AWC お題>空(4)       青木無常


        
#4879/5495 長編
★タイトル (EJM     )  99/ 6/30  17:12  (200)
お題>空(4)       青木無常
★内容
 爆発するような感情が渦まいている。ベルドでの外出時、つきそいの“世話係”
は楽しそうに「活気があるだろう」という言葉をヴェリオに告げた。あのときとお
なじ種類の喧噪と混乱。
 頭が痛くなる。雑多な思念が巨大なうねりのようにみちあふれる。無数のひとび
とが行き交い、無数の声がわんわんと反響し、無数の思念がさかまき、荒れ狂う。
 ヴェリオは歯をくいしばりながら、走りつづける。視線は、一向に離れてはくれ
なかった。それどころか――
 異様なものが急接近する気配を、ヴェリオは感じた。
 恐怖とともにふりかえる。
 怪物が、そこにいた。
 まぼろしのように宙にうかぶ、黒い影。
 首のない鳥。その姿よりも、それが内包する思念の邪悪さに、ヴェリオは恐怖す
る。
 さきほどの、異様なまるい物体が発散していた、あのおそるべき視線と同一のも
のだ。しかも――その思念はさきほどまでとは比べものにならぬほど、急迫してい
る。
 悲鳴をあげる。もっとも、その声音は周囲のひとびとにはかぼそいうめき声とし
かきこえなかったろう。
 遠のく意識をむりに引き戻し、ヴェリオは走る。
 壁に、ぶつかった。
 人の壁だ。
 暗黒色の半カフタンに極彩色のフェレーズを羽織った、肉のかたまりのような若
者がふりかえり、尻もちをつくヴェリオをいぶかしげにながめ降ろす。周囲には、
似たような身なりの、凶暴なまでの思念を発散する数人の若者たち。
「なんだ、このがきは」
 若者のひとりが、傍若無人な、嵐のような声音で口にする。
「かわいそうに。ずぶぬれじゃねえか」
 ヴェリオがつきあたった若者が口をひらいた。笑いながらいう言葉とは裏腹に、
嘲りの感情をまきちらしている。
「おい、だいじょうぶか。立てよ。なんだ、うすぎたねえナリだなあ。あんま、金
もってそうにないぜ」
 べつのひとりがヴェリオのわきの下に手をさし入れて立たせながらそういった。
 いやいやをするが、抵抗するだけの気力も力もわいてはこない。
「むっつりしてやがる。何が気に入らねえんだ、この野郎は」
「いや、おびえてるみたいだぜ」
「てめえに助け起こされちゃ、だれだっておびえるだろうぜ」
 どっと笑い声が、砲声のように暴虐にひびきわたった。びくりとヴェリオはふる
える。
「びくついてやがる、こいつ」
 ヴェリオを抱えこんだ男がいう。ふたたび、笑声。
「遊んでやろうや。邪魔の入らないところでよ」
 最初にぶつかった男がそういった。邪悪な愉悦の感情が、ヴェリオの萎縮した精
神に熱風のように噴きつける。
 あらがったが、効果はまるでなかった。ひきずられる。
 遠まきにながめやる周囲のひとびとは、関わりあいになるのを怖れていた。若者
の集団に対する明白な恐怖が、どぶどろのように渦をまいている。助けは期待でき
ない。おびえた小動物と同じだ。オベルたちに似ていた。地球人を前にしたオベル
たちに。
 バザールの喧噪は遠ざかり、汚いビル壁が左右に立ちならぶ、ガレ場のような場
所につれこまれた。とさりと、地に投げだされる。
「おい、そうびくつくなよ。べつに何もしやしねえって」
「おまえにそんなこといわれて、びくつかないヤツぁいねえよ」
「何もしねえさ。けど、おまえ、なかなかかわいらしいツラしてんなあ」
 笑いがあちこちで弾ける。異様に興奮した笑い。
「おい、こんながきをやっちまう気か」
「悪かねえぞ」
「おいおい」
 ひとりが、ヴェリオの顔をのぞきこむようにしゃがみこむ。にたにた笑いで、顔
面が異様に醜くゆがんでいた。
「いやあ。悪かねえ」
 どれどれ、とほかの顔もあちこちからのぞきこんできた。不気味な好奇心と興奮
とを内包したいくつもの顔で、視界がふさがれる。
「人形みたいに無表情だな」
「だが、ふるえてやがるぜ」
 笑い声。
「おい、こわがるこたあねえ。いいことをしてやろうってんだからよ。きっと気に
入るぜ」
「そういっててめえ、この前アルティのいいとこの坊ちゃんのケツの穴、血まみれ
にしちまったじゃねえか」
「だいじょうぶだって。おれは気持ちいいんだから」
 さらに笑い声。
 笑い声。笑い声。笑い声。笑い声。悪夢のようにひびきわたる。渦まく。さかま
く。荒れ狂う。
 意識が反響する。

