまっ
た。膝小僧に視線を落とす純子。相羽だと言ったあと、どんな反応をされるの
か、まるで予想できない。
「男子って、当たり前でしょうが」
 呆れ顔の前田は半眼になって、純子をじとーっと眺めやった。
 その視線を感じて面を恐る恐る起こす純子。名前はまだ言えそうにない。
「相手の男子、A君としておくね。A君とは前から友達で、いい人なんだけれ
ど、私、断ったの」
「ふうん」
「……」
 理由を問われるのではないかと身構えていた純子だが、前田の口からそんな
疑問は発せられなかった。気抜けすると同時に安堵もする。
「そ、それで、今、ちょっと話ができない状態になっていて、A君がどう思っ
てるのか気になって」
「うーん、要するに、友達からの告白を断ったら、会話がなくなって、気まず
い雰囲気になってしまったというわけね?」
「……ううん、少し違う……」
 正しく言えば、相羽に告白されて以来、彼と話す機会がないのだ。
 旅に出ている理由もちょっぴり気になる。まさかとは思うが、ふったことが
原因なんて……?
「前田さん。男の子って、ふられたら傷心旅行するものかな」
「はあ? 傷心旅行?」
 おうむ返ししたあと、物言いたげに口を動かす前田。が、結局何も言わず、
言葉を飲み込む仕種が窺えた。ただ、つぶやきながらうなずいた。
「なるほどね」
「な、何が」
 聞き返したけれど、前田は答えてくれなかった。代わりに、頭を傾けながら
微笑み、
「A君と元通り、話せるようになれたらいいわね」
 とだけ言った。
(もしかしてばれっちゃった? 前田さんだって、相羽君が旅行中なのを知っ
てるもの)
 知られたなら知られたでいい。直接口にするのが嫌だったのだから。それよ
りも、前田の気遣いを感じたような気がして嬉しかった。
「うん。でもね。心配なの。A君、怒ってるかもしれない」
「怒るような人なのかな? ふられたぐらいで」
「……ううん。怒らないと思う。けど、私が長い間、ずーっと、相手の気持ち
に気付かないでいたんだよね。だから、もうおしまいになってしまいそうな気
がして……私が壊してしまったのかもしれない」
「考えすぎよ。相手だってあなたのこと好きなんだから、ふられたからってい
きなり何もかも忘れられるはずないでしょう。恐らく落ち込んだことでしょう
けど、絶対、向こうも元の友達関係まで壊したいとは思ってない。それだけは
私が保証してあげるわ」
「……そうだよね」
 こくりと噛みしめるようにうなずきながら返事した。信じる。
 純子から若干でもポジティブな言葉を引き出せて安心したか、前田はお汁粉
に再び手を着ける。口に運んだ際、眉間にしわが寄ったのは、冷めてしまって
いたからに違いない。
「とにかく、そのA君と次に会ったら笑顔で話す。深刻ぶったら、いつまで経
っても変な雰囲気のままだと思うな」
「うん。分かった。前田さん、その、ありがとう」
「大げさね。でも、役に立てたんだとしたら嬉しいな。何たって、あなたには
昔お世話になってるからなあ。あれがなければ、今頃、私と彼の仲はどうなっ
ていたことやら」
 軽妙な言い回しに、当人も純子も表情に笑みが広がっていく。
 純子も冗談で返した。
「うん、役に立った。アドバイス、ありがとうございました。経験豊富な人の
お言葉は重みが違うわ」
「ひどいなあ。それだと私と立島君、危機を迎えてばかりみたいじゃない」
 怒ったふりして、白玉に匙を突き刺す前田。
 それから一拍置いて、独り言のように言った。
「ああー、だめだわ。聞かないでおこうと思ったんだけど、やっぱり気になる。
ねえ、涼原さん。答えなくていいから、言わせてね」
「う、うん」
 あんみつの器を手にしたまま、緊張する純子。前田の方は、今度は汁粉の小
豆をまるで数える風に選り分ける動作をしていた。
「そんなに大切なA君をどうしてふるのかなあ。分かんない。もしかして、今
の自分には早すぎるとか考えて断ったのなら、そのことを相手に告げておく方
がいいと思う。――以上」
「……そんなんじゃ、ないの」
 答えて、笑ってみた。少し寂しげな笑顔になってしまったかなと意識した。
「ここのあんみつ、おいしいね」

