AWC そばにいるだけで 38−4    寺嶋公香


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#4890/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 7/31  10:13  (200)
そばにいるだけで 38−4    寺嶋公香
★内容                                         16/06/13 15:47 修正 第2版
 不思議と愉快になって、純子はウィンクした。今この瞬間だけかもしれない
が、秘密を持つことが楽しく感じられる。
「それならよかった」
 相羽は自分のことみたいにほっと息をついた。
「ついでに、撮影がどうだったのか聞きたいところだけれど」
 台詞の途中で時刻を確かめる相羽。合わせて、周囲にも目を配る。
「今は無理だね」
 その結論に純子もうなずいた。

 みんなで集まって試験勉強しようと純子が提案したのは、今度が初めてかも
しれない。
「実力テストの点数がよかった割に、勉強会しようだなんて言い出すなんて、
変だなと思ったけれど」
 頬杖を突きながら、町田が言った。喉が少し圧迫されているのか、声が変だ。
「確かに授業には遅れ気味みたいね。理科の系統、だいぶさぼってたな」
「さぼりたくてさぼったんじゃないってば」
 口答えする間も惜しくて、書き写しながら同時に暗記も試みる純子。
「言わなくても分かってるよ。応援してるからね」
「うん」
「純も高校行くんでしょ? そろそろ受験勉強に力入れないといけない時期だ
けど、そうなると当然、モデルやタレント活動はストップ?」
「うん」
「無事入学したら、またやるのかな」
「うん」
「……聞いてないな。あとでいいわ」
「うん」
 純子と町田がそんなやり取りをしている横では、富井と井口があからまさに
退屈そうな表情をしていた。当然、ペンの動きもないし、教科書のページを繰
る音もしない。たまに、エアコンからの送風がめくるぐらいだ。
「相羽君、来ないね」
「用事がまだ終わらないのかな」
「ねえー、純ちゃん。何か聞いてない?」
 振り返り、机の上に身を乗り出す風にする富井。
 反応したのは町田。頬杖を解き、教科書を指先で押さえる。
「あんた達はそれしかないのか。勉強しに集まったんでしょうが」
「怒んないでよぉ。分かってるよ。だけど、いるといないとじゃ、能率が大き
く違って来るんだもん」
「能率低下は厳然たる事実だわね。火を見るよりも明らかってやつ。おかげで
私も巻き込まれる」
「そう言えば、試験終わったら最後の部活」
 井口が脈絡に乏しい切り出し方をした。
 調子を外された町田は頭を掻きながら、「それが?」と短く聞き返した。
「前から言ってるけれど、最後は豪勢にやりたいなあ。ね、部長」
「ふむ。それについては大いに賛成」
「豪勢って、フランス料理のフルコースとか?」
 町田は発言者の富井をじろりと見やった。
「フランス料理ってねえ……。フルコースは論外として、一品ぐらいならやっ
てもいいか。私は和食が好きなんだけど」
「和食だったら何を作りたいの、芙美?」
「王道ということで、きんぴらごぼうか肉じゃが。肉じゃがはもうやったから、
きんぴらだね」
「悪いとは言わない。けれど、それって豪勢?」
「うーん、中国産の幻のごぼうとか、アラブ伝来の黄金のごまとか使えば、値
は張るわね。にゃはは」
「……冗談でしょ?」
「もっちろん、当ったり前」
 威勢よくうなずく。結局、町田も勉強から離れてしまっていた。
「ねえねえ、純ちゃんは? ねえ」
 富井に腕を引っ張られ、おかげで字がみみずの行進のようになってしまった。
純子は消しゴムをかけつつ、まともに応じた。
「何の話? 全然聞いてなかった」
「最後のクラブ活動のとき、何を作ろうかっていう話だよ」
