AWC お題>空(5)       青木無常


        
#4880/5495 長編
★タイトル (EJM     )  99/ 6/30  17:13  (193)
お題>空(5)       青木無常
★内容
 黙りこむハイムに、ヴィルデンハーンは勝ちほこったように笑いかける。
「機動警察の連中も、自分たちが追っているのが得体の知れぬ異星人に育てられた
異形の少年で、都市七つを完膚なきまでに破壊した超常能力をもつ存在だと承知し
ているのだろう? 不安や恐怖を抱くな、と指示しても無理な注文というものだ。
増して経緯を正確に伝達すれば、恐怖を増幅するだけだ。それらが強くなればなる
ほど、危険も増大する。あまりながいことヴェリオとそんな状態の連中を接触させ
ておくわけにはいくまい。それとも、母性本能の強い保母の集団でも組織して、あ
やつを保護させるか? ふむ、そのひまがあれば、悪い手段でもなかろうがな」
「麻痺銃を使う、という手はいかがです?」
「悪くはない。機動警察に装備させているのか?」
「――いえ」
「ならば、あきらめろ」
「近くには一般警察もいるはずです。かれらに捜索に加わってもらえば――」
「ならばいますぐに手配するんだな。わしとて、ヴェリオ自身には悪意がないこと
をいちばん間近で感じたのだ。殺さずにすむんならそれにこしたことはない。だが
――」
「だが、なんです? おい、一般警察にも捜索に加わるように要請するんだ。標的
を発見したら、通常の手つづきは無視して麻痺銃を使うように指示することを忘れ
るな。師よ。何か気がかりでもあるのですか?」
「うむ。爆発の中心にいながら、なぜあやつは死なずにべつの場所に出現できるの
かが、まだわからんのだ」
「そんな心配は爆発が起こってからでよろしいでしょう。“ウィーザルシャ”の配
置は?」
「現在四十二パーセントが捜索を開始しています」
「急がせろ」
 いってハイムは、むっつりと黙りこむ。モニターで見ても、スタジアム周辺は無
数のひとびとであふれかえっていた。
 オーギュスト・ハウザーは軽楽器を中心とした音楽で伝説的な地位を確立したア
ーティストだ。若者のみならず、ひろい層に共感と興奮を惹起するカリスマである。
そうでなくとも、この街区の周辺はふだんから人通りの絶えない一角なのだ。
 時刻表示にちらりと目をやる。コンサートの開演時刻は過ぎていた。会場内部を
捜索にかかっている“ウィーザルシャ”のモニターにはライヴが開始されたようす
はない。客をじらすのが常套手段なのだろう。
「もどかしい」
 ふいに、フロリアの姿をしたヴィルデンハーンが、うめくようにつぶやく。
 いらつきを隠そうともせず、ハイムはふりかえった。
「は?」
「この肉体は、魔術師の素養がかけらもない。一般の人間のなかに魔術師の素養が
ある者などきわめて少ないのはたしかだが、それにしてもこの娘はわれわれからは
かけ離れている。感覚が遮断されて醒めぬ夢の底におしこめられたような気がする
わ」
「それはお気の毒に」
 上の空の口調でハイムはいった。魔術師の頂点に立つ存在にむけて、自分でも驚
くほどの横着な対応だった。
 対して、意外な反応を魔術師は見せた。
 かすかに、笑ったのだ。
 あるいは苛烈な眼光を宿したあの老人の肉体が同じ表情をすれば、実にヴィルデ
ンハーンらしい、と感じられたかもしれない。だが、いま魔術師が宿っているのは、
妙齢の美麗な乙女である。
「気の毒なのは、おまえたちのほうだ。これほど限定された感覚でしか世界をとら
えられぬのだからな」
 口にしたセリフは、実にヴィルデンハーンらしかった。
 苦笑を返し、ハイムはモニター群に視線を走らせる。
「コンサートがはじまるようです」
 オペレータのひとりが口にした。
「ぶじに終わるといいがな」
 皮肉な口調で、魔術師はいった。
 しばし黙考し、ハイムは問いかけの視線を女に送る。
「増幅するのが、さっきの愚か者どものような凶猛な欲望や恐怖などの、マイナス
の感情だけとは限らんだろう。一体と化した歓喜や興奮なども、エネルギーの激し
さでは勝るとも劣るまい。まして、これだけの群衆だぞ」
 モニター内部で、ステージに出現したアーティストの姿に熱狂してつきあげられ
るいくつものこぶしが踊っていた。
 ぞくりと、ハイムの背筋を悪寒が走る。
「急げ」
 なかば無意識に、口にした。

