AWC そばにいるだけで 40−3    寺嶋公香


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#4936/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 9/29  10:19  (200)
そばにいるだけで 40−3    寺嶋公香
★内容                                         02/06/28 01:25 修正 第2版
「……そこまで思い詰めているんなら、相羽君に直接聞いて確かめないといけ
ないよ」
 純子は思わず促していた。
 しかし、富井達は首を水平方向に振る。
「いいよ、もう。ランクを下げるわけないし、仮に下げたって、ちょっとぐら
いじゃさあ、悲しいことにとても追い付かないんだよねえ」
 あきらめの台詞に、純子は「頑張ろうよ」と言いかけた。でも、言えなかっ
た。どんなに気持ちを込めたって、他人事のような響きになってしまう。それ
が恐かった。
(郁江や久仁香が、こんなこと言うのは、きっと充分考えた結果なんだと思う。
それを無責任に否定して、『頑張ろう』なんて言えない)
 言葉が見つからず、純子は奥歯を噛みしめた。
 と、不意に二人が顔を向けてきた。うってかわって、にんまり笑っている。
 戸惑いから瞬きを激しくする純子。
「な、何?」
「別の高校行くようになっても、ずっと友達だからね。忘れちゃだめだぞ」
 井口が純子の肩をぽんぽん叩く。即答で返した純子。
「そんなこと、言われるまでもないわよ。私、絶対に忘れないから、久仁香も
郁江も忘れないで。……と、それ以前に、私は緑星に受かるかどうか際どいラ
インなんだけれどね」
「ああー、相羽君は無理みたいだから、せめて純ちゃんだけでも一緒の高校に
引きずり込んじゃおうか? ねえねえ、久仁ちゃん、いいと思わない?」
 富井の提案に、井口も乗る素振りを見せた。
「そうよねえ。あとは芙美も入れれば、現在の状況をほぼ維持できると」
「相羽君が一人になったら、相羽君の情報が入らなくなるわよ」
 芝居気たっぷりに吐息し、純子は意地悪な調子で言ってやった。
「私達が知らないところで、相羽君、モテモテになったりして。白沼さんだっ
て同じ学校になる可能性高いみたいだしね」
「……それも困るぅ」
「うーん、じゃあ、相羽君に悪い虫がつかないよう、純子に監視役になっても
らおうっと。それしかない、決定!」
 叫んだあと、井口が純子の腕を取る。
「頑張って緑星に合格してね」