 木曜日。今まで生きてきた中で、恐らく最も待ち遠しかった木曜日。
 太陽が浮かれたかのような晴天の中、複雑に興奮する気持ちを鎮めながら、
純子は通学路を急ぐ。
(会って、何を話そう。やっぱり、最初は謝りたいんだけど……みんながいた
らそんなことできないし。それに、何て声を掛ければいいのか分からない)
 心中でシミュレーションをあれこれやってみる純子だが、学校に近付くにつ
れ、次第に気が重くなるのを意識した。
(会いたくなくなってきちゃった……相羽君、怒ってない?)
 足取りも重くなり、視線も自然と下がっていく。
 と、急に目の前に影が。
 何だろうと、ゆっくりと顔を起こす純子。
「おはよう」
 相羽が正面、五十センチ強ほど先に立っていた。優しく見守るような目をし
て、頬を緩めている。
 純子の背筋が真っ直ぐに伸びた。学生鞄を胸と両腕で挟む風に抱え持ち、口
は真一文字に閉ざす。それでいて、何故かえくぼができたかもしれない。
(こ、心の準備が)
 緊張と驚きからか、顔の筋肉がひきつってしまう。
 横目で周囲をできる限り見渡し、気が付いた。今いるここは、純子の家から
の通学路と、相羽の家からの通学路のちょうど合流点なのだ。だから、ばった
り出くわしても不思議じゃない。
 足取りが重くなったのはこの場所に近付くのを感じ取っていたからかな、と
思った。
「久しぶりだね」
 何も言えないでいると、相羽が再び口を開いた。
 純子は首を縦に振って、態度だけで返事する。鞄に付けたマスコットキーホ
ルダーが鈴の音を響かせた。
「――使ってくれてるんだ、それ?」
 純子の頭を小さく指し示した相羽。その表情が一段とほころぶ。
 純子は片手を鞄から外し、頭に持って行く。思い出した。髪留め。
「あ、う、うん」
「よかった。思った通り、似合ってる」
「そ、そう? ありがと。大事に使わせてもらってる」
 やっと会話が成立したものの、純子は相羽からもらった髪留めを着けてきた
ことに動揺を覚えた。
(私ったら……無意識の内に?)
 会いたい思いが積み重なり、自然と表に出ていたのかもしれない。
「行こう。遅れないように」
 相羽が言った。すぐ隣の道を時折、同じように通学途上の生徒が通り抜けて
いく。
 彼の顔を見つめた。
(相羽君、いつもと変わってない?)
 物腰や仕種、そして表情。どれも前と同じ。純子が知っている相羽とまった
く変わりない。
(そうよね。今はもう元の友達同士に戻ったんだもの。あれから、えっと、五
日か六日も経ったんだ。相羽君は強いから、それだけ時間があれば充分よね。
復活!とか言ってたりして。あはは)
 笑おうとしてみて、どうやらうまく行かなかった。
「純子ちゃん? 行くよ」
 手を差し伸べてくる相羽に軽く首を振って、自らも歩き出す。
(気にしてないんだよね。私のこと、何とも思ってないよね。怒ってないよね。
友達のままでいてくれる、それだけで嬉しい)
「おはよう、相羽君っ」
 元気を出して言ってみた。
 相羽が目を丸くし、そして微笑する。
「驚いた。今頃になって挨拶を返してもらえるなんて」
「私、忘れないんだから」
 笑顔も作れた。どんなお芝居や撮影よりも、ずっと難しい演技。うまく行っ
たかどうかは、たった一人の観客にしか分からない。


――つづく





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