#4916/5495 長編
★タイトル (AZA ) 99/ 8/30 15:50 (195)
そばにいるだけで 39−4 寺嶋公香
★内容 16/10/27 01:57 修正 第2版
「――えっと」
「ああ、タイミングが悪い。私ら受験生なもんで、暇じゃありませんので」
口を開きかけた富井を制し、町田がさも残念そうに言った。
男達は顔を見合わせ、なおも食い下がった。三人順繰りに口説いてくる。
「へえ、君ら中三? きれいに着飾ってるから、見えないねえ」
「今が大変なのはようく分かるけどさ、気晴らしに、ちょっとだけ、どう?
付き合うよ」
「カラオケとかクラブとか、学校で禁止されてるだろ? 俺達が保護者ってこ
とで」
三人はよく焼けた肌や脱色した髪といった道具立てで、個性的な外貌を演出
しており、短い誘い文句だけからでも話もうまいのが窺えた。富井と井口もほ
んの少しは気持ちが揺らいだか、関心を寄せる風にうなずく。
しかし町田はブレーキ役に徹した。
「いやあ、私も本意じゃないんだけど。たった今、気晴らしタイムが終了した
ところなの。続きは、無事に入学できた暁に」
「そんなこと言わずにさ」
三人の内比較的小柄な一人がまだ粘り、純子の肩へ手を伸ばしてきた。
「俺、君みたいな子がタイプなんだけどなあ」
思わず身を引き、ベンチから立った純子。間に入った町田が、目配せを交え
て男に忠告する。
「だめだめ。その子のうち、すっごく厳しいんだから。時間にもうるさいしね。
――あ! こんなことやってる暇ない! もう帰らないと門限に間に合わなく
なるわ」
一際高く叫ぶと、純子を促す町田。富井と井口もわらわらと立ち上がり、そ
れぞれ紙袋を掴む。
「てことで、ども、すみませんね。今日のところは他を当たってください」
「あ……」
三人組のいささか間の抜けた声を背中で聞きながら、純子達は足早に駆け出
した。
しばらく行って、充分離れた位置でようやく速度を落として一息つく。
「芙美ったら、あの状況でよく口が回るわ」
井口が感心したように言った。呆れ口調で応じる町田。
「何言ってるの。あんた達がぼーっと聞いてるから、こりゃいかんと思って、
防壁になってあげたのよ。危ないったらないわ」
「そんな、危なくなんかないよ。ただ聞いてただけ」
富井が頬を膨らませて抗議するが、町田は首を横に振って取り合わない。
「聞くだけ聞いて、はいさようならするの? それとも何? 着いていく気も
あったのかな」
「そりゃあ……全然なかったとは言わないけれど。でもやっぱり勉強あるし、
断ってたと思う」
「なら、最初からその気がないってことを言葉と態度で示さないと。もしも変
な奴だったらまじで危ないでしょうが。――純、聞いてる?」
黙りこくっている純子に、町田の声が鋭く飛んだ。
純子はうつむき加減の顔を起こし、息をつく。
「その、知らない男の人から声かけられたの、初めてだから、びっくりしちゃ
って……」
「あや? 芸能界に身を置く割に、うぶなことを言う」
町田が茶化すと、純子は慌てて首を振った。
「関係ないって、それは。ドラマ撮影のとき、誰も声かけてなんかこなかった
んだよ」
「むー、それもそうか。アイドルが相手してくれるわけないもんねえ」
町田の笑い飛ばすような口調に、純子は沈黙。頭の中で、香村のことがぐる
ぐる巡り始めた。
(返事どうしよう? 次に会うときまでに考えをまとめておかなくちゃ。うう
ーん、あんまり会いたくない。今回ばかりは、香村君の過密スケジュールがあ
りがたいわ。でも、私、香村君の電話番号知ってるのよね。全然かけないのも
不自然かなぁ)
考え出すと、先ほどにも増してどきどきしてくる。結論を出したくなかった。
「そう言えばさー、痴漢にはあったことある?」
町田が変な話題を持ち出したおかげで、純子の沈思黙考はすぐ打ち破られた。
足を踏み入れると床板の軋む音が建物全体に響き渡りそうな、そんな小さな
体育館だった。木陰にあるせいで窓から射し込む光もさほどなく、中は仄暗い。
だが、静かな中にも張り詰めた空気は、これからの武道の試合に似つかわし
いものであった。
「わくわくしてこない?」
静けさにお構いなしに、富井ははしゃぎ気味の声で言った。
「う、うん」
肯定の返事をした純子だが、本当のところ、わくわくとはまたちょっと違う
精神状態だと言えそう。
(何となく息苦しい感覚……あいつ、大丈夫なの?)