「じゃ、何かない?」
 二学期のクラス委員長を務める近藤が、教卓に手をついて言った。
 体育祭に関しては、三年生は色々な役目があって、特に生徒会などは大変だ。
進行すべてを任される。その代わりに様々な企画を提案できるのがメリットと
言えなくもない。一方、文化祭では公的な役目から解放されながら、やはり忙
しさは増す。と言うのも、クラス単位で催し物を行うことになっているためだ。
 文化祭の準備に取り掛かるのは体育祭が終わってからだが、出し物の立案は
もっと早い時機、つまるところ九月の半ば過ぎに始まる。
 純子達の五組では、先生が席を外しているせいもあって、最初は突拍子もな
いアイディアばかりが見本市みたいに並んだが、意見を出し合う内に、四つの
案が有力となっていった。
 女子が支持しているのが喫茶店と、異性との相性診断。
 男子の方はお化け屋敷と、射的を始めとするゲームを推す。
「どれにしたって、他のクラスと被る可能性が高そうだなあ」
「そうかもね。ありがちになるのは仕方ないけど」
 そんな声が当然のように上がる。
 と、白沼がタイミングを見計らっていたかのごとく、すっと手を挙げた。近
藤に指名されてから、静かな調子で述べ始める。
「他と重なってしまったときのために、特色を用意しておけばいいんじゃない
かしら」
「そりゃあもっともだけど。たとえば?」
 副委員長の前田が聞き返すと、白沼は髪をかき上げ、何故か純子の方をちら
りと見た。
 気付いた純子は何ごとかと、しばらくの間、瞬きの頻度を多くする。
(いやな予感……)
 果たして、その予感は当たっていた。
「うちのクラスにはタレントがいるじゃない。その人気を利用しない手はない
と思うわけ」
 クラスメイトの視線が純子に一気に集まる。
 当人は肩を小さくして、次に苦笑い。隣の席の相羽と目が合って、また苦笑
する。それからようやく、焦りを感じ出した。
「白沼さん、もしかして本気で言ってる?」
「当然、本気。口紅のポスターってシリーズなのね? 今も新しい構図のが出
ているから、人気、知名度とも文句なしに高いわ。うってつけ」
「……要するに客寄せ? 大した効果なんかないわよ、どうせ」
 やや憮然とした物言いになり、腰を浮かし掛ける純子へ、白沼は含み笑いを
しつつ返した。
「単なる客寄せだなんて、そんな失礼なことはさせないから安心してちょうだ
い。ただ、お客さんにサインをしてあげればと思うんだけど、どうかしら」
 純子は黙って首を振った。ほしがる人がいるのかどうか極めて怪しい。
(久住淳ならまだしも……って、私ったら、何ばかなこと考えてるんだろ)
 こめかみをかく動作に紛らわせ、自ら頭をこつんとやる。
「それで不足なら、あなたをモデルにしての撮影会というのもいいかも」
「真面目にやろうよー、白沼さん」
 やっぱりからかわれてるんだわと、純子は席に収まりながら嘆息した。
 そのとき突然、苦虫を噛み潰したとはこのことか、見かねた様子で唐沢が挙
手をした。指名を受けるより早く、白沼に向かって口を開く。
「忘れてるようなら教えてあげよーか。文化祭に来るのは小学生の子供が多い
んだ。サインはまだしも、撮影会なんてふざけ過ぎだぜ、白沼さん」
 白沼はまだ矛を収めなかった。
「今年の我がクラスが客層を一新するつもりで宣伝をすれば? 他の中学校の
生徒に教えてあげたら、結構足を運んでくれるんじゃないかしらね」
 白沼の楽しげな顔付きを見ていると、ますます疑ってしまう。
(ひょっとして、私を持ち上げるだけ持ち上げて、当日、全然効果がなかった
ことで笑いものにしようっていう……。白沼さんて、どこまで本心なのか分か
りにくいところあるんだもの)
 口ごもっていた、と言うよりも呆れて二の句を継げなかった純子へ、白沼は
また“妥協”してきた。
「だめ? それなら、かわいらしい服を着て、ウェイトレスなんていんじゃな
いかしら? スタイルいいから男どもの視線を釘付けにできるわよ。ふふふ」
「そ、そんなに言うなら、白沼さんがやればいいわ」
 少しぐらい反撃してもいいだろう。
「白沼さんの方がよっぽどいいプロポーションしている」
「あらあら、ご謙遜を」
 答える白沼の口調には余裕が残っていたが、顔の前で手を振る仕種は多少の
焦りが覗いていた。純子からの思わぬ逆襲に戸惑ったと見える。
「私なんか、とても。勝ってるとしたらせいぜい、胸、ぐらいかしら」
「む、胸だけでも充分よ」
 そこまで言ってはっと気付いた。先生こそいないものの、みんなが揃う教室
内で、二人で何てことを言い合いしているのだろう、と。
 顔が熱くなるのを感じ、早く終わらせようと願う一心から、つい口走ってし
まった。
「ウェイトレス、あなたもやるんだったら、私だってやるわ」
 クラス全体がざわついた。

