AWC そばにいるだけで 38−2    寺嶋公香


        
#4888/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 7/31  10:10  (200)
そばにいるだけで 38−2    寺嶋公香
★内容
「い、いきなり」
 どもりつつ応じようとした純子。そのときちょうど、先生の持つ笛が鳴って、
休憩終了を告げた。
「ちぇ、時間切れか。またあとで」
「あとでって、そんな話すようなことはないわよ! 普通の友達付き合い程度
なんだから!」
 遠ざかる唐沢はそれでもかまわないと言いたげに、手を振っていた。

 唐沢は着替えが終わるや、すぐさま駆けつけた。概して女子の方が男子より
も着替えに時間が掛かるものだから、大いに待たせてしまった。
「さっき言った通りで、ただの友達だから」
「ほんとーに?」
 明るい調子で聞いてくる唐沢に、純子は黙ってうなずいた。
 唐沢はしばらく純子の表情を探るような目つきをしていたが、突然相好を崩
すと、何故か指を鳴らした。
「惜しいなっ。スクープを物にして、マスコミに売りつけようと思ったのだが、
作戦失敗」
「何のスクープよぉ、もう。そんなことあるはずないでしょ」
 後ろ髪を手ですくい、首を軽く振って整える。ついでに、チョーカーをいじ
って位置を直す。
「かわいいね、それ。新しいやつ?」
 目ざといと評すべきか、唐沢が言った。純子は首もとを自ら指差し、応える。
「これ? うん、新しいと言えば新しいかな。作ったの」
「作った?」
「えへへ、驚くようなことじゃないんだけどね」
 目を丸くした相手に、純子はそう前置きして続ける。
「お母さんからいらなくなったボタンと、適当な端切れをもらって、それで作
れるの。通すだけだから簡単」
「へえ、ボタンなんだ、それ。うーむ、とてもそうは見えない。身に着けてる
人がいいからかな」
「相変わらず、大げさね。そう言えば……相羽君と何かあったの?」
「え」
 急に声が固くなる唐沢。
「前ほど一緒にいないみたい。気のせい? 最近はまだましになったようだけ
れども、特に修学旅行が終わってしばらくの間は、何となく変だったわよ」
「さあ、どうだったかな? お互い、忙しかったしな。そう、進路のこととか
で。ついでに聞いちゃおう、涼原さん、どこの高校を狙ってるの?」
 巧みに話題を逸らすと、唐沢は純子の机に両手を置いた。
 純子は上目遣いになって、ぽつりと言う。
「……笑わないでね」
「笑いませんとも」
「緑星(りょくせい)に行けたらなあ……って思ってる」
「うわー、やっぱりかあ。この辺じゃトップクラスの進学校」
 額に右の手の平を当て、しかめ面になる唐沢。よくよく見ると、唇を嘗めた
り、ぎゅっと噛みしめたり、あるいは奥歯を軽く噛みしめたりと細かい動作が
忙しない。
 純子は多少訝しみつつ、された質問を返した。
「俺? 俺はまだ考え中。今からエンジンかけて勉強すれば、少しぐらいは目
標アップできるかなと、甘い見通しを持ってましてね」
「ううん、そんなことないと思うわ。頑張ろう」
「あ、嬉しいな。そう言われると、張り切って、俺も緑星目指そうかな、はは」
「うん、一緒に行けたらいいね」
 純子の真剣な受け答えに、唐沢の表情が笑みのまま固まった。唇をひとなめ
し、ぼそりとつぶやく。
「――緑星は冗談のつもりだったんだが……まだ」
「そうなの? 一緒に緑星目指す人がいれば、心強いなと思ったのに」
「いるんじゃないか……相羽とか。白沼さんや前田さんも成績いいから多分、
緑星だろ」
 その台詞を聞きつけたか、相羽がやって来た。純子と唐沢の表情を見比べる
ようにしつつ、言った。
「呼ばれたような気がしたけれど……誰がどうしたって?」
「呼んでねえっ」
 片手で頭をかきむしりながら唐沢が声を大きくする。その有り様を見て、純
子は確信を深めた。
(ほら、やっぱり相羽君と唐沢君、様子がおかしい)
 成り行きを見守るべく、息を詰める純子。しかし続いてそれに反した場面が
目の前で展開されるに及んで、頭の中では混乱が起きた。
「何? 高校のこと?」
「おうよ。俺、まじで頑張ろうかなー。涼原さんが応援してくれるみたいだし」
「ふうむ。女子の声援だったら誰でもいいんじゃねえの?」
「あー、それは言えるかもしれん。が、涼原さんのが一番よく効く」
 口論の一つでも始めるのではないかと思っていたのに、相羽と唐沢は何やら
楽しげに言葉をやり取りしていた。
(――男子って分かんないーっ)