純子にとって、初めて見る相羽の試合。想像しようにも空回りするばかりで、
具体的なイメージを描けない。唯一の手掛かりとして、かつて道場へ練習を覗
きに行った記憶を掘り起こしてみるが、あのとき、肝心の相羽の姿はなかった
だけにさして参考にならなかった。
「今日は前とルールが違うらしいぜ」
遅れて入ってきた勝馬と唐沢が報告してくれた。
「ルールが違うって、それ、どういうこと?」
手持ち無沙汰で会場をぐるりと見渡していた町田が振り返って、焦点を合わ
せてきた。
「前は寝技とか投げ技とかだけ……要するに柔道みたいな感じだったろ? 今
日、相羽が出る試合はパンチと蹴りもありだってさ。一ラウンド二分で三回」
「へえ、また一段と過激な」
感心した風に何度も首肯する町田。案外、興味を持っているみたいだ。
純子はとてもそんな気分じゃなかった。
(? パンチって、殴るの? そういう練習、してなかったんじゃあ……)
かつて覗いた練習風景を思い起こし、一段と不安が増してきた。
「さすがにグローブとヘッドギアはするそうだけど」
「それと、顔面狙いはなし」
そうこうする内に、見物の人が集まり始めた。夏休みということもあってか、
小さな子供を含めた家族連れが多く見受けられる。九割以上は選手の家族と見
て間違いないだろう。
「今日は小さな試合なんだろ? その割には、結構集まるんだな」
「バスケ部の試合にもこれぐらい集まると、一層気合い入るのにね」
立島と前田がうなずき合っている。この頃にはすでに静けさは去り、代わっ
てざわめきが館内を支配しつつあった。
人混みと言えば大げさになってしまうが、増えつつある人々の間を縫って、
みんなで対戦表を見に行く。
「言ってた通り、津野島って人と当たるのね」
「今度は勝つかなぁ」
前回の試合のことを聞いたとき、富井や井口は、次は私達が応援に行くから
きっと勝てる、などと太鼓判を押していたが、いざ現場に到着してみると不安
を覚えるものらしい。
始まる前に相羽に会って、激励の言葉を掛けたいところだが、今回、それは
無理。会場の規模が小さく控え室も比例して狭いせいもあるが、何より、本人
が嫌がったから。
「――うわ」
会場の中央を振り返った町田が、顔をしかめた。少し時間を潰している間に、
人が増えていた。
「しくじったわ。油断してたら、いい場所がなくなってしまったみたいよ」
町田の言う通り、見やすい席はすっかり占領されていた。次善、三善の席さ
えもほとんど埋まっており、今や小さな子供達のアスレチック場と化している。
「いいじゃないか。後ろから見ていれば」
「そんなのだめーっ」
立島の言に、富井達が首を振った。
「遠くて、よく見えない!」
「そりゃあさ、立島君は背が高いから、後ろからでも充分見えるんでしょうけ
ど、私達はそうも行かないのよね」
散々言われ、立島は前田と顔を見合わせて苦笑い。前田も女子にしては身長
のある方だ。
「二階に行けば、見通しはよくなるぜ」
唐沢が指差す。体育館の二階はよくある回廊になっており、試合場をぐるり
と囲む風に眺められる。
「遠くなるから、嫌だなぁ」
「それじゃあ……あっちは?」
今度は勝馬と唐沢二人揃って、一方向を腕で示した。体育館の奥に、体操用
の白いマットが折り畳まれ、さらにそれらがいくつか重ねられていた。二メー
トル足らずの小山だ。小さな子達にとって格好の遊び場になりそうな物だが、
そんな気配はまるでない。小高さ故に登ることもままならないと見える。
「……あっちの方がましかなあ」
しばらく思案げにしていた富井と井口は、そんな結論を下した。マットの小