 歓声が四囲からわきあがる。無数のひとびとが、ステージ上にあらわれたきらび
やかな衣装の人物に熱視をあびせながらいっせいに立ちあがった。
 めまいの感覚が、ヴェリオを襲う。
 コトアトル空間から爆発寸前の期待感にあふれかえったこの場所に移行したのは、
ついさきほどのことだ。
 あふれ返る期待と興奮は、洪水のようにヴェリオの精神内部を浸食した。
 にぶくうずくだけのヴェリオの快感を、それは刺激する。人間世界でヴェリオが
ほとんど唯一、好もしいと感じることができるもの。
 好もしく――圧倒的に魅了する、強烈な感覚だ。この嵐のような混乱に魅せられ
るときだけ、ヴェリオは自分もやはり人類の一員であるのかもしれないと実感する。
 熱狂は嵐となって収束した。
 ステージ上の一点に。
 きらびやかな男が、手にした奇妙な器具に五指を走らせた。音。不思議に心地よ
い調和をたたえた、音の氾濫。
 律動に、四囲の歓喜が増幅する。反響しながら跳ねまわる。ヴェリオの意識も、
それに同調した。抑えようもなく、まきこまれていく。めくるめく。恍惚。
 そこに、違和感がしのびよる。
 最初は無意識に。
 だが、覚えのある感覚だった。
 ヴェリオ背後をふりむく。
 視線。
 あの、無数の突起と瘤の隆起した異様な物体が、薄闇のなかに浮遊していた。

「発見しました」
 オペレータの言葉と同時に、メインモニターの映像が切りかわる。
 スタジアムの、おそらくは三階席の中央あたりだった。設置された簡易ベンチは
人群れであふれ返り、弾む律動にあわせて巨大なうねりをかもしだしている。その
ただなかにヴェリオはいた。若い女に、肩を組まれている。女は自分のとなりにい
るのが七つの都市を破壊した危険な存在であることなど夢にも思ってはいないのだ
ろう。歓喜を顔いっぱいにはりつかせながら、跳ねまわっている。――ヴェリオと
ともに。
 少年のうつろな表情にもまた、かすかに恍惚が見てとれた。わずかにだが、周囲
の観客と同調するようにリズミカルにからだを動かしている。
「一般警官を含めたすべての捜索員を急行させろ。ヴィルデンハーン師、いかがで
す? 危険の兆候はありますか?」
「わからん。まるでさっぱりだ」
 むっつりと女はこたえた。ハイムは苦笑をおしころす。
「私には、それほど危険には見えませんね。ちょっと極端におとなしいが、ライヴ
に意識を奪われたふつうの少年に見えます」
「わしにもそう見える。だが、それがどうだというのだ?」
 言葉を受け、ハイムは黙りこまざるを得なかった。
「機動警察が突入しました。ツーマンセルです」
 オペレータが告げる。
 言葉どおり、モニターのひとつが会場に乱入するふたりの機動警察官の姿を映し
だしている。
 少年が、恐怖にみちた表情でメインモニターをふりかえった。
 ついで、エントランスにふみこんだ機動警察官を。
「呪装弾を撃ちこめ」
 ヴィルデンハーンがいった。
 言葉を失い、ハイムは魔術師の宿った女を見つめる。
 眼光だけが魔術師の名残をこめて、鋭く見返した。
「ためらうな。ひとりの少年とひとつの都市。天秤にかけるまでもあるまい」
 ごくりとのどを鳴らし――ハイムは、口をひらく。
「呪装弾で射殺しろ」