           *           *

 父への語り掛けを終え、信一が目を開けると、隣に母の微笑みがあった。
「今年は特に長かったわね」
「そうかな」
 お祈りの形に合わせていた手を解き、跪いた体勢からゆっくり立ち上がった。
昨日の雨でややぬかるんだ土が、湿った音を立てる。
 墓前には、ピアノの形をした小さなお菓子が供えてある。最近、店で偶然見
つけた物だ。じきに蟻にたかられてしまうだろう。でも、父にはよい贈り物に
なったはず。
 毎年父の日に墓参しているが、こんな洒落っけを出せるようになるまでは、
長い時間を要した。
「それで? お父さんは何か言ってた? 信一がピアノをやること、応援して
くれるって?」
 拳を胸に当てる信一。一瞬、心を読まれたのかと思った。見れば母は相変わ
らず微笑を浮かべていた。
(分かってるんだよな、やっぱり)
 胸に当てていた手を上に持って行く。かなわないとばかり、頭を掻いた。
「……やれるだけやってごらん、と言われたような気がする」
「ふうん。それだけ?」
「あと……父さん、悔しがってた。もう教えてやれないのは残念だって」
 信一の気持ちの裏返しだ。父にもっと教えてもらいたかった。
「そう」
 母はつぶやく、感慨深げに目を閉じた。
 信一は無意識の内に母の顔を見つめていたが、ふと我に返って視線を外した。
母が口を開くまで、黒光りする墓石を見る。
「――信一は、お父さんがピアニストの道を断念した理由を、聞いたことがあ
るんだったかしら」
「え……。それは、指を痛めたからって、父さんが言ってたのは聞いたけれど」
 今さら改めて聞くようなことがあるのだろうか。信一は訝しさから、目をし
ばたたかせた。もやもやした予感が湧き起こってくる。
 振り返ると、母は遠い目をしていた。
「それだけなのね」
「指を痛めた原因は、練習のしすぎじゃないの?」
「少し、違うわ」
 そして母の口から、本当の話が語られた。
 話が終わったとき、信一はため息をこぼした。
「――初めて聞いた」
「どう感じるかは、時間を掛けていいからね」
 母がウィンクをした。深刻な話の直後に、茶目っ気のある仕種をされて、信
一は目をしばたたかせた。
「それよりも、今は、やるんだったら全力を尽くしなさい。いきなり認めても
らうのは厳しいけれど、力試しだと思って、精一杯やればいいわ。応援してる」
「うん」
 信一は、だめで元々だ、挑戦するだけして気が済めばいいと考えていた。し
かし、父の話を聞いた今となっては、やはり認められたい気持ちが強くなる。
 ピアノ演奏を録音する日は、二週間後に迫っていた。