「……とりあえず、ケーキかな。一度ぐらい、自信持って完璧って言えるケー
キ、焼きたいと思う」
 閃きで言ったのではなく、熟慮の末の答。
 調理部でケーキを作ったことは過去二年間に二度あったが、一度目は純子は
まだ入部しておらず、二度目のときはできあがった物が少々固く、スポンジケ
ーキと言うよりも、古くなったカステラみたいだった。
「なるほどね。ケーキもいいか」
 町田が悩むような上目遣いになる。
「いっそ、和洋中を一緒くたにして、前菜にきんぴら、デザートはフルーツケ
ーキ、メインディッシュが餃子、なんちゃって。世にも珍しいフルコースだわ」
「別に悪くないんじゃない?」
 あっさり賛意を示して勉強に舞い戻る純子。
「まあ、他の三年生の意見も聞かないとね」
 町田は富井と井口の方を見た。
「他って、相羽君しかいないじゃない」
 当の相羽が姿を現したのは、夕方の五時を回った頃合いだった。
「悪い、遅くなって」
 相羽が帽子を取ると、普段と違って乱れたヘアスタイルになっていた。濡れ
た髪を急いで乾かしたのだろうか、所々に変な癖が付いてしまっている。
「遅れるのは聞いてたからいいけれど、どうしたの、その頭?」
 相羽のノートを当てにしていた純子だが、気になって尋ねた。
「柔斗の練習があって、帰って汗流して、それから来たんだ」
 鞄から取り出したノートを手渡す相羽。そこへ富井が怪訝そうに眉を寄せて
聞いた。
「こんな時期に練習するのぉ?」
「うん。八月に試合することになったんだ。大会というようなものじゃないけ
れど、練習しとかないとね。ひとまず締めとして今日、たっぷりと」
「夏休みに試合? 受験勉強はどうする気?」
 今度は井口。短い間を挟み、相羽は手うちわで自らに風を送りつつ答えた。
「試合が終われば、受験に集中するよ」
「分かんないなあ。前、当分やめるって言ってなかったっけ」
 町田は質問と同時に、相羽へタオルを渡してやった。
「あ、サンキュ。――そうなんだけど、実は津野島にもう一度やろうって申し
込まれてさ。あいつとなら僕もやりたかったから、ついつい。あははは」
「笑うことかいな。やっぱり、男子だわ」
 呆れた風に息をつき、腕を組んだ町田。
「津野島って誰?」
 井口が聞く。やっと勉強に本腰を入れようとしていたのに、またブレーキだ。
「一度言わなかったっけ? 春の試合のときに、一回戦で当たって負けた相手。
段違いに強くてさ、そのまま優勝した奴なんだよ」
「ふうん。その相手から指名がかかるなんて、どういうことなのかしら」
 シャープペンを持つ手を停めて、町田が聞く。相羽は微笑混じりに答えた。
「僕にきっちり一本で勝ちたいのかも。春のとき、一回戦以外は全部一本勝ち
だったから。よっぽど癪だったんじゃないかな、はは」
 嬉しそうな肩を揺らす相羽を目の当たりにして、純子達女性陣は顔を見合わ
せ、皆一様に首を傾げた。男子のこういうところが理解しがたい。
「とにかく、応援に行くからねっ」
 富井が張り切った声で宣言した。井口が同調し、さらに純子も続いた。
 相羽は珍しく、「ぜひ来てよ」と口にした。
「特に涼原さん。見たいって言ってたでしょ? 今度が最後になるかもしれな
いんだ」
「じゃ、やめちゃうの?」
「う……ん、やめないかもしれない」
「あ? それって何なのよ」
 純子はノートを閉じ、相手をしっかり見据えて聞き返した。
「つまり……練習は続ける、試合は今度を最後にしようかなと思ってるわけで
して。元々、護身術のつもりで始めたんだしさ」
「そっか。そうよね」
 即座に納得できた。本来、純子は相羽が武道を習うことに反対していたんだ
し、これでちょうどいいのかもしれない。
「絶対に見に行くから、日取りが決まったら教えてね。がんばって」
 純子が両拳を作って、力強く言うと、相羽は笑み混じりに首肯した。そして
閉じられたままのテキストを指差す。
「それでは、心おきなく応援していただくためにも、今は勉強に力を入れると
しますか」