 体育祭の進行は二年生がメインだが、練習となると三年生も当然しなければ
ならない。
「えらくご機嫌だわね。何かあったの、いいことでも」
 学年合同の体育の休憩時間、地面にへたり込んでいる町田が呼吸を整えなが
ら純子に聞いた。
 純子は疲れを微塵も見せず、立ったまま、両手でガッツポーズ。
「うんっ。念願かなって、百メートル走に出られる!」
「そりゃ……おめでとさん」
 呆れたように応じ、膝の間に顔を沈める町田であった。
「ねえねえ、純ちゃんがてっぺんになったの、何で?」
 富井が言い出したのは、組み体操のこと。三年生女子全員でやる演技目であ
るこれは、最後に大きな塔を三つこしらえるのが見せ場で、その内の一つの頂
上を純子が務めるのだ。
「普通、一番上は体重が軽くて小さい子がやるもんでしょう? 純子の場合、
体重はともかく、身長は結構あるからちょっと意外な感じよね」
 富井に続き、井口も疑問を口にする。
「もしかして、志願したとか」
「まさか。代わったの」
 微笑すると、純子もようやく地面に腰を下ろした。膝を抱き寄せながら、さ
らに説明を加える。
「最初、遠野さんが一番上の役に決まったの。でも遠野さん、眼鏡を掛けてる
でしょう? 運動会を見ている分には、掛けていても問題ないけれど、組み体
操ではもしも眼鏡を落としたら危ないから……」
「かと言って、裸眼だと足元がおぼつかないってわけね。納得」
 うなずく町田。すでに息の乱れは解消されていた。
「しっかし、何でその代わりがあんたなのさ」
「え? 遠野さんに頼まれたからよ」
「それじゃあまあ、仕方ないか。にしても、万が一怪我でもしたら、モデルの
お仕事、パーになりかねないんじゃ?」
「大丈夫。失敗なんてしないから。それに休業に入るんだって、何度も言って
るんですけど」
 つんと澄ましてみせた純子。無論冗談のつもりだったのだが、町田は逆手に
とってきた。
「いやいや。身体が資本なんだから」
 と言いつつ、純子の太股を撫でる。その微妙に加減された弱々しい触り方に、
鳥肌が立った。
 声にならない悲鳴を上げて、その場を飛び退くと、背中に何かが当たった。
座った姿勢のまま振り返ると、そこには膝小僧。すぐに見上げる。
「唐沢君」
「何だか楽しそうで」
 唐沢もその場にしゃがみ込んだ。
「あら、唐沢君の方こそ、実ににぎやかだったようですけど」
 町田が含みのある言い方で指摘すると、唐沢はあっさり肯定の身振り。大き
くうなずき、自慢げに胸を張る。
「いやあ、みんなに迷惑なのは分かってるんだが、何せ、女の子達が騒ぐもの
でねえ。リハーサルの段階でこれだから、本番ではどうなることやら。嬉しい
悲鳴ってやつかな」
 飄々としていた顔付きをにへらっと崩して笑って、膝上に組んだ腕に顎を乗
せる唐沢。
「勝手に悲鳴でも何でも上げてれば? だいたい嬉しいんなら、こっちに来な
くたっていいでしょうが」
「たまには静かなところへ避難したくなるものなんですよ、町田さん」
「つまり、うちらはあんたの見せかけにだまされないグループってことね」
「ふむ。当たらずとも遠からずか。だまされてくれないもんかねえ」
 言って、ほんの短い間、純子を見やった唐沢だった。
 それに気付いたわけではないけれど、唐沢に話し掛ける純子。
「実際、態度が微妙に違うよね、唐沢君。付き合ってる女子達と話すときは、
もっと気取ってることが多いような」
「そうかな?」
 唐沢は顔を上げ、小さく首を捻る。好対照に、純子の方は大きく首肯した。
「もちろん、楽しい喋り方は変わらないけれど、私達と一緒にいると力抜けて
ると言うか、わざと口ぶりを悪くしてると言うか……」
「それはあるね。だって、この人がいるところで」
 町田をそっと指差す唐沢。いくら「そっと」したところで、丸分かりではあ
るのだが。
「格好つけてもしょうがない。がさつい――」
 直後、唐沢は後頭部を小突かれて、上半身を海老のように前のめりにさせら
れた。それも継続的に。
「い、いてて!」
「そのまま前屈運動してもらおうかしら」
 背中を押さえつける町田に、唐沢はギブアップの意志表示。解放されて一息
ついたところに、井口が聞いてきた。
「相羽君、どこにいるか知らない?」
「あん? ああ、あいつなら坂祝と話し合い、と言えばいいのかね」
「坂祝君と?」
 井口と富井が声を高くした。体育座りを解き、上体を起こしている。
「ひょっとして……試合のことで?」
 純子は穏やかな表現の方を選んだ。喧嘩かもしれない、と思っている。
 唐沢は大げさに肩をすくめると、目を瞑って首を横に。
「心配することないぜ。道端でやろうってんじゃない。つーか、坂祝の対戦要
求に、相羽が三通りの返事を示して……そこでもめてるって感じだな、あれは」
 唐沢の説明によれば、三通りの返事とは、次のようなものらしい。一つ目、
対戦をあきらめる。二つ目、坂祝が柔斗に入って試合が組まれるのを待つ。三
つ目、道場破り。
「道場破りに来たら、相羽君がその相手に出て行くわけ? 変なの」
 町田が至極当然の疑問を提示する。
「うん、それはないだろ。相羽の奴も分かって言ってるんだ。要するに、試合
したいなら柔斗に入門してくれってことさ」
「じゃあ、簡単だね。坂祝君が入ればいいんだから」

――つづく





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