「むう、いかん!」
 ヴィルデンハーンが、叫んだ。
 同時に、チェストに深々とあずけられた身が、棒をのみこまされたようにぴいん
と硬直する。
 異様な気配が、膨張した。

 凶暴な感情が、光と変わる。
 閃光と化したそれは、連鎖するようにつぎつぎに膨張し、ひとつのかたまりとな
った。
 ふくれあがる。
 圧力におされて、ヴェリオはコトアトル空間に後退する。
 そのとき――なじみのないものが出現した。
 闇。
 光を、つつみこむようにして収縮する。
 暗転。

「ヴィルデンハーン師!」
 ハイムが叫んだ。
 チェストの上で、老人の痩せ枯れた肉体が何かに弾きあげらたのだ。
 ころげ落ちるところを、かろうじて受けとめる。
「爆発です!」
 背後で悲鳴のような声。
 老人を抱きかかえたまま、ハイムは唇をかみしめふり返る。
「規模は?」
 問いながら、ベルハルト4と同じならここもすぐに溶解のただなかだな、と漠然
と考えた。
 杞憂に終わった。
「待ってください――閃光は……」
 そのまま、オペレータは口をつぐむ。
 いらだちをおしこめながら、ハイムはメインモニターに視線を向ける。膨れあが
りかけたまばゆい閃光が――萎えるように、ちいさくなっていく光景。
 消滅。
 ちいさな、直径十メートルほどのクレーターが残された。異常の残滓は、ほかに
はない。
 ――否。ひとつ、ある。
 人影が、一角から消失していた。若者たちの集団も。そして、無表情な少年の姿
も。
「ヴェリオはどうした?」
「わかりません。一帯には――人影がありません」
 モニター内部で光景がゆっくりと後退していく。“ウィーザルシャ”が遠望モー
ドに移行しているのだろう。
「ほかの“ウィーザルシャ”にも付近を捜索させろ。なんとしてでも、ヴェリオを
見つけだすんだ。機動警察は?」
「まもなく現場に到着します」
「さがさせろ。ただし――刺激はするな」
 刺激はするな、などと指示されても、当の機動警察がとまどうだけだろう。簡易
式とはいっても保護服に身をつつんだ機動警察の姿は威圧的だ。だがほかに指示の
しようがなかった。
 状況からして、明らかにヴェリオは迫りつつある脅威に対する防御反応を発した
のだ。閃光はその結果だろう。いままでの七つの事件も同じだったかもしれない。
恐怖が、爆発の原因なのだ。
 抱えこんだちいさなからだに視線を移す。
 老人は目を閉じ、だらりと全身を弛緩させたまま気を失っている。ぴくりとも動
かない。
「かんじんなときに――」
 泣きたい気分になった。
「まあ、そういうな」
 背後からフロリアが、そう声をかけてきた。老人の口調に酷似していた。
「ヴァルターくん。不謹慎な冗談だな」
 凶悪な感情が暴発しかかるのをむりやりおしとどめて、むっつりとハイムはいう。
「あいにくだが、冗談などではない。依代としてはいちばん適当だったのでな」
 意味がわからず、怒りにまかせてハイムはふりかえる。
 おっと、とつぶやきざま、フロリアは制するように眼前に手をかざした。
 白い、華奢な手のひらが視界をおおうのを、ハイムは荒々しくはねのける。
「こんなときに、なんの冗談だ、ヴァルターくん」
「まずその認識をあらためろ、ハイム長官。わしはヴィルデンハーンだ」
 とフロリアがいった。
「どういう意味だ?」
「いったとおりさ。まだわからんのか。血のめぐりの悪いやつだな。よろしい。起
こったことをわかりやすく説明してやろう。あれはサイコバーストだ」
 フロリアはモニターに映しだされたクレーターを指さしながらいった。
「サイコバースト?」
「そのとおり」フロリアはにたりと笑いながら、かたちのよい胸の上で腕を組み、
何度もうなずいてみせる。「ヴェリオを囲んだ馬鹿ものどもの凶猛な感情が、ヴェ