           *           *

 緊張の連続だった。
 まだ慣れないかつら、激しい動き、初めての外部での撮影、まばゆいばかり
のライトの熱もあって、純子はへばってもおかしくなかった――これまでなら。
 レッスンの賜物で、OKをもらったあとでもまだ頑張れそう。確かに疲労感
はある。しかし心地よい疲れだ。今できる全てを出せた自負から来る充実感だ。
「お疲れ。予想以上によかったよ」
 控え室に戻る廊下で鷲宇に肩を叩かれ、振り向く。指で作ったOKサインを
目の当たりにし、表情がほころぶ。
「お疲れ様でした。ありがとうございます」
「コメントも堂に入ったものだったなあ。驚いた。完全に」
 中途で言葉を切り、純子の――久住淳の部屋に入ってから、再開する鷲宇。
前もって人払いしてあるのでマネージャーや付き人、メイク係などの姿もなく、
二人きりだ。
「完全に、少年の声になっていた」
「腹話術師になった気分でした」
 苦笑しながら、手をかつらに。
 すると、鷲宇から注意が入った。
「まだ外さない。テレビ関係者が来る可能性がある。念には念を入れて、外に
出るまでは着けておいた方がいいだろう」
「そう、ですね」
 手を下ろしたところへ、ノック音が届いた。
 返事をすると、案の定、番組プロデューサーの登場。鷲宇に気を遣ったもの
なのか、わざわざ挨拶に来たと見える。
 そのやり取りが終わると同時に、今度は番組スポンサーの人達――音楽関係
の企業ばかりだ――がやって来て、過剰なくらいの誉め言葉を残していった。
 関係者の訪問攻勢も一段落して、鷲宇が、
「とりあえず着替えないといけないな。じゃ、あとで」
 と退室したのを機に、純子はようやく一息つけた。
 室内を見渡す。デビュー一年に満たない新人歌手には広すぎる部屋。テレビ
局が用意したものだが、落ち着かないことおびただしい。
「夢みたいだったな」
 普段の声になってつぶやいてみた。
 鏡に映る自分の姿を見つめる。自分ではない、久住淳だ。早く衣装を脱ぎ去
り、かつらも取って、魔法を解きたい。そんな気持ちに駆られる。
 そのとき、またノックの音がした。先ほどのが重々しかったとすれば、今度
のは軽やかでせっかちだ。
「いる?」
「――市川さん。はい、います。開けて大丈夫です」
 返事に呼応して、ドアが開かれる。市川だけでなく、相羽の母も立っていた。
相羽の母は心配して着いて来た形である。
 労いの言葉を受けてから、純子は聞き返した。
「どうかしたんですか」
「それが、ちょっと困ったことになってね。どこからかは不明だけれど、今日
の収録のことが外部に漏れていたらしいわ。奇跡的に、マスコミ関係ではなか
ったのは幸いとしても」
 苦渋に満ちた、否、かすかに苦み走った表情で市川が告げる。胸の前で組ん
だ腕。その指は苛立たしげに二の腕を叩いている。
「え、どうしてそんなことが分かるんですか」
「外にファンの子達が集まっているの。と言っても、十名足らずだけれどね」
 市川は振り返る仕種をした。そこにはない窓を通して、外を見ようとするか
のように。
「うわぁ! 人気ありますね、鷲宇さん。あ、でも、十人は少ないかしら」
 無邪気に応じると、市川と相羽の母は顔を見合わせ吹き出した。
 市川の苦笑が収まらないので、相羽の母が純子に教える。
「久住淳のファンじゃないかしら、あれは」
「……嬉しいような……。ああ、あのっ、ひょっとして集まっているのは女の
子ですか?」
「もちろんよ。ほとんどが純子ちゃんと同じ年頃の」
「うわ」
 好きな有名人に対し、自分達の世代がどれだけ熱烈な振る舞いをし得るか。
想像して、気が重くなる。
「今問題なのは、どうやって抜け出すか、よ」
 市川が人差し指を立てる。
「駐車場へ直行するエレベーターがないからね。二つある出入口のどちらかを
使うしかない。ただ、扮装を解けば割と簡単だと思うわ。用心して、眼鏡と帽
子をすれば、ばれやしないだろうし。テレビ局の人達にはうまく言っておく」
「そうですね」
 うなずいた純子だったが、すぐに次の行動には移らなかった。しばらく考え、
二人に聞く。
「集まっている人達を見ることはできますか? こっそりと」
「え? 何を言いたいの?」
「どんな人達が来てくれたのか、見てみたくなって……。それに、久住淳の格
好で出てあげないと、かわいそうと思う」

――つづく




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