 町田の家を四人で出て、井口、富井とも別れ、相羽と二人になっていた。
 勉強会からの帰り道は、夕暮れ時の景色と相まって、どことはなしに物寂し
い、それでいて急かされる雰囲気があった。そう、夕日に背を押されるような。
「今度の休みに、香村君と会うんだ」
 何気ない調子で言った。特に意味を持たせず、単なる話題として。
 しかし次に相羽の発した声の調子は、いつになく重苦しかった。
「香村と……付き合うの?」
「え? ち、違うわよ。そんなんじゃない」
 必死に手を振り、否定する純子。相羽のあまりの勘違いに、焦りの表情がと
もすれば苦笑になった。
 相羽が黙っているので、純子は言葉を重ねた。
「向こうは有名人。ガールフレンドもたくさんいて、私なんか。多分ね、素人
っぽさがたっぷり残ってる私を面白がってるんだわ」
「それだけ? じゃあ、純子ちゃんは香村と会うのは楽しいと思ってるの?」
「それは、まだ回数少ないし、よく分かんないけれど……」
 一旦口ごもり、胸で大きく息を吸い込んで、再び始める。
「今は、恐竜展の化石のことが聞きたいの。琥珀のこと。あの話が聞けたらな
って思って」
「……香村の言うことを鵜呑みにするな」
 これまで聞いたことのないような鋭い口調だった。びっくりして、うつむい
ていた顔を起こすと、純子は相羽の表情を確かめた。
(な、何だか、恐い感じ)
 顔付きの方も、純子が初めて見るものだ。目つきが鋭くなり、奥歯を噛みし
めているのか、頬の筋肉が緊張しているのが分かる。
「どうしたの、相羽君?」
 純子は次第に心配になってきていた。だが、その気持ちを相羽の台詞が悪い
方向へ刺激してしまう。
「いいから、あいつの言葉をそのまま信じないで、じっくり考えて。記憶を美
化しないで、ちゃんと思い出してみて」
「……何で相羽君がそこまで言うのよっ? まるで、香村君が悪いことしてる
みたいじゃない?」
「そんなこと言うつもりはなかった……でも、悪いことしてるかもしれない」
 奥歯に物が挟まったような相羽の口ぶりに、純子は機嫌を損ねた。喉の奥か
ら胸にかけて、痛みが広がっていく。
「何言ってるのか分かんないっ。おかしいわよ、今の相羽君」
「どうでもいいだろ。とにかく、琥珀のことについては、香村の話を百パーセ
ント信じるのだけはやめてほしいんだ」
「何よ。香村君のこと、どれだけ知ってるって言うのよ」
 別に香村の肩を持つ気はなかったのだが、相羽の言葉にどうしても納得でき
ないため、つい、きつい口調で言い返す。
「会った回数なら、私の方が多いわ。それにあなた、香村君と会ったらいつも
雰囲気悪かったわよね。変な色眼鏡で見てるんじゃないの?」
「……そうかもしれない」
 相羽の答に、純子は拍子抜けした。加えて、思い詰めたような表情が気にな
る。初めて見る表情だ。
 しかし、今の純子には、その気掛かりを上回る不信感を拭えない。
「真面目に答えてよ! 本当に変よ。さっぱり分からないわ!」
 要望とは裏腹に、相羽は沈黙してしまった。答に窮したのでも、へそを曲げ
たのでもない。ただ一つ、言えるとしたら……迷いが生じたような。
 五分以上も口を利かずに歩いた。しびれを切らしたのは純子だった。
「どうしたのよ、さっきからずっと黙りこくって。聞こえなかったの?」
「――聞こえた。もうやめよう」
 相羽の返答には明らかにため息が混じっている。
「これ以上話してると、余計なことまで口走りそうだから」
「……そうねっ。私もそんな気がするわ」
 膨れたハリセンボンみたいに、棘だらけの口調を自覚する。短時間で収まり
そうもない。だから同意した。
 そのまま、ずんずんと早足で歩く。ファッションモデルの歩き方を覚えた成
果が、こんなところで出た。どんな場合でも歩く姿が格好よく見えてしまうの
は、得かもしれない。
「待って。僕は君を送るために来たんだ」
 相羽の声を背中で聞いた。
 結局、距離を置いたままではあったが、相羽は純子を家まで送り届けた。

 学校が楽しくないと、精神的によくない。ましてや、友達関係が原因となる
と、夜、眠る前にベッドの中で考え込んでしまって、なかなか寝付けない。結
果として身体にも悪い。
「どうしたの、その顔」
 純子が体育の授業のあと、顔を洗っていると、前田から心配された。濡れた
顔をタオルで拭き、正面の鏡を見つめる。

――つづく





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