リオの精神内部の空洞で共鳴をおこし、増幅されたのだ。それがあの惨劇の正体だ
な」
「いったいなにをいっているんだ、ヴァルター」
「うるさい。血のめぐりの悪いやつはとにかく黙ってきいておれ。いいか? 接触
してみてわかったことだが、ヴェリオという少年の精神は、ある意味で空洞のよう
なものなのだ。かれには何の罪もない。感情の起伏のちいさい、きわめておとなし
い無害な存在にほかならん。従って、オベルに留まらせておけばわれわれには何の
支障もなかったのだろうが、残念ながら人類の倫理とやらいうやつがそれを許さな
かった。波風の少ない、おだやかな環境でオベル人というおだやかな種族に囲まれ
て暮らしてきた少年が不幸にも、荒々しく、邪悪なほどのエネルギーにみちた地球
人という異形のやからのひしめく地獄にいきなり放りこまれたのだ。オベル人とと
もに暮らしていたせいか、本来は人類には無縁の能力が発現した。最悪のかたちで
な」
「あなたは――」ハイムはぼうぜんと、つぶやくように口にした。「まさか……ヴ
ィルデンハーン師なのですか?」
「ようやく気がついたのか、おろか者めが」嘲り笑いにくちびるの端をゆがめなが
ら、フロリアはいった。否――フロリアに、憑依した者が。「ヴェリオは、いわば
増幅器の役割を果たしたのだ。圧力にみちたあの若い愚か者どもめの感情を増幅し、
それがそのまま物理的なエネルギーと化して暴発した――といったところが、あの
爆発の正体だ。放っておけば、あの一角のみならず、おそらくはイルハベルクの半
分ほどにまで、その奇禍は及んだことだろうな。それでも過去の七回に比べれば規
模はちいさいほうだが。しかし見過ごすこともできまいが。しかたがないので、使
い魔をとおして、精神的な壁をはりめぐらせた。反響する精神エネルギーを遮断し
て爆発の規模を限定するとともに、爆発そのものを封じこめたのよ。充分に注意し
たつもりだったが、火急のできごとだったからな。使い魔は消しとび、わしの肉体
にも影響が及んだ。いまその肉体に」と、美貌の女はハイムの抱えた老人を傲然と
指さし、「わしの精神を戻しても、気絶からさめることはできそうにない。しかた
がないから、手近でもっとも依代として適していたこの女の肉体に、間借りさせて
もらったのだ」
「理解しました」
 なおもぼうぜんとしながら、ハイムはうなずく。
 ふん、と女は鼻をならす。
「真の理解など、おまえたち俗人にはおよそほど遠いわ」
「いえ、理解しました。あなたはまちがいなくヴィルデンハーン師です」
 言葉に、女は――ヴィルデンハーンはにやりと笑う。
 ハイムも笑い返し――保安要員を呼んで、老人の肉体を医務室に移送させた。
「さて、それでは師よ。どうしますか?」
「どうしようもない」
 無責任な返答に、治安維持局長官は目をまるくする。
 おもしろくもなさそうな仏頂面で、美貌の女は口にした。
「この肉体にあっては、わしは力を使うことはできんのだ。牢獄の鉄格子ごしに外
をながめるようなものだな。とにかく、“ウィーザルシャ”を総動員して早急にヴ
ェリオをさがしだすことだ。スタジアムを中心に網をひろげていくのがいいだろう」
「わかりました」いってハイムは指示をとばし、「そのあとはどうします?」
「有無をもいわさず、呪装弾を撃ちこめ」
 言葉をのみこむ。
 視線に、非難が乗ったのかもしれない。
 美貌の女は、ハイムに視線をやって眉根をよせつつ挑戦的ににらみつけ、
「説得しているひまがあると思うか?」
 問いかけてきた。
 こたえるすべはない。




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