山を目指して歩き出した二人に、町田も続く。こちらは保護者気分か。
「純達も行こうよ」
「え、私は見えるんだけれど」
モデルをやるだけあって、純子もマットに登らずとも視線の高さは確保でき
そうだった。
しかし、町田に加え、唐沢と勝馬にも誘われ、手を引かれる。
「あっちの方がいいと思うぜ。涼原さんは初めてだから知らないだろうけど、
寝技の状態が続くと、凄く見えにくくなる。あそこからならそういう心配がな
い」
「そういうことなら……」
結局、前田と立島も加えて、皆でマットへ移動した。とは言え、全員で登る
のは目立って仕方がない。前田と立島の二人は麓にとどまった。
「あの二人は、別の場所に行きたいんじゃないかね。二人きりになれるような」
町田がマットの縁から顔を覗かせ、立島達を見下ろしながら言った。
「涼原さん、手、出して。引っ張ってやるよ」
先に登った唐沢が手を伸ばしながら言ってきた。すでに富井と井口の二人が
登るのを助けており、慣れた手つきだ。
「ありがとう。でも、いらない」
「何で」
「私、これでも運動神経いいんだから」
言うが早いか、純子はマットの重なりのわずかなずれによるスペースに片足
を掛け、手はマットの耳の出っ張りを探る。ほどなくして、器用に登り切った。
「さっすが」
唐沢と勝馬が拍手のポーズで迎える。その横合いで、町田がふてくされたよ
うに言った。
「私も自力で登ったんですけど」
「それが?」
素っ気なく、唐沢。
「拍手もらえなかったなぁ」
「いやはや、失礼をば。町田さんは登れて当然のイメージがあったもので」
「差別だわ。純だって登れて当然よ。純がスポーツ万能なの、知ってるくせに」
「そりゃあ、外見が女の子らしいからさ」
「じゃ、私はそうじゃないと言うのかい」
漫才を思わせる二人の軽妙なやり取りに、純子は苦笑しながらも止めた。町
田と唐沢の間に入り、まあまあと取りなす。
「こんな高いところに登って喧嘩してると恥ずかしいよ。それに、もうすぐ試
合が始まるみたい」
「さよか」
おどけた調子で応じた町田は、身体の向きを唐沢から会場中央へと換えた。
唐沢も同様に、「一時停戦だな」とつぶやき意識を集中する。
試合は確かに始まったが、相羽の出番まではまだまだ時間があった。
他の面々がリラックスして観戦するのに比べ、純子は独特の雰囲気にまだ馴
染めないでいた。息が詰まりそうな気分になってくる。
いくら子供の試合とは言え、そこは武道。多少なりとも殺伐としているし、
技を掛け合う度に音や声がする。セコンドや一部の観客からも、たまに野太い
声援が選手に送られる。初観戦の純子は、固唾を飲んで成り行きを見守った。
(何だか暑い)
観る側なのに緊張して、じんわり汗を掻いたほど。それでもおよそ一時間が
経過して、徐々に慣れてきた。
「次だな」
試合場で勝負が着いた瞬間、唐沢がつぶやいた。皆まで言わずとも分かる。
いよいよ相羽の出番だ。純子にとってもいいタイミング。力いっぱい、応援で
きるに違いない。
この頃になると、会場内を走り回る小さな子供の姿が目に着き始めた。次第
に飽きてきたのだろう、数人で鬼ごっこでもしているのか、はしゃぎ声が短く
響く。
弛緩しかけた会場の空気を、一人の男の登場が、再度引き締め直した。
一際大きな歓声の中、姿を現した津野島清栄。今や、この競技の期待のホー
プと目されるほどの存在になっていた。
遠目からでも分かる気合い漲る津野島の四肢。表情は落ち着き払っている。
「つ……強そうね」
純子は乾いた唇を噛みしめた。
――つづく