 命令を受けた機動警察官は、銃をかまえながら恐怖を増幅させていた。そもそも
の最初から、立体映像で見せられていた少年の姿を、現実より何倍もまがまがしい
ものとしてイメージしていたのだ。呪装弾の装着を命じられ、その恐怖はいっそう
増大していた。ともに踏みこんだ相棒にも、そんな想いを幾度となくきかせていた。
似たような気持ちでいるだろう。
 だから、現実の“ヴェリオ”を眼前にしたとき、実像はイメージに完全に覆いつ
くされていた。無表情だが美麗なその容貌は、まさしく悪魔のそれと見えた。
 及び腰で銃をかまえる。訓練でつちかってきた精神力など、くその役にも立たな
かった。ただただ恐怖だけがあふれ返る。
 眼前の“鏡”が、それを増幅する。

「まずいわい」
 ヴィルデンハーンがうめく。
「わかるのですか?」
 能力が戻ったのかと早合点してハイムはきいた。
「あの警官の顔を見れば、だれにでもわかろうが」
 いらだちをその美貌に乗せて、魔術師はいった。
 モニターのなかで、警官はたしかに恐怖にみちみちた顔で少年と正対していた。
 トリガーにかけられた指が、ぴくとり動く。

 雑音のように、異様な風体をしたふたりの男が恐怖を発散していた。同時に、舞
台上でかき鳴らされる弦の音声が最初のたかみに、一気にかけあがる。
 波のように、熱気と興奮が爆発した。
 うねりが、背後のちっぽけな恐怖をおし流す。
 あるひとつの感情が、ふいにヴェリオの内部に生まれた。
 いままで感じたことのない感情だった。それでいて、故郷でときおり、覚えてい
た感情にどこか似ている。
 憐憫。
 その感情に名前を与えるなら、それがてきとうだっただろう。
 これだけの圧倒的な歓喜の渦のただなかにあって、異様な風体をしたふたりの男
は恐怖に縮み、ふるえあがっているのだ。
 それを、あわれと感じたのだ。
 増幅しかけていた凶猛な力が、ゆっくりとしぼんでいった。
 同時に、向けられた筒のようなものが、その先端に白色の燐光をゆらめかせた。
 歓喜が渦をまく。
 そして――燐光が、凶悪な光の牙と化してヴェリオに襲いかかった。
 意識がゆらめく。
 歓喜と恐怖がないまぜになり、判然としないまま一体化する。
 混沌。膨張する。巨大に。

 光は、不思議に安らいだ淡さをともなってふくれあがった。機械装置には記録さ
れないたぐいの、光だった。
 イルハベルクのほぼ三分の二をそれは一瞬で覆いつくし――そして消失した。
 破壊はおとずれず――いくばくかの時間だけが、喪失した。

「結局、何が起こったのかおわかりですか」
 医務室の寝台に横たわる老人に、ハイム長官は問いかけた。
「わからんよ」老人はむっつりとこたえる。「ただひとつだけ、あくまでも推測だ
が、歓喜のようなプラスの感情は破壊をもたらさないだろう、ということだな」
「たしかに、一部の交通網の混乱とそれにともなう事故、火災などを除けば、際だ
った破壊は何ひとつありませんでしたね。だが、光を幻視したひとたちのほとんど
すべてが、意識を失った。なぜです」
「恍惚だろうよ。わかっているはずだ」
 いわれて、感情は納得した。
 ヴェリオを中心に、巨大な幻の光が炸裂した瞬間、まきこまれたほとんどすべて
の人間が歓喜と恍惚とを味わっていた。それはおそらくはライヴに熱狂していたひ
とびとの感情が増幅され、まきちらされたものだったのだろう。
 それでも、なかにはショック死と目される死者も幾人か確認されている。かれら
のほとんどは、いちように恐怖の表情をうかべていた。――スタジアムで発見され
た、ふたりの機動警察官と同様に。
「あやつは鏡だ。すべての感情を、正確に反射してよこしたんだ」
 ヴィルデンハーンが、つぶやくようにいった。
 ハイムは無言でうなずく。
「水をとってくれ」
 いわれて、治安維持局長官はかたわらのテーブルにおかれた吸いのみを手にとり、
老人にわたした。
 ひとくちのどを潤し、老人は軽くため息をつく。
「それにしても」ハイムは口にした。「ヴェリオはどうなったんでしょうね」
「わからんな。だが、生きているような気がする」
 魔術師にはめずらしく、歯ぎれの悪いセリフだった。
「なぜです? たしかに死体は見つかりませんでしたが」




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